伊達工の主将に一目ぼれした話5

『今週の金曜日に行きますね』
『りょうかい』

行く日の連絡がほしいなんて珍しいと思いながらも、二口さんへ金曜日に行きますとメッセージを入れた。
本当は何食わぬ顔でホワイトデーに行こうと思っていたが、流石に事前に連絡するとなれば躊躇する。悩みに悩んだものの、ホワイトデーが終わってから行くことにした。

意識すると今日この日までが長く感じられ、何度カレンダーやスマホで日付を確認したことか。
もしかしたらお返しをもらえるかもという考えと、すっかり忘れて何もないのではという考えが交互に思い浮かんでは勝手に一喜一憂していた。でもそれも今日で答えが出る。

もう定位置となっている場所から中を覗けば着いた時には試合形式の練習をしていた。普段はふざけたり人を煽ったりしている反面、バレーでは後輩への声掛けや主将としての顔などの真剣な表情を多く見ることができる。何度見てもギャップがたまらなくかっこいいと思いながら終わりまで見学した。



「今日は来るの少し遅かったんだな」
「帰り際先生に掴まっちゃって……もっと最初から見たかったですよ」
「いいって別に見なくても」

全て終わり部員が解散すると『ちょっと待ってて』とすぐにスマホにメッセージが入る。もしかして、なんて期待しながら待っていると二口さんが私のいるところまで来てくれた。練習を終えたばかりの目の前に立つ二口さんから爽やかな香りがするのは何故だろう……これも盲目だからだろうか。

「じゃあ……」そう二口さんが言いかけると、彼の後ろから葉の擦れる音が微かに聞こえた。風は吹いていないので少し不自然に思いながら気のせいかと一瞥し、すぐに二口さんへと視線を戻した。

「ちょっと待ってて」
「あ、はい」

先程の音はどうやら気のせいではなかったようで、彼はくるりと私に背を向け音がした方へと足を進める。そして二口さんが覗き込むとおずおずとバツが悪そうに顔を出したのはまさかの先輩たちだった。

「先輩方、暇だからって覗き見するなんて趣味悪いっすねー」
「いや、二口これはその」
「えーこんな状況で言い訳できるんですか?できないですよね、お帰りはあちらになりまーす」
「う……わ、悪かったよ」

今回ばかりは何も反論できない先輩たちに、稀に見るにっこりとした顔で校門の方へと誘導する。その後ろ姿が見えなくなってから二口さんはこちらへと向き直り「……もう少ししたらちょっと歩くか」と口にした。

先輩たちと確実に会わないだろうというタイミングで、私たちも伊達工業の校門を出る。他愛のない話をしながら「ちょっとここで」と立ち寄ったのは、先日翔陽とばったり会った公園だった。
もう薄暗くなっている時間だからか、子供の姿は見当たらなかった。屋根がついているところの椅子に二口さんが座り「こっち」と隣を叩いて私も座るように促される。ぴったりと隣に座るのも憚られるが、あからさまに離れるのもいかがなものかと思い半人分ほど離れて腰を下ろした。

「……さっきは邪魔が入ったけど、これ」

二口さんはバレーの鞄からそれほど大きくない紙袋を取り出した。
男子高生の鞄から出てくるには似つかわしくない可愛らしいもので、私の方へと差し出されたそれを見た後二口さんへと視線を移した。

「……お返し」
「え……あ、いいんですか」
「いらねーんなら持って帰るけど」
「欲しいです、めっちゃ欲しいです!」

二口さんの気が変わる前にそれを受け取り、ちらりと中を覗けば箱と小さな袋が入っていた。これは二つとももらっていいのだろうか、そう思って見上げれば「どっちもあんたのだよ」と心を読んだかのように彼は口にした。
あまりにも嬉しさからすぐに言葉が出てこなくて、え、あ、なんてこぼしながらお返しと二口さんの顔を交互に見た。どうしよう、中身が何であれ本当に嬉しい。

「あの、開けてみてもいいですか……」

もらってすぐ開けるのは失礼かなと思いながら遠慮がちに聞けば「いいよ」とすんなり答えてくれたことに安心する。
どっちから開けようかと悩んだが、小さな袋はお菓子ではなさそうだったので先に箱の方から開けることにした。斜めにかけられてあるリボンを解いて開けてみると、淡い色が並んだマカロンだった。中に入っているカードを見れば最近オープンして話題になっていたお店のものだったことに気が付く。

「美味しそう!これ結構並んだんじゃ……」
「まぁ、少し」
「いっこ、いっこだけ食べてもいいですか?」
「ふはっ、今にもよだれ出そうな勢いじゃん。いいよ」
「やった!」

ちょっと伊達工っぽいな、と思いながら淡い緑のマカロンを手にとった。「見て、伊達工色」と二口さんに見せてから封を開けて口に入れれば、ふわりとピスタチオが香る。
きっと好きな人からもらった特別なもの、という贔屓目もあるけれど今までの中で一番美味しかった。

「美味しすぎるので残りは飾ってからじっくり食べます」
「腐る前に早く食え」
「はい……じゃああの、もう一つも見てみていいですか」
「……おぉ」

今までじっとこちらを見ていた二口さんが、もうひとつの袋を開けようとするとすっと顔を逸らした。まさかドッキリで何か変なものとか入っていたりするのだろうか、だなんて無駄に勘ぐってしまう。
シーリングスタンプを模したシールを破らないよう丁寧に剥がし、袋の中を覗くとチェーンのようなものが見えた。逆さまにして手のひらへ取り出せば、華奢なピンクゴールドのチェーンに一粒の石がついた可愛いブレスレットだった。

「二口さんこれ……」
「ん?」
「や、え、こんな可愛いのいいんですか」
「渡すつもりがないならそれに入れないだろ」
「あ……りがとうございます」

マカロンとブレスレットを好きな人からもらってしまった。お返しがあったらいいなと楽しみにしていて、それぞれに込められたその意味を事あるごとに調べていた。だからこの二つの意味を知らないわけがない。ブレスレットを見てそれを思い出し、心臓の音がいやに大きく感じ顔に熱が集まるのがわかる。
もしも……もしも二口さんがお返しの意味まで調べてこれを選んでいたとしたら、そう言うことだと受け取ってもいいのだろうか。でももし意味を知らず、これでいっかと選んでいたらそれはそれで恥ずかしい。完全なる自惚れだ。
どうやって切り出そうか、もし後者だとしても自分へのダメージを少しでも軽くしたいのに上手な聞き方が思い浮かばない。どう考えても当たって砕けろの精神になってしまいそうだ。
手のひらのブレスレットをじっと見つめるも次の言葉がなかなか出て来ない。可愛い嬉しい、もしかしたらと期待する気持ちと、ただのお返し以外の意味はないのかもしれないという気持ちが私の中で入り混じっているからだ。

「つけようか」
「……え、いいんですか」
「貸して」

二口さんが私の手のひらからブレスレットを手に取る。少し触れた指先が心臓の動きを加速させるのに、彼は何とも思っていないかのような表情で器用にそれの留め具を外した。
手首を差し出している間も相手まで聞こえてしまうのではというほどに心音が煩い。私の手首を掴まえるようにその大きな手でブレスレットを付けてくれた。

「可愛い……めっちゃ可愛いけど」
「けど?」
「なんか、すごく嬉しくてすごく恥ずかしいです」
「はは、意味わかんね」

ここでようやく二口さんの口元に笑みがこぼれた。その表情を見て「あの、二口さん」と、このままの勢いで聞いてしまおうかと考えるより先に声に出てしまった。

「なに?」
「えっと……あの、二口さんはこのお返しの意味って……知ってますか」

二口さんは顎の下に手を当て口を閉ざし、ゆっくりと目を逸らした。
訪れる沈黙にもしかしてタイミングを間違ったかもという焦りが脳裏を過ぎる。心臓の音に加えて通り過ぎる車や周りの音も大きく感じ、そこにぽつりと取り残されたような気分だ。多分時間にして一分や二分くらいなのだろうけどその何倍にも長く感じて、膝の上置いた手には力が入る。

「ってた」
「……え?」

沈黙を破りぽつりと呟くように紡がれた言葉を聞き取ることができずに、思わず聞き返してしまった。

「――っ、だから、知ってた。知っててそれを選んだってこと」

照れ隠しからか少し乱暴にそう口にした二口さんの方へと視線を移す。相変わらずそっぽを向いているけれどほんのりと赤くなっているようにも感じた。それが沈みかけている夕日のせいなのか紅潮しているのかわからないけれど、今の言葉をそのまま受け取ってもいいのだろうか。

「ふ、ふたくちさ……それって二月の返事って捉えていいんですか……」
「だからそういうこと――って、んで泣いてんだよ」

嬉しさが溢れて目の前の二口さんもその奥の景色も滲んで揺れる。その向こうで、ようやくこちらへ顔を向けてくれた彼はわかりやすく狼狽えていた。

「知らないんですかぁ……嬉しくても涙ってでるんですよぉ」

そう伝えればぶっきらぼうに「知ってるし」と口にして、彼の袖口で目元を拭われる。視界が少しクリアになったと同時に二口さんの香りが鼻を掠めた。
涙で覆われていた時よりもよく見えるようになったのはいいものの、先程よりも近い距離の彼にどうしていいかわからない。私と二口さんの間にあった半人分のスペースは今涙を拭いたことによってなくなっていた。
恥ずかしさから先程の距離を保とうと少しだけ横へと移動すれば、それに気が付いた二口さんが意地の悪い顔をしてその分だけ詰めてくる。じりじりと移動したが大して広くもない場所のため、すぐに端まで寄ってしまった。

「なんで離れようとするの」
「そ、れは……さすがに恥ずかしくて」
「ふーん、だってこうなりたかったんでしょ」

私の肩上ほどの長さの髪が頬へと落ちてきて、それを彼の指先が掬い耳に掛けた。今までそんな雰囲気は一ミリもなかったから、バレーをしている時と正反対なその優しい手つきに身体がこわばる。

「緊張してる?」
「だって、急に近いから……心臓がもたないというか」
「へぇ、茂庭さんとはあんな近付いてたのに」
「なんのこと……」

突然出てきた茂庭さんの名前に何のこと、と頭の中に疑問符が浮かんだ。意識して茂庭さんに近づいたことに思い当たる節なんてすぐ出てこないけれど、私が忘れているだけだろうか。
あ、でも……もしかして、という心当たりが今ひとつだけ思い浮かんだ。

「それって、バレンタインの時ですか?」

彼は少し口を尖らせて「そうだけど」と小さく呟いた。もしかしなくても、妬いてくれていたって思ってもいいんだよね。そう考えると自然と頬が緩む。
嫉妬ですかなんて口に出してはいないけれど、何かを察した二口さんはムカつく顔だと言って私の頬を伸ばした。それすらも照れ隠しだと思えば嬉しくて頬を引き締めることができない。

「へへへ、私ばっかりが好きだと思ってたから嬉しくて」
「っせーよ」
「あ、でもまだ二口さんの口から聞いてないです」
「何が」
「好きだって」
「……わかってんだからいいだろ別に」

そう言ってまた彼はそっぽを向いてしまった。少女漫画や恋愛ドラマを見て、好きな人から好きだと言われることに憧れを抱かない人はいないだろう。例に漏れず私も言葉にして言ってもらいたいタイプだ。
まだ知り合って長いわけではないけれど、その中でも二口さんは素直じゃないということが見て取れる。それは重々承知の上だけど、上だけど!やっぱり言ってもらえたら嬉しい。

「でも言ってほしいです……」
「さっきまであんなに恥ずかしがってたのに?」
「それとこれとは別ですから」

私の言葉を聞き、眉間にしわを寄せ口をへの字に曲げて何かと葛藤しているようにも見える。それから程なくして真逆の表情になり、なんだか嫌な予感がした。

「わかった、じゃあ俺の頬でも口でもいいからキスしてよ」
「……んえ!?」
「勿論あんたから」
「言って欲しいんでしょ?じゃあ俺にも見返りがないと」

今こうしている時だって絶えず私の心臓はいつもの倍速で動いているというのに……キスを私から?と自分の耳を疑った。付き合った初日にキスなんて、私にとってはあまりにもレベルが高い。そう言いだしたということはもしかして二口さんは慣れているのか……と少しもやもやもする。

「で、どこにしてくれんの?」

そっぽを向いていた身体はいつの間にかこちらを向いていて、言い淀んでいるうちにじりじりと近付いてくる。しかし先程の時点で既に端まで移動したためもうこれ以上後退することはできない。
徐々に近づく二口さんの顔が綺麗すぎて半ば頭の中がパニックになっている。そんなのもお構いなしに彼は距離を縮めた。

「ま、待ってくださいっ」

これ以上はと両手を私と二口さんの顔の間に差し出す。一瞬彼の動きが止まりほっとしたのも束の間、左の手首を掴まれ手に平にぐっと彼の顔が近付いた。

「……あんたのこと好きだよ。今回はこれで……って、ははっ、間抜けな顔」
「だって、それは、反則ですよ……っ!」

手のひらに彼の唇が触れたことをすぐに頭の中で処理することができなかった。二口さんの笑い声で我に返り、何をされたのか理解が追い付くとじわりと身体の奥から熱が侵食する。

「でも嫌じゃないでしょ?」
「それは……そうですけど……」
「認めるんだ」

恥ずかしさと嬉しさで頭がパンクしそうな私を見て二口さんは大笑いしている。私ばっかり翻弄されているのがほんの少しだけ不満だ。
それをぶつけるために彼の胸へと頭突きをしたが、微塵もダメージは入っていないようだ。ドキドキさせられっぱなしで悔しいけど、やり返す方法が見つからないので次回までに考えておこうと思う。

「ま、そういうことだから。不用意に先輩たちに近付くんじゃねーぞ」
「……へへ、わかってます」

一枚も二枚も上手で、だけど素直じゃない彼に振り回されるのも本望だと、そう思ったのは内緒だ。