恋人らしいこと3

「この部屋着、元カレの残してたんですか?」
「弟のだよ。たまに遠征で泊まりに来るから」
「はは、色気のない回答一」

ごろりと人のベッドへと横になって彼がそう口にした。
余計なお世話だ。服が乾くまでシャワーと弟の部屋着を貸してあげただけ有難いと思ってほしい。
部屋にあげるのは少し躊躇したが、上着を貸してくれたことで濡れた服を隠せたから、じゃあさようならとも言えず。
「ホテル行きます?」と言う彼の言葉を無視して、近かった自分の家へと引っ張ってきた。

「いいの? よくわかってない男、簡単に入れちゃって」
「とりあえず服が乾くまでだから。……あと、上着、ありがと」
「いーえ。もとはと言えばオレのせいですし?」
「それはそう」
「手厳しー」
「自分で言ったんでしょ……」

この調子で喋られるから、それにつられて私まで軽く接してしまっている。あの日の雰囲気が嘘みたいに。人を懐柔するのが上手なのかもしれない。
毎日飽きずに隣にいるということは、何かしら目的があって監視しているのだろうと予想はしている。でも、その目的が全くわからない。
こう見えて品行方正に生きてきたから何か暴かれて困るようなことはなにもないはずだけど。
マグカップニつをテーブルに置き、ソファー代わりのベッドへ腰をかけ「コーヒー、どうぞ」と口にした。

「……ねえ、これっていつまで続くの」
「ん?」
「とぼけないで。名目上の恋人ってやつ」
「さあ、どうですかね」
「恋人じゃないのに恋人だなんて。困るんじゃないの、きみも」
「別に」

彼は何かを言いかけたその瞬間、私の視界が反転して。覆いかぶさるように近づく顔に思わず目を見開いた。
まだ濡れている彼の髪が頬を掠めて、少し冷たい。

「じゃあ、します? 恋人らしいこと」
「……え」
「さっきみたいな軽いキスじゃなくて、それ以上もしましょうか」

私の腿に手を這わせ、彼は薄く笑みを浮かべながら私を見下ろしていて。服越しにもわかる熱をもった手に、心臓がどっと跳ねた。
でも今この状態でそれを悟られたら流されてしまいそうな気がして、平然を装い「……しないよ」と小さく呟いた。
予想していた答えではなかったのか、添くんは「は?」と口にした。彼の胸板を押して起き上がろうとしたが、避ける気はないらしくびくともしなくて。私は諦めてそのままもう一度ベッドへと体を沈めた。

「なんでそう思うんです?」
「……普通の恋人じゃないから。する必要もないでしょ」
「普通の恋人、ねえ。キスは拒まなかったのに?」
「あれは……っ、不意打ちだったから」

触れた唇を思い出し、一気に顔へ熱が集まった。速くなる鼓動を隠して毅然な態度をとっていたのに、あっけなく崩されてしまった。
彼にとってはキスなんか大したことないのかもしれないが、私はそうではない。それ以上彼の顔を直視すると墓穴を掘りそうで、横へと視線を逸らした。

「……まあ、する気がない人を無理やり襲う趣味はないですしいいですけど」

そう口にしたので避けるのかと思いきや、彼は私の乱れた髪を指先で寄せて「したくなったら言ってくださいね」とわざとらしく耳元で囁いた。思わず耳を押さえて彼を見れば、意地悪く笑っている。

「ないから!」
「はは、残念」

そんなこと一ミリも思ってないくせに。
なんて呆れている私を知ってか知らずか、彼は「じゃあコーヒーいただきまーす」と、ようやく私の上から避けてくれた。
私も冷めないうちにとベッドの縁に座ってマグカップを口に運ぶと、優しい甘さが広がる。美味しい。
不意に彼のスマホの通知が鳴り、それをめんどくさそうに手に取った。なんとなく気になってちらりと横を覗けば、スマホに視線を落とす彼の目は酷く冷たくて。一転した雰囲気に背筋へ冷たいものが伝った。

「……あー、予定が入ったんで帰りますね」

そうだるそうに口にした彼はいつもの調子で、ほっと肩の力が抜けた。

「あ、うん。服は」
「またすぐ会うでしょ。この服は借りておきまーす」

そう言って最低限しか持っていない物をジャージのポケットに詰め込んで、あっさりと玄関を後にした。