あの宮侑と出会った日から三日ほど経った今、既に顔もぼんやりとしか思い出せない。元々顔を覚えるのが苦手ではあるため、自分としては当然と言えば当然のことだった。
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「お疲れ様でーす」
うちの学校はバイト禁止だがオタ活の資金はほしい。だから渋る親を説得し、家と学校から少し離れたおじいちゃんとおばあちゃん夫婦のお弁当屋さんでバイトをしていた。まだ二ヶ月程しか経ってないけれど、ようやく仕事と常連さんの顔を覚えてきた今はここでのバイトが楽しい。このまま就職してしまおうかなと思うくらいには。
『今週注文も多くてねぇ、帰るの遅うなるけど平気やった?』
「気にしないでください暇なので!」
帰りお弁当持って帰りや、なんて言ってくれる優しい職場で居心地がいい。実家のおばあちゃんと話しているみたいだ。
さて、今日も推しのために稼ごうとカウンターの前に立って来店したお客さんに声をかける。
『どうもー予約しとったお弁当できとる?』
「はーい、できてますよ!いつもありがとうございます」
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『ありがとう、落ち着いてきたから二十時半にはあがってええで』
「はーい」
客足も落ち着き、あと少しの時間はおばあちゃんとまったり店番をする。静かになった店内にカラカラとドアの開く音が響いた。この時間には珍しい、学生服を着た男の子だった。
『おや、治ちゃん久しぶりやね』
「おかんの代わりに弁当取りに来てん」
どうやら話を聞くと、よくお弁当を買いに来てくれる宮さんの息子さんとのことだった。気さくに話しかけてくれる綺麗なお母さんで、よく『息子たちに○○ちゃんの落ち着き見習ってほしいわ』なんて言われるけど……目の前の息子さんはとてもそうは見えない。
「丁度いただきますね。えっと、治さん……でいいですかね?治さんのお母さんすごく綺麗で優しいですよね」
「どーも。おかん煩いやろ、余計な事は聞き流してええから」
『また顔見せに来や、今度は』
「サムープリンこれでええか……」
『……あらあら、侑くんも来てくれはったの!』
宮さんの息子さんが帰ろうとしたその時、勢いよくドアが開き治さんとそっくりな顔の人が入って来た。そして私の顔を見たままそこにぴたりと止まる。
……どうしよう、見たことある、あるけど。このまま白を切れば何とかならないだろうか。じわじわと数日前の会話が思い出される。
「○○ちゃんやん!」
店内に響く大きな声で嬉しそうに名前を呼ぶ彼に、何とかならなかったとこめかみを押さえる。
どうして宮さんと治さんの顔を見て気付かなかったんだろう。人の顔を覚えることに関してポンコツすぎる自分に絶望すら覚えた。『侑くんと知り合いやったの?』なんておばあちゃんがニコニコしているから、知らない振りもできない。誰でもいいから助けてほしい。
「こ、こんばんは…宮さん」
「侑でええ言うたやろ」
何かを察した治さんが「俺さっき治さん言われたで」なんてわざと言うもんだから、「何でや!」と治さんとそっくりな宮さんが食ってかかっている。顔はそっくりだけどテンションはこんなにも違うんだなぁと他人ごとのように眺めていたが、二人のお母さんの言うことが少し…いやかなりわかった気がする。ここでケンカしないでほしい、ちょっと落ち着け。
「ご飯冷めるやろ、行くでツム」
「ちょ、待ちやサム!○○ちゃん約束忘れんといてな」
「あっはは……。ありがとうございました、またどうぞ」
『お母さんにもよろしく言うてやー』
……嵐のようだった。おばあちゃんは終始ニコニコしていたので、多分あれが二人の通常運転なのだろう。『侑くんも治ちゃんもイケメンやから彼氏候補にしたらええ』なんて勧めてくるが、オタクには眩しすぎるので笑って流しておいた。
気がつけば二十時半をゆうに回っていて、賄いの海鮮丼と唐揚げ丼をもらって帰路についた。
最後の来客でどっと疲れた身体を労わりながらお弁当屋を後にした。