研磨と自然消滅した話*

研磨と布団の中で肌を合わせその余韻に浸る。
足を絡め、離さないとでもいうように抱き締められるこの時間がとてつもなく好き。……今なら疑問に思っていたこと、聞いてもいいだろうか。

「ねぇ研磨」
「…なに」
「どうやってここがわかったの?」
「……。内緒」

―――――…

季節上は秋だというのに、しぶとく残っているこの夏の暑さが嫌いだ。まだまだエアコンをつけないと溶けてしまいそうになる。ゲームに夢中で倒れていないかなんて、おれの様子を確認しに寄ったクロ。そのクロの口から信じたくもない現実を聞かされるなんて思ってもみなかった。

「そういえば、あいつの連絡先消えてたんだけど番号でも変えた?」
「…!?」

慌ててスマホを取り出し確認すると同じく消えていた彼女の連絡先。すぐに電話をかけても"現在使われておりません"と無機質なアナウンスが流れ、心臓が大きく脈打った。

「消えてから一ヶ月くらい経つはずだけど」
「……!」
「なに、お前ら別れたの?」
「ちが……わからない」
「なんだそれ」

怪訝そうな顔でそう言うクロに、違う、とは自信を持って言い切れなかった。彼女とのトーク画面の最終履歴は既に半年も前。更には新しい連絡先も知らないのに、果たして今も付き合っていると言えるのだろうかと自身に疑問を投げかけるも答えは見つからない。

「ごめんクロ、ちょっと出る」
「おまっ、運転気をつけろよ」

配信までまだ時間はある。急いで彼女のアパートに向かうと、彼女が住んでいたであろう部屋のポストには養生テープが貼られていて。既にそこには誰も住んでいないという事実を突き付けられた。

暗闇の中に何の装備もなしで放り込まれた気分だった。

連絡先も居場所もわからず消えてしまった彼女。"喪失感""絶望"今の気持ちにはお誂え向きの言葉。激しい運動をしているわけでもないのに足が地面に張り付いたように動かない、こんな感覚初めてだ。

ガタン、とアパートの部屋のドアが開いたと同時に我に返り、慌てて車に戻った。心臓の音が煩い。どうしたらいい、どうすることもできないんじゃないか。ハンドルにおでこを押し付け途方に暮れた。

―――――…

それから忽然と消えてしまった彼女のことを考えては会いたい想いを募らせた。皮肉にも会いたいと思う時にいつでも会えるわけではないと気づかされたのは、実際会う手段を断たれてからだなんて。あっちはもしかしたら愛想を尽かしたのかもしれない。そう思うと探すための一歩がなかなか踏み出せなかった。
その間も配信や、取引、オフでも数少ないゲーム仲間と共闘したりと睡眠時間を削ってまで気を紛らわせていた。……全然紛れないけれど、何もしてないよりは遥かにいい。

『…なぁ研磨、言っていいか悩んだけどここんとこずっと顔色よくないぞ』
「うそ、そんなに?」
『まぁおまえは直接会っても健康的じゃないけどな。でも画面越しにわかるから相当だろ』
「涼に気付かれるなんてよっぽどかもね」
『それは俺に対して失礼じゃないか!?』

そんなに顔色が悪いと思わなかった。クロにも言われていたが過保護だからまたその延長線上だろうと思っていたけれど、ゲーム友達にすら言われるということは自分が思っている以上に悪いらしい。

『風邪でも引いたのかと思ったけど違うみたいだな。何かあったのか?』
「……」
『言うだけでも楽になるならって思っただけだから。言いたくないなら次のマッチいこ』
「あの、さ」

ほんの少し誰かに聞いて欲しかった。俺たちのことを知っている人には何だか言いづらくて、彼女を知らないからこそ涼には言いやすかったのかもしれない。彼はたまたま地元のゲーセンで知り合った唯一のオフ友で。交友関係まではお互い深くは話したことはなかったから少し緊張した。

「……っていうことがあって」

事細かには話さなかったが、自分から長いこと連絡を取らなかったこと。気づいたら音信不通になって居場所もわからなくなっていたことを伝えた。

『おま……淡泊なところと熱が入るところの差がすごいとは思っていたけど、ひどいな』
「う……」

涼のストレートな言葉がぐさりと突き刺さる。わかってはいるけれど、客観的に見てそう言われればやはりへこむ。

『ま、でもそんな研磨が体調グズグズになるくらい後悔してるってことはよっぽど好きだったってことでしょ』
「……そうかも」
『んだよそうかもって。だけどそんだけ連絡もらえなければ、俺だったら今と言わずとっくに別れてるけど』
「……」
『ってことはだ、裏を返せばその彼女だって研磨のこと相当好きだったと思うよ』

いいことも悪いことも、包み隠さず言ってくれる彼が正直今はありがたかった。勿論痛いくらい突き刺さる言葉もあるけれど、客観的な意見を聞いてようやく今の事実と自分に向き合えそうな気がしたから。
自分が思っていたよりも、ずっと彼女のことが好きだった。付き合っているのが当たり前で別れることなんて考えたこともないし、連絡だって彼女からしてくれて、俺の仕事も理解してくれている。その驕りが現状へ繋がってしまった。…今更後悔したって遅いけれど。

『で?どうしたいの』
「会って話はしたいと思ってるけど、そもそも居場所がわかったところで会ってもらえるか……」
『わかんないじゃん、会ってみないと。もしかしたらあっちも未練たらたらかもよ』
「だと、いいけど」
『そんな弱気な研磨はSSRだな』
「ちょっと、真剣なんだからおちょくらないでよ」

ごめんごめん、なんて笑う彼に話したからか少し心の整理がついてきた。

「涼」
『ん?』
「ありがと」
『研磨が、素直だ……』
「……今からスト6でぼこっていい?」

もうこの日はこれ以上話題に出すことはしなかったが、彼のお陰で一歩進もうと思えた。
せめてもう一度会って話がしたいけど、それは今じゃない。大学卒業までまだ半年以上ある今動いたとして、もしこの付近ではなく遠くにいたとしたらきっと二の舞を踏んでしまう。何よりまだ、心の準備ができていない。どんな顔して彼女の前へ行けばいいのか、今後どうしたいのか。居場所だってどう探したらいいのかわからないし、他にも考えなければならないことが沢山あった。

―――――…

仕事に大学に彼女のことにと忙しくしていると、あっという間に暖房が必要な季節に入ってしまった。あれから何度か涼とも遊んでいたが、彼の方が繁忙期に入ったり自分が打ち合わせで時間が合わなかったりする日も多くて。今日は約一か月振りの共闘だった。

『久しぶり、研磨と時間合わな過ぎな』
「別に時間合えば配信中に入ってきてもいいよ。おれは楽しかったし」
『もうあの一回でお腹いっぱいです。……ところで、もしかして進展あった?』
「……ないよ、お手上げ」

前回より顔色は悪くないから、なんて彼は言う。彼女の手掛かりになるような人を直接だったり人伝いに当たって、なんとか連絡先までは知ることができ胸をなでおろした。ただ引っ越し先まではまだわからず、手詰まりになっているところだ。せっかく首の皮一枚で繋がったのに、下手に連絡してブロックされたらということを考えるとそれはできなくて。最終手段は彼女の母親に聞くしかないのかと悶々としているところだった。

『研磨でも攻略できないものあるんだな』
「ゲームみたいに言わないでよ」
『まぁ、サプライズしたいのでってご両親に教えてもらえば?』
「ほんと…最終手段はそれだよ…」

最初に涼とこの話をしたのはまだ溶けそうな残暑の時期だったのに、気が付けばもう暖房が必要なほど寒くなっていて。時の流れの早さを感じた。できれば卒業してすぐ彼女へ会いに行けるよう準備をしておきたい。そう思っても居場所が分からなければ何もできないのが今の現状だった。

『そういえばさ、俺最近別れて未練たらたらみたいな話結構聞かされるんだけどそんなに言いやすい?』
「まぁ、いいこと悪いことはっきり言ってくれるからね」
『しかも状況が似てんだよなーお前と。まぁ逆の立場か』
「なにそれ、参考までに教えてよ。細かくとは言わないから」
『えーいいのかな……』

渋る彼に、勿論他言しない旨と細かいところまでは話さなくていいからとお願いした。もしかしたら彼女がどう考えていたかのヒントになるかもと、藁にも縋る思いで。そう伝えれば、かいつまんででよければと話してくれた。


……話をまとめれば、涼に相談している女性は連絡を殆ど取らなくなった時期に丁度転勤の話をもらい彼を忘れるためにそれを受けたということだった。
たったそれだけの情報なのに。……上手く言葉にはできないけれど、胸がざわついた。この違和感は何だろう。

『まぁ、これ以上詳しくは言えないけどな』
「ねぇ涼、その人についておれから質問してもいい?」

涼はぽかんと口を開け「もう言えないってば!」と首を横に振る。でもどうしてもこの違和感を拭いたくて「イエスかノーでいい。答えられなければ黙秘でも」と言えば眉間にしわを寄せ腕を組んだ。

『……ダメって言ってもお前のことだし聞かないだろ。答えられないことは黙秘するからな』
「ありがとう」

彼に質問したことは、転勤前は俺がいる県に住んでいたか否か。そして転勤のした時期は夏頃かというものだった。いずれも涼の答えはイエス。でもこれだけでは決定打には欠ける。しかしこれ以上の質問に彼が答えてくれるかどうかは疑問だが、ダメもとで聞いてみる以外の方法はない。

「最後の質問は個人情報に関わるから、黙秘しても大丈夫。ダメもとで聞かせて」
『えーわかった……』

口を尖らせ渋々了承してくれた彼に最後の質問を投げかけた。
彼女の名字の最初と名前の最後の文字を伝えれば、彼は目を見開く。言葉を失った彼へと、畳みかけるように今探している彼女の名前を紡げば尖らせていた唇は半開きになった。

『……は?お前、っていうかお前らなんなの本当に』

呆然とした表情から一転、彼は口元を押さえて肩を震わせる。その言葉からおれが探している彼女と、涼が相談されている彼女は同一人物だということが確定した。まさかこんな近くに彼女への足掛かりになる人がいようとは、思ってもみなくて心臓がばくばくと音を立てる。

「今住んでる場所とか……わかったりする?」
『おぉ、たまに行き来するから知ってる』
「……彼女とどういう関係?」
『やましいことなんてないからな?ただの小中の同級生だよ』

ジト目で見れば慌ててそう告げる彼。涼が相談されていた内容を聞けば、二人の間に恋なんて感情はないとわかるのに。それでも不安になるのは、彼女が自分のことを今でも好きだという確証がないからだ。早く会って確かめたい、彼女と話がしたいという気持ちに駆られる。

『で、どうするんだ?』
「……とりあえず、大学卒業したらすぐにでも彼女のところに行くよ」
『そっか。でも俺から居場所教えてもらったって言うなよ?和解してからならまだしも……』
「わかってる。……ありがと」
『はは、それだけ焦燥してたら助けたくもなるよ』

そう言って彼は笑った。

彼女の居場所がわかってからは引っ越し先を探したり、地方でも仕事ができるように各所に連絡をしたりと卒業の日に向けて忙しく過ごした。今すぐにでも彼女に会って話したい気持ちを抑え、着々と準備を進める。

もしかしたら行く頃には気持ちに区切りをつけているかもしれない。顔すら見せてくれないかもしれない。彼女を困らせるくらいなら、行かない方がいいだろうか。……でも、チャンスがあるならどうしても話がしたい。毎日そんな葛藤を繰り返しながら過ごした。

引っ越す二週間程前になってようやくクロへ事の顛末を話すことができた。それを聞いたクロは頭を押さえ盛大な溜め息をつき、真剣な表情で「お前が招いたことなんだから、彼女の考えを尊重しろよ」と口にする。……言われなくてもわかっている。拒否されたらそこまでで、これが最後のチャンスだということくらい。

「引っ越しまでして、ダメだったらどうするつもり?」
「……わからない、っていうか縁起でもないこと言わないでよ」
「悪い悪い。ま、研磨がここまでするとは思わなかったし、頑張んなさいよ」
「……うん」

―――――…

それからの二週間は本当にあっという間で、引っ越し当日はバタバタと家を出て車で彼女がいるところへと向かった。「まだ雪がある……」おれがずっと住んでいたところとは全然違う景色に、思わず声が漏れる。着いた時はもう夜で、真っすぐにナビで彼女の元へと向かった。

教えてもらった住所に着いて、車を降りればまだ吐く息は白い。……ここに彼女がいる。そう考えると急に心臓がどくどくと大きく動き出した。こんなに緊張するなんて、初めてのことかもしれない。最初に何て言おう。ごめん?会いたかった?ずっと考えていたけれど上手くまとまらないまま着いてしまった。

「ここに……」

このドアの向こうに彼女がいる。緊張で口から心臓が飛び出しそうだなんて虎が言ってたのを、意味が分からないと一蹴りしたことがある。……でも、その気持ちも今ならわかる。大きく深呼吸し、インターフォンへと手を伸ばした。

「……?」

ドアの奥で物音がしたけど、反応がない。もしかしたら確認する前に画面が消えてしまったのかもしれないと、少し待ってからもう一度押した。声を出せば気付くかと思い「おれ…研磨、だけど」とカメラに向かって彼女の名前と共に呟いた。

……これでダメだったら諦めよう。そう思った瞬間、ガチャリと鍵の開く音と閉ざされていたドアがゆっくりと開いた。

「けん…ま…」

そこにはずっと会いたかった彼女がいて。最後に会った時よりは少し髪も伸びていたけれど、変わらない姿に安心を覚えた。おれを見て困惑する彼女になんて声をかけたらいいだろう。

「…久しぶり」

そう口にしたおれは上手く笑えただろうか。いざ目の前にすると聞きたいことも話したいことも溢れ出しそうなのを堪え、彼女の次の言葉を待った。