超えたい壁


憧れは時に自分との相手の実力差を痛感してしまう。あの人のようになりたいと思うたびに実力が違いすぎていつしか嫉妬に変わることもあった。目標だった、あの人みたいになりたいと。そのためならなんだってした。何度も繰り返し鑑賞した、何度も演技を練習もした。
だが気づいてしまった、憧れた人には自分はなれない。否、誰にもなれない事を。そう気づいてからは憧れるのをやめた。しかしそれでも長年思い続けていた感情は簡単には消え失せることはなかった。
「……あ」
ふと見上げる広告ポスターが目に映る。大きくと宣伝されるのは舞台の上の物語の話。主役が大きくと映り、凛々しく堂々としている人物に魅入ってしまった。
自分と似ている人物、それは一生の憧れであり、超えたい壁である彼女自身の母親だった。今でもまだ現役の役者であり未だに世界各国にオファーが来るほどの人気の人物だ。内心「また母さんは舞台に出るのか」と内心思いつつもフィクションのような感覚、子である自分もこんなにも母親が有名な人だという感覚があまりなかった。
だけど彼女も舞台に立つ役者の一人、いつかは母親のように世界でも通用する役者になりたい、七光だと言われないようにするために実力をつけなければと。
「超える壁は高いなぁ…」
そうポツリと呟く声は街の雑音にかき消された。
「おや、あのポスターの人物は緋透くんのお母さんかい?」
後ろから声が聞こえた。後ろを振り向くと類が立っていた。彼もまたあのポスターに目を向けていた。
瓜二つとも言えるほど似ている。母と娘、だからこそ昔はよく比べられた。明らかに目に見えてわかる実力差、だからこそ痛感させられ全てが嫌になった。
「確か、また日本で舞台に上がるのかい?」
「らしいね、あーやっぱりすごいよなぁ…俺もそんな役者になれるのかな…」
ポツリと呟かれる彼女の本音と弱音。ついうっかり呟いた本人ですら驚いていた。
「比べる必要はあるのかい?」
「……えっ?」
「本当にそう思っているの?」
静かに、冷静に諭すように言う類は緋透に問う。それを聞いた緋透は考えた。確かにそうだ、類に言われるまでもなくわかっていたことだ。
幼い頃から憧れた人物、いつか自分も同じようになりたいと信じて前に進んだこと。それがいつの間にか苦になってたこと、薄々気づいた真実に目を背けてた事も。
——俺は母のような役者になれない
それは当たり前だった、他人は他人になれないんだから。それに気づくのに随分と時間がかかかった。
「憧れるのはやめるって思ってたのにこれだよ。昔から比べては嫌になってたのを思い出したよ」
と、無理やり笑う笑顔。自分に困ったように笑っていた表情に類はそっと緋透の頬を両手で包むように触れて、思いっきり口角を上げた。
突然の事に驚き、反応ができなくされるがままの緋透。彼が何をしたいのかわからず目を見開くように類を見た。
そして満足そうにして手を離す。ムニっとされてた頬を自分でも触り返す。
「緋透くんはどんな役者になりたいんだい?」
「……わからない、だけどそれでも俺は…俺の立つ舞台で見て良かったって思える役者にはなりたい」
「……そっか」
その答えに満足したかのような微笑み。昔までの自分だったらそんな事は言えなかったんだろうな。
壁は大きい、それなら越えるためにもっと頑張ろうと再確認できた。
「自信を持って、緋透くんはもう昔の様な役者ではないんだから」
「もう憧れは辞めたんだ、俺は俺が演じるもので何かを与えたいってわかったから」

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