「なに、オレがこわい?」
執着とか、こっちがするもんじゃないって。ずっとそう思っていたけれど。
「隠さなくていーよ」
「隠してないってば、添どうしたの」
あーあ、まだ自分にもこんな感情があったんだなぁーなんて。……すげー不快。
組敷かれた彼女を見下ろして服の裾からその白い肌に手を滑らせれば、びくりと身体を震わせた。戸惑いで揺れるその瞳に、言葉にならない苛立ちが募る。
……別に、怖がらせるつもりなんてないのに。胸の奥がチリッと痛んだ。
*
別にいつもみたいに、へぇって流せばよかっただけのこと。……ただその時はたまたま俺の虫の居所が少し悪かった。そう、それだけ。
『もったいないわぁ、顔はいいのに。でもまあ、こんな仕事してるんじゃ感情は邪魔よね』そんな言葉はいつも受け流すのに、シゴトで手を組んだ奴から言われたことが頭の中で反芻する。時間が経っても魚の小骨が喉に刺さったように、ちくりと残り続けていた。
「添、おかえり」
今日は予定していたシゴトが延期になった。急遽空いた時間で銭湯に行き寮へ帰れば、待ってましたと言わんばかりに赤い髪を揺らした犬が顔を出す。あーあ、ただでさえイラついてんのに。めんどくさ、という気持ちを出さないよう笑顔を貼り付けた。
「どーしたんですか練牙さん、そんなに急いで」
「これ、いつも添には世話になってるからな」
そう言って差し出されたのは無地の紙袋。こんな紙袋のお店は思い当たるところがないし、中身と紙袋は別々に買ったのだろう。受け取らないわけにもいかず、気乗りしないながらも手に取って「中見てもいい?」と当たり障りのない言葉を口にした。この場から早く立ち去りたくて。
「あ、ああ! 絶対喜んでくれる……はずだ」
はず、と言いながらもその顔は自信満々で、思わずため息が出そうになる。まあ何が入ってても適当に喜んであげるけどね。そう思いながら中を覗くと、オレ好みのつまみと酒が入っていた。
へぇ、珍しくドンピシャ。今日はこれで晩酌かな。
「さすが練牙さん、最近これハマってるんですよねー」
「だろ! でもその、俺だけで選んだんじゃなくて、添の彼女さんに聞いたんだ。たまたま会って」
思わず「は?」という声が喉まで出かけ、飲み込んだ。
確か会ったのってデートしてた時の一度だけだったはずだけど。……なんで。
「何かプレゼントしたくて悩んでたら、添の好みのもの教えてくれてさ。いい人だな!」
「へえ、そうだったんだ」
無邪気に彼女を語るこの人に、すっと何かが冷えていくのを感じる。
はぁ、なに人のことペラペラしゃべってんだか。でもここでお礼を言っておかないと後で面倒だ。
不快な重みの紙袋を握りしめ「ありがたくいただきまーす」と口にすれば満足そうに笑っていた。
「添に喜んでもらえてよかった」
上手く笑顔を貼り付けられなくても、目的を達成し安心しきっているからオレの変化には気づかない。それがまた今は無性に腹立たしく感じて、余計なことを口走る前に踵を返した。
「用事思い出したんで、じゃ」
半ば一方的に会話を切り上げ、返事も待たずに玄関を出た。
……あー、めんどくさ。背後でオレの名前を呼ぶ声が聞こえたが、振り返ることもせずただ静かにアスファルトを踏んで彼女のもとへと向かった。
*
今日は今の時間家にいれば、多分フリーなはず。
もらった紙袋を片手に彼女の家のチャイムを鳴らせば、少しの静寂のあとガタガタと騒がしい物音が聞こえた。インターフォンのカメラで確認したらオレの姿が見えて急いでいるのだろう。
開錠したと同時に扉が開き、完全に気を抜いている姿の彼女が出てきた。髪こそ半乾きだが、赤く染まった頬とうっすら揺れている白い余熱が風呂上りを意識させる。
……はは、ちょうどいい。
「どうしたの、ってかもう完全にお風呂上り……」
「えー何回も見てるじゃん。いーよそのままで」
「いや、まあそうだけど……パーカーじゃなくてもう少し可愛い部屋着とかあるじゃん」
「オレは気にしないけど。頬赤くしてかわいー」
彼女の頬を両手で挟むと「冷たっ」と短い悲鳴をあげた。そして少しむっとしながら小さい手でオレの手を包むように掴み「とりあえず寒いから入って」と部屋の中へと引っ張られる。
来慣れた部屋に足を踏み入れれば無防備なソープの香りで満たされていた。いつもソファー代わりに座っているベッドへと促され、手に持っていた紙袋をわざと目の前のテーブルへと置いた。
「今日泊まってもいい?」
「予定ないから別にいいけど」
「やったー」
「で、その紙袋は夜のお供に持ってきたってこと?」
紙袋をつついてにたりと口角を上げる。この中身がわかっていないのか、わかっていてそう言っているのかはわからない。「見てみたら」と声をかければ、弾んだ声で「遠慮なく!」と紙袋を手繰り寄せ中身を出した。
「あ、これ練牙さんからでしょ」
「せいかーい。なんでわかったの、ってかなんで練牙さん呼び?」
彼女の口から発せられるあの人の名前に、知らないところで接触したであろうその事実に、言いようのない不快感を覚える。
なんとなしに聞いてはいるけど全く知らないフリをしてそう口にすれば、彼女は「あれ、聞いてない?」なんて目を丸くした。まあ、どんな経緯かなんて聞いてないから嘘は言ってないし。そう思いながら一先ず彼女の言葉に耳を傾けることにした。
「仕事の帰りに買い物してたらたまたま練牙さんに会ったんだよね。添の大学前で待ち合わせしてる時何回か鉢合わせてるからあっちも覚えてくれてて」
「へえー」
鉢合わせしてるとか初耳、どんだけ会いに来ようとしてんだよあの人。大方こいつを見て先約があることを察しそのまま帰ったんだろうけど。
「それでね、添にお世話になってるからお礼で何か渡したいけど何がいいかわからないみたいでさ。だから最近添がハマってるもの一緒に探して教えたんだよ」
「なるほどねー。で、なんで練牙さん?」
「なんか添の彼女だから名前でいいって言われてさ、だから添と同じにした。すっごい添に懐いてて、セレブっていうより子犬みたいだね」
経緯を話すように促したのはオレだけど。あの人のことを笑いながら話す彼女を見ると、腹の底に黒いものが滞留しているのを感じる。……あー、気分わる。
今までだってこれからだって、そんな細かいことどうでもいいはずだったのに。あの犬とこいつが知らないところで接触していて、尚且つ俺の話をしていたことが無性に苛立った。これが別の人だったらまた違ったのかもしれないけれど。
「テレビで見るとザ・芸能人だーって思ってたけど、話してみると案外普通の人でちょっと親近感わいたかも」
「……で?」
「え、」
「練牙さんがよくなっちゃった?」
「は、なんでそんな飛躍する……っ」
そのまま彼女の上半身をベッドへと乱暴に押し倒すと、状況が飲み込めていないという顔でこちらを見上げた。そういえばこんな風に扱ったことなかったっけ。
まあでもそんな顔で見られても、オレだってよくわかってないんだから答えることはできない。この不快感の正体も、なんでこんな風に思うのかも。
「なに、オレがこわい?」
「……怖くないけど、びっくりして」
「ふーん」
おもむろにベルトを外し、彼女の手首へと巻き付け自由を奪った。手首を捻るも簡単にはほどけずに、オレの名前を呼ぶ瞳には戸惑いの色が揺れている。
女は都合のいい道具みたいなもので、そいつの嗜好に合わせれば簡単に繋ぎ止めることができていて。オレが笑えばコロッと寝返るし、大体のことは許してくれる、丁寧に扱えば自分は特別なんだと勝手に思い込む。
もちろんこれで喜ぶ奴もいるけど、こいつはそうじゃない。わかってはいるけど言葉にならない感情がオレをそうさせる。
「で、練牙さんとは何回か出かけてんの?」
「はあ? そんなのあるわけないじゃん」
「隠さなくていーよ」
「隠してないってば、添どうしたの」
……そんなの、こっちが聞きたいくらいだけど。
投げ出されている彼女の足をベッドへ乗せて、跨るように組み敷いた。そのまま顔の横へと肘をついて無抵抗な唇へと噛みつけば、いとも容易に咥内へ侵入できた。逃げようとする舌を絡めとり、角度を変えて何度も口づければ小さく声が漏れる。
唇を塞いだまま服の裾から肌へと手を這わせるとびくりと身体を震わせた。その先にある膨らみをやわやわと包み込むと、くすぐったそうに身を捩る。ブラをずらして突起を摘まめばひときわ大きな嬌声をあげた。
「や……っ、ね、これ、ほどいてっ」
「んー、やだ」
ベルトの拘束はそのままに、着ているパーカーをを首元までめくる。
ラッキー、今日はフロントホックだ。
片手で真ん中を折ればいとも容易く外れ、隠れていたふくよかな胸が露になった。お腹から胸へと音を立てて啄めば、彼女の体は敏感に反応する。
わざと胸の突起を避け、周りへ舌を這わせるとじれったいのか彼女は小さく身を捩った。
「なに、舐めてほしいの? えっち」
「んっ、……ぃじわる、ゃ、あっ」
もぞもぞと膝を擦る彼女の下半身は足で挟み込んでいるし、腕は頭の上で縛られているから抵抗することもままならない。いつものように自分で口を押えることもできないから、困惑の表情を浮かべながらもその甘ったるい声を余すことなく漏らしている。
服を腕のところで止め、手首に巻き付けていたベルトを外した。
そうやって、結局は俺にはないものを持っている奴に惹かれんのかな。
こんなことを考えることすららしくない。……はあ、きもちわる。