オタク女子と侑の話3

「おつかれさん」
「え、宮、さん」
「侑」
「……侑さん」

裏口から出てすぐ声のする方へ顔を向ければ宮侑の姿があった。もう帰ったと思っていたので完全に油断をしていた。さっきのテンションとは打って変って大人しくなり、本当に同一人物かと疑ってしまう。

「もう終わったん?」

第一声に約束のことを言われるのかと思い身構えていたのでなんだか拍子抜けした。自意識過剰だったかもしれないと、少し恥ずかしくなり反省する。
「そうです」と答えれば遅いし危ないから送らせてやなんてぽつりとこぼした。勝手にではあるけれど、今まで待ってくれて大丈夫ですと言うのはなんだか忍びない。彼は言い出したら折れないことを前回の件で重々わかっていたためその言葉に甘えた。

「あそこでバイトしとると思わんかった」
「雇ってもらったの少し前なので」

駅に着くまでしたのは、本当に他愛もない会話だった。自分は双子だとか、バレーをやってるだとか、お弁当屋のおばあちゃんには小さい頃からお世話になってるだとか。
この前とさっきの勢いは冗談だったのかと思うくらいには落ち着いていた。二回目だからなのか彼から話しかけてくれるからかわからないけれど、この前よりも緊張は解けている。

「宮さん……侑さんのお母さんにはいつもお世話になってて」
「余計な事言うてへんやろな……」
「はは、治さんも似たようなこと言ってました」

余計な事、とはどれのことだろう。プリンひとつで殴り合いのケンカしてたこと?それとも目覚まし時計三個使っても起きれず、お母さんがあの手この手で起こしていること?この話が侑さんなのか治さんなのかも分からないけど、宮さんが面白おかしく話してくれていることは心に閉まっておこう。
他愛のないことを話しているうち、気が付けばもう駅は目の前だった。

「なぁ、そろそろ敬語ええやろ?」
「……ですね、努力します」
「なんでや!」

頭を抱えてオーバーリアクションをする彼に思わず笑ってしまった。
そんなに気にすることだろうかとも思ったけれど、お弁当屋さんにいる限りきっとたまに彼に会う機会があるだろう。だからもう少しだけくだけていいのかもと考えてしまう自分もいる。

「じゃあ、侑くんでいいでしょうか」
「せ、せやな!」

わかりやすく声色が変わる彼に、つられて笑ってしまった。大きい犬みたいで可愛いと思うのはこれで二回目。
おばあちゃんのイケメンやからって言葉が今身に染みてわかった。これが今まで縁もゆかりもなかった現実のイケメンかぁなんて。

「……で、約束のことなんやけど」
「うん、いいよ」
「○○ちゃんが嫌なら、俺も待……え?」
「連絡先交換しましょ」

そう言った瞬間侑くんは固まってしまった。あれ、もしかして実は冗談でしたっていうパターン?また自意識過剰だったかなと少し焦る。

「よっしゃー!」

突然大きな声で彼はガッツポーズをとった。流石に驚いたしちょっと引いたし心臓もドッドッと勢いよく動いている。呆気に取られて侑くんをじっと見れば、私の視線に気づいたのか少し小さくなって頭を掻いた。

「あ、すまんつい嬉しくて……」
「そ、そっかぁ……」
「引かんで!」

確かに私も推しのSSRが来たらこんな感じになるけれど。……とは恐らく通じないので余計なことは言わないでおこう。お互いの画面へと順番にスマホをかざし、連絡を交換した。
……あ、やばい。

「アイコン、○○ちゃんの推しやんなぁ」
「そうです……あんまつっこまないでください」

侑くんから指摘を受けて思わず手で顔を覆った。あきくんは私の彼氏です!なんてまだ会って二回目の彼には言える筈もなく。滅多に連絡先を交換しない私はアイコンを変えるという大事なことをすっかり忘れてしまっていた。……もう後の祭りだけど。
「照れとる可愛ええ」なんて笑っているが、こちらとしてはただただ恥ずかしいだけだ。

「……連絡先ありがとう。じゃ、ほんま気ぃ付けて帰りや」
「送ってくれてありがとう」

軽くお辞儀をしてから彼に背を向け改札をくぐる。ちらりと後ろを向くと彼がまださっきの場所に立っていて、振り向いた私に気が付いて笑って手を振ってくれた。私も手を振り返し、ホームへ向かう。
自分が見えなくなるまで見送ってくれていたことに少しだけドキっとしたのは内緒だ。



「あの子がツムが言うてた子か」
「せや!なのになんでお前が先に名前で呼ばれてんねん」
「偶然やからしかたないやろ。それよりツム」
「なんや」
「今日話したの二回目言うたよな」
「せやけど」
「お前まさかさっきのテンションでいってへんやろな」
「いっとるけど悪いんか」
「…………」
「なんやその顔何か言えや!」
「……あんまガツガツし過ぎるとドン引かれるで」
「え」
「あの子常にテンション爆上げなタイプやないやろ」
「せやな」
「も少し落ち着いて話せや、ツムにできるか知らんけど」
「できるわ!」
「て、ことで」

治は侑から買い物袋を取り上げた。

「明日、弁当屋のおにぎり二個で手ぇ打ったる」
「お、恩に着るでサム!」

そして治は先に帰宅し、侑は〇〇のバイト終わりを待つのだった。