活路が見えない







 苗字名前が時枝と佐鳥の同期だと知ったのは本人から聞いたわけではなくて、佐鳥がある日、ふとした時に発言したのがキッカケだった。「そういえば苗字もオレたちの同期だよね〜」と。いつもの調子で言うものだから一瞬なんて言われたのか分からなかったし理解するまでにも時間を要した。なんて言った。どうき? それは同時期に入隊したと言う事だろうか。それはもう、時枝も自分も驚いた。話を聞くと、佐鳥は狙撃訓練でも顔を合わせていたりしたから話はしないものの結構頻繁に顔は合わせていたらしい。「当時の苗字って前髪が巻いてあってさ」と、聞いてもいないのにペラペラとよく喋る佐鳥は遠回しに『苗字が昔の方が可愛かった』と言っているように聞こえた。おそらく事実そうなのだろう。俺が苗字名前をしっかりと認識したのは、A級入隊後の中学3年生の時だったし、時枝もまた苗字がA級部隊に所属してから漸く存在を認識した。そうすると佐鳥は自分達よりも2年分苗字を知っているわけだから、その昔は可愛かったという真偽を確かめる術はないが、きっと可愛かったのだ。よくよく思い返してみれば、昔、転入してすぐの苗字は可愛いと評判だったような気がする。

 ーーー今では冬島隊になくてはならない苗字だが、本人の自己評価は恐ろしい程低い。けれど、初めての模擬戦。確かに瞬殺だったとはいえ、緊急脱出ベイルアウトのタイミングは完璧だった。もしかしたら、見切りをつけるのが早かっただけなのかもしれないけれど、ランク戦でも自ら緊急脱出ベイルアウトした隊員の得点は他の部隊には入らない。模擬戦とはいえ、アイビスの十発同時乱発で他の部隊の手足を削って更に狙撃の相殺をしてみせた苗字の技量には流石のA級隊員の間にも切迫した空気が流れたものだ。それが、サイドエフェクトによる能力ちからだとしても。そんな華やかなデビュー戦に本来ならば、したり顔のひとつも見せても良いだろうに本人だけが、あのデビュー戦をよく思っていなかった。それを聞いた時は「凄いのが入って来たな」と。風間さんや太刀川さんが嬉しそうに話していたが、普段の姿を見る限り、未だに自分を弱者だと思い込んでいるらしい。だからだろうか、苗字はA級1位であり同い年の唯我尊とやたら盛り上がっている姿を時折見つけては首を傾げたものだ。しかし、褒めたところで本人が素直に受け取らないものだから最近では皆弄りに徹している。出水先輩曰く、偶に褒め殺すのが楽しいらしい。




「佐鳥って苗字がいないと静かだね」
「いやだって何か、苗字が遠征とか気が気じゃないじゃん! 怪我して帰って来たらどうしよう……!!!」
「佐鳥は苗字の親なの?」
「なんで!!?」
「どうせ帰ってくるよ、苗字なら」




 そうでなくては困る。

 苗字はあれで結構ボーダー隊員から愛されている。例え、本人が『イジメられている』だとか『嫌われている』だとか思っていたとしても、だ。




「苗字がいないと平和だな」
「素直に心配だっていえば良いじゃない。烏丸は佐鳥と感情を足して二で割ったら丁度いいんじゃない?」
「そうしようよ、とりまる〜」




 苗字のサイドエフェクトは控えめに言っても、かなり強い部類のサイドエフェクトだった。苗字がA級入りした時に殆ど入れ違いに玉狛に入った俺は苗字に関して多くを知る訳ではないが、あの迅さんが「そういえば冬島隊に物凄い子が入ったよね」と、嬉しそうに言っていたような気がするから恐らく苗字のサイドエフェクトはーーー否、本人だって恐ろしく強いのだろう。

 しかし今、苗字名前はA級2位部隊に所属しているだけあるようで遠征に旅立った。遠征に行くという事は選ばれた精鋭中の精鋭であるという事。本人は冬島隊が強いからだろうと思い込んでいるのだろうが、俺が見ていた限りでは苗字の所属後から冬島隊は格段に力を上げた。これは別に俺個人の意見とかではなく、東さんを筆頭に大多数が口にしている事だから間違いない。勿論、第一の理由として苗字のサイドエフェクトが上げられるだろうことはまちがいない。事実、あのサイドエフェクトは文句なしに強い部類のサイドエフェクトだ。それはボーダーA級隊員なら皆理解している。アイビスを使用してライトニングに劣らない弾速を弾き出せる部隊は冬島隊をおいて他にない。当真さんは未だにサイドエフェクトを部隊で共有してもアイビスは難しいと言っていた。恐らく、余程訓練を積んだのだろう。冬島隊入隊当初はインターバルなしのイーグレットの連弾で注目を集めていた苗字だが、アイビスを使用し始めてからは冬島隊の火力が今までの何十倍も危惧されていた。




「苗字って昔からあんなに自信ないの?」
「そんな事ないでしょ。とっきー達は知らないかもしれないけど、冬島隊に入る前だって百人ちょっといる中で一桁とか普通にとってたよ、苗字」




 そうだろうとは思っていた。

 冬島さんに勧誘される位なのだから狙撃手としても腕がなければならない。しかし、だとすれば果たしてどうしてあの様に自信をなくしたのか。心当たりがない訳でもないが、それだとも思えない。

 


「とりまるは今日バイト?」
「いや、このまま玉狛に行く」
「じゃあ途中まで行こう」




 2人の好意に甘えて、学校を出て数分歩いた所で大通りへの分かれ道が見えてくる所まで共に歩く。其処の曲がり角で佐鳥と時枝は曲がり、俺はまっすぐの道で行く。だからいつも苗字も入れて4人で帰ったとしても俺は此処で別れる。




「ーーーまた明日」




 たった一言、口にして真っ直ぐと玉狛に向かう。玉狛に着いてからは自分の部屋で少しゆっくりして、暫くレイジさんと話してからまた部屋に戻る。部屋ではそろそろ苗字が帰ってくる、と佐鳥達と話していた事を思い出して携帯の日付機能を確認した。




「よう、京介」
「!…………迅さん」















 真っ青な顔をして船に転がった苗字名前のすぐそばにあぐらを描いて座っている出水公平は、やれやれと膝に肘をおいて頬杖をついて苗字名前を見下ろしている。こいつは頭が悪いのだろうか、という顔である。数分前にやたらと身体を動かし始めるものだから「酔うからやめとけよ」と親切心で声をかけてやったというのにこれである。そうして「なにしてんの」と出水公平の隣で立ち止まった菊地原士郎は苗字名前のその有り様を見て、正直引いていた。

  体調が悪くて死にそうである。あれかな。出水先輩がそこにいるのは、お前こっちに嘔吐したらぶっ殺すからなっていう事なのかな。けれど、よく考えてみて欲しい。先輩、そんなの無理だよ。嘔吐とか自然現象みたいなものでしょう? 私なんかに自然現象止める事が出来てしまったのなら皆吃驚してしまうと思うの。神様も吃驚だよ。……うーーん、ないか。ないなーーー。先輩は多分そこまで考えてくれていない。考えていたとしても『こいつ、自分の体調管理もできねえのかよ』とかそのあたりである。まあその通りなのだけれど、仕方がないじゃあないか。近界ネイバーフッドから此方の世界に帰ってきて、出水先輩が「もう携帯使えるぜ」みたいな事を言うから携帯を開いたら『帰りの遠征艇ではある程度体を動かしたほうがいいと』烏丸京介から4日も前に連絡が入っていたのだから。

 そりゃあたしかに、出水先輩や当真先輩には「酔うからやめとけよ」と、伝えられていた。けれど、普段の行いを踏まえて、どちらを信用するかと聞かれたら間違いなく、烏丸京介くんである。これは至極当然の解答である。故に、私は烏丸京介の言葉を鵜呑みにした。その結果が今であった。




「きぐっぢー……じぬ」
「その方が世の中の為になる事もあるよね」
「まって、きくっちー……私達友達…」
「は?」
「もう本当に泣きそう……」
「良かったね」
「きくっちー、私の扱い雑すぎる!!」




 ようやく遠征艇から降りた私と隊長は報告を当真先輩に一任して隊室のベッドに倒れ込んだ。見兼ねた真木さんが私と隊長の看病をしてくれて「隊長はわかるけど名前まで……」と呆れて溜息をついていたのを聞いた時は流石に本気で凹んだし、まあまあ深刻そうな面持ちで帰ってきた当真先輩が夜までに体調を治せと私に命令してきた時には絶望した。

 まあよく聞いていなかったというか、聞ける状態じゃないというか、簡単に言えば、ついに玉狛支部が『近界民ネイバーをボーダーに入隊させる』という頭のおかしい事を考えてしまったらしい。余計な事をするな。コッチは船に酔ってグロッキー状態なんだよ。早く治せなんていう無茶苦茶な事をいうのなら、お前が貰い受けろやという話だ。もちろん、本人には言えないし、言わないけれども。













「それ、私いりますか……」
「風間さんが出来れば欲しいんだと」
「お願いだから勘弁してください…」
「風間さんに直談判してくれや」
「いや、無理……」




 そりゃあそうだよなと、遠くを見て、愉快そうに笑みを浮かべている当真先輩に、なぜそんなにも愉快そうな顔をしているんですか、というのは当たり前だけれど当然思った。

 けれど、そんな言葉を改めて口に出す気力もなくベッドにダウンした。そうすると「お前に変なメール送ってきたのも作戦だったって太刀川さん達は考えてるらしいぜ」と、聞き捨てならない台詞が発された。どういうことだろう、聞き間違えだろうか。今おかしいな発言が聞こえなかっただろうか。おかしいなあ。あれかな、迅さん。あの中で一番騙されやすそうな苗字なら馬鹿だから船酔いすんだろ、ということだろうか。ちょっと、迅さん……。お前がラスボスだったのか。もうダメだ。ボーダーって、本当に信じた瞬間裏切るっていう謎のスタイル極めてる人がおおすぎる……。拝啓お母さん。私はそろそろボーダーをやめた方が良いんでしょうか。




「迅さんはお前が来ないとふんでいるだろうな」
「まあ、そうでしょうね……、私もうこれ実際にかなりギリギリですしね、本当に……」
「そこでお前を連れて行けば活路が見えるわけだ。任せたぞ、ひよっこ隊員」
「いや、だから……」




 もうダメだ。当真先輩本当にドSを極めてるんじゃあなかろうか。私は先輩の未来が不安になってきたよ。だって、私これ演技じゃないんだよ? 本気で苦しんでいるのに、そんな可哀想な可愛い可愛い後輩に鞭を入れるなんて本当にサディストを極め尽くしたのだと思う。流石に殿堂入りしただけあってサド値はカンストしている。もう、そうに違いない。そうでなければなんだというのだろう。当真先輩は、そろそろ後輩にも優しく生きた方が良いのではないかと思う。切実に。




「頼むぜ、エース」
「先輩はもう少し人を
 気遣う心を覚えた方がいいんじゃないの」
「マジの目じゃねーか」




 そりゃあマジなのだからそう見えなくては困るのだけれど。取り敢えず、当真先輩は人をいたわる気持ちを覚えてほしい……。いや、冬島さんのことは労っているのだから労わる気持ちはあるのだろう。是非その優しさを僅かでもいいから私にも向けてほしかった。許せない。殿堂入りは伊達じゃあないらしい。どうせ、玉狛の匿ってるネイバーを倒したとしえも、黒トリガー使いで予知の使える迅さんに私が対抗出来るはずもない。ああ、これってあれか。風刃避け。なに、その一番酷い役割。それ私って、本気でいらないじゃん。すっかり吐き気がピークに達したところで当真先輩に引っ張り出されてトリガーを起動すると痛みは一時的にではあるけれど、ゆるやかに和らいでいった。

 しかし、所詮は私が緊急脱出ベイルアウトするまでの間の気休めでしかなく、残酷な結末が見えていても、なお、行動をしないといけないだなんて、あまはらにも残酷すぎないだろうか。




「それで、どのタイミングで死ねば良いですか」
「何を言っている 苗字。お前に緊急脱出ベイルアウトされたら困る。お前は俺達の後ろから援護サポートだ」
「??……当真先輩…? 話が違うじゃないですか!! 風刃の弾除けになって死ねって……」
「言ってねーよ。まだ酔ってんのか、お前。グロッキー状態のお前を弾除けに持って来るくらいなら隊長も引っ張って来るよ」




 一体どうなっているんだ 冬島隊と風間さんに当真先輩が睨まれていたけれど、私としてはもう早く退散したかった。兎に角、家に帰って寝たかった。

 なんで遠征終わって間もないのに、玉狛で戦争しないといけないの。辛すぎるでしょ。これはアレなのだろうか。ひ、ヒロインのポジション……。けれど、私としてはグロッキー状態でも連れ出される位ならヒロインになんてなりたくはない。




「全員集まったな。苗字と当真は慣れている戦法やりかたで好きにやってくれて構わん」




 全員集まったのを確認した太刀川さんが走り出すと皆ある程度まとまった隊列を組みながら移動を開始する。そのうちに隊の先頭に三輪先輩が出て、太刀川さんに何か言われているようだったけれど、個人的には今はそれどころじゃあない為、特別興味はない。しかし、玉狛……。

 体調良くなったから ちょっと真剣に考えてみたけれど、近界民ネイバーを入隊させるなんてボーダーとしてあっていいのだろうかーーーいやダメだから、こんな事になっているのだろうけれど。当真話を聞く限りでは玉狛の黒トリガーの強奪だと言っていたから近界民ネイバーについては黙認ということなのか。それとも玉狛相手だろうと殲滅は絶対なのか。武器のない近界民ネイバーだというのならば、後でいくらでも処理が出来るから そこは今はまだ深くは考えないという事なのかもしれない。不明である。




「でもまさか玉狛支部、近界民ネイバーを入隊させるなんて正気じゃないですね」
「いや おれはお前の食べるラーメンも中々正気じゃねーと思うけどな、普通に」
「いや出水先輩食べたことない癖に私の味噌バターバターバターラーメンを否定しないでもらっても良いですか?」
「聞いただけで胃がもたれる時点でアウトという考えに至らないお前が おれは怖い」




 目的まで500mの地点まで出水先輩とラーメンをどうやって食べるのかという良くわからないトピックについてアツく語り合っていると、太刀川さんが私達に制止の声をかけた。あまりにビックリして漫画みたいに大袈裟に肩と揺らすと出水先輩がヒーヒー言いながら笑い始めたので、そろそろコイツも殿堂入りの枠に突っ込んでやろうかというのは本気で考える。そうしてゆっくりと出水先輩の楽しそうな瞳がやたら真剣なものにかわっていくものだから、私も視線をゆっくりとその先の人物へと動かした。迅悠一である。

 1人でこの人数の相手をしようなんて考えてしまう時点で、やはり黒トリガーは見ている世界が違うなあ、と感心せざるを得ない。けれど、いくら迅さんといえども、太刀川さんや風間さんが率いる最強部隊を相手をするのは厳しいのではないか。その考えは正しいだろう。いくら黒トリガーといえ、どこかに限界は存在するはずだ。




「太刀川さん久しぶり
 皆お揃いでどちらまで?」
「うおっ、迅さんじゃん。なんで?」
「なんでって先輩。私達が向かっているのは玉狛支部ですよ? 迅さんが出て来ても可笑しくなくないですか?」
「いや強い人っていうのは大体最後に出て来るからソッチの方が燃えるだろ?」
「なんでいま夢を語っているの?」




 いつもの様に愉快な言い争いをする私と当真先輩を見て、迅さんは「冬島さんはどうした?」と尋ねてきた。まあそう思うだろう。こういう時は部隊での行動が好ましい。

 隊長のいない冬島隊は不完全な部隊だ。




「うちの隊長は船酔いでダウンしてるよ」
「余計な事を喋るな、当真」
「俺的には苗字ちゃんがダウンしててくれたら嬉しかったんだけど……仕方ないか」




 迅さんは私達の目的をその有能なサイドエフェクトで見抜いているようだった。それはまあ、予知のサイドエフェクトを持っていながら 私達の目的を知りませんなんて言おうものならば、そのサイドエフェクトはなんのためにあるのかと考えさせられてしまうのだけれど、それはまあ迅さんにかぎって、である。

 つまり、迅さんに目的を知られているのなんて風間さんや太刀川さんからすれば予想の範囲内だ。




「最近玉狛の後輩たちはかなり良い感じだからジャマしないで欲しいんだけど」
「そりゃ無理だ……と言ったら?」
「その場合は仕方ない。実力派エリートとして可愛い後輩を守んなきゃいけないな」




 いいなあ、あんな先輩が欲しいなあ、という視線を痛いくらいに当真先輩に注ぐ。

 だって今の言葉を是非もっと真剣に聞いてほしい。可愛い後輩を守んなきゃいけないな、だって。いやいやいや。ちょっと待て。冬島隊、苗字名前。そんな素敵な言葉は人生で一度も言われた事ないんですが??? 確かに 私がお守り出来ないほどの雑魚だったとして、だ。事実そうなんだけれども。その雑魚でも一生懸命守ってあげるのが先輩なんじゃないですか。次回、先輩ってなんだっけ。お楽しみに!




「顔がうるせえんだよな、苗字って」
「残念だったな、苗字。ウチの部隊は玉狛みたいに優しくねーのよ」
「か弱い後輩なんだから守ってくださいよ」
「寝言は寝ていえ、ひよっこ隊員」




 これがサディストのステータスをカンストさせた男、当真勇である。

 雑魚中の雑魚といっても過言ではない私に対しての対応が辛辣すぎて言葉も出てこない。一応私は船酔いでダウンしていたにも関わらず、気が付いたら連行されてただけでなのであって、戦いたくて来たわけでは決してない。断じて、だ。これだけは、胸を張って言える。まあそんな事を言い始めたら、此処にいる迅さんも風間さんも太刀川さんも戦いたくて立っているわけではないのだろうし、今回私たちが見逃したとしても、方針として、そしてボーダーとして。ボーダーの敵として掲げている近界民ネイバーを味方にする支部を野放しにする事はやはり出来ないから、何にせよ、いずれぶつかる事になるわけだから、早いか遅いかの違いではある。




「『模擬戦を除くボーダー同士の戦闘を固く禁ずる』隊務規定違反で厳罰を受ける。覚悟はあるんだろうな? 迅」
「それをいうならウチの後輩だって立派なボーダー隊員だよ。アンタ達がやろうとしていることもルール違反だろ。風間さん」




 風間さん達の言葉のやりとりを聞く中で、複雑な事情を察した私は早々に、当真先輩の言っていた話を聞いていなかった事を軽く後悔した。ーーーというか、もうその近界民ネイバーって隊員なの? ええ、ボーダーに近界民ネイバーはアウトでしょ。普通にだめだよ、迅さん。ボーダー隊員ならば当然抱くこの疑問を解決したのは太刀川さんだ。太刀川さんは迅さんに、まだ正式入隊していないからボーダーじゃねーよ、という風な事を言って迅さんを黙らせる。私的には「ああ、隊員ね」「うん、そうだよ」「じゃあしょうがないか」となって、ひとまずは一件落着という流れが最も理想的で望ましいのだが、両者引く様子が全くない為、まあ無理である。

 まあ、私としてもボーダーという近界民ネイバーを討伐する為に建てられた組織が近界民ネイバーを隊員にするなんて普通に大反対だから、城戸司令派閥の皆も同様に反対なのは当然の流れだとも思うけれど。




「あくまで抵抗を選ぶか……お前も知っているだろうが、遠征部隊に選ばれるのは黒トリガーに対抗出来ると判断された部隊だけだ。他の連中相手ならともかく俺達の部隊相手に おまえ一人で勝てるつもりか?」
「流石にそこまで自惚れてないよ。遠征部隊の強さは良く知っている。それに加えてA級の三輪隊おれが黒トリガーを使ったとしても良いとこ五分だろ」




 おれ1人だったらの話だけど。そのような言葉を口にした迅さんに私は思った。ああ、これは確定負け確演出である。自分は遠征を完遂したからという理由からすっかり安心していたけれど、私の実力はそれほど高くはないのだ。数での有利は勝機に直結するとたかを括っていたけれど、それが今では迅さん以外に嵐山隊という新たな敵が現れている。この状況はよくないなあ。そもそも、久しぶりの再会がコレなんて、もう頭が痛い。

 それに実際、冷静に考えてみればわかるけれど、嵐山隊がいるという事は忍田さんが迅さん側に加勢したということ。何故? 忍田さんが近界民ネイバーの入隊に同意したという事だろうか。いや、それはあり得ない。あり得ないけれど、現実がこれという事は……、理由は分からないけれど、忍田さんが迅さんの側に加勢する決定的な理由があった。もしくは、出来たのだろう。




「良いタイミングだ、嵐山。助かるぜ」
「三雲くんの隊の為と聞いたからな、彼には大きな恩がある」
「木虎もメガネくんの為に?」
「命令だからです」




 迅さんは嵐山隊がいるならコッチが勝つとハッキリと断言した。その発言を聞いて、太刀川さんが私の肩を叩く。

 待って太刀川さん。そのフリはなに??
 この場所で私を持ち上げるということ?

 この流れで? 冗談でしょう? 太刀川さん。意識しなくても顔が引きつってしまうよ。




「今日だけ自信を持て。俺はお前こそ、この場で最も優れている狙撃手だと思っている」
「……えっ、」
「その圧倒的なサイドエフェクトは評価に値する。正直ウチに欲しい。俺の期待を裏切るなよ、苗字」




 A級1位太刀川の言葉は思いの外すんなりと自分の中に入って来て、私は努力し続けた三年間を思い浮かべて目頭を熱くした。




「…………嵐山隊は任せてください」
「其処は嘘でも迅だろ」
「迅さんは無理です。当てられない弾は撃たない。動きを制限するのは冬島隊の役割じゃありません」
「正直、迅に関してはお前の弾を期待している。未来視に唯一対抗出来る速度のアイビス。それを奴も恐れている」
「風間さん、無茶言わないで下さいよ。正直に言うと、迅さんとかラスボス感強くて本当……スコープ覗くのが怖いんです!!!!」







 そうして私は迅さんの狙撃に回された。何故このように、ここまでの経緯を割愛したのかというと、もう情けなくて口に出すのも恥ずかしいというか『敵の前で何言ってんの?』という表情をあからさまに、全く隠そうともしないで、私に向けてくる風間さんと太刀川さんと三輪くんの圧力。そして当真先輩の本気の拳骨を食らって無理やり配置に待機させられての今だからである。

 ーーーと。まあ、結局説明してしまったのだけれど、今日私は自分の本気の嘆きを誰も受け入れてくれない事を学んだ。やっぱり、あの時も風間さん達に相談しなくて良かった。きっと今より精神を削られていたに違いない。確かに先程は敵に対して とても情けない発言をした。流石の私にも、自覚はある。太刀川さんの言葉だって今までの根拠のない褒め言葉よりも、よっぽど自分の中に入ってきた。しかし、私のような新米(ボーダー4年目)に迅さんを相手にする度胸があると思うのだろうか。ここにはドSカンスト勢しかいないのだろうか。木虎ちゃんがいるからという理由で『私が最年少なんだから』という言葉も強くは言えないが、私だってまだピチピチの16歳であって、怖いものはあるのだから勘弁して欲しい。因みにコレを当真先輩辺りに言うと「お前何が怖くないの?」と冷静に聞かれるであろうから絶対に言わない。あの人には個人的な事は何も言わないように気を付けている。




「当真せんぱ〜〜い、全然当たりません」




 そもそも、迅さんに攻撃を当てるなんて可能なのか。いくら私のアイビスのスピードが第三者の視点から見るとライトニングに匹敵する速さに見えるとはいえ、迅さんは飛んでくる方向が分かっているわけだから避ければいいだけだ。それならば、乱発イーグレット……勿論私だってそう思った。しかし、迅さんは手に持っている黒トリガーで私の弾を全弾相殺した。これがゲームなら何回コンテニューしても勝てる気がしない。何故勝てる気がしないのか。是非この光景を見ていただきたい。狙撃手も私一人ではないということは勿論わかるだろう。当真先輩や奈良坂先輩だっている。それに加えて太刀川さん風間さんといるーーーにもかかわらず、迅さんは全ての攻撃を受け流している。多分。多分だけれど、あの人は人間じゃあない。

 しかし、こちらにも戦闘面では凄く頼りになる太刀川さんがいる。嵐山隊と迅さんは二手に分かれた。そして 当真先輩は嵐山隊に着いてしまったけれど、太刀川さんなら私にもそれなりにヒントをくれるだろうと他人任せにしていたのが、そもそも正しくなかったのだろう。ここまできてヒントがないのならば、もうヒントはなしだ。なんて事だ。私がヒント待ちしている間にも風間隊のきくっちーはやられてしまったというのに。その事実を改めて、考えた 私は一気に意識が覚醒した。これ、多分次私だ。




「当真先輩、本気出します」
『おう、急にどうしたよ』
「私の事を評価してくれた太刀川さん達の役に少しでも立たないといけないから……っていうのも建前で本音は船酔い状態に戻りたくありません」
『台無しじゃねーか』


 










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Espoir