『俺△△さん気になってん。付き合うて』
『はぁ…。は!?無理ですよ!』
これが私と宮侑の攻防戦の始まりだった。
―――――…
「…いらっしゃっせーご注文はお決まりですか」
「ステーキ弁当と、豚汁と、△△さんで」
「ステーキ弁当と豚汁入りましたー。お会計1280円です」
「スルーせんといて!」
周りの目線が痛い。私が一般人でよかったと何度思ったことか。そして何が悲しくてこの顔が知られているプロのバレーボール選手から、所かまわず猛烈なアタックをされないといけないのだろう。全くもってわからない、お前はセッターだろ。
「セッターでもアタックはすんねん」
「心を読まないでもらえますかお客様」
今まで彼に何かした覚えもしてもらった覚えもないのに、塩対応してもこれで。宮侑の強靭なメンタルはきっとバレーで培われたのだろう。バレーに罪はないが、そこだけちょっと憎らしい。
「あちらでお待ちください。次の方どうぞ、お待たせしましたご注文はお決まりですか?」
―――――…
私の宮侑に対する印象は、所謂陽キャと言われる部類。ただ明るいとかではなく、チャラいというイメージ。この前確かモデルの人と写真撮られてなかったっけ?その前はアナウンサーか女優だったような…そこまで興味もないので忘れてしまったけれど。間違いなく好青年というイメージではない。
私からすれば幼馴染の飛雄の方がちょっとアホなところはあるけど誠実で。飛雄と宮侑どちらを恋人にしたいか聞かれれば、間違いなく前者を選ぶだろう。
「助けてよ飛雄」
「無理だな」
「…私男運なさすぎない?」
「………」
「黙るのやめて」
「すまん」
男運のなさは四ヶ月程前に彼氏の浮気現場を目撃してして別れた経緯がある。
激務の割に薄給な職場に疲れて退職し、今は次の仕事が見つかるまでアルバイトを掛け持ちしている。そこそこいい給料をもらっているので暫くこれでゆっくりしようと思っていた矢先だ。平日は仕事と思い込み、真昼間から他の女に現を抜かしてホテルに入る元彼を発見したのは。
あまりにも腹が立って、公衆の面前で鳩尾に肘を入れ『誰にでも腰振るような奴なんか願い下げだボケ。地獄に落ちろ』と吐き捨てて別れた。それでもその時は元彼を好きだったことに変わりはないし、裏切られたことが消えるわけでもない。でも浮気していた人とまた行為までできるかと言われれば無理な話で。ぐちゃぐちゃの感情を押し込んだ、精一杯の強がりだった。
「流石にびっくりした。泣いてうちに来たもんな」
「あの時はありがと」
「別に。お前がキレて泣くってよっぽどだろ」
「そうかも。……宮侑も私なら浮気許してくれそうに見えたのかな」
「浮気を許せる人なんかいねーだろ?お前は普段穏やかな分、キレたら人変わるし」
「飛雄は一言多いんだよ。それか私すごく可愛いとか?」
「普通だろ。…いや、カワイイ」
「言い切ってからフォローすな」
「…侑さんなぁ…」
腕を組み顔を顰めて宙を見る飛雄。バレーボール以外の事はからっきしなので、いい答えが出るとは到底思えないけれど。宮侑のことを知っている且つ気心の知れた彼に話すだけで少しスッキリした。
「…こういうのはどうだ?」
珍しく何かを思いついた飛雄の話に耳を傾けるも、あまり望ましくはない方法で。
「そのあと無理ならハッキリ振ればいいだろ」
「…今でもハッキリ断ってるんだけど。かといってこのまま状況が変わるわけじゃないしね」
「まぁあの人のことだし、このままだと平行線だろうな」
「…飛雄、平行線って意味知ってるんだ」
「何となく使ってみた。合ってるか?」
「合ってるけど…」
不安は大いに残るが、飛雄の提案を実行することにした。
―――――…
『△△さんここで働いとったんや、俺のこと知っとる?』
『(なんで名字?…名札か)はい、バレー選手ですよね』
『せや!ありがとう』
『どういたしまして』
『でな、俺△△さん気になってん。付き合うて』
『はぁ…。は!?無理ですよ!』
『なんでや!』
元彼を振ってから一ヶ月程経った頃、突拍子もない告白だった。どこでされたかと言えば人の少ない夜のコンビニで。
宮侑なんて有名人と面識はなく、会ったのも話したのも恐らくその時が初めてだった。周りに人もいなかったため、こうやってナンパしてるんだ…とドン引きした記憶が鮮明に残っている。
『お、ここでも働いてるん?』
『(げっ、ここも宮侑の行動範囲だったのか)いらっしゃいませ、ご注文はお決まりですか?』
『よう顔に出るな。海鮮丼と唐揚げと野菜スープで。んで、仕事終わるの何時なん?』
『プライベートについてはお答え出来兼ねます』
『ええやんちょっとくらい!』
『あれー?飛雄くんと△△さんやん』
『侑さん。…どもっす』
『(げっまた現れた)…どうも』
『飛雄くんと知り合いなん?』
『幼馴染っす。〇〇も侑さんと知り合いだったんだな』
『いやちが…』
『告白して振られ続けてんねん』
『!?…それは…物好きですね』
『飛雄はどっちの味方なの!?』
最初の告白を皮切りに、会う度に付き合って、連絡先教えて、と諦めない宮侑。流石にしつこい、と思いながらも有名人だし対応を間違ったらファンから刺されると思えば下手な対応はできない。…いやそれこそ告白に"はい"なんて言ってしまった日には、確実にガチ恋ファンから刺されるかも。もう踏んだり蹴ったりは勘弁してほしい。
ずっとそう思って断ってきたがもう三ヶ月が経とうとしている。このままだと彼をよく知る飛雄の言う通り平行線になりそうだ。…ということで、飛雄の作戦実行します。夜のコンビニに来た彼へと。
「なぁ、そろそろ連絡先教えてくれへん?彼女になるって返事でもええけど」
「いいですよ」
「そこを…ってええの!どっちが!?」
「いや勿論連絡先の方ですが…」
「ほんまに?嬉しいわ」
表情がコロコロ変わる人だなとは思っていたが、こんな風に子供みたいに笑うんだと今までの彼の印象とは違い少し驚いた。ただ今は仕事中のため、また今度と話をしたが「次まで気が変わるかもしれんから待っとる」とバイト終わりに待ち合わせることになった。
約一時間後、私が乗る駅の前に行くと帽子とサングラス姿の宮侑を見つけた。彼はすぐに気が付き、パッと笑って手を振ってくれる。…人が少ないとはいえあまり目立たないでいただきたい、と心の中で思いながらそこで待つ彼に駆け寄った。
「すみませんお待たせして」
「俺が待つ言うたんやから気にせんでええ」
「じゃあこれQRコードなんで読んでもらっていいですか」
「おん」
アプリを開いてさくっと交換を終わらせる。約三ヶ月の攻防を経て、交換する時間はたったの一分足らず。何だかすごい人と連絡先を交換してしまったな、とスマホの画面を見ても目の前の彼を見ても実感が湧かない。自分とかけ離れすぎているからだろうか、なんてぼんやりと思った。
「なぁ、なんでオーケーしてくれたん?」
「え、いや…このまま断っても宮さん来続けそうだったんで」
「はっきり言うてくれるやん」
「はは、すみません。あと宮さんの人となりがわからないと何とも…」
「なるほどな?でもまぁ急に受け入れてくれたから、他にも何か考えがあるんやろうけど」
含みがある言葉に内心ドキリとした。なんだか心の内が見透かされているようで。
「それでもこのチャンス、ものにしたるから覚悟してや○○さん」
「…!」
突然の名前呼びに驚き、なんだかじわじわと恥ずかしくなる。「覚悟とは!?」とは思ったものの、声に出してしまったら負けな気がしてぐっと堪えた。
*
何となく予想はしていた、彼の人となりを知るってそういうことだから。彼と二人で出かける、そこまではいい。だけどどうして今日この日に…。
「…っ」
お尻に触れる確かな手の感触にぞくりとした。そこそこ混んでいる電車で、後ろの人の距離が近いなとは感じていた。大声を出せばすぐなのに。元彼を振った時のように声を張り上げれば、脳内でわかっていても声は出てくれない。たった一言助けてと言えたらいいのに。現実から目を背けるように下を向いて目を瞑った。
「おっさん、怖がってる女の子触って何が楽しいん?」
その言葉と同時になくなる不快な感触。そして嫌というほど覚えている声にゆっくりと振り向いた。
「宮、さん…」
「はっ!?○○さん!?」
『…ってぇな!テメェの他に見た奴もいねぇしお前らグルだろ!』
「お前…っざけんなや」
言い訳をするその人の手首をぐっと捻り上げた。最初に手を掴んだ時とは打って変わって、私の顔を見た瞬間怒りを露にする彼。
『あの!わ、私見ました触ってるところ。ごめんなさい怖くて何も動けなくて…』
『はぁ!?急に出てきて何なんだお前も!』
「暴れん方がええで、俺に力で敵うわけないんやから」
『…っ』
―――――…
「…あのままでよかったん?」
「うん、警察行ったりすごく時間かかるみたいだし」
「気にせんと俺も付き合うで?」
「本当に大丈夫なので。…宮さん、ありがとう、ございました…」
警備に引き渡しその場を離れた今、安心からか自分の意思に反して涙が出る。本当に、あの場にいてくれたのが、助けてくれたのが彼でよかったとこの短時間で何度思ったことか。
「今日は家まで送るから帰ろか?」
「いえ、大丈夫です」
「ほんま無理せんでもええよ。また出掛けられるし」
「……嫌な気持ちのまま帰りたくはないというか…」
「…そうか、なら落ち着くまでそこに座ろか」
彼に促され近くの椅子に座る。なるべくメイクが崩れないようにハンカチで目元を押さえるも、なかなか涙は止まってくれない。宮さんは何も言わずに背中をさすってくれていて、その手に酷く安心した。
「落ち着いた?」
「…はい、せっかくの日を台無しにしてすみません」
「○○さんが悪いことなんて一個もあらへん」
「…お気遣いありがとうございます」
「気遣ってへんけど、そういうことにしとこか。メイク直したいやろ?その後ちょっと付き合うて」
「?」
メイクを直し彼と一緒に向かったのは、私が今日着ている服と同じブランドのお店だった。店内に入り、これ似合うんやない?これ好き?などと試着を勧める彼。どうしたらいいのかわからず、促されるがまま宮さんと選んだ服を持ってフィッティングルームに入った。
「着たら見せてや」
「……はい」
「…おー!かわええ、さっきのもええけどこっちも似合うとるなぁ」
「宮さんどうして…」
「プレゼントさせてや」
フィッティングルームの入り口に寄りかかり、そう言って笑う彼。その意図が読めずに頭の中はクエスチョンマークでいっぱいになった。
「いくら気に入っとっても、知らんおっさんに触られたままの服なんか嫌やろ?やから初デート記念ってことで一緒に選んだ服着て欲しい思て」
「…っ」
「泣くとまたメイク直しせなあかんで?」
「わかってます…」
振り続けて三ヶ月以上、初めて二人でお出かけしてまだ数時間。たったこの数時間でどれだけ彼の優しさに触れたのかわからない。込み上げる涙を堪え、彼がプレゼントしてくれるというその服を一緒に選んだ。
―――――…
「楽しかった?」
「はい、おかげさまでとっても!」
くるっと宮さんの方へ振り向くと、プレゼントしてもらったスカートがふわりと揺れた。
始まりは散々だったけれど、純粋に今日一日本当に楽しかった。水族館に行って魚が泳ぐトンネルを通ったり、宮さんが水飛沫を浴びて笑ったり、クラゲをバックに写真を撮ったり、カフェに入って星座の可愛いパフェを食べたり。
何より彼の人となりを知るという意味では、最初の出来事だけで十分すぎるほどだったけれど。
「…その服もよう似合うとる、やっぱり笑っとる方がかわええな」
「今日何度も聞きましたよ。…お世辞でもありがとうございます」
「お世辞なわけあるかい!で、俺のこと少しはわかってもらえた?」
「…そうですね」
「付き合うてって話、真剣に考えて欲しいんやけど」
「それは…」
やっぱりごめんなさいと口にすれば、宮さんは今までと違い「何でか教えてくれへん?」と落ち着いた声色で私へ問いかける。
「一日過ごしてわかりました、宮さんは私には勿体ない人です」
最初の印象は言ってしまえば色んな人と写真を撮られているチャラい人で、そういう人は苦手だし私とは無縁だと思っていた。今日一日で知れた宮さんはほんの一部で、もしかしたら最初の印象と違わないところもあるかもしれないけれど。それでも今日電車で助けてくれたり、寄り添ってくれたり、服のことまで考えてくれたのは紛れもない事実で。今日宮さんと過ごした上で、私には勿体ない人だと、そう思ったことを伝えた。
「そうか。じゃあ俺の話も聞いてほしいんやけど」
初めて○○さんを見たのは、元彼らしき人に対して鳩尾に肘を入れたあの時。自分の周りにそんな人はいなかったから新鮮で、単純にかっこええなぁ!と思ったのが気になったきっかけ。その一ヶ月後たまたま入った夜のコンビニで再会した時に告白したのは、ただの好奇心やった。
「え、あの時宮さんいたんですか?…恥ずかし」
「たまたま通りかかったら修羅場や!思てな」
「しかも好奇心ってやっぱただのナンパじゃないですか…」
「待って最後まで聞いて!」
殆どはそれで好意を持たれても一回遊んだら興味なくすし、断られても何とも思わヘんのやけど。次に○○さんと会うた時、気づいたらまた声かけてて。他の客には笑顔やったのに、俺になるとあからさまに"すんっ"てなる顔がおもろくてやめられへんかった。
「でもな、飛雄くんと一緒におった日あったやろ?」
「あ、あぁ…ありましたね。飛雄とは時間が合った時出かけるんで」
あの時飛雄くんと話してる○○さんがお店で見る笑顔でもなく、俺に向ける顔でもなく、ただ純粋に笑ってんの見て可愛えなって。それを向けてもらえるのが羨ましい、狡いな思うてん。飛雄くんに嫉妬なんてアホやっていうのもわかっとる、だって付き合う以前に名前も連絡先も知らへんのに。
「そん時、あの笑った顔飛雄くんじゃなくて俺にも向けて欲しいって。○○さんを好きなこと自覚してん」
「……」
「やから、断られても望みがあるうちは誘い続けるけどええ?」
「…嫌だって言ったらやめてくれるんですか」
「ふっふ、その顔はどう見ても嫌やって顔には見えへんよ」
そう柔らかく紡いだ宮さんの言葉を否定することはできなかった。だってもう店先で口説くだけの彼ではなく、優しいところを知ってしまったから。
「でも、女遊びする人は嫌いです」
「もうしてへんし、せぇへん」
「私面白い人間じゃないので、興味なくなったってポイ捨てされるのも怖いです」
「怖がらんでもせぇへん」
「ガチ恋ファンに刺されたくないです」
「俺が守ったる」
「……じゃあ」
彼の胸におでこを当て、顔を隠して彼に聞こえるか聞こえないか微妙な声量で呟く。
「お試しで…よろしくお願いします……」
「…ほんまに!?○○さんはツンデレさんかー!」
驚きの声と同時に勢いよく私を引きはがしたと思ったら、今度は思い切り抱き締められて。さっきは自分のことでいっぱいいっぱいだったが、彼の胸にぴったりくっついている今だからこそ気づいたことがある。
「……ふふ、宮さん心臓の音速すぎ」
「お、俺かて緊張くらいすんねん」
それに気づかれた宮さんは、子供みたいに口を尖らせ誤魔化すように視線を逸らした。私はもう少しこの音を聞いていたくて、そのまま宮さんの背中へと腕を回し抱き締める。
「なぁそろそろ名前で呼んでや」
「名前ですか…。あつむ、さん…」
「おん、お試しと言えど付き合うてるんやから恋人らしいことしてもええよな?」
「…っそれはまだ心の準備が…」
じっと私を見つめる侑さんに堪えられず、ぎゅっと目を瞑る。彼は指の背で私の前髪を寄せ、無防備に晒された額へ触れる柔らかな感触。驚きと羞恥で口をぱくぱくさせることしかできなかった。「今日はこれで我慢したるわ」なんて意地の悪い笑みを浮かべる彼の方が一枚も二枚も上手で私なんか敵うはずもない。
散々彼を振ってきた報いだろうか、と思いながらその額の熱を手で押さえた。
―――――…
(おまけ)
「…というわけで、お試しで付き合うことに…」
「お、おぉ…おめでとうでいいのか?」
「はは…まぁお試しだから」
「お試しで終わらせへんからな」
「!?」
「うぉっ…侑さん、どもっす」
「飛雄くん"うぉっ"て言うたのはっきり聞こえとるからな」
「それは…すんません」
「…飛雄くんには負けへんから」
「?俺もバレーでは負けません」
「そういうとこやて!!」
「……あはは」