サイドエフェクト








 結局おれが今恐れているのは苗字名前だった。約4年間。正確には3年とちょっと。おれが1番恐ろしいなと思っていた戦闘員をまさか本当に冬島隊が拾う方の未来に転がってしまうとは思わなかったし、まさかこんな風に戦闘員として向き合うなんて、ついこの間顔を合わせた時まで思いもしなかった。おれが苗字名前とまともな会話をしたのは今から3年前。苗字が入隊して間もない頃だった。苗字の入隊したその年は佐鳥、時枝といった優秀な隊員がゴロゴロと出た年で結構な注目を集めていたのだが、その中でも おれが最も恐ろしいと思ったのは苗字名前だった。ただ、まだ彼女は当時ボーダー隊員としての実力を身につけるという事に全く無頓着だったし、加えて己のサイドエフェクトに関しても扱いきれておらず埋もれていたのだけれど、それでも おれは彼女の未来を見た時、目を見開いて固まったのをよく覚えている。当時、恐らくおれだけが唯一知っていた時間変換のサイドエフェクトは後にボーダー本部を震撼させた。これは、自然な流れだっただと言えるだろう。

 時間変換のサイドエフェクト。名前だけ聞いても結構使えそうなこのサイドエフェクトは使い手によっては大きく印象が変わるのだろうが、特に狙撃手と銃手それから射手との相性は特に良いんじゃないかと思う。それは確かに今苗字名前の戦闘スタイルが確立したからこそ思うのかもしれない。実際に、苗字名前の戦闘スタイルは そのサイドエフェクトと抜群に相性が良かった。何故、おれが今こんな事を語っているのかといえば、そのサイドエフェクトが、おれの思っていた以上に厄介だったからに他ならない。

 アイビスの時間変換。正直言って戦闘を開始する前は、アイビスがライトニングの弾速になっても未来が見えれば大丈夫だろうとタカをくくっていた。流石に おれだって最初からそう思っていたわけではない。だからこそ、京介に態々あんな嫌な役回りに回ってもらったのだ。京介本人も苗字の事は相当気に入っていて「友達にそんな事は出来ない」と渋っていたけれど、遊真達が姿を現してから、未来が不安定な状態に戻った。恐らく、おれの知らないところで友人を裏切るような行為を渋々受け入れたのだろう。しかし、結果として、苗字はこの場にいる訳だから、相変わらず自分のサイドエフェクも万能ではないという事実を思い知らされたし、まさか此処まで追い詰められるとも思わなかった。

 菊地原が緊急脱出ベイルアウトしてから、太刀川さん達の動きが変わった。それ自体には驚かなかったが、次に見えた未来を確認して おれは余裕な表情を崩さないように後退した。何発もの弾丸は地面に打ち付けられて消える。苗字の弾なのは明らかだった。間一髪で何とか避けられたとはいえ、今のは一体どういう原理だ。つまり、おれは苗字名前のサイドエフェクトを甘く見ていた。

 苗字名前のサイドエフェクトはアイビスをライトニングの弾速に変換できるサイドエフェクトであるーーーと、本気で そう思っていた。けれど、これは。これはそんなものじゃあない。時間変換。それはつまりどういう能力なのか。おれ達の見ている時間はもしかしたら苗字や冬島隊が見ている光景と違うのではないか。サイドエフェクトだって、おれのサイドエフェクのようにある程度制限のあるものだという事は間違いない。ただ、だとすれば未来を見ることが出来るだけのおれに苗字の見ている世界はわからないし、これこそまずは冬島隊に頭を下げてサイドエフェクトを共有する事に承諾して貰うしか戦闘時の苗字の見えている世界を見る方法はない。苗字と戦闘せざる得ない おれに時枝と嵐山は言った。「苗字は強い」と。頭では分かっていたが、これは認めざる得ない。彼女は強い上に、おれのサイドエフェクトとも相性が悪かった。いや、相性云々で言うのならお互い様だろう。向こうは当てられないし、コッチは苗字をライトニングだと思えば何とかなる。では何が厄介なのか。アレが実際のところ弾速変換などではないという可能性だ。


 ーーー……とりあえず言わせてほしい。
 あれは多分、弾速変換・・・・ではない。


 アレが弾速変換だというのなら、見える筈だからだ。弾が苗字の元から、おれの元まで来る間に描かれる弾道を。しかし、見えない。気付いたらそこにある・・・・・。ここまで太刀川さん達の動きを観察しながら、苗字の弾にも注意を払っていたからまず間違いない。悩んだ末に、おれはその結論を導き出した。で、あれば。直前になってそこに弾が見える・・・・・・・・状態こそ苗字名前のサイドエフェクトの弱点なのではないか。最早それは弱点とは言えないだろう。しかし、おれの仮説が正しいとすれば彼女のサイドエフェクトには当然、有効範囲がある。もしくは変換出来る時間に制限がある。この2つに絞られる。しかし、絞られたところで今のおれには太刀川さん達を相手しながら苗字の相手をする余裕はないわけで結論から言わせてもらえば、そんなの解明するよりも苗字を緊急脱出ベイルアウトさせるのが おれの未来を確定させるには一番安定したやり方だった。

 しかし此処で問題が生じる。苗字のサイドエフェクトが、もしも、有効範囲のあるサイドエフェクトの方だとしたら。そうなれば、おれがどれだけ風刃を苗字に飛ばそうと苗字は平気な顔をして避けるだろう。ならば、プランB'。やはり風間さん達を緊急脱出ベイルアウトさせた後に、彼女に降伏させるしかない。幸い今の苗字は驚く程のガラスのハートで有名だ。太刀川さん達が緊急脱出ベイルアウトすればなんとかなるだろう。しかし、この未来確定の成功率を上げるために、こんな事を考えた おれが言うのもなんだけれも、苗字はつけ込まれるから その弱い精神は直しておいた方がいいと思う。思い立ったら、まず行動。

 時間を引き伸ばせば、引き伸ばした分だけ人数の多い向こうに勝機が見える可能性も否定できず、おれはまず風間さん、太刀川さんを緊急脱出ベイルアウトまで追い込んだ。元々A級トップ部隊の隊長の緊急脱出ベイルアウトで作戦が終了すると言う未来もある。果たしてどう動くか。




「なるほどな……。いずれ来る実践に備えて手の内を隠していたというわけか」
「悪いね、生粋の能ある鷹なもんで」
「……だが、風刃の性能は把握した。あと三週間、正式入隊日までの間に必ずお前を倒して黒トリガーを回収する」
「残念だけど、そりゃ無理だ」
「お前の警戒していた苗字が今日、
お前のせいで・・・・・・万全じゃなかった。次の冬島隊は万全だ。覚悟しておくんだな、迅」




 上手く撤収まで持ち込めたあたり我ながら良い作戦を立てたものだと感心する。ただ、冬島隊は強いな。こうなってくると、あの苗字、当真、冬島さんの少数精鋭部隊。冬島隊に太刀川さん達がどうやって勝ち星を取ったのかが気になる。ああ、でもそんな事よりも苗字とは個人的に少し話がしたいから会えないだろうか。狙撃位置にまだいるだろうか。いや、あの苗字の事だ。既に狙撃位置ーーーというか、もしかしたら、おれの見える範囲にはいないかもしれない。なんて思っていたこは事実だけれど、やはり神様も偶には おれにも微笑んでくれるらしい。

 苗字には物凄く嫌な顔をされたけれど、自慢のサイドエフェクトを使用して苗字名前の元に駆け寄る。取り敢えず京介の誤解だけは解かないといけない。あんな役をやらせた手前放っておくのも後味が悪いし、正直おれでも少しは心残りになる。




「苗字の船酔いの件なんだけどさ」
「よくさっきの今で私に話しかけられますね。一応私達敵同士だったんですけれど……。でもウチの部隊の当真勇を倒してくれたのには感謝してます。スカッとしました」
「……お、おお…どうした」
「あのリーゼント私が船酔いしているのに迅さんは苗字が来ないと思ってるから行ったら勝てる!! みたいに行ってた割に負けですよ、私の健闘返せよみたいな」
「苗字って結構言うよね〜〜」
「冬島隊で成長したのは口だけですけど」
「そんな事ないだろ、サイドエフェクトも昔と比べても随分使いこなしているみたいだし」
「……それはどうも」




 おれは苗字に本部に用事があるからと口にして、苗字名前と共に本部に足を運び、冬島隊作戦室まで苗字を送り届け、風刃に視線を強く握った。想像はしていたけど、手放すのはやっぱり良いものではない。本当ならこれから先ずっと おれが持っていたい。しかし、一つの我儘を通す為に おれの我儘を潰すのは対価だと分かっている。

 それでもやっぱりおれは、おれのこんな些細な我儘も通したかったのだ。




「大丈夫……未来は動き出す」















 トリオン体のまま作戦室で寝泊まりした私は朝起きてシャワーを浴びて、髪の毛を乾かし、制服を着る。こんなにゆっくりと準備をしているけれど、今日は滅茶苦茶学校の登校日である。時刻は8時5分。これは由々しき事態だ。あの天羽くんですら、しっかりと登校しているというのに、私が遅刻するのは正直笑えない。とっきー達が登校していても普通に笑えない。どうして嵐山隊は、あの激務を終えた後に普通に遅刻もしないで学校に通う事ができるのだろうか。信じられない。……今日に限って言えば、船酔いで朝頭が痛くて吐き気がしていたから仕方がないと信じたい。それに、この時間では間違いなく遅刻。だというのにも関わらず、当真先輩は未だに隊室で転がっていて、流石に冬島さんも私も呆れたし、真木さんには滅茶苦茶蹴られていた。こわい。

 しかし、私も真木さん同様に、当真先輩を無理矢理学校に連れて行くとかいう謎の幼馴染ポジションには収まりたくないので、普通に「行ってきまーす」と冬島さんに会釈して作戦室を出た。去り際、冬島さんが手を振ってくれたのは少しだけ嬉しかった。取り敢えず、当真先輩は第二の太刀川さんになるのではないかと思う。そうして、当真先輩も本部長に怒られれば良いのに。




「おはよう、とっきー」
「お疲れ様、苗字」
「セーフ?」
「アウト。今なら先生いるかもよ」
「一限受ければ問題ない」
「船酔いしたって聞いたけど」
「今も絶賛引きずり中よ」




 そういえば船酔いの件は迅さんが云々と言っていたなと思い出して烏丸京介に視線を移すが表情はいつもと変わらない。

 そういえば、皆大好き 烏丸京介。今日は周りに侍らせている女子が少ない。いや、侍らせているというか、戯れているというか、気を引きたくて態と近くで騒いでいる女子なだけで別に烏丸京介くんが好き好んで近くに置いているわけではないと思う。多分。もしそうだったとしても、コイツマジでクズかなくらいしか思わないけれど、木虎ちゃんや香取ちゃんあたりは相当落ち込むのではないだろうか。




「昨日体調悪すぎてずっとトリオン体で当真先輩とゲームしてたから眠いんだよね……」
「冬島さんも船酔いしてたんじゃないの?」
「してたんけど、冬島さんずっと寝てたんだから良くない? ってなったの」
「苗字と当真先輩って掛け合わさると最悪の組み合わせだよね、色んな意味で」
「え、やめて」




 とっきーの言葉に鳥肌を立てていると「そういう反応はするけど 実際に仲良いよね」と。いやいや、とっきー。いったいどこをどうしたらそう見えるの。どういうことなの? しかし、ここで悲しいことに予鈴が鳴り、強制的に会話を終了させられたので、お互い自分の席に着いた。まだ席に着いていない子もいるし、私だって別に真面目な方ではないから立ち歩いて話をしたり、なんならトイレでサボったっていいのだけれど、とっきーという聖人がいるお陰でそんな事態を迎える事なく済んでいる。時枝さまさまである。

 鐘の音と共に授業が始まり、数学、古典、英語、世界史、と授業を行うはずだったのだが、気が付けば世界史が終了していた。これは由々しき事態である。もう一度言おう。由々しき事態だ。私はこれでもテストの点は結構頑張っているおかげで普通に結構そこそこの点数だ。それでも出席日数云々が問題になるから少しでもいい評価を、と思い、内申点に命をかけていた。特にノート点。もう寝ている時点で、内心とか気にしてないじゃないかと思うかもしれないけれど、寝たのは これが3回目だ。二度あることは三度ある。まさにそうらしい。これで私の大学への評定平均が下がるような事があれば、迅さんと当真勇のせいだ。そもそも、迅さんが、とりおを嗾けなければ私は船酔いしなかった訳だし、授業も寝る事はなかった筈だ。たった一回の授業で評定平均がグンと下がるなんて事はないだろうから下がったとしたら、それはもう迅さん1%当真勇95%、私4%の責任だ。まあノートはとっきーに見せて貰えばいい。そういえば、前にソレを言ったら、とりおに「他人の努力をそうやって盗むんだな」とか言われて大変ムカついた過去を思い出した。以来、私はノートに全てを注ぎ、とっきーがいない時は私の神ノートを贈呈して写させてあげている。とっきーは聖人なので、もしかしたら私のノートなんてゴミくらいに思っているかもしれないけれど、たとえそう思っていたとしても、それでも受け取った時は、神様の様なマイナスイオン100%の微笑みを浮かべてくれるから全てを許せる。きっと、とっきーのこういうところが広報に向いているのだろう。嵐山さんのような神には及ばないとしても、私の中ではとっきーと佐鳥ちゃんがナンバーワンだよ。本当に仲良くしてくれてありがとう。




「ーーーー苗字」
「とりお……?」
「……貸す」




 私は差し出されたノートに目を丸くした。そして、クラスメイト達も一斉にこちらをみた。主に女子が。そしてその鋭い瞳で私に『え? 烏丸くんのノート? あんたちょっとそれ受け取る訳じゃないわよね? 受け取ったらいい加減に殺すわよ』と訴えかけている。切実に怖かったし、これが本当にあった怖い話かとも思った。

 そういう視線を頬にチクリチクリと感じていると、ポケットから薬を、そして脇に抱えていた飲み物を私の机に置いて自分の席へと戻った。




「…………え?」




 ていうか、薬?? え?なに私殺されるの?
 ノートやるかわりに死ねってこと? と困惑していると、佐鳥ちゃんのクラスに顔を出していたとっきーが戻ってきて私とクラスメイトを見て、何かを察していた。




「苗字、烏丸。昼食べよう」




 とっきーは空気を読んでいるんだか読んでいないんだか、私ととりおを昼に誘う(いつも四人で食べている)と、お弁当を持った私に「それは?」と飲み物と薬を指差すので、ただ、笑顔だけを送っておいた。

 薬と水を持って改めて、とっきーの横に並んだ私は三階の空き教室というお昼休みに最適の穴場スポットでお弁当を開く。




「とりおのとこ新人入ったんでしょ?」
「ああ、3人」
「3人とも近界民ネイバー?」
「そうだな」
「えっ? やばくない玉狛。まず近界民ネイバー入れるだけでもヤバいのに3人も?」
「烏丸、苗字揶揄うのやめなよ」
「エッ、嘘!?」
「なんで佐鳥まで驚いてるの?」




 内容まで詳しく聞いてなかったから、と笑みを浮かべる佐鳥ちゃんだけれど、実際のところは私に同調しただけだろうと予想している。ああ、もう本当に可愛い。結婚したい。私、佐鳥ちゃんになら余裕で嫁げる。いやでも佐鳥ちゃんは、うろたえながら遠回しに拒否してきそうで、耐えられそうにない。しんどい。友情崩壊の危機が訪れてしまうかもしれないーーーと、まあそんな冗談は置いて置いて。さっさと食事を済ませた私達は通常通り雑談タイムに突入する。この間の仕事で握手会があったとか。バイト先に誰がきてどうなったとか。ボーダーでなくてもできる話をするのが私達は結構好きだった。ボーダーの話もするけれど、佐鳥ちゃんととっきーの話は何か広報なだけあって、会話の内容がぶっ飛んでいるし、私の常識を超える言葉がポンポンと出てくるから、あれ私達って本当に同じボーダーかな? と何度思ったかわからない。

 けれど、昨日の今日で昨日の話をあえて持ち出すという事をしないところは流石と言えるだろう。そんな話を持ち上げられてしまったら、この場の空気はお通夜のような氷点下の空気まで一気に冷え切っていたことだろう。




「そういえば、苗字遠征どうだった?」
「冬島さんが最終日に船酔いして、当真さんに滅茶苦茶扱き使われた記憶しかないな……少なくともサイドエフェクトは乱発してた」
「大変なんだね、苗字も。そういえば佐鳥が苗字がいなくて元気が」
「あああああ!!!そういえば、苗字のクラスって調理実習何作るの!?」
「え、むしろ調理実習あるの?」
「そういえば、苗字いなかったよね」




 どうやら今学期の最後に調理実習があるらしい。それはそれは。因みに私は料理がど下手くそである。この間はハンバーグをタワシに変えてしまって、自分のサイドエフェクトが暗黒物質ダークマターを誕生させるやつだっただろうかと、タワシハンバーグを眺めながら自分の料理のスキルに絶望したばかりだ。女だから料理が出来るなんて勘違いしちゃあいけない。料理は誰にでも作れるわけではない。訓練を積み重ねた猛者だけが作る事が出来るのであって、通常であれば出来ないものだ。それに今の時代、料理は女子だけが作るものじゃないし、主夫なんていうのも誕生している。出来なくても全く問題はない!!

 幸い私には料理を披露する相手も、披露したいと思う相手もいない為、問題は全くない。強いていうのならば、当真先輩には私の暗黒物質ダークマターが食べれるのかどうかを実践形式で証明して欲しいというくらいだし、困るタイミングというのもバレンタインを除くというのならばないし、近々で困る予定はない。




「苗字が料理出来ないことはわかった」
「エッ、どこで!?!?」
「苗字、顔に出すぎ」
「苗字は嫁ぎ先ないんだから料理の腕くらい磨いた方が良いんじゃないか?」
「いいよ。私、佐鳥ちゃんと結婚するし」
「佐鳥を妥協案みたいに……」
「えっ、!!? ちょっ、泣かないで佐鳥ちゃん!! おのれ、烏丸京介ェ……!!!」
「今のどっちかっていうと苗字だろ」




 昼休みの終了が間近に迫っていることを伝える為の予鈴が教室内に響き、教室を出る。勿論、午後の授業はちゃんと受けるつもりだ。大丈夫、今度は寝ないーーーーという言葉はやはりフラグだったらしい。私は先生に教科書で頭を思い切り叩かれた。普通に痛いし、いい音がした。スパーン!!って感じのいい音が鳴っていました。そろそろ先生は、愛の鞭という名前を上手く使った生徒への軽い(私にしてみればとても重い)暴力は辞めた方が良いんじゃないかなと思いました。「廊下に立って目を覚ませ」と言われた私は目を覚ます為にトイレで顔を洗い、お手洗いを済ませて廊下に戻るはずが、偶々米屋先輩と出水先輩がグループで会話をしているのを見つけてSNSグループの会話に参加した。そして会話に夢中になっている間に授業終了の鐘が鳴り響いた。教室までの距離は50m弱。今から走っていってもダメだろう。というか、授業の途中に1回か2回は先生は廊下に出たかもしれないからもうダメだ。内心点あげるとか言っている場合ではない。取り敢えず現代文は今回はテストで点数を弾き出すしか道はないだろう。しかし、次の授業も始まってしまうし、そろそろ頃合いかな、と。踊り場から出て教室に戻る。するとなんと、現代文の先生はまだクラスに滞在していた。なんて事だ。この後、勿論放課後職員室に呼び出された。

 とっきーと とりおは私と出水先輩達とのSNSのやり取りを見て『コイツ本当に救いようねえな』みたいな表情をもう全く隠す事なく全面に出していた。あんまりにも分かりやすく顔に出して伝えてくるものだから、先生と2人に向けて「先生には先生が好きすぎて逃げたくなっちゃったんです!」と、とびっきりの笑顔で言ってやったが、愛の鞭が飛んできた。解せない。






 放課後。職員室に行くと出水先輩がいて軽く会釈をすると、出水先輩も私に気が付いたのかヒラヒラと手を振ってくれた。

 あの人は基本的にウザイけれど、根はいい人なんだと思う私はチョロい奴である。どうやら出水先輩もボーダー云々で色々言われていて、私も授業で寝るのは云々と延々語られていた。因みに先に職員室を出た出水先輩だけれど、私が先生の愛あるお説教を受け終わるまで待っていてくれたらしく、私の手元にある数十枚に及ぶプリントを見てゲラゲラと笑ってくれていた。その心の底から怒りしか湧かない悪意ある下品な笑いに、待っていてくれた好感度と今の最悪。足してプラマイゼロになった。




「私ボーダーもうやめようかな」
「船酔い程度でボーダー辞めたとか、豆腐精神よりネタになるから辞めとけって」
「だって全然強くなんないし」




 実際に強くなったかもしれないと思って冬島さんにキラキラとした目で模擬戦を組んでもらっても、相変わらず一発も当たらずに瞬殺される。特に太刀川さんは私を見つけた瞬間に、ギラリとした獲物を狩る様な目で近付いてくるから最近ではもう野生動物の熊かなにかだと思う事にしている。




「でもお前いなくなったら冬島隊、結構危なくなるよな。ああ、でもお前あんま活躍してないから揺るがないか」
「上げて落とさないでくれませんか。ていうか、それでいくと やっぱり私いらないじゃないですか〜」
「……味方だと心強い、的な? 弾除けとか」
「クソフォローありがとうございます。出水先輩って揺るぎないクズキャラですよね」
「馬鹿、流石に照れる」
「今のが褒め言葉に聞こえたんですか?見た目と中身入れ替えて出直してきてもらってもいいですから」
「おれ お前の言葉は全て逆に受け止められるサイドエフェクト持ってるから無敵なんだわ」
「それは無敵だわ」




 良いことを言っても、悪い事言ってもプラスに捉えられるってもう最強のサイドエフェクトだよ。




「つか何でお前そんなんなん?」
「いや自分より格上の人が怖すぎて」
「あー……、折角良いサイドエフェクト持ってんのに勿体ねーのな」
「私、サイドエフェクトだけで
 冬島隊にいる数合わせなんで……」
「いやいや、当真さん達お前の事超褒めまくってんじゃん。聞いた事ねーの? あの人等はマジでセコムとモンペの兼任だから」
「あ、そういうのいいんで」
「お前偶には人の話聞こうぜ」




 いや、お前の話だから聞かねえんだよ。嘘ばっかりつきやがって、と。捻くれたことを考えながら出水先輩の隣を歩いていると、もう本部が見えてきていた。人と話していると、本部までの道のりも早く感じる。

 一方、出水先輩はというと「そういえばこの間実は苗字が可愛いんじゃないかって話になって否定しといたから安心しろ」と、訳のわからないことを言っていた。いや、そこは否定すんなよ。豆腐精神の私を褒めちぎって偶には先輩らしく人脈広げる手伝いしてあげようかな、とか思わないのかな。




「そういえば、私も前に出水先輩紹介してって言われた時、滅茶苦茶先輩の本性ばら撒いておきました。安心してください」
「おいコラ、苗字こら」
「さっき自慢していたご自慢のサイドエフェクトはどうしたんですか」
「お前のそういうところがダメなんだよ。もっと性格見直して出直してこい!」
「だってそんな事をしたら、出水先輩、私の事好きになっちゃうでしょ?」




 私は嫌味を込めてとびっきり笑顔で言ってやった。よし、言ってやった。私は勝ち誇った顔をして出水先輩の前を歩く。先輩は私の発言に対して、何も言い返しては来なかったけれど、先輩のサイドエフェクト(仮)が発動したのかもしれない。そうしたのだとしたら、私の今の発言は、そしたら出水先輩私の事嫌いになるでしょ、となるのか。なるほど。もう嫌いすぎて『は? コイツ何自惚れてんの?? 生意気にも おれに好かれてると思ってんの?』なんていう酷すぎる感想を抱いているのかもしれない。うわあ、なにそれ怖い。

 本部にたどり着いた私達は食堂に向かう。2人だというのに4人がけのボックス席を陣取って私は先程与えられたプリントを広げる。軽く10枚はある。あの先生は、やはり私の事嫌いなのだろう。私はプリントを。出水先輩は学校での宿題をこなす。先輩と勉強なんてした事はなかったけれど、もしかしかしたら先輩が滅茶苦茶頭が良くて教えてくれるかもしれない。といっても今日は現代文だし、出水先輩が頭が良いとも思わないので、私は三輪先輩か奈良坂先輩あたりがいいだろうと踏んでいる。



「お前達が2人って珍しいな」
「太刀川さんも今季終わる前にレポート終わらせた方が良いんじゃないですか?」
「あー……課題なんだったかな」
「戦闘以外は本当にダメなんですね」
「それよりどうだ。太刀川隊に歓迎するぞ」
「また冬島さんに文句言われますよ」
「はっはっは、取ったもん勝ちだ」
「気づいてないんすか? アンタのソレで言うなら、もう冬島さん達の勝ちじゃねーか」
「固い事は気にするな、出水」




 太刀川さんがダル絡みしてきたところを出水先輩がそれとなく止めてくれるのを見て『この人もしかしたら後輩に優しい?』と、一瞬考えた私だったけれど、一旦落ち着け私。私はそう思って何十回と出水先輩に裏切られてきているのだ。勘違いしてはいけない。出水先輩はごく稀に凄く良い先輩になる時があるけれど、あれは多分私の妄想の産物であって出水先輩ではないと思っている。



「太刀川さんってサイドエフェクトないのにド強いから滅茶苦茶羨ましいです」
「そういうお前もド強いけどな」
「は? 本気ですか?」
「出水、コイツ正気か?」
「ガチガチの素ですよ、もういっそ清々しい程ハッキリ言うから生意気すぎてムカつきますよね」




 素か、素ですね、という会話を4回程行った太刀川さんは「お前自分が入ってから冬島隊強くなったとか思わねーの?」と聞いてきた。

 けれど、私のような身分の人間が「思います!!」なんて烏滸がましい発言を出来ると思っているのだろうか。もしかして、試している? だとしたら、どう答えるのが正解なのか全くわからない。もし、思っていますと答えたとして、それが間違った回答だとしたらどうだろう。それってあれですよね? 自意識過剰……ってなりますよね。無理だ。選択肢が多すぎて、正解が全く読めない。太刀川さんは私を試しているのだろうけれど、正直に言うのならば、私は私の入隊で冬島隊が強くなったなんて全く思っていない。A級得点率最下位! サイドエフェクトのみが強い雑魚中の雑魚といっても過言でない私が、果たしてどうしたらそんな発言ができるのか。いや、できない。




「冬島隊は私抜きでもA級2位取れますよ」
「こういう奴だからイジった方が楽しいっすよ、太刀川さん。偶に褒めると尚よし」
「確かに冬島隊はお前がいなくてもA級2位は取れるだろうが、お前がいないとA級1位は取れないぞ」
「太刀川さん私の事、木虎ちゃんくらい評価してません? 木虎が入って嵐山隊強くなった、的なの信仰しすぎですよ」
「インパクト的にはもうちょい上だ」
「なんでやね〜〜ん」




 私やっぱり太刀川さんに何かしたかな??

 もしかして昔腕に一発いれたのがマズかったのだろうか。でもあれは、チームワークが機能していたから出来た技であって……。これのせいで私は何故か知らない間に太刀川さんに評価されてるみたいなそういう事だろうか。だとしたら、それは本ッツ当に過大評価なんだよなあ〜〜。太刀川さんエグいまじで。素で言ってそうなところとかエグい。




「木虎が入った嵐山隊が蟻地獄だとすると、お前の入った冬島隊はハリケーンだな。お、良い例え」
「いや、全くわかりませんが」













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Espoir