どこに向かっているわけでもなく、賑わっている廊下をぶらり歩く。横を見ればカラフルなわたあめや、ふわふわなかき氷にたこ焼き、定番のお化け屋敷なんかも目に入った。けれど自分のクラスの模擬店で疲弊していたため、どうしても遊ぶところより食べ物に目移りしてしまう。
「何食べたいの?」
「…え、そんなに食べたそうにしてた?」
「ふ…っ、それだけ熱心に食べ物ばっか見てたらそう思うでしょ」
「笑わなくてもいいじゃん…あ、チュロス食べたい!」
「はいはい」
チュロスを皮切りにカップケーキやたこせんなど、甘いものからしょっぱいものまでつい手が伸びてしまう。コスプレして模擬店の店番をしている時も勿論楽しかったけど、やっぱりこうやって色んな模擬店を回るのも醍醐味だよね。さっき角名くんへのお礼のクッキーもこっそり買ったし、タイミング見て渡そう。
「ねぇ両手塞がってきたし、すぐそこイートインスペースだから座らない?」
「うん、座って食べる!」
「そう言いながらもう殆ど食べてるじゃん」
チュロスを口に含んでいる私の顔を見て笑う角名くん。失礼だなとムッとしつつも、今日はよく笑うななんてぼんやりと思った。やはりこちらも文化祭効果だろうか。
「ほら、ゆっくり食べなよ」
「ありあほう」
「ふはっ、誰も取らないから」
次のたこせんを食べている私の前で、カフェラテ片手にチュロスを頬張る彼。こうして二人でいるとカップルに見えるのかな、と不相応なことを考えたと同時に先ほどのセリフを思い出してしまった。
『キツネのお兄さんこのわんちゃんの彼氏なん?』
『そうですね。だからどちらかと言えば個人的にやめてほしいです』
助けるためだけのその場限りの嘘。そうだとわかっていても、あの時ばかりは心臓をぎゅうと掴まれたような気分になった。……そういえばタイミングを逃してまだお礼を言えてないな。今がチャンスかもしれない。
「あの角名く…」
「あれー角名やん」
可愛いらしい浴衣を着た、恐らく三年生の先輩。私の声に被せて彼の名を呼び、するりと腕を絡めた。角名くんとどんな関係か自分にはわからないけれど。目の前の光景を見ていたくはなくて、視線を逸らした。
「うちのお店来て言うたよね」
「そうでしたっけ。っていうか腕…」
「えー忘れたん?」
まるで私なんかいないかのように続けられる会話。……なんか惨めになってきた。片やイケメンと綺麗な先輩、片や食べ物に夢中になっている自分。女遊びしていようがしてまいが、今この場で彼に似合う人はどちらかなんて一目瞭然じゃないか。
「角名くん、私は大丈夫だから行ってきて」
「は?ちょっと…」
食べかけのたこせんと、角名くんに渡すはずだったクッキーを持って彼の返事を聞く前に席を立つ。イートインスペースという名の教室を出てからは少しでも早くその場から離れたくて、小走りで人の合間を縫った。
バカみたいだ。この文化祭という空気と、先ほど助けてくれた時の言葉で浮かれて。あれは助けるための嘘だと自分に言い聞かせながらも、もしかしたら1パーセントくらい自分にも可能性があるんじゃないかと。心のどこかで思っていたみたいだ。
そんなこと、あるわけないのに。
「…っつ。ご、ごめんなさ…」
「こっちこそすまんな、俺もよそ見しとっ…どっか痛いんか?」
奇しくも曲がり角でぶつかってしまったのはバレー部の主将である北先輩だった。隣には尾白先輩もいて、同じく大丈夫かとオロオロしている。
「いえ…大丈夫なので気にしないでください」
「あれ?いつもバレー見に来てくれてる子やんな」
「どこも痛ないのに泣いとって、気にせんほうが無理やろ」
「……じゃあ、何も言わずこれもらってください。必要なくなったので」
北先輩の胸へ角名くんに渡す予定だったクッキーを押し付ける。ぽかんとしてそれを手に取り見つめてから、私へと視線を戻した。いらんようには見えへんけど、と。
「とりあえず、これは持っておき」
私の手を取って、そっとクッキーを乗せる北先輩。しかし受け取る気にもなれず手を開いたままにしていると「仕方ないから今は預かっといたる」と制服のポケットへとしまった。侑くんや治くんはいつも怖いなんて言っているが、あいつらや角名くんよりよっぽど優しいじゃないか。そう思うとまたじわりと熱いものが込み上げる。「これ使ってや」と、尾白先輩はポケットティッシュを差し出してくれた。お言葉に甘えて受け取り、こぼれそうな涙を押さえる。
「せや、俺少し遅れるって伝えてもらってもええ?」
「ええよ。こっちは任せとき」
「ここやと目立つし、移動しよか。これ俺の小物で悪いけど、つけたら周りに紛れるやろ」
そう言って北先輩はマント羽織らせ、サングラスをかけてくれた。「出し物で仮装してる人にしか見えへんな」と笑って。尾白先輩と別れ、北先輩の後についていく。
「…気を遣わせてしまって、すみません」
「それこそ気にせんでええ。大方うちの部員が原因やと思うとるから」
その言葉に驚き北先輩を見上げれば、私の気持ちが見透かされているようで。心臓が大きく脈打った。
「どうして…」
「どうしてもこうしても部内では…」
「○○」
自分の名前を呼ぶ声に振り向けば、そこには今会いたくない彼がいて。北先輩の話も気になったがそれどころではない。「ごめんなさい、ありがとうございました」と、北先輩にマントとサングラスを返しその場から走り出した。待って、という角名くんの声も聞こえない振りをして。