伊達工の主将に一目ぼれした話3

初めて一人で見学に行ったのをきっかけに、タイミングが合う時に二口さんが話してくれるようになった。
最初のころは緊張して正直何を話したのかいまいち覚えていないけれど、回数を重ねたお陰かようやく肩の力を抜いて会話ができるほどにはなった。

でも一つ壁を乗り越えた先にはまた新たな壁がある。そう、好きな人がいる私にとっての一大イベント、バレンタイン。早くもこの季節がきてしまった。
まだ会って間もないから渡そうかどうか少し悩んだが、そもそも二口さんとの出会いは告白から始まったので渡さない選択肢はないと腹を括った。

ただ、チョコを用意するにも二口さんの情報が少なすぎる。
好きな食べ物はすっぱいグミだということくらいで、甘いものは平気なのか、他には何が好きなのか。この短期間での情報収集ではたかが知れている。それに手作りのものを好んで食べてくれるのかも疑問だったので、手作りのお菓子と市販のお菓子を二つ用意し反応を見ながら渡すことにした。

そして迎えた今日。

「本当、なんでこんな日に……っ」

気合いを入れて早めに来ようと思っていたのに、日直だからという理由で先生から明日の授業で使う物の準備を頼まれ断ることが出来なかった。
急いで学校を出たけれど着いた頃にはもう練習も終盤の時間になってしまっていた。運動不足の身体で息も絶え絶えになりながら、駆け足でいつもの場所に向かった。

「えっ、な、なんでシャトルドアが封鎖されてるの?」

どうして今日に限ってことごとくタイミングが悪いのだろうか。
私の定位置であるシャトルドアを囲むように、黒と黄色のバリケードが張られていた。もしかしなくても何か工事をするのだろうということが窺える。
……ということはだ、初日に行ったっきりである正面から体育館に入らなければならない。ギリギリ入口が見える所まで移動して中を覗けば、思ったほど人がいない。
これならいけるかもしれないと、体育館の入り口へ向かった。

「お、あの時の子じゃねぇか」
「ひっ」
「驚かすなよな、ただでさえ声大きいんだから」
「だ、大丈夫です……」

体育館の中を覗こうとしたところ、急に後ろから声をかけられ心臓が跳ねる。恐る恐る振り向けば、あの告白した日にいた二口さんの先輩方だった。

「今は休憩時間に入ったよ」
「あ、そうなんですね……」
「そういやさっきあっちの階段のところで見たぞ二口」

そう言って大きい先輩が廊下の向こうを指差した。確か鎌先さんって二口さんが呼んでいたかな。

「今日バレンタインだから帰りに出待ちしてる子も多少なりともいるだろうし、ゆっくり渡すなら今がいいかもしれないよ」

そう穏やかな口調で教えてくれたのは茂庭さんで、その後ろで「そうだな」と頷いているのは笹谷さんと呼んでいたような気がする。
もう今日の目的がバレバレで恥ずかしいけれど、帰りもみくちゃになって渡せないとなれば本末転倒だ。やっぱり人気なんだと少し複雑な気持ちを抱えつつも、教えてくれた先輩方に一礼してその場を後にした。

「確か階段って……あ、いた」

教えてもらった方向に歩けば、階段が見えてその下に二口さんの姿を見つけた。
でも、一人じゃない。伊達工業の制服ではない女の子と一緒にいた。もしかしたら私と同じ立場かもしれないと焦ったが、自分がどうこうできる問題でもないので邪魔しないように隠れて待つことにする。

私より年下だろうか、ここら辺の高校の制服ではなさそうに見える。柔らかく揺れるツインテールが似合う可愛い女の子だった。ライバルかもしれないというのにお似合いだと思ってしまう自分もいて、なんだか悔しい。

ちらりと陰から覗けば、女の子は二口さんへチョコを渡しながら親し気に話している。こんな覗きみたいなことしてはいけないのに気になって目が離せない。
二口さんが屈んで女の子の方へ頭を傾け、耳打ちをして二人とも笑っている。女の子は二口さんを小突いた後、恥ずかしそうに手で顔を隠していた。
そこまで見て、いたたまれず顔を伏せる。誰が見たってこれは……嫌でも察してしまうだろう。

「……とりあえず、戻ろう」

気付かれないよう、振り返らずに体育館の入口の方へと踵を返した。

「あれ?二口と会わなかったか?」
「あ、なんかタイミング悪かったみたいで」
「そっか、じゃあ帰り大変かもしれないけど頑張って」
「へへ……ありがとうございます」

戻ったとほぼ同時に試合形式の練習が始まる。さっきのことが頭から離れず、先輩方の近くで息を潜め練習を見ていた。
多分、きっと、気持ちが成就したであろう先程の場面が頭の中を巡り、チョコを渡すべきかどうか思い悩む。

「今のもう少し引き付けてから飛べー」
「はい!」

……バレーをしている二口さんはやっぱりかっこいい。口は悪くても根は優しくて、こんなかっこいい人に彼女ができないわけない。改めて考えると、私と連絡をとってくれてることが不思議なくらいだ。
思わぬところで失恋してしまったが、最後に知らない振りをしてチョコを渡そうと練習が終わるのを大人しく見ていた。



練習が終わる少し前、一足早く外に出て少し離れたところで待つことにした。
ゆっくり渡すことは叶わないかもしれないけど、もう渡せるだけで十分だ。そして静かにフェードアウトしよう。
あまりにも短かった片想いの期間だったけど、逆にこれでよかったのかもしれない。長ければ長くなるほど、きっと忘れられなくなるだろうから。

静かだった体育館の入口から沢山の話し声が聞こえてきた。
顔を上げれば、思った通りバレー部の人たちが練習を終わって出てきたところだった。
今この様子を見れば、確かに先ほど茂庭さんが言っていたようにゆっくりチョコを渡すことはできなさそうだ。……というより、なかなかに近づきにくい状況ではある。
決して多くはないけれど、あの中に素知らぬ顔で入っていく勇気はない。
「クリスマスなんかなんもなくて、暇な先輩たちがケーキ持って来てくれた」なんて言ってたけど……。それは本当なのかと思うくらいには、手が届きそうな人でないことを思い知らされる。

十五分ほど待ってみたが、私のように離れてタイミングを見計らっていた子もちらほらいたようでなかなか話しかけるチャンスが掴めない。

「あれ?まだ帰ってなかったの」
「あ……茂庭さん」

どうしようか悩んでいたところに現れたのは、先ほどもお世話になった茂庭さんだった。……どうせフェードアウトするんだし、茂庭さんから渡してもらえばいいか。

「すみません、もう帰らないといけなくて。チョコを二口さんに渡してもらってもいいですか?」
「え、せっかく待ってたのに話していかなくていいの?」
「はい、いつ話せるかわからないし……あ、箱に入ってるチョコは茂庭さんが食べてください。今日のお礼です」
「え、いや悪いよ」
「優しくしてくれたお礼なのでもらってください、今渡すので……」
「本当にいいの?」

もう帰らないとなんて嘘、私がこの場から離れたいだけ。まだもう少しだけだったら待てるけど、これ以上二口さんがチョコをもらってる姿も見るのが辛い。あの光景が瞼の奥に焼き付く前にここから去りたいだけだ。
こくりと首を縦に振り、大事に持ってきたトートバックからお菓子が入ったふたつの袋を取り出した。昨日頑張って作ったお菓子と、どれがいいかなと悩んで買ったチョコ。
今二口さんの視界に入らず帰ろうとしているのに、取り出した袋を見ると直接渡したかったなと気持ちが揺らぐ。なんて、矛盾しているのだろう。

「あ、どっち渡せばいいんだっけ」
「あえっと、こっちの……」

間違えないよう両手に分けて渡そうと、茂庭さんへとそれぞれの袋を差し出したその直後。

「ねぇ俺のじゃないの、それ」
「……っ!?」

茂庭さんの手に渡る寸前にそれは止められた。
私の腕を掴む大きな手。ふとあの日のことを思い出しその声の主を見上げれば私が待っていた人で、思わず息を呑んだ。

「そうですけど……。でもあの、さっきまであっちに」
「わかってんなら話しかければいいだろ」
「あの中に入れは流石に無理がありますよ……」
「じゃあ丁度二口も来たし俺は行くね。二口、女の子は優しく扱うように」
「……ッス。ごめん」
「いや、大丈夫なので……」

先輩の言葉で、二口さんは私を掴んでいた手を離した。そしてそう言い残した茂庭さんは間髪を入れずこの場を後にした。
ど、どうしよう、さっき見た時はまだ女の子がいたはずだったけど。……怖くて二口さんが走ってきた方を振り向けない。まさか二口さんが来るとは思ってもみなかったからシミュレーションが全然できていなくて頭の中が真っ白だ。

「とりあえず、行こうか」
「あ、はい……」

取り出したお菓子の袋をまたトートバッグにしまい、歩き出した二口さんの背中を追いかけた。



二口さんの後をついていけば、学校の裏庭のようなところに着いた。裏庭と言っても簡単に見つかりそうなところではなく、ここはギリギリ敷地外に当たるのだろうか。芝も木もあって、風を避ける場所には少し古い木のベンチもあった。
昼寝するときやサボる時にでも使っているのかもしれないと、そんな考えが過る。

「ここ、座って」
「え、や、タオル大丈夫ですよ。汚れちゃうんで」
「そのまま座ったら制服が汚れるでしょ。いいから」
「では……座らせてもらいます」

彼が座った隣に、使っていないであろう綺麗に畳まれたタオルを古い木のベンチに敷いてくれた。遠慮したものの座るよう促され、そこへと腰をおろした。じっとこちらを見ている二口さんの視線が痛い。

「で?」
「はい?」
「茂庭さんに心変わりでもしたわけ」
「は!?いや、何を言ってるんでるか。あれは二口さんに渡してもらおうと……」

そこまで言って、二口さんの彼女かもしれない存在を思い出した。
……もしかしてこの状況はまずいのではないか。

「二口さんこそいいんですか。彼女さんができたんじゃ」
「は?誰のこと言ってんの」
「さっきいたじゃないですか、休憩の時チョコもらってた」
「んー?……あ、もしかして髪ふたつに結んでる」
「そうです」
「あー……っふは、なに、見てたの。俺のストーカー?」
「ちがっ、たまたま!たまたま鎌先さんから二口さんを見かけたって教えてもらって」

思い当たる節があったのだろう、それなのに何故か笑っている。こちらにとっては一大事なのに、なにがそんなにおかしいのか。

「いとこ」
「え?」
「俺のいとこだよ」
「だって、耳打ちとかして……」
「そりゃ本命がどこにいるか聞くとき、大きな声では聞けないでしょ」
「それはそうだけど……」
「因みに相手は青根な」

いとこ?本命は青根さん?というかそんなプライベートなことを言ってもいいのか。
一旦情報を整理するためにこめかみに手を当てた。二口さんの言葉をそのまま受け取れば、全ては私の勘違い……ということになる。横目で彼を覗けば口端を上げていて、それが全てを物語っている。
そうだとわかれば恥ずかしくて、今すぐここから逃げ出したい衝動に駆られた。でもそんなことはできる筈もなく、せめてと思いながら両手で顔を隠す。

「どう?解決した」

そう言われ、私は顔を押さえたまま頷くことしかできなかった。
だからといってずっとこうしてるわけにもいかず、トートバッグの中からお菓子の袋を取り出す。

「これ作ったんですけど、手作りのお菓子って食べられますか?」
「……食べられないって言ったら?」

食べられないという言葉も予測していたため全く動揺していないと言えば嘘になるが、はっきり言ってくれてよかった。渡した上で捨てられる方が悲しいから。
私は手作りの方を自分の膝に置き、買ってきたチョコを二口さんへ差し出した。

「じゃあ買ったのもあるので、こっちどうぞ。どっちも本命には変わりないので!」
「そっか、じゃあ手作りのもらお」
「え」

彼は私の膝に置いてあったお菓子の袋を持ち上げ、中から箱を取り出した。
さっきは食べられないって言っていたのに、どういう風の吹き回しだろうと頭を傾げる。
それを感じとったのか二口さんは箱を開けながら、こちらを一瞥した。

「……別に、あんたが作ったものなら変なもん入れてねーだろと思って」
「変なもの……?」
「お、うまそー。これ何、レモンケーキ?」
「はい、すっぱいグミから連想されるものってレモンしか浮かばなくて……安直だけどレモンケーキにしました。って言ってもケーキだから甘いんですけど」
「別に俺甘いのも好きだし。一個食べていい?」

どうぞ、と言えば一欠け摘まんで口に放り込む。
味見はしたけど、実は私の舌がおかしくてまずかったらどうしようなんてドキドキしながら様子を窺った。
ケーキを一口かじる彼の横顔に見惚れていると「うっま」と、言葉にした二口さんと目が合う。その反応に、お世辞かもしれないけど口に合ったみたいでよかったと胸を撫でおろした。

「お菓子作り好きなの?」
「趣味程度ではありますけど……」
「腹減ってるから全部食べたいけど、時間も時間だし帰ってから食べるわ。……で、それはどうするの?」
「これは……うーん、お世話になったので茂庭さんにでも渡してもらえますか?」
「どっちも本命って言ってなかった?これも俺に選んだチョコじゃないの」
「そうですけど……」
「ふーん、じゃ俺への気持ちは半分てわけね」
「ちがっ」

だって触れないようにしていたけれど、私と反対側の二口さんの隣にはチョコが紙袋に詰まっている。ただでさえ食べるのが大変そうなのに、私のまでもらったら……と思い茂庭さんの名前を出した。
だけど目の前の二口さんは少し不服そうな顔をしている。

「す、好きなのは二口さんだけですから……。だって、渡したいって言ったらもらってくれるんですか?沢山お菓子あるのに。全然無理しなくて大丈夫ですけど……」
「無理してないし。茂庭さんの手に渡るのはなんか勿体ない」
「あっはは、なんですかそれ。……どうぞ、気に入るかはわかりませんが」
「ありがと。……って遅くなったな、帰るか」
「ほんとだ、暗くなってきた」

手をついて立とうとすれば「ほら」という声と共に差し出した手に目を丸くする。
……手?え、なに、もう何も持ってないんだけど。それとも、もしかして。
どうするべきか固まっていると「ほら、手!」ともう一度声をかけられ、反射的に手を重ねる。
その瞬間その手を引っ張り立ち上がらせてくれた。
よく少女漫画で見るようなシーン。立ち上がった後にふらついて抱きとめてもらう、なんてことは残念ながらなかったけど心臓の動きが速くなるのには十分だ。

「あ、ありがとうございます」
「別に」

こんな時にずるいよ、と恥ずかしさに顔を伏せれば今まで座っていたタオルが目に入る。「あ、これ、洗濯してお返しします」と慌ててタオルを手に取り畳んだ。

「いいよ、どうせ洗濯物多いし」
「いや、私が使わせてもらったからちゃんと洗って返します!あ、それともこのタオルもすぐないと困りますかね……」
「タオルなら沢山あるけど」
「それなら、綺麗に洗っておきますので」

流石に自分のおしりに敷いていたものを、二口さんの家で洗ってもらうなんて申し訳なさすぎる。なんとか説得して洗濯権を得たのでお菓子を入れてきたトートバックにしまった。
それを見て二口さんはくるりと背を向けて歩き出す。

「途中まで送る」
「え、いいんですか」
「バレンタインもらったし、お礼」
「へへ、ありがとうございます」

紆余曲折あったけれど、なんとか今日の最大のミッションはクリアできた。
寧ろ、それ以上の収穫すらあったように思える。緩む頬を押さえながら二口さんの背中を追った。