「お風呂ありがとー」
「いーえ」
お風呂から上がってもどこもかしこも綾戸くんの香りで心臓が休む暇もない。彼の家にお邪魔してるのだから当たり前だけど。
借りたタオルからも綾戸くんの香りがして、唯一家から持ってきている部屋着もゆっくりと染まっていく。そんな逃げ場のない甘やかさに、思わず頬がほころんだ。
「髪乾かすからこっちおいで」
ソファーに座って手招きする彼の手にはドライヤーが握られていて、そのすぐ下には大きめのクッションが置かれている。ここに座ってと待つ綾戸くんに促されるまま腰を下ろした。
彼の膝の間に挟まるようにソファーの縁へと背中を預け、上を見上げればさかさまの彼とぱちり視線が合う。
「ほーら、乾かすよ」
「わっ」
ドライヤーがオンになり、柔らかい温風が私の肌を撫でて。大人しく正面を向いて目を瞑れば「そのままね」と彼の指が私の髪にするりと潜り込んだ。
目を瞑っているせいか、髪を梳く彼の手の感触だけが不思議なほど際立っていて。それがひどく心地いい。
肩ほどまでの毛先を掬うとき、不意に項を掠める指がこそばゆくて思わず首をすくめた。
そこまで髪は長くないから、指先が首に当たってこそばゆい
「音の膜(まく)に包まれる」
ドライヤーの騒音が、世界を私たち二人だけに切り離す心地よい膜になった。
「鼓膜を震わせる」
ゴーッという低い機械音が鼓膜を震わせる中、髪に触れる彼の指の感触だけが鮮明に浮かび上がる。
まだ来たのは数えるほどだから、
「えー俺だってドキドキくらいするけど」
いつまで綾戸って呼ぶの?