
運命は加速する
「ほんとにほんとに、香取ちゃんと仲良くなったんだってば〜〜。全然信用しないじゃん」
「……いやでも、何日か前の苗字さんと香取は随分と険悪だった気がするけど…」
「やっぱり見られていたの……!?」
「あ、あーーー…はは」
「でも話せる女子増えてよかったじゃん」
「そうなの! 嬉しい〜〜!」
ぱたぱたと足を揺らして、にこにこと笑顔を浮かべている苗字名前を見つめた奥寺常行は「(相変わらず、可愛いよなあ、苗字さん)」と右にいる佐鳥賢に視線を動かして苦笑いを浮かべた。奥寺常行が苗字名前や佐鳥賢等と合流したのは、つい数分前の事である。今日は珍しく学校から直接、烏丸も含めて本部に向かったらしい苗字さん達がこれから解説の準備に向かう時枝と別れるタイミングで合流したのである。
輪に混ざるつもりはなかった。なかったのだけれど、引き止められて、そして突然「香取ちゃんと仲良くなったんだよ〜!」と苗字さんがいうから首を傾げていると、烏丸が例の如く否定をして、佐鳥がどっちつかずな反応を返した。そう、この日。時枝のように間に入る役割の人間がいなかったのである。お陰で自分がその役割を埋めるように輪の中へと参戦したーーーのは、よかったのだが、周りの目が痛い。物凄く。
「奥寺が苗字達と一緒なのは珍しいな」
そしてそこに神が降臨した。後に奥寺常行はこの時のことをそのような言葉で説明し、いまでもその認識は間違っていないと思うとも付け足すこととなる。ぱっと顔を上げて、東春秋を振り返る苗字名前に周りの隊員の突き刺さる視線があっという間に東春秋へと動いた。その事実に奥寺常行は胸を撫で下ろして、隣にいた佐鳥賢に「おまえホントすごいな」という。その真意は、よくこの視線に耐えられるな、というような意味である。
しかし、前後を適当に受け流していた佐鳥賢は奥寺常行の発言に首を傾げる。その様子を烏丸京介はジッと見つめて思うことといえば「(当時は奥寺よりもよほど(佐鳥本人も苗字も)面倒だったけどな)」というシンプルな感想である。恐らく、時枝充がここにいたとしたら、かれもまた同じような感想を抱くに違いない。そもそも、奥寺常行と自分達ではタイミングが違うのだ。佐鳥に奥寺の気持ちがわかるはずもない。ただ、その面倒というのは苗字名前単体の面倒臭さであり、今は今で、また違った面倒があるわけだ。全く、物凄い人間であるという言葉しかでてこない。まあ、あえていうようなことでもないから口にはしないけれど。
「そろそろ行くぞ、苗字」
「私、行きたくないなあ」
当真勇の言葉に東春秋と談笑していた苗字名前が明らかに顔色を変えて、唇を尖らせた。本部基地の防衛。迅悠一の予知により、本日、近界民からの襲撃があるということは事前にわかっていた。
わかってはいたがーーー。
「私も玲ちゃん達と本部待機がよかったのに」
「近界民からの襲撃に内も外もねーだろうよ」
「……まあ、確かに 近界民を一匹残らず殺すのに内も外も関係ないですね」
ゆらりと立ち上がって前を見据える苗字名前を当真勇は後ろから眺める。相変わらず、とんでもない殺意の瞳である。一体、苗字名前に何があってここまで近界民を恨んでいるのかはわからないが。
暫くの沈黙の後。東春秋の方を向いた。
「いつもあの調子なら頼もしいんすけどね」
「然るべき時に然るべき対応が出来ているところは苗字の良いところだと俺は思うよ」
「東さんはなんでこう うちのひよっこ隊員に甘いんだよ。もっと言ってやってほしいぜ」
「はっはっは。苗字は俺達が知らないうちにあっという間に成長しちゃう子だからだよ」
ああ、それは確かにそうだな。
当真勇は苗字名前のあの日の背中を思い出して、東春秋の言葉に素直に納得した。
▽
『司令部、こちら木崎。狙撃班位置についた』
『こちら当真。同じく準備完了』
苗字名前は古寺章平のトリオン兵が来たという言葉を右から左に受け流して迎撃の準備に入る。数は視認できるだけでも20は超えているだろう。まもなくこちらの射程圏内。本部の位置を考えて、自分はアイビスの使用を禁止されている。つまり、一度に複数撃破することは難しいということ。では、イーグレットはどうだろう。試しに一度、引き金を引いてみるけれど、シールドで防がれた。
通信では、木崎さんの方が左から私達の方は右から集中攻撃で倒していくと話している。
「じゃあ、私は真ん中からやります」
「お〜! 苗字さん頼もしいっすね!」
「……どうも」
別役太一の言葉に冷たく応える苗字名前に別役は「き、嫌われている」と、態とらしく肩を落として苦笑いをひとつ。そんな様子を眺めて、よく声をかけられるな、と一部狙撃手は確かに思う。狙撃手という役割にいながら苗字名前と仲良く会話をしようという考え方が物凄いのだ。まあ今は、一時期ほどでは無いけれど、それにしたって彼女の狙撃手に対する対応は中々物凄いのだ。どうしたって話しかけるのが億劫になるほどに、だ。まあ多分、最近マシになった理由の一番大きいところは『雨取千佳』なのだろうけれど。
しかしまあ、そんな閉鎖的な態度でも上から注意する声がかけられないのは、偏にその
「あんまし、トばしすぎんなよ」
「私は至って冷静ですけれどね。それより先輩は自分の身の心配でもしたらどうなんですか」
前方に打ち上がった何かを見つめて苗字名前が自分達の目の前にシールドを張った。いやいやいや、冗談きついぜ。神経を研ぎ澄ませていたとしても、そんなにタイムリーに そんな発言出来るのかよ。
地面に突き刺さった ソレは空間に歪みを生み出し、小さな
「ーーー……
当真勇は自分と別役太一の間を通り抜けていった炸裂弾に「破壊活動は極力避けろって言われただろーよ」と愚痴をこぼした。この様子を苗字名前に頗る甘い面子が見たのであれば「見切りが早いのも苗字の良いところだ」とかなんとか言って擁護するのだろうが、それはそれでどうかと思う。誰とは言わないが。
「流石エース様、頼りになるぜ〜」
「それは私よりもアッチの2人でしょ」
「うおっ! 武闘派狙撃手2トップ!」
自分の後ろを振り返り、荒船哲次を。そして、そのまま更に奥にいる木崎レイジを見つめて、やれやれと狙撃銃をあらためて形成する苗字名前の視野の広さだけを言うのであれば、お前も中々の化け物だから間違ってねーよと当真勇は苦笑いを浮かべるが、苗字名前の場合は
いやでもそれをいったら、村上鋼もまた苗字名前同様にまあまあのチート
「おっ、辻ちゃんじゃねーの」
「わあ、頼もしい」
上空からグラスホッパーを踏んで現れた助っ人の姿に苗字名前が拍手をしながら「頼もしい」とただ感想を送る。これが緑川駿であったのならば、また違った反応だったのだろうが、当真勇側に助太刀に現れたのは辻新之助である。戦術とかそういう面倒なことを考えた上で、上の人間が敢えて緑川駿ではなく、苗字嫌いで有名な辻新之助を送ったのは賞賛すべきところだろう。色々な意味で。まあ、こういう場面での苗字名前は通常現れる最早病気なのではないかというレベルのマイナス思考が発動しないという点から面倒な部分の1割くらいは考えなくても良いから、あとはもう東春秋、木崎レイジ……それから恐らく、天羽月彦あたりが絡んで割り振ったのだろう。通りでその表情なわけだ。
そのうち通信から『犬型は自分達がやるから、それ以外は下を狙うように』という指示が入り、各々再度狙撃銃に向かって、スコープを覗き込む。隣の苗字名前が不機嫌なのは、本来であればトリオン兵を削るはずの三輪隊、米屋陽介等の姿がないからなのだろう。状況を冷静に考えるのであれば、彼等は人型の討伐に向かっているのだろうことは想像に容易いがあまりにもわかりやすいその態度に苦笑いすら溢れる。
「都市伝説か何かだと思ってたんすけど、苗字さんって本当に城戸派だったんすね」
「絡まれたくなかったら黙っときな」
「どういう意味ですか」
「いやお前、そういうとこだよ」
当真勇に狙撃銃を向ける苗字名前の姿を見て、半崎義人は「(さとけんとあんなに仲良さそうに話してるから 本部長派かと思ってたけど)」と思考して、改めて苗字名前に視線を投げる。
狙撃手嫌いだとかいう話はよく聞くし、それは間違っていないということも知っていた。まあそれでも、最近は色々な人達と交流を持つようになってきているからという理由から関わり合いを持つ人間はそれなりに多くいたし、自分もまた、最近の苗字さんは狙撃手のことをそんなに嫌いには見えないという感想すら抱いていたけれど、それでも関わりを持とうとは思えなかった。知っていたからである。彼女の鳩原未来に対する態度を。まあ自分がそんな対応を彼女にされたことはなかったし、基本的に遠くから見ている分には無害であったが、まあ面倒事はダルいからという理由から関わろうと思ったことはない。しかし、まあ……。近界民が絡むとこうも、かつての日々を彷彿させるのか。半崎義人は苗字名前のその瞳を見つめて、視線をしたのトリオン兵に戻すのだった。
「……苗字さんって本当もったいねー」
口をついて出た言葉に口元を覆うけれど、冬島隊の2人の視線はキャッチしている。
どういう意味だと問いただすようなその瞳を瞳一心に受けながら、圧力だけは恐ろしくしっかりと感じるのに、正確に的を射抜く2人にA級としての格を感じざるを得ない。その圧力を感じながら「俺は苗字さんが少なからず変わったのを知っているから」という言葉を絞り出せたのは奇跡である。半崎義人は自分にそんなど根性が存在したことに驚くが、全くもうなんてダルい展開なんだ。失言にも程がある。
「……あー、だから…
半崎義人の発言は割と狙撃手一同の総意だろう。当真勇は苗字名前の狙撃手に対する態度を知っているし、自分もかつては例外ではなく、あの敵意をバチバチと受けていた身であるが為に理解できる。それに、いずれにしても、いつかは改善してもらわなければならないという話は真木理佐、冬島慎次等としていた。
来たる遠征試験のメンバー候補の中に苗字名前の名前は当然あった。名のあったA級各員の見られるべき点はそれぞれであるが、苗字名前の場合は、然るべき時にしかるべき人間ーーー近界民の所属する玉狛支部の人間ーーーとも上手くやれるのかという点が主な評価点だろう。それを除けば、この女に欠点らしい欠点は存在しないのだから。
『佐鳥、苗字、穂刈、荒船、半崎。名前を挙げた5名は俺と地上でトリオン兵の追撃を頼む』
「半崎、了解」
「苗字、了解」
二宮さんがいるから苗字さんが呼ばれんのはわかるけど、このタイミングで自分も呼ばれるとかマジでダルい。半崎義人はわかりやすく肩を落とした。せめてもの救いは、5名の中に荒船含む荒船隊と佐鳥賢の名前があったことくらいだろうか。うまく逃げれるといいんだけど……。
苗字名前は半崎義人の言葉を頭の中で反復させていた。自分が変わったことを知っている。自分達にもそうであってほしい。その言葉に思うところは確かにあった。以前と比べれば、確かに自分の態度は改善している。けれどそれは、あくまでも一部の人間に対してだけだ。最近の自分の態度だってそう。雨取千佳への態度があまりにも露骨すぎる場面は多々あった。それが狙撃手の空気を悪くしているのも知っている。名前は先に地上に向かって飛び降りた佐鳥賢等を眺めて、後を追いかけようと立ち上がった半崎義人の服の裾を掴んだ。
「変わらないといけない事には気付いていたけれど、私の心があまりにも狭すぎてできなかった。ごめんね、これからは努力する」
「……え、」
逃げるようにして地上に飛んだ苗字名前の姿を見て、目を丸くしながら後を追う半崎義人だが、彼女の言動に目を丸くしたのは、当真勇もまた同じであった。狙撃手と仲良くなんて。話題にはあがれど、実現に至るとは微塵も考えていなかった。
周りがああいう態度の苗字名前をみて、少なからず気を遣ってくれているということに、本人が気付いていることはとっくに知っていた。それでも改善する様子が一切なかった。それは偏に鳩原未来がいたからということもあるだろうけれど、入れ違いに苗字名前にとっての目の上のたんこぶである雨取千佳が入隊し、今後も改善することはないと思っていたのだが、どうやらそうでもないらしい。
「じゅ〜んじゅ〜〜ん!」
「久しぶりだな! 苗字」
「おいこら、苗字名前。まずはリーダーの俺に挨拶すんのが定石だろーが」
「諏訪さんがリーダー? なんの冗談?」
「後でシめるぞ、クソチビ」
「諏訪さんが私を〜〜? 一体どうやって?」
不敵に笑う苗字名前を見るのは初めてではない。なんなら苗字名前は豆腐メンタルだの、ネガティブだのと自称する女であるが、それはあくまでもA級に対してのみ発動する最早病気である。その証拠に殆どA級レベルの村上鋼や空閑遊真等にも恐らく目の前の女は勝てると思っている節がある。まあ実際に自己評価が底辺というだけで、里見一馬と引き分ける程の実力者であるというのはボーダー内部でも有名である。まあでも、聞いてる感じ 引き分けている事実よりも、正式トリガーではないという内容の方が有名だが。つまり、恐らく苗字名前の中での強さの序列はC級、B級、自分、A級隊員。こういう構図が頭の中に無意識で存在しているのだ。だからこそ、自分にこの対応であることを考えると不愉快極まりない。
諏訪洸太郎はそこまで考えて、また後でな、と苗字名前に答えて前を向く。まあ素直に大人として引き下がっておいてやるか、という思いが3割。残りは、この場で苗字に銃を向けるなんてことをすれば、無意味に敵を生むからである。ほらみろ。あの二宮の顔を。今にも小動物である俺にキューブを飛ばしかねない肉食獣のような顔をしている。
「ーーーーーぃよーし!
三輪と米屋のとこまで削り通すぞ!」