「侑くん、ごめんなさい」
「……え?それってその、告白に対して」
「え、あ、そうじゃなく!この前は逃げるように帰っちゃってごめんって意味」
「び……っくりしたわ、即振られたんかと」
「あの、それについてなんだけど」
「え、そのパターン?」
わかりやすく眉を下げ、また不安げな表情に変わる侑くん。今この場で自信を持って好きと伝えられたらどんなにいいことか。
治くんから背中を押されて伝えようと決めたけれど、正直まだ迷っている。
私も好きだと言えば、今の様子だと間違いなく喜んでくれる。ただこの先侑くんの隣に恋人として立った時、やっぱり烏滸がましいと、本当に自分でよかったのかとバレーを見る度に思ってしまいそうで。
もう少し出会うのが早ければなんて、初めて会った頃には考えられなかった気持ちだ。
「ちがうちがう、話聞いてくれる?」
「……わかった」
「あの、侑くんの気持ち聞いた時、驚いたけど嬉しかったよ」
「なら!」
「でもただのオタクで平凡な私が侑くんに相応しいと思えなくて。なんていうか……侑くんのこともバレーのことも全然知らないから」
「……おん」
「ずっと侑くんを応援してきた人もきっと沢山いて、私は本当にこの前初めて見ただけだから」
「それで?」
さっきのしなしなだった表情から一転し、真剣な表情の彼と視線を交わす。
それで、ってどういうこと?たったそんなことでということなのか、だからなんだということなのか、全く意図が読み取れない。どう返すのが正解なんだろう。
私は返す言葉が見つからずに口をつぐみ、視線を逸らした。侑くんはそんな私を見てか「なぁ、顔上げて?」といつもの優しい声色で呟き、それを聞きおずおずと彼の瞳へと視線を戻した。
「ひとつ聞くけど、長く応援してきてる子の方が俺の事よう知っとる思うてる?」
「……うん」
「でも俺は応援に来てる人の一人一人の名前もどんな人かも知らん」
そう言われ、確かにと返す言葉もなかった。
私は侑くんのことをよく知っている人の方がと思うばかりで、侑くんの気持ちを何も考えられていなかった。もし侑くんが応援に来てくれている女の子のことを覚えているとしたらまた別の話になっていたかもしれないけれど。……でもそれは今否定された。
「やって、一方的に○○ちゃんのことを知ってる人と付き合いたいと思う?」
「……ううん」
「やな。あっちは俺がバレーしてるところは知っとるかもしれへん。でも他の部分の俺は?一番知っとるの○○ちゃんやと思うし、知らんところはこれから知って欲しいと思うとる」
「うん」
「過去は変えられへんけど、これから一緒に過ごすことはできるやろ?」
その侑くんの言葉に納得すると同時に、いかに自分が勝手なことを考えていたかがよくわかった。そしてさっき治くんに言われた『あんなに人のこと考えるツム見たの初めてやからな』という言葉を思い出した。一番近くで見てきた治くんが言うのだから、きっとよっぽどのことなのだろう。
……でも今回それが出来てなかったのは、私だ。
「侑くん、ごめん」
「……え?これはどのごめんなん」
「あ、いや、自分勝手に考えてたなぁと思って」
そう言えば「ほんまにな」と笑う彼。返す言葉もないと俯けば、小首を傾げて覗き込まれる。怒ってるわけでもなく、呆れているわけでもなく、ただただ私の様子を窺っている。
「ははっ、しなしなやん。じゃあ答え聞かせてもらってもええ?」
「逆に私でいいの?そこら辺にいる普通の人だけど」
「○○ちゃんで、やない。俺は○○ちゃんがええの。……それとも俺のこと嫌いなん?」
「ちがっ、侑くんのこと好きだよちゃんと」
「……ふっふ、言質とったで!これで恋人やな」
待っての言葉も遮られ「もう待てへん」と同時に重ねられた手。わかってはいたけれど侑くんの手が想像よりも骨ばっていて大きくて、男の人だと改めて感じる。
真っ直ぐな彼の視線がぶつかり、恋人になったという今それを意識して心臓の音がうるさい。どうしていいかわからず固まっていれば「いきなりちゅーしようなんて思うてへんよ」と言って柔らかく私の髪を梳いた。
恋愛は画面の向こうでしかしたことがない私は、どう足掻いてもこの距離で意識しないなんてことができない。どこを見ればいいの、この距離で。視線を逸らそうにもどこへ逸らしたらいいのかそれすらも判断できない。
顔をくすぐる侑くんの髪に、頬には柔らかな感触、鼻を掠めるその香りにくらくらした。
気づいた時には侑くんは元の位置にいて薄っすらと笑っている。外の気温とは裏腹に、顔に熱が集まっているのが自分でもわかった。
「して欲しそうな顔しとった」
「え、な、ちが……」
「違うん?」
そう口にする侑くんは見るからに余裕で、何かできることはと考えても思い浮かばない。これが現実の恋愛経験の差か……と思い知らされる。
それならと、侑くんの胸に顔を寄せた。これなら顔も見られることもないし、また揶揄われることもない。
思いついた勢いのまま、彼の胸に突っ込むような形になってしまい流石にちょっと色気がなさすぎた。「うっ」と聞こえたのは気のせいだと思っておこう。もう少し可愛げがあればよかったと心の中で反省する。
ただ、こうしたことにより思わぬ副産物に気が付く。
「……ふふ、侑くん」
「なに?」
「心臓の音すっごい。緊張してたんだ」
「い、言わんでええやん!せっかく今日余裕のある彼氏で終われる思うたのに……」
「えー侑くんも私と同じだったんだと思って嬉しかったけど」
「なんなら今まででいっちゃん緊張しとった」
すぐに手の平を返す侑くんが潔くて笑ってしまった。
重ねられた手をくるりと返し、手を握ると彼の身体が少しだけ揺れた。侑くんの鼓動は速いまま、私の手を握り返す。
「――…なぁ、このままちょっとだけぎゅってしてもええ?」
「え、ぎゅ、え……っ」
「嫌なら嫌言うて?嫌がることしたないし、いいって言うてくれるまで待っとるから」
その言葉に顔を上げれば、いつもの柔らかな表情の侑くん。驚いたけど、恥ずかしいってだけで全然嫌ではない。ただ少し動揺してすぐに返事ができなかっただけ。
彼と目を合わせたまま「いいよ」と紡いだそのすぐ後、背中に回る侑くんの腕。優しく侑くんの胸元に引き寄せられる。さっきよりも近くに感じる彼の体温と香りに、相も変わらず鼓動は大きいままだ。
私もと、彼の背中に腕を回せば侑くんの腕にきゅっと力が入る。
「……ちっさいしいい匂いするしかわええし、夢かもしれん」
「勝手に夢にしないでよ!」
「あっは、全然いたない」
思い切り抱き締めたつもりだけど、彼にとって大した力ではなかったようだ。少し悔しい。「寧ろやらかくてラッキーやけど」なんて耳元で言うものだから、その意味を理解して顔を上げることができなくなった。
「……侑くんえっちだ」
「俺は健全な男子高校生ですー」
恋愛に関しては一枚も二枚も上手な侑くんに振り回されることが目に見える。でも彼ならいいかもしれないと、この先を考えて胸が躍った。