あれから二口さんは何度かメッセージのやり取りをしてくれた。
返さないかも、なんて言っておきながら、メッセージを送れば律儀にも返信してくれる。もちろん忙しくしていて返ってこない時もあるけれど、別に悲しくはなかった。既読はつけてくれるし、次連絡したときは返事をくれるから。
……仕方なく返信している可能性もなくはないけれど。でも今はそれでもいい。これから少しずつ距離を縮めていけばいいのだから。
表面でははやる気持ちを抑えつつ、一ヶ月ほどかけて練習を見学しに行く約束を取り付けた。要約すれば『勝手にすれば』という返事だったので約束と言えば語弊が生まれるかもしれない。でもその文面からあからさまな拒否の色は見えなくて、その日はベッドの上で転げ回った。
*
一度目の見学は心もとなくて友達についてきてもらった。流石に未踏の地に一人で足を踏み入れる勇気はなく、新作のコンビニスイーツを差し出した。
今日は長居するつもりはなく、少しだけ見て帰るつもりだ。本当は長く見ていたいけど友達をそれに付き合わせるのも悪いし、まだいるよ……なんて引かれる方が嫌だ。だから今日は少しだけ見学して潔く帰るつもりで考えている。
「み、見て、本当に二口さんがいる……」
「そりゃあいるでしょ」
「かっこよすぎる」
伊達工業の体育館まで迷わず来れたけれど、人の多い玄関から入る勇気もなくシャトルドアから覗くことにした。
授業が終わってい急いで来たがもう既に練習は始まっている。どうやら今はサーブ練習をしているようだ。
真っ先に目に入るのは二口さんの姿で、緩やかに前方へトスを上げ助走と共にキュッとシューズの音が響いた。その優しく上げられたトスから繰り出されるサーブは一転して力強く、この前見た試合のように目が離せない。
正直バレーは小学生の頃弟がやっていたくらいで詳しくはわからないけど、多分きっとすごく上手いんだと素人ながらに思った。
ぼんやり見惚れていると、不意に横目でこちらを見た彼と目が合う。軽くお辞儀をすれば、予め来ることを知っていたからか驚く様子もなくまたボールへと視線を戻した。
一時間程経っただろうか、二口さんの姿を見に焼き付けたしそろそろ帰ろうかな。差し入れと言えば大袈裟に聞こえるが、スポーツドリンクを持ってきたのでどうにか渡してから帰りたい。
だけど休憩に入る雰囲気でもなければ、例え休憩時間だったとしても話しかける勇気もない。悩みながら体育館を見渡せば、玄関側にマネージャーらしき女の人が立っていた。
先程避けて来たけれど致し方ない、意を決して友達と玄関側に回りそっとその人へ話しかけた。
「あの……」
「わっ、びっくりした。烏野の制服……もしかして迷ったんですか?」
「い、いえ!あの、これ二口さんに渡して欲しくて」
「もしかして友達?今呼びましょうか」
「滅相もないです!練習の邪魔したくないのでこれだけ渡してもらえれば」
そこにいるのも恥ずかしくて、女の人にスポーツドリンクを渡しすぐ踵を返した。
「よかったの?休憩時間まで待たなくて」
「や……ほら、よく考えたら私初対面で告白してるでしょ。だから改めて面と向かって話すのが恥ずかしいというか……」
「まぁ確かにあの時は相当焦ってたもんね」
「もうわかってるからやめてよ……。あの場で聞く以外思い浮かばなかったんだもん」
本当にあの時はどうかしてた。一目惚れも初めてだったし、他校の人だからタイミングを逃せば知り合うきっかけを失ってしまうと知らず知らずのうちに焦っていたのかもしれない。
冷静になった今、私の気持ちを知っている二口さんと正面を切って話すなんて……考えただけで色んなところから汗が噴きだしそうだ。
だから、今日はこれでよかったんだと思う。
その日の夜に二口さんへメッセージを入れた。
今日少しだけお邪魔しましたということと、練習姿かっこよかったですと。押しつけがましいと思われるのは嫌だったので、敢えてスポーツドリンクについては触れなかった。
こたつでだらりとテレビを見ていると、聞き慣れた通知音が耳に入る。すぐ手に取り画面を見れば、そこには好きな人の名前と共にメッセージが表示されていた。
『転ばずに来れた?あとスポドリありがと』
『そんなに転ばないですよ!受け取ってもらえてよかったです。また予定のない日にこっそり行きますね』
『好きにどうぞ。そんな見ても楽しくないと思うけど』
『楽しかったですよ。腕もげそうって思いながら見てました』
『なにそれ』
他愛のないやり取りなのに、二口さんから送られてくるメッセージがこんなにも嬉しい。口元が緩み、妹から「何その顔」なんて言われるほどには顔に出てしまっている。
好きにどうぞだからまた行っていいんだよね。今日久しぶりに姿が見れただけで心臓がどくどくと大きく脈打って、幸せな気持ちになった。好きな人の力ってすごいと改めて感じる。
その夜はスマホをぎゅっと握りしめ、次はいつ行こうかなんてカレンダーとにらめっこをした。
*
二度目と三度目も友達について来てもらったけれど、流石に申し訳なくなり四度目の今日はとうとう一人で来た。
緊張からか心臓が煩い、頼むから静まれ。友達と一緒の時は全然気にしなかったけれど、一人の今日は周りの視線が気になって仕方ない。なんたって伊達工業の敷地内に烏野の制服がぽつんといたら流石に目立つ。それを今更ながら気づいたのだ。……自意識過剰かもしれないけれど。
俯きながら足早に体育館へと向かい、換気で開けられているいつものシャトルドアから中を覗いた。
「ブロックしっかり見てから飛べー。反射的に飛びつくなよ」
体育館に通る二口さんの声にどきりとした。今日は来るのが少し遅かったため、試合形式の練習も一セット目が終わるところだった。もう少し早く来ていたら試合している二口さんをもっと沢山見れたかもしれないのに。悔やまれるけど、日直の仕事が押してしまったのでどうしようもない。でもまだ終わってないから今からでも目に焼き付けよう。
そう思いながら練習を見ていた矢先、ポケットに入れているスマホが振動した。少しの間無視していたが、電話だと気づき諦めてポケットから取り出しスワイプする。
「もしもしなに?……いいけど。うん、え、まだあるの?」
電話の相手はお母さんで、今日は帰るのが少し遅くなりそうだから特売の卵や牛乳なんかを買っておいてほしいという電話だった。こっそり伊達工業に来ていることも知られたくないので、下手に電話を切ることもできなかった。
頼まれたものをそのままスマホのメモ帳に入力して、ようやくドアのところに戻れば先ほどまでコートにいた人たちは散らばっている。どうやら電話していた間に休憩に入った様だった。
お母さんタイミング悪すぎるよ……。休憩時間ってどれくらいだろう、ソシャゲでもして待っていようかな。そう思ってシャトルドアに背を向けた。
「わっ」
「ぅわっ!?」
「ぶはっ、ビビりすぎだろ」
「ふ、ふ、二口さん……っ」
くるりと振り返った瞬間上から降る声と、見上げる程の高い身長。私の心臓が、非常に驚いたと主張するように大きく脈打つ。でも、それだけじゃない。
こんなに近くで見たのも話したのも、あの日振りだ。緊張と、恥ずかしさと、嬉しさと、色んな感情が混ざってどう表現したらいいのかわからない。
余程おかしな顔をしていたのか、そんな私をよそに二口さんはこちらを指さして笑っている。指をさすな。
「ふは……っ、そんな驚くか?」
「誰でもびっくりすると思いますが……」
「まぁ、そんなことより今日は一人なの?」
「はい、流石に毎回付き合ってもらうのは悪いなと思って」
「ふーん」
……っていうか、私が前回まで友達と来てたこと知ってたの?もしかして意外と気にかけてくれていたのかな、なんて都合のいいことを考えてしまう。
いやでもそうやって期待して、勘違いだった時が恥ずかしいので一旦落ち着こう。
二口さんはひとしきり笑ってからシャトルドアの外側にある階段に腰をおろした。じっと私の目を見て「座れば」と、彼は自分の隣を叩いて呟く。
え、そんな近くに座ってもいいの?一般的な距離感かもしれないけれど、今の私には刺激が強い。緊張で心臓が破裂しそうだ。
でもこれを逃したらもうないかもしれない、そう思い意を決して二口さんの隣へ座った。
「あの日すごい勢いで連絡先聞いてきたのに、全然話しかけに来ないんだ」
「え!?や、練習の邪魔しないようにと思って……」
「休憩時間くらいよくない?だって"友達"なんでしょ」
口の端を上げて、意地の悪い笑みを浮かべる二口さん。対面で話したのはこれが二回目だけど、わかる。これは絶対からかっている時の顔だ。
今ならあの時仁花ちゃんが言わんとしたことが容易に予測できる。
「じゃあ、友達だから二口さんのこと教えてください」
「なに、スリーサイズとか?えっち」
「なんでそうなるんですか!」
茶化す二口さんに口をへの字にしながら誕生日を聞けば、個人情報ですとはぐらかされ。じゃあ好きな食べ物はと聞けば、何故かそっちはすんなりと「すっぱいグミ」だと教えてくれた。
……すっぱいグミ?あ、そう言えば。
「二口さん、もしよかったらこれもらってくれませんか」
鞄を漁って取り出したのは、ここに来る前立ち寄ったコンビニで購入したグミ。『気になるお肌に美味しくビタミン補給』なんて文字が目に入り、丁度肌荒れが気になっていたのでつられて手に取った。しかも二つも。
ただ食べてみたら思いのほかすっぱくて、適当な理由をつけて妹に押し付けようか悩んでいるところだった。
「あ、これ一個食べちゃったから、こっちの新しいのです」
「へー初めて見た、もらってもいいの?」
「どうぞ。私にはちょっとすっぱすぎて食べれなかったので……」
「そっか、サンキュー」
たまたま寄ったコンビニで買ってよかった。食べた時はすっぱ!と眉間にしわを寄せたけれど、この時の為にあのグミは視界に入ってくれたのかもしれない。
食べかけのグミを鞄に戻そうとすれば、じっと見つめる二口さんの瞳。その手をピタリと止め、どうかしたのかと問いかければ「それ、捨てるんだったらもらうけど」と手元のグミを指差した。
「え、でも食べかけだけどいいんですか?」
「別に、食べて吐き出したわけじゃないでしょ」
「流石にそんなことは……」
「ならいいじゃん、捨てるよりは」
私の手からグミの袋を取ると「手、出して」と二口さんが笑う。眩しい、イケメンとはこういう人のことを言うんだと、間近で実感した。そしてその笑顔に絆され、疑うことなく手を出した私は本当にバカだった。
ころりと一粒のグミが手の平に転がる。慌てて見上げれば「食べて」と目を細める二口さんの笑みに固まった。
私さっき食べれなかったって言わなかったっけ?
手元を見てからもう一度彼に視線を戻してもその笑顔は変わらない。……流石にこれを戻すわけにもいかないのでその一粒を口に放り込むと、口の中に広がる酸味に顔を顰めた。
「……っ」
「あっは、その顔!すっぱさはお墨付きみたいだな、有難くもらっとくわ」
そう言って二口さんはその場から腰を上げた。もうそろそろ休憩も終わるのかなと、体育館の中を覗けばちらほらと部員が集まりはじめている。
話し始めはあんなに緊張していたのに。最後の方はすっかり二口さんのペースに乗せられ、メッセージでやり取りしているように話せた。そのせいか休憩時間が一瞬のように感じ、もう行ってしまうのかとすごく名残惜しい。
「じゃあ俺は戻るけど。あ、そうだこれ」
「なにを……」
何かを思い出したのか、体育館に入りかけたのに戻ってきた。
「ここ一応風除けにはなってるけど寒いだろ」
「あ、ありがとうございます……」
「別に、差し入れのお礼。あと毎回差し入れいらないから」
「えっ」
「まぁ、貢ぎたいっていうなら別だけど?」
口端を上げながらそう言い残すと、彼はシャトルドアから体育館へ入っていってしまった。
二口さんから手渡された既に熱を持っているホッカイロと未開封のもの。冷えた手がじんわりと温められ、次第に顔まで熱を持つ。
何回か練習を見てからの二口さんの印象は、最初の王子様なんてのとはひどくかけ離れていた。すぐ人を煽るし、先輩すら揶揄って憎まれ口を叩いている。そしてびっくりするほど口が悪い。
でもそれだけじゃなくて、案外面倒見はいいし、周りを見てフォローもしているし。……それに加えて、だ。
「こんな風に優しくしてくれるのは……ずるいよ」
熱を持った顔を隠すように俯いて、それをおでこに当てた。
運動している彼にこれは必要ないものかもしれない。……私に渡すためにひとつは温めていてくれたと考えるのは自惚れすぎだろうか。
傍から見れば特別なものではないかもしれないけれど、たったこれだけのことが今の私には死ぬほど嬉しくて。
初めて一人で来た初日、こんなにいいことがあって家まで無事に帰れるのだろうかとか。運を使いすぎて明日倒れるんじゃないかとか。いらない心配までしてしまう。
「……あったかい」
二口さんからもらったホッカイロを握り締め、お使いの時間ギリギリまで練習を眺めた。