『別れよう』と伝えたら(侑)

「別れてください」
「……は?冗談でも言うてええことと悪い事あるやろ」
「侑からそんな言葉出てくると思わなかった」
「ふざけとんとちゃうで」

普段は怒るときも煩い侑だが、心の底から怒っている時は静かに怒りを露わにする。
侑のことは大好きだし、今後彼の隣に他の人が並ぶことを考えると辛い。でもそれ以上に私はほとほと自分に疲れてしまったのだ。

「……うん、わかってる。でもごめん」
「納得いくわけないやろ」

侑は学生の頃からファンが沢山いるのは知っていた。今はプロになって尚更女子人気も高く、彼を逆ナンしていたり、腕を絡めたりなんてことはざらにある。
ファンサとはよく言ったもので、その境界線は私にはわからないけどその一部だとわかってはいるつもりだ。ただ何度見てもファンからの過度な接触には慣れなくて、心にモヤモヤと汚いものが溜まっていくのを感じる。

そんなのプロになった以上仕方のないことだし、嫉妬なんて馬鹿馬鹿しいとも思う。でもその気持ちを自分ではどうにもできない。侑に言い寄る可愛い子や美人なお姉さんなんか沢山いて、いつか乗り換えるんじゃないかって不安を抱えている。
特段綺麗でも可愛くもない、そこら辺にいる普通の会社員だから余計にだ。……自分に自信があれば、そんなこと思わないだろうけど。

「侑が嫌いになったって言ったら」
「そんなばればれな嘘でいける思うたんか」
「うそじゃない」
「……ほんとにそう思っとったら、そんな顔せえへんやろ」
「んはは、だめかぁ」

元々嘘をつくのが得意ではないのでどう誤魔化そうか考えたが思い浮かばなかった。今のもすぐバレるような単調な嘘だとは思っていたが、予想通りの反応だった。

「何考えてん」
「……言いたくない」
「言わんとわからん」
「……いや、だ」
「ちょ、何泣いとんの」

込み上げる涙で視界が揺らぐ。
私の話を聞こうとしてくれてるのが嬉しくて、でもその反面怖くもある。こんな醜い感情が侑に露呈して距離を置かれることを想像すると辛い以外の何ものでもない。
ただ侑の言葉で涙が込み上げるほどには我慢の限界だったんだと今更ながら悟った。その滲んできた涙を自分の袖で拭い、改めて侑に向き直る。

「言ったら侑引くと思う」
「そんなんわからんやん」
「…本当に思ってること言うから、お願いがある」
「おん」
「…重いって思っても、うざいって思っても、引いても、お願いだから口には出さないで」
「なんやそれ、言う訳ないやろ」
「いいから」
「…わかった」

一度深呼吸してから、伝えた。
嫉妬してること、不安なこと、どれも仕方がないししょうもないことだってわかっているけど、気持ちの整理がつかないこと。そんな自分に疲れて嫌気がさしたこと。
侑のことは好きだし、何が悪いわけでもなく自分の気持ちの問題だと。

「…だから、ごめん。離れたい」
「………」

いつも真っ先に意見する侑が何も言わず、この静寂が気まずい。
伝えきっても顔を上げることができなくて。あまりにも自分本位で恥ずかしいことだから。

「それで全部?」

その静寂を破ったのは彼の方だった。

「○○が思っとること、それで全部なんやな」
「う、うん。そうだけど…」
「なら簡単やん、結婚しよか」
「……………は?」

いやいやいや、『よし、買い物行こか!』みたいなノリで言うこと?っていうか、何で今の話から結婚するまで話がぶっ飛んだのか理解が追い付かず口をパクパクさせることしかできない。

「すまんな、不安にさせて」

そう言って彼の腕の中に包まれる。

「俺も昔ならやめや!って強く言うとったけど…今は企業さんおる以上強く言えんねん」
「…知ってる。大人になったね侑」
「おちょくっとんのか」
「いった!」

ゴツン、とおでこをぶつけられ、なかなかいい音がした。痛い。

「やけど、結婚したら俺には可愛ええ奥さんおるって世界中に自慢できるやろ?」
「世界中には…勘弁してほしいな」
「顔出しはさせへんよ!?でも奥さんおる言うたら断る理由もできるし、○○を不安にさせることもない。それに、」
「それに?」
「○○の周りの奴らにも牽制できるしな」

少しむすっとしながらそう言う彼の言葉を理解し、顔が熱くなる。牽制するような相手はいないけど、そう言ってくれたことがなんだかこそばゆい。

「俺やて、目の届かんところにおる○○が心配やから」
「はは、私の心配なんかしなくて平気なのに」
「……」
「…顔で"アホか"って訴えるのやめてくれます?」
「ま、ちゅーわけで」

侑の長い指が私の頭を撫で、髪を梳く。くすぐったいけど心地良い。

「俺の可愛ええ嫁さんになる予定やから、別れるんは白紙な」
「…不束者ですがよろしくお願いします」
「ん、」

優しく頬を包まれ、ついばむように唇が重なった。



(結婚したその後、みんな惚れたらあかんと奥さんの顔出しは基本NG。各所で惚気る侑の姿と、チームメイトからの普段の姿のタレコミで更に好感度が上がったとか。)