女としての心得






 広報の仕事は案外大変だ。また更に嵐山隊の仕事量と質を尊敬する事になった私は、昨日嵐山隊の仕事を見学して、どうだったこうだった、と当真先輩達に話をしていた。当真先輩に関しては微塵も興味がなさそうに聞いていたけれど、偶に会話に割り込んでくるときの指摘が割と的確だったから多分それなりに聞いていたのだと思う。ゲームしながら私の話を聞けるとか、当真先輩凄くないですか、なんて思いながら私は自動販売機で購入したジュースを口に流し込む。

 今日はもう訓練のノルマはとっくに達成していたのだけれど、まだまだ時間があったので、きくっちー達との勉強会まではのんびりと狙撃の練習をしようと思う。隊のトレーニングステージでもよかったのだけれど、なんとなく 昔の名残なのか、ここで撃つのが一番ホッとするという理由で私はよく狙撃手用訓練室に顔を出している。




「あ、マメちゃんやん」
「……私ですか?」
「そうそう。自分絶対マメちゃんやろ。イコさんの言ってた通りの見た目やもん。あかん、やっぱ めっちゃ可愛い。直視できん」
「……滅茶苦茶見ているじゃあないですか。あと、私の名前は苗字名前なので多分そのマメちゃんとは別人だと思いますよ…」
「苗字名前? ビンゴやわ。ビンゴビンゴ」
「…………わ、私のどこに豆の要素が?」
「取り敢えず、握手してもろてもええ?」
「はあ……どうぞ」




 見たことがあるようなないような……。握手を交わして顔をじっと見つめるけれど、多分知り合いではない。そして、この人の反応的に話した事もなければ 多分会ったこともーーーいや、会ったことはあるのかもしれないけれど……。私の記憶には申し訳ないけれど、ない。会ったことがあるとすれば、学校かなあ。うーーん、学校かあ。




「ん〜〜〜。マメちゃんと握手とか作戦室に戻ったらイコさん達に自慢せんと」
「失礼だということは理解しています。でも、えっと、どこかでお会いしましたか?」
「ん? ああ、ごめんな。おれは隠岐孝二」
「あっ、機動型狙撃手の隠岐先輩!! うわあ、会ってみたかったんです!!」
「ほんまに? そんならちょっとハグしてもろてもええかな? おれ達が会えた記念に」
「ハグですか? 別にいいですけど」




 私の返答を聞いてからの隠岐先生の行動は早かった。けれど、私はどうしてこの人とハグをしているのだろう。少なくとも この人から変な感じはしないからいいかな〜〜〜とは思っているのだけれど。思っては……いるのだけれど、どうしてなのだろう。私はいま、今度どこかに行かないか、とか遠回しに誘われている。

 もしかして、いまモテ期……? そう思いながら、顔を上げた私は気づいた。この人、ちょっと烏丸京介に顔が似ている。烏丸京介に表情と泣き黒子つけて関西弁にした感じだ。そう考えると、先輩には申し訳ないけれど、敵に見えてきてしまう。本当にごめんなさい。決して、先輩が悪いわけではないのだけれど、ちょっともう敵にしか見えない……。




「ほんまにおれときみが会えたの、奇跡なんやで。マメちゃんは気付いてへんかもしれんけどマメちゃんの周りガッチガチなんやもん」
「全然ですよ? 二の腕触ります?」
「うーん。そういう意味やないんやけど、でもまあ有り難く触らせてもらうわ〜」
「どうぞどうぞ」
「……うっわ、やわらか!! こんな柔らかいんかいな。なあマメちゃん、知っとる? 二の腕って胸と同じ柔らかさらしいねん」
「え!? 先輩の触らせてみて!!!」
「うそやん。ちょっとは照れて欲しかったんやけど……。噂通りナナメやなー」




 初対面にも関わらず恐ろしくパーソナルスペースが近かった私達の間を誰かの弾丸が通り過ぎた。

 ーーーー……え。待って、何事なの!? ついに苗字は暗殺されるの!? なに怖いのだけれど。心臓なんて驚きすぎて物凄い働いちゃってるからね。ドドドドドッていうスピードですよ。隠岐さんと顔を見合わせてから、ゆっくりと首を動かす。すると狙撃訓練室の入り口には物凄く見慣れた隊服がある。ああこれは知ってる。滅茶苦茶見覚えがある。そう。そこにはビックリする程にこにことした表情を浮かべる当真先輩がいた。先輩そんなに和かに笑えたんですね。私はこの1年と少し先輩といたけれど、今までそんなに和かに笑った顔を見た事ありませんよ。いや、ないということはないけれども、ここまでではなかった。今日の和かさはアレだ。にこにこしすぎて怖いっていう和かさである、怖い。




「ほんまに来るんや。セコム特攻隊長」
「残念だったな、隠岐。ウチのには隊長と真木が頼んだ特別な通信が搭載されてんだよ」
「個人情報ダダ漏れやないですか」
「当真先輩も此処に来たりするんですね」
「今日は約束の塩ラーメンだぞ、ひよっこ」
「えっ!!? 切り上げます! ちょっと席外しますね! 隠岐さん今日はありがとうございます!! 今度生駒隊に顔を出しますね!」
「おおきに。いつでも来たってな。マメちゃん来たら祭りが始まると思うけど、興奮しとるだけやから そん時は気にせんといて」




 荷物を片付けて、飲み物のゴミを持って部屋から立ち去る直前に、そういえばどうして当真先輩は意味もなく発砲したのだろう、と考えたのだけれど、あの人の事だからラーメンの存在忘れてんじゃねーよ、とかそんな意味だったのかもしれない。

 まさかボーダーの規定違反に触れるような事をしようとしてたなんてあり得ない。まあ、私達ならば降格しても割と直ぐに上がれるとは思うけれど……。いや、その前に元エンジニアの冬島隊長が隠蔽しそう。怖い。私達の起こした悪い事なんて冬島隊長にかかれば隠蔽できてしまいそうなところが1番怖い。




「なんで嵐山隊は許してんのに おれらが近づいたらいかんのですか? あ、おれもセコムやるんで冬島隊に入れてくれません?」
「そしたらお前生駒隊どうすんだよ」
「そら抜けるしかないやろな〜〜〜」
「……と、まあ今回は初回だから弾は外してやったが、次はない。覚えときな、隠岐」
「それ完全に規定違反やと思いますけど」
「安心しろ。俺達には上層部に味方がいる」
「なんでやね〜〜〜ん」





 当真先輩と食堂に来て、もうスッカリラーメン行列の出来ている場所を見つめてゲッソリしていると、太刀川さんが「おお、当真に苗字」と軽く右手を上げた。




「あれ? 太刀川さん、レポートは?」
「唯我にやらせた」
「うわあ、唯我くんが可哀想……」
「なんだお前ら 仲良いのか?」
「滅茶苦茶な仲良しですよ!! 昨日なんてキスをせがんでやりました! 赤くなっちゃって可愛いですよね〜!」
「「……きす?」」




 首を傾げた太刀川さんと当真先輩は本当に一瞬。物凄く人間とは思えないような顔をして目を光らせたけれど「ああ、きす」と何度か呟いてからケラケラと笑顔に切り替えた。相変わらず切り替え早いなあ、この2人は。私は二人を眺めながら、この2人ならもうキスどころか、それ以上の事も終わっているのだろうなと考えて、ボックス席に座った当真先輩に続いて腰を下ろし、頬杖をつく。

 しかし、太刀川さん。この時間に、この4人掛けのボックス席を1人で占領するだなんて流石A級1位としか言いようがない。




「……おいおい。冗談だろ、ひよっこ。鱚をせがむなんて貧乏も良いところだぜ」
「そうだぞ、苗字。鱚くらいなら俺が奢ってやろう。その代わりに、太刀川さん結婚してくださいって言ってみなさい」
「なんで私が唯我くんに鱚を奢って貰わないといけないんですか? 接吻の方ですよ」




 それを聞いた太刀川さんは私の肩に手を置いて「お前気は確かか?」と物凄く真剣な表情で確認して来た。気は確かなのだけれど、それは私にも唯我くんにも失礼なのではないだろうか。本当に前々から薄々思っていたのだけれど、太刀川さんの唯我くんの扱いは凄く雑すぎる。出水先輩や国近先輩の事は大切な隊員と思っているのは伝わって来るけれど、唯我くんに対しては結構雑だと思う。もしかして、唯我くんって太刀川隊で上手くやっていない……? 大丈夫かなあ。今度は先日私に零していた愚痴をもっと真剣に話を聞いてあげよう。

 そして「太刀川さんってば、酷いですよね」と隣にいる当真先輩に同意を求めようと首を横に向けると当真先輩がいなくなっていた。 え……。なんでいないの?? いついなくなったの? あの人、実はトリガーに瞬間移動を設定している?? 私は最近そう思うことが多々ある。




「……あの、当真先輩は?」
「ラーメンの食券買いに行ったぞ」
「ええ!!? 私も行かないと!」
「苗字のぶんも買って来るって言ってた気がするから、お前は此処に座ってなさい」
「太刀川さん達、ついにテレパシーでも使えるようになったんですか? 二人全然会話してませんでしたよね」
「そんな事より、苗字。悪い事は言わん、キスをせがむなら俺にしておけ」




 太刀川さんの言葉をユックリと理解して、顔に集まる熱を手で仰ぎながら何とか冷まそうしていると 滅茶苦茶目を泳がせていた私と偶々風間さんが目が合った。風間さんが普通じゃない様子の私達を交互に見てカツカツと靴の踵で音を鳴らして太刀川さんの席の後ろに立つと絶対零度の冷たい目で、そのまま太刀川さんの頭を鷲掴みにした。

 そして笑顔のまま固まった太刀川さんに、風間さんが言った。




「太刀川。おまえ犯罪だぞ」
「苗字、お前いくつ?」
「………16ですけれど」
「聞いたか、風間さん。セーフだ」
「馬鹿が、アウトだ。馬鹿も休み休み言え」




 暫くの沈黙の後に、どうしてこうなったのかという経緯とその内容を太刀川さんがとても雑に説明した。その説明に対して、風間さんは その話が本当なのかという事を私に確認して来たので、大まかにはあっていると返すと風間さんは太刀川さんの頭から手を離して「こんな事を俺が言うのもなんだが、苗字は女として恥じらいを学ぶべきなのではないか」と表情を変えずに言った。因みに私は今の風間さんの言葉を昨日既にとっきーから頂いていた。そのこともついでに口にすると、あら不思議。気が付いた時には風間さんに女としての在り方云々について滅茶苦茶語られていた。太刀川さんなんて隣に座られているから席を立つ事もできずに寝ている。

 そんな風間さんの説教に頭を抱えている私の前に信じられないくらい素敵なタイミングで現れたのが当真先輩だ。神か……。先輩は遂に魔王から勇者に転職するのかもしれない。本当にタイミングがいいな。ありがとうございます。そう思って、輝かしい視線を向けていると良い匂いがーーーなんと当真先輩のお盆の上にはラーメンが2つ。流石にこの瞬間。15分くらい当真先輩を人間として扱ってやってもいいかなと思ったほどだった。感極まって抱き付いていると、ラーメンの匂いで目を覚ました太刀川さんが当真先輩に「チェンジ」と五回ぐらい言っていた。やはり太刀川さんも出水先輩の上司(部隊長といった方がいいのかもしれない)なだけあって宇宙人の端くれなのかもしれない。少なくとも私には太刀川さんの言葉の意味が理解出来なかった。




「……当真。お前の部隊には苗字に女としての心得を教えてやる人はいないのか」
「流石にいませんよ。どんだけ過保護だったら そこまでコイツの面倒みるんすか」
「なんだ 過保護だと聞いていたが」
「またまた。風間さんこんな奴に迫る奴なんざ、太刀川さんのとこの唯我しかいねえよ」
「どちらかというと、私が迫ってます」
「よーし、当真。もう1周行ってこい」
「それなら太刀川さん、アンタあいつに俺がラーメン食うまで待機っつっといてくれ」
「先輩達は唯我くんに集団リンチでもするの? さっきから会話が怖すぎるんですけれど」




 唯我くんをイジメないでくださいよと当真先輩をジトリとした目で見つめる。けれど、視線が交わることはなかった。こいつ……、人の話を聞いちゃいねえ。私もう冬島隊辞めようかなあ。なんだこのクソな先輩は。頭の片隅で、そのような事を考えていると、防衛任務から帰って来たのか、はたまた全く別の用事なのか。二宮さんが食堂に入って来た。私はというと、みるからに表情を明るくしてラーメンを食べる手を止めて席を立ち上がった。

 パタパタ走る私の方に視線を向けた二宮さんは飛び付いた私を見事に支える。




「にのみ〜〜!!!」
「相変わらずだな、お前は」
「久しぶりね、名前。相変わらず 飛び付くのは二宮くんばかりで妬けちゃうわ」
「加古さんも、お久しぶりです!!」
「あら、可愛い。そういえば聞いたわよ。大規模侵攻、随分と健闘したみたいね」
「えへへ、出水先輩達のお陰です!!」




 ああ、出水くん達ね。最近仲が良いって聞いたけど、そうなの? と加古さんに言われて満面の笑みで「仲良くありません!」と言い切った。二宮さんと加古さんはちょっと笑っていたけれど、なんでだろう。そんな私達の元へ、太刀川さんが歩いて来て「よう」と、二人に声を掛けるけれど、2人はガン無視して私の言葉に耳を傾けてくれていた。

 いやでも、流石にここまで1人の人間の存在をないものとして話を進められるなんて、二宮さんと加古さんは本当に凄い……。




「二宮さんと加古さんは相変わらず、仲良しですね。私、二人が並んでいると昔の東隊を思い出して、なんか、嬉しくなります!」
「よく分からないけれど、名前がとっても可愛いって事だけは分かったわ」
「えっ……か、加古さん!! なんにもかすってないですし、褒めても何も出ません!!」




 加古さんは私の頭を数回撫でると、私の両耳をシッカリと抑えて抱き寄せた。えっ……。もしかして、そういう道に誘われている……? ああ、そういえば余談だけれど、この間の とりお男の子好き事件の女の子は男の子同士のアレコレを想像するのが好きなようで、やたらと私をその道に引きずろうとしてくる。どうしたらいいでしょうか。最近なんて、とりおと とっきーについて滅茶苦茶語られたけれど、その想像のよさはわからなかった。




「……いい? 二宮くん、太刀川くん。手を出したら、分かっているわよね?」
「安心しろ。俺は苗字に対しては本気だ」
「貴方、人の話ちゃんと聞いていたの?」
「風間さんに年齢的にはOKを貰った」
「有り得ねえだろ」
「有り得ないわね」
「お前ら、個人セコムでもやってんの?」




 太刀川さん達は こうして私の耳を塞いだりして内緒話を繰り広げることが多々あるのだけれど、はたして加古さん達は何を話しているのだろう。しかし、私がある程度もがき始めると加古さんはニコニコして耳から背中に手を回し始めるからなんというか……。女たらしだと思う。加古さんは美人だから、こうやってアピールされたら女の子でも恋に落ちてしまうのではないだろうか。私と双葉ちゃんは、よく加古さんの炒飯を食べながら そのような話題の会話を繰り広げている。




「名前が二宮くんみたいな人に懐いているだなんて心配だわ。まあ太刀川くんには懐いていないようだから、そこは安心だけれど」
「お前の目は節穴か。苗字は俺に滅茶苦茶懐いてるからな『太刀川さん結婚してください』って言われたからな」
「縁起の悪い冗談はやめて頂戴。私の名前が太刀川くんに結婚してくださいなんて冗談でも言う筈がないじゃない」
「全くだな、寝言は寝ていえ」
「お前ら こういう時ばっかり仲良いよな」




 「大変、もうこんな時間」と、時計を確認した加古さんを見て、太刀川さんが閃いたような顔をし、加古さんと二宮さんを交互に見た。そして「お前らなら 女の在り方とか教えられそうだなー」と、物凄く嫌な予感しかしない台詞を口にする。あまりにも、予想していなかった言葉に私は肩をギクリ揺らし、だらだらと汗を垂れ流す私を見て、加古さんと二宮さんは不本意そうな顔をして太刀川さんに恐らく今日初めて視線を向けた。

 太刀川さんが言う。「コイツ、うちの唯我にキスを迫ったらしいぞ」と。その言葉を聞いて、目の色を変えた加古さん(と二宮さん)は私を見つめると、垂れ流す汗と泳ぎまくる目を見て、にっこり、と笑う。……なにその笑顔、怖い。いつもなら、いいなー。美人だなー、と思うだけのキラキラの笑顔が今日は恐ろしい表情に見えるのは何故だろうか。




「……唯我って、あの唯我くん?」
「おー、その唯我くんだな。さっき当真と俺と風間さんで苗字には女としてあるべき羞恥心がかけてるって話をしてたところだ」
「それで?」
「女としての在り方を教えてくれるやつがいなかったんだろうっていう結論になった」
「太刀川さんは参加してなかったじゃん!」
「ダメじゃない、名前。唯我くんに迫るくらいなら まだ太刀川くんや二宮くんに迫る方がムカつかないわ」
「そんなに!!? ていうか、二人に迫るとか私には無理ですよ! にのみーに迫るとか畏れ多いし、太刀川さんは髭が痛そう……」
「俺の言われよう」
「事実じゃねえか。良かったな、太刀川」
「どこが?」
「現実に向き合うキッカケが貰えただろう」




 加古さんは今の私の反応を見て「あら、二宮くん達には こういう反応が出来るみたいよ?」と太刀川さんを見て言う。それを言われた太刀川さんは「そういえば確かに俺も苗字に迫るなら俺にしろって言ったら顔赤くされた」とケラケラと笑っていた。ほらね、私にだって別に女として羞恥心が足りないわけではないわけではないーーーと、言おうと思って加古さんと二宮さんを見上げると、今にも太刀川さんに襲いかかりそうな鋭い目をしていた。流石の私も美人な二人が怒っている様子には鳥肌が止まらなかった。

 その後すぐに流れるような動きで、太刀川さんを連行した二宮さんを何も言わずに(何も言えずに)見送って、太刀川さん大丈夫かな、と考えていると 加古さんが私の顔を覗き込んで にっこりと笑う。




「誰にでもやっている訳じゃないのよね?」




 そのように確認してきた加古さんに物凄い勢いで首を縦に振ると「それなら良かった」と言われたけれど、それから暫く会話をしてみて気が付いたことがある。どうやら、私は私がどうあがこうと、加古さんに女としての心得を教えられるのは決定しているようだった。後悔先に立たずという言葉はよく聞くけれど、軽率にキスを迫ったなんて言うものではないなと学んだ瞬間である。

 そして、数分して戻ってきた二宮さんを見て、隣にいない太刀川さんのことを考えると冷や汗が止まらないという突然の体調不良に見舞われるのだけれど、私は臆病者なので尋ねる事は出来なかった。きっと、太刀川さんはアレだ。作戦室に戻ったに違いない。そうだとしても、そうでなかったのだとしても、そう思っておくのが正解だろう。それにしても、さっきの加古さんと二宮さんの目は本当に怖かった。ランク戦でも見た事がない。だって2人ともランク戦でも淡々と敵を始末していくスタイルじゃん。




「名前は自己評価が低すぎるところがあるから誰かに上手く丸め込まれないか心配だわ」
「問題ない。俺に相談すればいい話だ」
「あら、可愛い可愛い後輩を独り占めしようっていうの? 相変わらず、心が狭いのね」
「……なに?」
「どうしたの、二宮くん? ああ、もしかして 私の言葉によって現実に向き合うキッカケが貰えて嬉しいのかしら。それは良かった」
「か、加古さん!」
「なあに?」
「時間を気にしていたみたいだったから」
「大した事じゃないわ。でもそうね、そろそろ行こうかしら。それじゃあまた今度 ゆっくり話しましょう。双葉達も一緒に、ね」
「お前はやり方が汚ないな」
「……そうそう、二宮くん。私達、一度しっかりと話し合った方がいいと思うのよね」
「どうした、現実に向き合うキッカケが貰えて嬉しかったのか。何よりだな」




 ……いやな雰囲気だ。いつもは一緒にいる事が少ないーーーというか、一緒にいるタイミングで会う事がなかったから知らなかったのかもしれないけれど、この2人。物凄く相性が悪いのかもしれない。お互いに滅茶苦茶煽りあっている。しかも、お互いに全く引く様子がない。火花をバッチバチに散らしあっている。太刀川さんがいた時は太刀川さんに狙いが集中していたから仲良く見えたのかもしれない。三輪先輩とはどちらもそれなりに仲良しだから2人も仲が良いのかと思っていた。だって、確か加古さんが私に話しかけてきた時の第一声が「貴方が二宮くんのお気に入り? 私ともお話ししましょうよ」だったからである。仲良い部隊メンバーのお気に入りと仲良くしたいのかな? と、幼かった私は思ったのだ。だって私、加古さんと二宮さんが仲悪いとか聞いた事がないし……。あー……。ボーダーに友達がいないからかもしれない。なにそれ、苗字そろそろ泣きそうだよ。

 ーーーとまあ、そんな事を心の片隅で考えながらも、呆然として火花を散らしあう2人のやり取りを暫く見つめていると、2人は急に大人しくなって、私に「引き止めてごめんなさいね?」と笑うと「変な光景見せてごめんなさい」と、私を解放してくれた。思い返してみると、引き留めたのは どう考えても私だったと思うのだけれど、正直、抜け出すタイミングを計りかねていたので、加古さんの気遣いはとてもありがたかった。加古さんは私にとって ずっと昔からお姉さんみたいな人だから、二宮さんとは仲良くしてほしいな、とちょっとだけ思う。それを口にすると加古さんは目をパチパチと何度か瞬きをさせると「私達実はとっても仲が良いのよ」と笑ってくれた。




「……解っていると思うけれど、二宮くんも名前の前では仲良く振舞って頂戴ね。可愛い名前の頼みだもの。勿論聞けるわよね?」
「お前は いつからアイツと話すようになった」
「貴方が名前に会いに行き始めた頃くらいかしら。気になるじゃない。二宮くんのお気に入りだなんて。ネタとしてみても面白いのに見に行かない筈がないと思わない?」
「随分と悪趣味だな」
「なんとでも。今日はとても気分が良いわ」




 当真先輩と風間さんのいるであろう席に向かうと、既にラーメンは片付けられていた。解せぬ。確かに、長話だったのかもしれないけれど、折角のラーメンだったのに。当真先輩め。私は一つ大きくため息をして、時計を確認した。そうして、冷静に思う。今日勉強会だ、と。寧ろ、それがメインで、そのために残っていたのだというのに話に夢中になってしまった。私は急いで作戦室に戻って勉強道具を手に取り、中で転がりながらゲームをしている当真先輩に「ラーメンの事一生恨むから!!」と言って作戦室を飛び出した。

 時刻は間も無く18時。なんとかギリギリで いつも勉強会をコッソリと行なっている部屋に入ると、古寺くんときくっちーが私に視線を寄越した。どうやら間に合ったようだ。




「遅れちゃった」
「遅かったね、名前ちゃん。何か用事でもあったの? あ、ごめん、先に進めちゃってるんだけど……」
「平気平気。遅くなった私が悪い」
「よくあんな奴に迫れるよね」
「いやあ、やっぱりきくっちーにはお見通しか……だって唯我くん可愛いんだもん」
「苗字って頭悪すぎて考えが理解できない。後、風間さんに迷惑かけるのやめなよね」
「ごめんってば〜」
「??」









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Espoir