伊達工の主将に一目ぼれした話1

吐く息も白い寒空の下、学校の体育館へ急いで向かっていた。
なんでもうちの烏野でバレーの練習試合が行われるらしい。月島くんにことを好きな友達がその情報を入手し一緒に行こうと誘わた。特に用事もなかったため二つ返事で了承し今に至る。
それなのに寝坊して、もうそろそろ待ち合わせの時間になってしまいそうだ。
慌てて走っていると見知らぬジャージを着た人たちがぞろぞろと歩いていて、身長の低い私から見たら巨人級の大きさの人ばかりだ。でもその人たちの横を走って通らないと間に合わない。
少したじろぎながらも駆け足で横をすり抜けようとするが、足の長さが違う上にこっちは万年運動不足だ。休みたいのに歩けば早足の彼らからすぐ追い付かれてしまう距離で、なんだか気まずい。地面が点々と凍っているため全速力では走れないし、小走りで行くしかないと腹を括る。

「……っのぁ!?」

あともう少しで校門というところで、雪の下に隠れた氷で足を滑らせた。タイツ終わった……と思ったのも束の間で、よく見たら転んでない。その代わり腕をがっちりと掴まれる感触があり、その手の主を辿った。

「ったく、大丈夫か」
「す、すみません!」
「ははっ、すげー声出てたな。気をつけろよ」
「あ……りがとございます」

私がしっかり自分の足で立つと彼の手は離れ、同じ学校の人たちのところへと戻っていった。見上げるくらい高い身長で整った顔立ちにアシンメトリーな前髪、何より見ず知らずの私をとっさに支えてくれたその人柄に爽やかな笑顔。
彼らの後ろ姿を見送ると先程のことを思い出し、時差でじわじわと顔が熱くなる。触れられた腕に手を添えれば、鼓動が駆け足で動いた。……これが一目惚れというものかもしれない。

「伊達……工」

校門へと入っていく背中をぼんやりと見届け、我に返った私はスマホで時間を確認し体育館へと急いだ。



「ねぇ聞いて、一目惚れした」
「来て第一声がそれ!?……で、誰に」
「今日練習試合する相手の人かも。ちょっと仁花ちゃんに聞いて来る」

体育館へ行き雑に友達に伝えてから、待機している谷地仁花ちゃんの元へと一直線に向かった。彼女に声をかければ見に来てくれたの?もう少しで始まるよ、とにこにこ笑ってくれる。その言葉を聞き、取り急ぎ先程の彼の話をすると仁花ちゃんは混乱の混じった表情を浮かべた。

「……え、ああああの人!?」
「うん、爽やかで優しくてかっこよかったから名前が知りたくて」
「……本当にあの二番の人だった?」

もともとぱっちりした目を更にまんまるくさせ、少し青ざめる彼女の視線を追えば間違いなく先ほどの彼だった。頭の上に沢山のはてなマークを浮かべているようにも見えるけど、何かおかしなことを言っただろうか。

「えっと、伊達工の二年生で主将の二口堅治さんって言うんだけど…」
「ふたくちけんじさん……」
「いや、えっとその」

何かを言い淀む彼女を余所に、集合の合図であるホイッスルが鳴る。これ以上邪魔してはいけないと、お礼を言い先程の友達のところへ戻った。

「ふたくちけんじさんだって」
「仁花ちゃんに教えてもらったの?」
「そう、名前までかっこよくない?」
「まぁ……って、ほら始まるよ」



「……かっこいい」

練習試合と聞いていたけれど、サーブもスパイクもブロックも全てが力強くて驚いた。あんなのに当たったら腕もげそうだし、絶対打撲になる。これが高校生のバレーか……と呆気にとられる。
目当てのふたくちさんはと言うと王子様というには随分かけ離れていたが、スパイクやブロックは惚れ惚れするくらいかっこいい。けれど、後輩くんと思われる子に吹っ飛ばされたり「ぶっ叩け」「心折りにいくんだよ!」なんて指示を出してたりして少し口が悪そうではある。友達は少し引いていた。
……まぁ恋は盲目だなんてよく言ったもので、がっかりするどころか私の中で好感度は急上昇していた。
あんな顔で笑うのに、口は良くないし、意地の悪い顔もする。でももう一度言う、スパイクサーブやブロックはかっこいい。あと後輩が失敗しても吹っ飛ばされても怒らない、そんなところが優しくて朝助けられたことを思いだす。

「ギャップ最高……」
「流石に盲目すぎない?」
「月島くんだって意地の悪いとこあるじゃん」
「それはそれ、これはこれ」
「そっくりそのままブーメランだよ……」

一挙一動を目に焼き付けているうちに名残惜しくもあっという間に終わってしまった。
ここで何も出来なかったら多分会うことはもうない。伊達工に練習を見に行くとしても相手に認知されていなければただの不審者だ。かと言って、あの身長高い人たちが集まっている中に堂々と入っていく勇気もない。悶々としているうちに伊達工の人たちは体育館を出て行ってしまった。

「ねぇ、連絡先聞かなくていいの?行っちゃうよ」
「何やってんだこんなとこで」
「か、影山くんびっくりさせないでよ」

ぬっと現れた同じクラスの影山くんに心臓が飛び出るかと思った。……待てよ、影山くんに頼んで呼び出してもらえたりなんかしないだろうか。なんて妙案が浮かぶ。

「影山くん折り入ってお願いが」
「俺は折り紙できないけどいいのか」
「折り紙じゃない!頼みがあるの。……体育館横にこっそりふたくちさん呼んできてくれないかな」
「はぁ、まぁ……いいけど」
「ありがとう、お礼は肉まんで」
「任せろ」

肉まんをちらつかせると涎と共に目の色が変わった影山くんの言葉を信じて私は体育館横で待機した。上手く呼び出してくれるか、来てくれても断られたらどうしようと、心臓がかつてないほど大きく動いている。

「二口さん、ちょっと待ってる人がいるんであっち行ってもらっていいですか?」
「は?んだよ急に誰だよ……っていうか、とりあえず汚いから涎拭け」
「すんません」

お笑い芸人でもないのに思わずずっこけそうになった。影山くんはこっそりの意味をわかっているのだろうか。とても大きな声で呼び出したのがこっちまで聞こえたけれど。
まだ目の前にすらいないのに、周りの人にも聞かれていたかと思うと恥ずかしくて顔が熱い。もうこれで本当に来てくれなかったらどうしようとその場でうずくまった。

「……なぁ、俺を呼んだのってアンタ?」
「へ?」

頭上から声がし、すぐに顔を上げればふたくちさんの姿がそこにあって。不意打ちだったため素っ頓狂な声が出てしまった。

「あ、あのそうです。帰るとこなのにすみません」

慌てて立ち上がりお辞儀をすると「あぁ、朝の子か」なんて言ってくれた。覚えてもらっていたことや来てくれたことが嬉しくて恥ずかしくて言葉が上手く出て来ない。

「で、何か用」
「あ、あの、連絡先交換してもらえませんか」
「……なんで俺の連絡先?」

勇気を出して伝えたものの、怪訝な顔をするふたくちさんを目の前に現実を突きつけられた。確かに初対面の人間から連絡先を聞かれてすんなり教えてくれる方がごく稀なことだろう。なんで、という言葉が出てきてもなんらおかしくない。
他校の人に一目惚れなんて初めてだから気持ちが急いてたのは間違いないけれど、もっと相手の気持ちになって考えるべきだった。
怪しまれている今、素直に気持ちを伝える他誤解を解く術は思いつかない。

「その……ふたくちさんに一目惚れして」
「は?」
「今すぐ付き合いたいとかじゃなくて、お友達になってもらえないかと……でも急に迷惑ですよね。すみません」
「二口ぃ、いいじゃねーか青春だろ」
「出てくなって言っただろぉ」
「はぁ!?茂庭さんと鎌先さんいつから見てたんすか!」

突如ふたくちさんのところへ現れた人たちに驚いて言葉を失った。恐らくさっき隣で応援していた先輩たちだ。ふたくちさんの首に腕を回し、脇腹をドスドス叩いているムキムキな人とそれを止めている優しそうな人が二口さんに声をかけている。完全に置いてけぼりになった私はただその状況を眺めるしかなかった。

「クソ生意気で口も悪いし天邪鬼だけど、根はいい奴だからな!」
「え、あの……」
「いいからあっち行っててくださいよ!」
「ほら邪魔しないでいくぞ」

……何が起きているんだろうと、その場に立ち尽くしている間に先輩であろう人を追い払ってしまった。後頭部を掻きながら戻ってくるふたくちさんは少し拗ねたような顔をしていて、もうその顔さえも可愛い。

「……スマホ」
「え?」
「交換するんでしょ、連絡先」
「い、いいんですか」
「別に言われたからって訳じゃなくて……先輩たちに見られてんのに断ったらなんか後味悪いだろ」

そう言ってふたくちさんは唇を尖らせる。「ほら、早くしてよ。寒いでしょ」なんて急かされ、慌ててポケットからスマホを取り出した。お互いの画面を読み取れば、新しい連絡先に二口堅治という文字が並ぶ。
「なんで?」と言われた時はもうだめかもと思ったけれど、二口さんの先輩のお陰でなんとか首の皮一枚で繋がった感じだった。……それでも嬉しくて、にやける顔をスマホで隠す。

「でも俺まめじゃないし部活で疲れてると返さないと思うけど」
「それはもちろん、大丈夫です。あ、今度練習見に行ってもいいですか?」
「勝手にすれば。……変なの」
「ありがとうございます。今は変な子、で覚えてください」
「そ。じゃ、寒いから行くわ」

最後に私の名字をさらりと口にし、背を向けて歩き出す少し猫背の彼に心臓が跳ねた。慌ててその背中に向かってお礼を伝えたが届いただろうか。彼の姿が見えなくなってから返信は期待せずに、自分の学年と一応フルネームも添えてメッセージを送った。よろしくと書かれたお気に入りのシュールなウサギのスタンプと共に。



夜になって既読はついたけど返って来ない彼とのトークルーム。今日は練習試合で疲れてるだろうし、期待しないで送ったけどやっぱり返信がこないと寂しいものだ。だめかぁ、と枕に顔を埋めていると聞きなれたアプリの通知音。すぐに画面を確認すれば二口さんの名前が目に入る。
ロックを解除しメッセージを見てみると「そのスタンプやば」という一言と、はーいと手を上げているネコのスタンプが届いていた。……やっぱり優しいじゃん、と初めてもらったメッセージに胸が弾んだ。