「いらっしゃいませ」
『唐揚げ弁当と海鮮丼と天丼頼むわ。あ、豚汁も三つつけたって』
「はい、少々お待ちください!お会計が……」
無事、といっていいのか、侑くんと付き合うことになってから一ヶ月ほどが過ぎた。まさか自分に三次元の彼氏ができるなんて……スマホがバキバキになった日は考えもしなかった。それもこれも治くんが最後の一歩を後押ししてくれたお陰かもしれない。
だからと言って推し活をしなくなるわけでもなく、今日も推しのためにバイトを頑張っている。もうすぐ推しのバースデーガチャだから稼がないと。
『時間なったら切りのええとこであがってな』
「はい、ありがとうございます」
時計を確認するともうそろそろ二十一時を回るところだ。今日のピークは過ぎてぽつぽつとくる程度だから、あともう数分だしゆっくりしよう。明日のために使い捨ての箸やフォークなど補充していると、カラカラと入口のドアが開いた。
「いらっしゃいまー……侑くんだ!どうしたのこんな時間に、ご飯もう食べたんじゃないの?」
「や……ちょっとツムにおにぎり奢らなあかんなって……」
「またケンカしたんだ」
「ちゃう!……くないけど」
「あはは、違うくないんだ。今日は何にする、何個?」
侑くんと治くんの間ではケンカした時や、どちらかがやらかした時はこうして相手の食べたいものを買わされているようだ。治くんの場合はおにぎりが多く、よく拗ねた顔で文句を言いながら侑くんが買いに来る。例に漏れず今日もまたケンカしたみたいだ。
「確か鮭と明太子と唐揚げやったかな。一個ずつ」
「ごめん、明太子は売り切れだ」
「じゃあ焼きたらこは?」
「それはあるよ」
「ならそれやな」
「じゃあお会計は……」
テキパキとおにぎりを紙袋に入れレジを打った。会計が済んで商品を手渡せば、侑くんは「待っててもええ?」と口にする。恐らく侑くんが私のいる時間の最後のお客さんだと思うので、もちろんとすぐに返した。
彼は「ほなそこにおるから」とおにぎりの入った紙袋を抱えお店を後にした。
『もうあがってええよ。お疲れ様』
「箸とかの補充はしておきました。すみませんがお先に失礼します」
『あらおおきにね』
「いえ、お疲れ様でした」
エプロンを脱ぎいそいそと外へ出れば、お店のすぐ近くに侑くんが立っていた。
「お疲れ様」
「ごめんね待たせちゃって」
「好きで待っとるから気にせんで」
「ありがとう」
侑くんがバイト先に来るときは予め連絡が入る日もあれば、こうして突発で来るときもある。そして来てくれた時はこうして駅まで送ってくれるのだ。この時間帯に来る時は大体は治くんに何か奢らなければならない時だけど。
それでも平日に侑くんに会えるのは嬉しいし、そのきっかけをつくってくれる治くんには感謝している。
「『○○ちゃんおるかもしれないやろ?おったら感謝してほしいくらいやわ』なんて言うとるんやサムは!まあせやなって思うけどなんかアイツに言われると悔しいやん」
「なんかその場面想像できる。治くん優しいね」
「優しいって言うた!?まあでもこうして一緒におる時間できるから……正直嬉しい思うてるけど」
「あはは、私も嬉しいよ。普段はなかなか時間も合わないしね。そこは治くんに感謝しなきゃだ」
「俺の懐がどんどん寒ならなければええんやけどな……」
そう言って侑くんは項垂れるふりをする。
侑くんがケンカの理由を教えてくれることは殆どない。教えてくれたとしてもバレー関係のケンカくらいだ。
でも宮さん……侑くんと治くんのお母さんが雑談がてらによく話してくれていた。三つ入りのプリンの残りの一つを勝手に食べたとか、ゲームで負けたとか、チャンネルの争いだとか……バレー以外に関してはそれだけで!?と笑ってしまうものも少なくなかった。
いつも見ている侑くんの違う一面を盗み見ているようで、ほんの少し後ろめたさはあるけれどそんな彼も可愛いとさえ思えてしまう。
「今日はなんでケンカしたの」
「……内緒」
どうやら今日はバレー関係ではなさそうだ。また今度宮さんが話してくれるのを待とうかな。なんて思っていると不意に「なあ」と侑くんが真面目なトーンで私の名前を呼んだ。
今までのテンションとは打って変わって落ち着いたその声に、思わず「どうしたの、何かあった?」なんて心がざわついた。
「いつ言おうかタイミングなかってん」
そう口にする彼の表情は憂いを帯びていて、さっきはそんな雰囲気なんか一ミリもなかったじゃん。よくない話をするときの表情じゃんそれは。なんて、突然シリアス展開になりそうな雰囲気に固唾を呑む。
「……え、なに、もう別れるってとかって話?」
「んなわけあるかい!やっと付き合えたのに縁起でもないこと言わんで!」
「だってあまりにも神妙な面持ちだったから……」
「いやまあ付き合ってから言うのもあれやけど……俺バレーの強豪校におるやん。バレーが最優先で休みも多くないから、あんま会えへんし遊びにも行けへんし悪いな思うて」
侑くんの言葉を聞いた私は拍子抜けして「そ、それだけ?」なんて口からぽろりと出てしまった。なんかもっと重い話だと思ったから……無駄に変な汗かいた。
「それだけぇ!?なんかもっとないん、寂しいとかもっと会いたいとか!」
「え……や、だって侑くんと付き合う時バレーのことは予想はしてたから大丈夫だよ。私もバイトと推し活で忙しいから気にしないで」
「……物分かり良すぎやない?」
「へへ、ありがとう」
バイトと推し活で忙しいのは本当だけど、別に物分かりが良い訳ではない。もっと一緒に遊びに行けたらいいなあとか、理由もなく会いたいなと思う日もある。だけどそれで侑くんの一番好きなバレーを邪魔したくはないし、面倒くさいと思われるのも嫌だからそう言っているだけ。なにぶん三次元の人と付き合うのは初めてなので、どこまでが許容される範囲なのかもわからず全て手繰りだからだ。
……だけど少しくらいのわがままが許されるなら。
「でも、何か理由があるにしろこうして会いに来てくれるのは嬉しいよ。だからもし侑くんの時間が許す時は少しでも会えたらいいなあとは思ってる」
「な……っんでそんなかわええこと言うん、ぎゅってしてもええ!?ぎゅって!」
「え、あ、いいけど」
そう言うや否や、侑くんの香りがぐっと近づく。体格差もあって彼の腕にすっぽりおさまるというのが適切な表現だろう。私もそろりと侑くんの背中へと手を回し、ぎゅうっと腕に力を込めた。
「なあ、会いたいって理由だけでバイト終わりに来てもええ?」
「いいよ、いいけど……部活でも疲れてるのに侑くんが大変じゃない?」
「大変やないし逆に疲れ吹っ飛ぶわ。ほんまは来たかったけど、しつこいとか思われたら嫌やったから我慢しとった」
語尾にいくにつれ声が小さくなる侑くんを思わず見上げる。まさか彼も私と同じようなことを思っていたなんてという驚きと、またその気持ちが舞い上がるくらいには嬉しかった。
でもそれを素直に言えるわけでもなく「そんなこと思わないよ。さっきも言ったけどむしろ嬉しいし」なんてあっさりした返事になってしまう。
経験のなさと、あざとい女子を研究してこなかった自分を悔やんだ。
「言うたな?これでうざい言うたら泣きわめいたる」
そう言うものだから、床で泣きわめく五歳児のような侑くんを想像してしまった。なかなか面白い光景だ。「そんなこと絶対言わないよ、私をなんだと思ってるの」と背中をとんとん叩けば「あっさりめの彼女」なんて言うものだから彼の脇腹を小突く。
「そんなこと言うと重めの彼女になるかもしれないよ?」
「○○ちゃんやったら大歓迎なんやけど」
「じゃあ重めの彼女のために毎回バイト終わり迎えに来てくださーい」
「まかして」
間髪なしに了承する侑くんに笑ってしまった。「うそだよ」と言えば「ほんまにそうでもええのに」なんて拗ねたように口にするから、そう言わなければ本当に実行に移しそうな勢いだ。
「……せやけど来れる時はできるだけ会いたいから教えてな」
「うん、ありがとう。連絡するね」
治くんとケンカしたときや、おつかいでしか来ることはなかったバイト先だったけど。
これから侑くんと会う時間が増えるのが単純に嬉しくて、彼の胸で私の緩んでいる頬を隠した。
おまけ
「」