ここ稲荷崎へ一年生の時転校してきた私は、初めての体育祭であることを聞いた。
それは言い伝えのようなもので、生徒会が一枚だけ借り物競争に紛れ込ませているあるお題のこと。
"好きな人"
大量の紙の中にあるたった一枚だけのそれを引き、告白した人は成功するだとか。友達を連れていけば一生涯の友達になるだとか。その真偽は私には分かりかねるけれど、心を躍らせるには十分なものだと思う。実際そのおかげかは分からないが、去年の様子を見る限り一番盛り上がっていた競技にも見えた。
その紙が出た時点で、生徒会によって回収されるため毎年チャンスは各学年で一度きり。一年生は後半に出て、二年生は現時点でまだ出ていない。
勿論私もそれにあやかりたいうちの一人で。同じクラスで普通に話すこともある治くん。ただ人気者の彼に告白なんて自分にとって大それたこと、何もきっかけなしに行動する勇気がないから。
序盤に走った私はその紙と縁遠い"ギャップの激しい人"で。え、誰?と、困っている私に運営委員の人から話したこともない尾白先輩を紹介され疑問に思いながらも一緒に走った。「すまんな、生徒会のいじりに付き合わせてしもて」なんて言われ、ナチュラルな関西弁にびっくりしてなるほどなと笑ってしまったのは言うまでもない。ついでに「アランくん今年一緒に走るの女子で嬉しいやろー!」なんて侑くんが野次を飛ばすものだから、バレー部の主将であろう人からすごい目で見られていた。(その隣で何故か侑君と一緒に口をきゅっとして青くなってる治くんが可愛かったのは内緒)
そんなこんなで私は不発に終わってしまい、今年も治くんに告白するきっかけを逃してしまった。これに頼らず、っていうのが一番なのはわかってるけど…。ううん…やっぱりそんな勇気はない。
…ただ、治くんが"好きな人"を引いて、友達ではなく他の女の子を連れていってもショック受けるというリスクもあるんだけどね。自分の番が終わった今、そっちの方が心配。
『治くんもう少しで走るみたいやね』
「…!ほんとだ」
『ふふ…かっこええな?』
「かっこ…いいです…」
『さっきの応援団もじっと見てはったもんな?』
「だって袴だよ?かっこよすぎる…」
『あ、今走るとこや!ほら○○見いや!』
友達に顔をぐりんと強制的に治くんの方へ向かされる。クラウチングスタートする姿も、走ってる姿も全部かっこいい。紙を拾って周りをきょろきょろと見渡す彼は何を探してるんだろう。
『治くん何探してはるんやろ』
「だね、気になる…でもかっこいい」
『せやね…ってこっち来てへん?先生やろか』
「ふっ、治くんの走る速さに先生ついていけんのかな?」
『確かに』
なんて友達と笑ってると、後ろにいるであろう先生目掛けて走ってくる治くん。かっこいいしか語彙が出てこない。"先生"って書いた紙拾ってくれてありがとう。なんて勝手に思っていたその時。
「○○さん、一緒に来てくれへん?」
「…、…わ、たし!?」
「せや」
『いいいい行ってきなよ早く!』
「お、おう…」
自分の目の前で止まった治くんに動揺が隠せず、どうしようと隣を見たら何故か私よりも動揺している友達を目の当たりにして少し冷静になった。何で私より狼狽えてんのこの子は。
「手、」
「…手?」
「手、貸して」
「わっ、」
『ひぇ…』
差し出された治くんの手に自分の手を乗せると、座っていた私をすぐに引っ張り立たせてくれた。「走るで!」そう言って握った手をそのままに、治くんの斜め後ろを追いかけた。
走ってる間も紙のことが気になって仕方ない。好きな人はないとして…"眼鏡"、"ボブ"、"文化部"…平凡な私を選んでくれたキーワードは概ねそこらへんだろうか。
それでも治くんに手を引かれて走るなんて、これ以上の役得はない。
「はぁ…はぁ…」
治くんと一緒に走った人たちは、一癖あるお題だったらしく難航していたようで。ギリギリ一位をとることができた。…が、流石運動部、遅く走ってくれていたんだろうけどついていくので精一杯だった…しんど。治くんが係の人に紙を渡している横で息を整える。
『お題は"友達"!オッケーです』
…そっか、友達か。本当は少し、ほんの少しだけ"好きな人"だったら、なんて期待してた部分もあった。でも友達って思ってくれていただけで十分、と自分に言い聞かせる。
沢山いる中で私を選んでくれたし、手を繋いで…正確には引かれてだけど、一緒に走ることができたし。
次の走る準備が始まったため、まだ息は整ってないけれど治くんと横にはける。
「○○さん、来てくれてありがとう」
「初めて選ばれたけど…なんか選ばれるのってどきどきするね」
「…あんな、お題は友達やけど関係なくて。きっかけが欲しかってん」
「きっかけ…?」
何、友達でもないってことでしょうか。そんなカミングアウトいらないよこんなとこで。
「○○さんが好きなので、俺と付き合うてもらえますか」
想像もしていなかった言葉に、ひゅっと息を呑んだ。頭の中の処理が追いつかない。
治くん、付き合ってって言った…?私に?
「えと、私と…?」
「…○○さんがアランくんと楽しそうに走っとるの狡いな思て。俺やて走りたいのに」
頭の中を一旦整理してなんて言おうか悩む私を前に、治くんはそのまま続ける。
「だから、どんなお題来ても適当な理由つけて○○さんと走ろ決めててん」
「……お題"男子"だったら?」
「…それは、考えてへんかったわ」
そう言って照れながら頭を掻く彼が可愛くて。伝えるきっかけを今、貰った気がした。
「治くんに選んでもらった時、図々しくも心のどこかで"好きな人"だったらいいなって思ってた」
「…!それって、」
「私も治くんが好きなので、よろしくお願いします」
「はーっ!」
急に膝を抱え込みそこへ顔を埋め、小さくなる治くんにびっくりした。見上げていたのがあっという間に見下ろすような姿勢に。そのままの体勢でちらりと顔だけ上げた。その姿が大型犬のようで、なんだか可愛い。
「………緊張した」
「あははっ、私もずっと緊張してた。けど…すっごく嬉しい」
「…アカン、抱き締めてもええ?」
「え、ちょ、待っ、私汗臭いから…」
「お互い様やん」
「心の準備が…っ」
言い切るより先に、立ち上がった治くんの腕の中にすっぽりとおさまる。
今まで手の届かない相手だと思っていた治くんがゼロ距離にいて。鼻腔をくすぐる彼の香りに脳がくらくらした。