『びっくりしちゃっ…

『びっくりしちゃった、樋宮くんがいると思わなくて。新しいホスクラのオープニングに友達の付き添いで行った時なんだけどね』

……ホストクラブ?
思いもよらない言葉に指先が冷たくなるのを感じた。
そんな私を余所に『姫のネックレスに指かけてさ、距離の詰め方も……』なんて、良かれと思って友達は続ける。でもその話を聞きながら、私は下手な相槌しか打てなかった。
……というのも、私は明星がしている仕事の内容を詳しくは知らない。兄弟や家族、恋人役としてお仕事を受けるというざっくりとしたことだけは知っているけれど。どこまでどんなことをやるのか、なんてことは突っ込んで聞いたことがない。
付き合うことになった時、大丈夫な範囲内で教えてくれようとしたこともあったけど断った。……絶対に嫉妬してしまうことがわかってて、それなら最初から聞かない方がいいと思ったから。



「……したん、なあ、」
「え? あ、ごめん」
「どっか体調でも悪いん、今日はもう送ろか?」
「や、ううん、大丈夫だよ」
「ぼーっとしとるから、熱は……なさそやけど」

子供体温みたいな彼の手が私のおでこへと当てられる。でも別に体調が悪いわけではない。
この前聞いたことが頭から離れず勝手に私がモヤモヤしているだけ。いっそのこと聞いてしまった方が楽になるのかもしれないと思ったが、腹を括ることもできず今に至る。

「大丈夫だよ、体調悪かったら今日来てないし」
「ならええんやけど。何かあったん?」
「ううん、なんでもないよ。それより―……」

こんな下手な誤魔化し方でも、明星は気づかない振りをしてくれる。私はずるいから、そうして気まずさを曖昧に溶かした。

「……じゃあ、またね」
「送らせてくれへんの?」
「大丈夫だよ。だって明星昨日も遅かったって言ってたじゃん」
「俺がもう少し一緒にいたいー」
「はいはい、それは私も同じ。でも明日は早いんでしょ、無理しないで」
「……はあい」

こんなに身長は大きいのに、置いて行かれる子犬のように見えるのは何故だろう。
本当は私だってもっと一緒にいたいし、もっと甘えたい。名残惜しさを消すように明星に抱きつけば、私の前髪を寄せぱちりと視線が合った。

「えーかわいい。また明日も頑張れそうやわー」
「うん」

別れ際その大きな手を私の頬に添えて、触れるだけのキスをする。
……本当は、頑張ってほしくない。もしかしたらこの手は他の女の子の頭を撫でてるかもしれないし、こんな風に触れ合ってるのかもしれない。仕事内容を知らない私の勝手な妄想にすぎないけれど。
代行のお仕事は、恋人の代わりは……という淀んだ感情をバレないように押し込んで「がんばってね」と笑って口にした。





すぐ家に帰ってシャワーを浴び、洗濯なども終わらせてベッドへ寝ころんだ。適当な番組をつけて抱き枕を抱えながらそれを眺めるも、内容はちっとも入ってこない。
そんな中スマホの通知が鳴って、画面を見れば明星の名前が表示されていた。メッセージを表示すると、シフトが変更になったから泊まりに行ってもいいかとの連絡で。特に断る理由も見つからないので、待ってるねとだけ返信した。

先ほどの連絡からそう経たないうちにインターホンが鳴って、またねと言ったばかりだった彼が顔を見せる。ラフな格好の明星を「さっき振り〜」と迎えれば「さっき別れた後、シフトが夕方から変更になってん。今日は一緒におれるなぁ」と私の前髪を寄せて梳くように撫でた。

「手あったかい」
「お風呂入ったばかりやからね」
「じゃあ何か飲む?」
「うーん、まだええかな」

彼はいつものように私のベッドへと深く腰掛ければ「それよりも」と口にして、自分の膝をぽんぽん叩く。「ぎゅーさせてほしいわ」と私を呼ぶその柔らかい声に引き寄せられ、明星の膝の上へ跨るように座った。
言葉の通り、その大きな腕が背中に回され「充電ー」なんて包み込まれる。その温かさに安心する一方で、心のどこかはざわざわしたままだ。
少ししてから顔を見合わせれば、彼の両手が私の頬を挟む。

「俺は笑っててほしいなーって思うてるんやけど。……なにかあったん?」

明星は目を細めて、少し寂しそうにそう呟いた。そこに問い詰めるような響きはなく、少しだけ下がった眉尻に彼の気持ちがにじんでいた。
勝手に彼の仕事のことを知って、嫉妬して……そんな独りよがりな理由で落ち込んでる私が心配される資格なんてないのに。その思いから私はつい目を逸らしてしまった。

「言えんことなら無理に言わんでええよ」

多分、言ってしまえば明星を困らせることになる。だってそれは遊びでもなんでもない、仕事だから。
最悪嫌われるなんてことになってしまったら。そう思えば、うるさいくらいに心臓の音が耳に響いて不安が込み上げる。……かといって、この気持ちを隠し通したまま彼と付き合い続ける自信もない。

「でも、悩んでるなら一人で抱え込まんでほしいっていうのも本当やから」

少しの沈黙のあと、彼はそう続けた。
私の悩みを見透かすような彼の優しいまなざしに気持ちが揺らぐ。……せっかく彼が言いやすい環境を整えてくれたのだから。もういっそ、このまま伝えてしまおうか。
ゆっくり呼吸をし、意を決して彼の名前を呼んだ。

「……明星」
「ん、なあに」
「嫌いに、ならないでほしいんだけど……。いやでも、無理って思ったら逆にスパーンと振ってほしいかも」
「えー俺そんなに酷い男やと思われてるん?」