
厄日
「しょくん!昨日は初しょうり おめでとう!わたくしも せんぱいとして 鼻が高いぞ!」
「あたしが鍛えてるんだから当然ね!」
「ありがたきしあわせ」
日曜日。玉狛支部で私は机の上に置いてあるドーナツを有難く頂戴しつつも さりげなく、私も玉狛支部ですよ、みたいなオーラを全開にして玉狛の輪の中に加わっていた。昨日は当真先輩達と少し話をしてから(何故か)迅さんと共に玉狛支部に戻って、玉狛の皆さんと有り難くも食卓を囲ませていただいた。昨日といい 今日といい、美味しいご飯をありがとうございます。
「けど油断は禁物よ。あんた達が蹴散らしたB級下位グループとは違って水曜に戦うB級中位グループはそこそこまあまあよ。部隊ごとに戦術があって ちゃんと戦いになってるわ」
「最近のB級は進化してますね、私達の部隊なんて作戦っていう作戦はないですもん」
「それだけ冬島隊に信頼関係があるってことでしょ。大雑把な作戦でも各自が自分の役割を理解していれば 細かく作戦を練るよりも機能するし焦りがなくなるじゃない?」
冬島隊に信頼関係なんてあったのか。いやあるな。私以外の3人には確かにある。元々結成メンバーだっていうのもあるけれど、お互いをチームの一員として認め合っているような様子も伺えるし、冬島さんも当真先輩も真木さんに対しては割と優しいし、ちゃんと部隊メンバーの一員としての信頼からか、頼ったりもしている。それに加えて、偶に3人で無線で内緒話もしている(しかも、その際に私の通信をバレないように切っている)。私は気づいているからね……。まあ、以上を考慮した上であえていうのならば冬島隊には私を除く隊員には信頼関係があるのだと思う。
真木さんを信用する気持ちはわかる。私だって、あの部隊では割と真木さんを一番信頼しているーーーようなそうではないような。
「ふむ、じゃあB級上位グループは?」
「上位グループは かなりまあまあ。どの隊にもA級レベルのエースがいるわ。A級にいたことある隊もあるし名実ともにA級予備軍ね」
「にのみーとかカゲ先輩のところは凄いですもんね。アレがB級とか心が折れそう」
「折れてみたらいいんじゃないか?」
「怒るよ、とりお!!!」
「もう怒ってるぞ、苗字」
「木崎さん、コイツそろそろ絶対怒った方がいいと思う!……でもあれだね、これじゃあ遊真達とのゲーム大会は見送りかな」
「なんで? やろうよ、夜に」
「それでも良いんだけれど、今日は家に帰らないとお母さんに怒られるかも」
確かに 子供が何日も帰らないのは心配だもんね、という小南先輩の言葉に大人しく引き下がった遊真は 再び 小南先輩を見上げて、それではA級の実力はどうなのか、と小南先輩に尋ねる。
A級と言う言葉に私の顔をチラリとみた小南先輩は何もなかったかのように咳払いをして、口元に手を当てる。
「A級は……全力でまあまあね」
「まあまあしかいないじゃん」
「まず 太刀川隊がA級1位ってのが納得いかないのよね、もっと相応しい部隊が……」
「玉狛第一はボーダー最強部隊なんて言われてますもんね。確かに太刀川さん達が1位な事に文句があるのは解るかも……」
「え? そうじゃなくて! えと、いや、そうなんだけど…そうじゃないと言うか…」
慌ただしく手を動かして何かを説明しようとした小南先輩が上手い言葉が浮かんでこなかったのか、そうではないのか、肩を落として顔を覆ってしまったところで、とりおが この妙な空気を終わらせた。
「実際、B級中位は舐めてかかれる相手じゃないぞ。戦闘経験で言えば千佳や修よりずっと上だ」
「おれたちが次に当たる すわ隊と あらふね隊ってどんな
「諏訪隊は…」
諏訪隊、荒船隊についての情報を遊真に提供しようとした とりおを木崎さんは静止して「何でもかんでも教えるな。自分達で調べさせろ」と、ド正論を述べる。どうやら作戦室に過去のデータがあるらしい。私としては、玉狛第一の作戦室を拝見してみたいものだった(し、どうしようもなく行きたくて仕方のない気持ちに襲われた)が、私が共にその場にいたら邪魔なのは間違いないので、今日のところは しっかりと空気を読む事にした。
顔を覆ってしまっていた小南先輩が、先輩としてデータの見方を教えるとかで遊真達と共に部屋を立ち去ってから、とりおは木崎さんに「少し厳しくはないだろうか」と問う。けれど木崎さんは特に表情も変えずに「自力で対策を練るのも訓練のうちだ」と当たり前の事だとでも言うかのように宣った。私もこんな素敵な師匠が欲しい人生でした。
「そういえば、とりお 最近本部に顔出してないよね? やっぱり玉狛支部に来たから?」
「態々本部に出向く必要もないからな」
「ランク戦って言っても、玉狛支部は本部とは違うトリガー使ってるもんね。本部でランク戦観戦しよう! とか思わないの?」
「それなら逆に聞くが、お前は此処で観れるものを観る為に態々本部に行くか?」
「……仰る通りで」
「それに俺はバイトがあるから、本部で長々とランク戦観戦するのは難しい」
「確かに!! 本部でランク戦観戦するとさ、途中退室できない空気があるというかさ、なんか凄いよね。あの出れない感じが」
語彙力大丈夫か?と首を傾げた とりおに青筋を立てて拳を力強く握っていると、私達の やりとりを眺めて「お前達は良い関係だな」と木崎さんが笑う。
待って、どう言う意味ですか 木崎さん!!!私とコイツが良い関係とは!? あれですか!? 実は木崎さんは見る専のS……いやそれは、木崎さんに限って有り得ないだろうけれど、私としても聞く勇気はなかった。とんでもない言葉が出てきたとして、木崎さんを この早すぎる段階で嫌いになるのは本当に勘弁して欲しい。いや、木崎さんだから そんな事はないのはわかってるんだよ? でもね、私にも(迅 悠一という)前例があるから……。
「あれ、名前ちゃんに とりまるくんじゃないか〜。朝早いのに元気だね〜」
「おはようございます! 宇佐美先輩!!」
「うんうん。名前ちゃんに とりまるくん、おはよう。レイジさんも おはようございます」
「おはようございます、宇佐美先輩」
「宇佐美、来てすぐで悪いんだが 空閑達が次のランク戦について話し合っている。うまくフォローしてやってくれ」
「宇佐美、了解です。任されました」
「期待してます!! 応援もしてます!」
「名前ちゃん、ありがとねー」
パタパタと作戦室のあるであろう方向に向かった宇佐美先輩と入れ違いに帰って来た小南先輩は「結構来るの 早かったわねー」と 恐らく宇佐美先輩の事だろうと思われる事を木崎さんの方に顔を向けて独り言のように呟いた。そして その言葉を見事に拾った木崎さんは小南先輩に 「迅が連絡を入れておいたんじゃないか?」と、まるでいつものことであるかのような表情で言った。きっと本当にいつものことなのだろう。未来が見えるって便利だな。そんな事を思った後、直ぐに私は どうして遊真達が あんなにも必死になって上を目指すのかを考えてみた。もしかしたら、純粋に価値への執着が強すぎるだけという可能性もあるけれど、三雲隊員に限って それはどうだろうか。玉狛支部の事情はよく分からないけれど、今まで遊真達と話して来た感じと玉狛の皆の発言から玉狛第二がA級昇格をとても急いでいるように思えてしまったのだ。まあでもメンバーだけみてもエース級の遊真。それから雨取隊員がいるから時間をかければ当然一年ちょっとでA級に上がることが出来るだろうーーーと、勝手に思っている。でもそれは、にのみー達がA級昇格を終えたという前提の元で浮かぶ過程であり、私には どうしたって今の遊真達がにのみー、それからカゲ先輩に勝てる見込みがあるとは思えない。もちろん、1部隊同士の対決ならばわからないとは思う。
けれど、ランク戦は三部隊が同時に戦う もしくは4部隊が同時に戦うケースが多い。場慣れしているB級上位部隊は小南先輩の言う通り、名実共にA級予備軍。しかも、二宮隊と影浦隊に関してはA級経験組だ。その部隊に加えて上位部隊がもう一つと三雲隊では、この先の戦歴と遊真達の実力にもよるけれど、どう頑張ったって まず最初に狙われるのは玉狛の隊員だ。私ならそうする。現にA級ランク戦では見事に私がその構図にピッタリと当てはめられるから、まず間違いないし、ポイントを稼ぐのなら これが一番いい……と思ってしまって、私には どうしてもーーー……けれど、噂によると あの迅さんが風刃を渡す程の部隊なわけで、もしかしたら もしかするのかもわからない。
「そういえば、名前って狙撃方法とかを教えてくれる先生みたいな人っているの? そういう話全然聞かないわよね」
「そういうのはいませんけど、強いて言うなら……二宮さんですかね。私って昔ちょっとストーカーで有名だったんですよ」
「えっ!? 聞いた事ないけど……」
「言ってたのが加古さんだけだったからですかね? 東隊では有名だったみたいですけど」
当時の東隊の皆さんには自分で言うのもなんだけれど、滅茶苦茶お世話になった。特に二宮さんは射手だからトリオンの扱いも上手という印象が私の中で強く、しかもそれに加えて豊富なトリオンを持ち合わせているということで、当時はストーカーもビックリなストーカーをやっていた自信がある。今でもたまに当時を思い出す事があるけれど、我ながら気持ちの悪い奴だったなあと思ってしまうほどだ。たぶん、当時の二宮さんは相当私をよく思っていなかったのではないだろうか。それでも今の関係があるのは、私が一生懸命ストーカーしたからだと信じている。
今の関係を見てわかる通り、私は結構二宮さんに気に入られている方だと思う。烏滸がましくも『にのみー』と呼ばせてもらう程度には良いお付き合いをさせて頂いていると思っているし、私がこのように思うのだから周りが同じような感想を抱いても仕方ないというか、むしろ当然とも言えるので、私が二宮さんと仲が良かったから、という理由で接触して来た加古さんの気持ちももしかしたら解る人がいるかもわからない。私にしてみれば、加古さんが私に自ら声をかけて来てくれたのは幸運だった。初めての対面は加古さんの言葉では言い表せない神々しさのあまり、同じ人間と対峙している感覚がなかった上に、私は当時(というか今も)A級部隊、A級隊員を尊敬していた為、それも加わってか、神聖な何かとの対峙に近いものを感じた。故に、初対面で好感の持てる対応を見せてくれた当時高校生の加古さんには当然私は懐いた(二宮さんにはもっと懐いていた)し、逆に口数の少ない三輪くん……三輪先輩は少し苦手だった。
「トリオンの扱い方に関しての師匠ですもん、二宮さん。うーん、加古さんもかな」
「どっちにしても、狙撃の師匠はいないんじゃない。東さんに習わなかったの?」
「狙撃に関しては戦争の資料とかで見よう見まねで撃ちまくりましたね。後は……師匠とかじゃないですけど、二宮隊が結成してからは鳩原さんのデータを参考に」
『鳩原』という苗字を聞いた小南先輩は妙に納得したような顔をして「そうなんだ」と唇を動かした。それから考え込むような顔をした小南先輩に首を傾げていると「そういえば」と先輩が顔を上げた。小南先輩は少しだけ楽しそうな表情を浮かべて「二宮隊の皆と仲良いんでしょ? 最近、犬飼先輩とはどうなの?」と笑った。犬飼澄晴。その名前を聞いた時、私は時が止まったかのような錯覚に陥る。え? 前にも思ったけれど、なんで今この人の名前が出てくるの?
しかし、小南先輩のこの楽しそうな表情を見る限り、悪意あっての質問ではないし、犬飼先輩とも もしかしたら仲が良いのかもしれない。犬飼先輩は あんなでも双葉ちゃんやらとも仲良く出来る強者だ。私だって双葉ちゃんとは加古さんがいなければ絶対に仲良くなることはなかったと言えるというのに、犬飼先輩はいとも容易く仲良くなって見せた。今では双葉ちゃんに対して私にもできないくらい馴れ馴れしくしているくらいだ。小南先輩と仲が良くったってなにも疑問などない……が、解せない。この小南先輩から犬飼先輩の名前が出てくるとか解せない。
「犬飼先輩、ですか?」
「あいつ、結構前なんだけど名前と仲良く出来ないって嘆いてたから最近は どうなのかと思って」
「それ本当に犬飼先輩ですか? 二宮隊の? 多分、犬飼先輩に化けた敵だと思います。タチの悪い人型ですね、黒持ちの」
「えっ!!? そうなの!?」
「これは本当に間違いないと思います」
そうだったのね……と、小南先輩は頭を抱えた。いやしかし人型ネイバーなのは有り得ないし、じゃあ小南先輩のいう犬飼先輩って誰なんだろうと思考しながらバイブを鳴らしている携帯電話を取り出して電源を入れる。因みに待ち受けはネットで見つけた嵐山隊長の写真。インターネットというものは本当に素晴らしくて、じゅんじゅんの格好良さをより引き出している画像がゴロゴロと転がっているのだ。じゅんじゅんには加工の神様が付いているのだと思う。ありがとう神様。
「えっ? これ 准? 名前って准の事好きなの? だから嵐山隊と仲良いの!?」
「大好きです!! じゅんじゅん! 笑顔が眩しいし、2年前とかまで同じ人間の枠として見れませんでしたもん、あわよくば結婚したいですね」
「いいんじゃない!? それいい!!!」
「無理ですよ、小南先輩。苗字は恋愛対象外の代表みたいな女ですよ」
「そんなことないわよ!! 本気の名前の誘惑に動じない男は男じゃないから!!!」
「いいんですよ、小南先輩。じゅんじゅん……嵐山さんはなんていうか私には高嶺の花みたいな存在なので最初から そこまで望んでませんし!」
准と名前ならどう考えても名前の方がいい女に決まってるでしょ!!?と小南先輩に両肩を物凄い力で掴まれて私は その120%有り得ない言葉に頬をかいて目を逸らした。ああ、そういえば携帯に連絡が入っていたのだった。そう思って通知を確認すると、珍しくカゲ先輩から『今日暇か』とメッセージが送られてきていた。暇じゃないといえば暇じゃないのだけれど、まあ暇といえば暇。そんな状態の今この状況をそのまま連絡するとメッセージアプリにはすぐに既読がついて、今から向かうとメッセージが飛ばされた。
ん? カゲ先輩来るの? 玉狛支部に? カゲ先輩×玉狛支部。こんなに似合わない組み合わせって他にあるだろうか。いや、ない。二宮さんと唯我くんがツーショットしているくらいない。
「とりお、私用事できたかも。埋め合わせは今度必ずするから遊真達に私が帰ったって伝えておいてくれないかな」
「わかった。どちらにしろ、ランク戦が近い今 遊真達もゲームしてる場合じゃないしな」
「ありがとう〜!!カゲ先輩から呼び出しかかっちゃってさ……多分バイトのシフトとかの事だと思うんだけど、どうなんだろう。取り敢えず、今日は帰るね!! 小南先輩も木崎さんも今日はありがとうございました!!」
「えっ!? もう帰るの!?」
少しだけ不満そうな顔をしつつも、とりおの方に顔を向けた小南先輩が「とりまる送ってあげなさいよ」と唇を尖らせて言う。とりおも特に不満そうな表情もなく了承して立ち上がると「行くぞ」と立ち上がって私の前を歩く。
なんてテンポの良い……効率的な流れだろうか。私が「大丈夫ですよ」と口を出す前に全てが勝手に決定した上に外まで送ってもらうことになっていた。しかし、私が遠慮するような言葉を口に出した事によってかかる時間の無駄を考えると……効率的。凄く効率がいい。なるほど。相手からの返答を待つよりも前に全部決定する事によって ここまで効率的になるのか。
「玉狛支部って凄いテンポ良いよね」
「は?」
因みにその数分後にカゲ先輩からは流石に玉狛は遠かったのか、また別の理由なのか、中間地点にある分かれ道のところの自動販売機前に集合だとメッセージが送られてきたので、とりおには そこの手前まで送ってもらった。
結構な距離なのにも関わらず、特に文句も言わずに送ってくれるのだから烏丸京介が人気の出る理由は もしかしたら、こういうところなのかもしれないと思った。
「かげせんぱーい!!!」
「はたき落とすぞ、マメつぶ野郎」
「ま、マメ……流行ってるんですか?」
「ああ? 知らねーよ。隠岐に聞け」
「じゃあ因みに意味とかは?」
「意味なんてねぇだろ。あったとしても差し詰め、マジでメスとかだろ」
「え? 私って ニックネームになるほどメス感すごいの? ていうか、カゲ先輩……マジでメスってなに!!?」
「うるせえ、黙って付き合え」
「バイトの人数が足りないなら言ってくれれば良かったのに!! 沢山お客さんが来ているんですか? なんか嬉しいですね!」
「客自体は嬉しくねーけどな」
「またまた〜〜。そんな言い方は良くないですよ!お客様は神様ですからね!」
「当真犬飼荒船」
「……なんで私を呼んだの? しかも今日は日曜日。用事がある気がしてきました」
「客は神様なんだろ」
「その二人は客じゃないです。営業妨害を最先端でやりにきてますよ、カゲ先輩」
けれどまあ、お店にお金を落としてくれる全てを客というのであれば、営業妨害を最先端でやろうがやらなかろうが客であるという事実は変わらないのだけれど。そう、これは最早。私の問題だ。私がどうしても約2名を客と見ることができないだけで、荒船さんに関しては もういつもお世話になっている常連さんで最近はお仕事中にもよくお話なんかもさせてもらっている。寧ろ、ボーダーでの方が話さない。そもそもボーダーでは全く遭遇しない。それに関していえば、カゲ先輩や犬飼先輩も然り。
しかし、当真先輩と犬飼先輩と荒船さんだけだというのであれば、何故私は今アルバイト先に向かっているのか。当真先輩は兎も角。進学校の犬飼先輩と荒船さんが飲酒というのはないだろう(まず、カゲ先輩の家の人達が許さないだろう)し、そうなると他のお客さんも沢山いて人手が足りないとか? ああ、それならあり得るかもしれない。入る日は結構混んでるし……私のシフトが入っている日なんかは土日というのもあってか待っているお客さんもいるし。
「そういえば、全然関係ないけど 私ってプライベートでカゲ先輩の家のお好み焼き食べた事ない気がする……今度、友達と来ます」
「やめろ、営業妨害」
「いや、私って結構人脈あります」
「どの口が言ってンだ」
「なっ、光ちゃんにチクってやる……」
「ハッ、好きにしろ。アイツは人の愚痴なんざ2秒で忘れるだろーしな」
……しかし、休みの日にまで殿堂入りともうすぐ殿堂入りに会わないといけないとは、今日は厄日かもしれない。何個目かの曲がり角を曲がって、カゲ先輩の家が経営しているお店『かげうら』が見えて来たところで、私は肩を落とした。お店が見えて来たからと言って、別段急ぐというわけでもなく普通に歩いて、お店の目の前まで行くとカゲ先輩が扉をちょっとだけ雑に開けた。
「あ、お店の中は暖かいですね!」
「寒くてどうすんだ、客入らねーだろ」
「そりゃあそうですけど、なんか今日 外結構寒くありませんでした? あの気温で送ってくれた とりおもだけど、迎えにきてくれたカゲ先輩も相当優しいですよね」
「キモい感情向けてンな」
「やーい、カゲ先輩の照れ隠し〜〜」
「……殺すぞ」
「いやそれ、マジの時の顔じゃん……」
このままだと カゲ先輩に仕返しされかねないな。早々に悟った私は裏に行って叔母さんに挨拶をしていた。「こんにちは〜〜!」「あら名前ちゃん〜〜」みたいな会話から少しだけ花を咲かせて、何故か体育祭の話で盛り上がっていると『準備にどんだけ時間かかってんだテメェは』みたいな顔をしたカゲ先輩に表に引っ張り出された。勿論、カゲ先輩のお母さんがいたからカゲ先輩の顔も先程よりは怖くなかったような気がする。尚、目は口ほどに物を言っていた。
「ンン〜〜?カゲ先輩これは……」
「いいから行け」
「私にはバイトがあるので、お客様の席には座れませんよ〜〜。恐れ多いです〜」
「アレは客じゃねーんだろ」
「さっきまで 客は神とかいう台詞に乗っかってきた奴とは思えない言葉が私の耳に聞こえてきているような そうではないような」
「よく思い出せ、マメ女。俺はバイトとして お前を呼び出したとは言ってねェ」
「なっ……私に殿堂入り当真勇と最早ソレと言っても過言ではない犬飼澄晴のいる席に相席しろと!!? だからモテないんですよ!」
私は仕方なく立ち上がって面倒臭そうに私とカゲ先輩の方に歩いてくる当真先輩の腕を掴んで奥の席に引っ張って無理矢理座らせる。ここまでするか?みたいな顔をしながらも大人しく腰を下ろした当真先輩は実は物分かりのいい人なのかもしれない。
けれどもだ。何故私を呼んだ? 今日は日曜日とはいえ、お客さんで溢れているというわけではない。つまり、コイツが「苗字を呼ぼうぜー」と言い出したとしか思えない。しかも多分なのだけれど、カゲ先輩が営業妨害すぎると思い、私を迎えに来るレベルの最悪を起こそうとした。もしくは起こしたのだろう。なんて奴だ。流石殿堂入りの名前は伊達じゃない。
「なんで犬飼先輩がいるの!? 先輩、あの人が私を嫌いだって知ってるじゃん!!!」
「俺に聞くなよ、荒船に言おうや」
「まさか……荒船さんが!!?」
「面倒くせえ男、犬飼澄晴封じらしい」
「そのせいで私が面倒臭くなったけどね!!? ていうか、先輩達に囲まれた席で食事とかどんな罰ゲームですか!」
「お前そういうの気にしねーじゃん」
「お前限定だわ!!!」
「出水達にも結構いうじゃねーか」
「あれは緑川がセットでいるから!!」
「ああいえば こういう女、苗字」
「ブーメランだと思わないの!!?」
そんな言い争いに痺れを切らしたのか、誰かの足音が耳に入ってくる。いや、わかる。私にはわかるのだ。当真先輩のこの いやらしい顔と、この最低最悪の居心地の悪さ。これらを全て推理しなくても答えはあっという間に出た。二宮隊に私が二宮さんに会いに来るときにも感じる この圧力ーーー……。
「久しぶり、実に168日ぶりだね。苗字ちゃん。この間の大規模な侵攻で意識不明って聞いたけど、相変わらずの生命力で復活したんだ? キミって本当にゴキブリみたいだね」
そう、この男。犬飼澄晴。そのなんの感情も込められていないかのような瞳で人を見下ろし、いつもとは違う低い声で圧力をかけて来るかのような その声のトーン。私は犬飼先輩が苦手だ。というよりは怖い。どうして この人は私以外の全てに優しそうな顔をしているのに、私に対しては こうも恐ろしい目をするのだろう。どれだけ嫌われているというのだろうか。昔からそうだ。初対面の時以外笑顔を見たことがない。
今は昔ほど二宮隊に通っていないから まだいいものの、昔は毎日の様に悪態を突かれていた。「まだB級なんだ?」とか「ゴリラちゃん」だとか。というか苗字でちゃんと呼んでもらったのは いつ以来だろう。本当に犬飼先輩の言う通り168日ぶりだというのならば、多分もう580日くらいぶりだと思う。その辺は詳しくはわからないーーーというか、あっていない日を数えていたところが なんかもう怖い。なんで数えていたの……。
「ひ、久しぶりですねー!! 先輩とは金輪際合わない予定だったんですけれど、予定は未定ってやつですねー! 以後気をつけて次は365日を目指しますね!!」
「はあ? 馬鹿じゃないの?」
「ご、ごごめんなさい!!! と、当真先輩!!ヘルプ!! 怖いです!! 怖い!」
「犬飼は恋多き男だからなー」
「ホラ吹かないでよ。超一途なんだけど」
「もう2年だもんな、尊敬するわ」
「え!? 犬飼先輩好きな人いるの!? もうこの際教えてくれれば仲取り持ちますよ!!! だからもう私を虐めないでください!」