
もっとはやく
わたしを救って欲しかった
「ヒュースくん、久しぶり。
こうやって会うのは久しぶりだね〜」
こいつは正気だろうか。ヒュースは三雲修と並んで立っている苗字名前の姿を見つめて言葉を失った。昨日の今日である。地獄のような空間そして空気を連想していたヒュースにとってその対応は理解できるはずもなかった。何故ならば、あの時の殺意は本物だったからである。あの時、目の前の人間は自分を本気で討ちにきていた。それがどうだ。今また苗字名前は例の如くヘラヘラと笑顔を浮かべて笑っている。その様子にヒュースは、つい「その情緒は本気か」と言葉を滑らせたーーーその瞬間、三雲修が肩を揺らして、苗字名前は大きく目を見開いた。そして三雲修の方に顔を向けて「ここからは2人だけで大丈夫だよ」と、三雲修に言い放つ。絶対に大丈夫ではない。これは確信であったが、三雲修はこの時、上手くその場に残るための言葉を見つけ出すことができなかった。故に、ヒュースと名前の姿を交互に見つめたのちに「わかりました」と来た道を辿るのである。
共有スペースに戻った三雲修は勢いよく顔を上げた小南桐絵に見事に捕まった。「ヒュースと名前は大丈夫だったの!?」これが彼女の第一声である。正直に言うのならば、全く大丈夫な要素が見当たらなかった。それが全面に出ていたのか、はたまた全く別の理由か。小南桐絵は「そうなるわよね…」と、腕を組んで肩を落とした。どうやら予想通りだったらしい。
「まあ、予想はしてたけどね。あんた達は知らないだろうけど、そもそも苗字名前が玉狛支部に来てたってことが異常なのよ」
「名前ちゃんは良くも悪くも取り繕うのが上手な子だからね〜、あたしはてっきり派閥とかどうでもよくなったのかと思ってた」
小南桐絵と宇佐美栞のやり取りを眺めながら、空閑遊真は意外そうに首を傾げる。2人にはそんなふうに見えていたのか、と。確かに、苗字名前は基本的に嘘を言うことはない。それは自分に対しても、周りの人間に対してもそうだったけれど、それでも、ふとした瞬間に気がつく。あれは品定めをしている。今はもうずっと、チカとヒュースの。雨取千佳が嫌われている理由が空閑遊真には理解できず、勘違いかと思う時も確かにあった。取り繕うのが上手いなんてとんでもない。ふとした瞬間に鉢合わう瞳が物語っているのだ。『お前が嫌いだ』『必ず殺してやる』と。いまはもう随分とマシになってきてはいるけれど、それでもアレなのだから恐ろしい話である。
けれど、それでもそれを知りながらも空閑遊真が苗字名前とある程度の関係を築いているのは間違いなく。三雲修への感謝と三雲修への言葉と優しい瞳だけは間違いなく本物だったからだ。だから空閑遊真は信じているのだ。迅悠一のあの言葉を。だって彼のあの言葉もまたどうしようもなく本心だったのだから。
「味方っていうのはさ、" 本質的に " 味方にしようって意味。ここだけの話、おれは名前に玉狛に来て欲しいと思ってるんだよね〜」
「……単刀直入に聞く。それだけの実力があって、何故狙撃手に甘んじている」
苗字名前はヒュースの言葉を聞いて「それだけの実力、ね」と、言葉を吐き捨てる。おまえになにがわかる。そういう気持ちが頭の中全てを埋め尽くす。わかるわけないよね、きみは『エリート』なのだから。あれだけ大きな軍事国家の精鋭戦士。それはそれは御立派なことで。
苗字名前は二宮匡貴の姿を思い出して、そうして拳を強く握る。私が一番優れているとそう思っていた時期が私にもあったよ。でも、じゃあどうして二宮さんは私を誘ってくれなかったの。私が射手じゃなかったから? 狙撃手だったから? ちがうよね。それは単に私が1番じゃあなかったからだ。鳩原先輩は1番だった。だから選ばれた。
「オマエは性質的にも戦い方にしても、どうみても支援型じゃない。無理矢理変えたな」
「……いまのB級に二宮匡貴っているでしょう? あの人、実は私のライバル " だった " んだ。最初は嫌いだったんだよ、だってたいして強くなさそうなのに偉そうな態度をしているのだもの。でもそれが、どうしてなのか。共に戦いたいに変わった」
「なんの話だ」
「私が狙撃手をやるに至った
ならばなぜ、
ヒュースには理解ができないのである。昨日の戦い方は異常である。攻撃が全く見えなかった。そもそもあの攻撃はなんなのか。それが理解できなかったからこそ、三雲修にこんな無理な願いを申し出たのだ。だってボーダーのトリガーでいう射手の技は自らのトリオンを攻撃の為の手段として固形化させ、相手にぶつける技だったはずだ。それは最初にある程度の大きさで目の前に現れるモノのはず。それなのに、なんの前触れもなく、最早攻撃のモーションすらなくそれはこちら側に飛ばされていたーーーあの攻撃はそうとしか考えられない。故にそれだけの才能もある苗字名前が弱いはずがない。それがヒュースの出したひとつの結論である。だからこそ、ヒュースには未だに苗字名前が狙撃手を選んだ理由がわからない。たしかに、結果的にその選択は正しかったようにも見えるが、遠回りすぎる。結果的にナマエは2年を無駄にした。何故、攻撃手や射手ではなく、狙撃手にしたのだ。そういうヒュースに名前は「私が1番になりたかったから」という回答を口にする。しかし、それでも、理解ができなかったのである。
「私はね、自分が
そういって、壁にもたれかかった苗字名前はズルズルと身体を下に落として、膝を抱えて顔を埋めた。そうして、このように言葉を続けたのであるーーーそうやって考えた時、私がナンバーワンを目指すことが出来て、且つ、オンリーワンも目指せる役割ってなんだろうって思った。それが、狙撃手ーーーと。その言葉にヒュースは今度こそ首を傾げた。
「オマエのいうナンバーワンはポイントの話か?ポイントでタチカワやニノミヤに勝てないから、その選択を殺したのか?」
「……違う」
「それなら理解できない。オレはオマエにナンバーワンの素質がないとは思わないし、誰よりもオレを『その瞳』で見ておきながら。そのトリオンを持ちながら、敢えて支援に回る意味も理解出来ない」
そのトリオンならば、自分と対峙した時のように射手の方が強みを活かせたはずだ。攻撃手の方が苗字名前には有利に働いたはずだ。万能手であれば、その全てが上手いこと活用できたはずだ。それなのに、何故狙撃手を選んだのだ。ヒュースの真摯な眼差しに苗字名前は言い淀んだ。顔を上げたまま、固まって。そうして瞳をヒュースから逃がれるように左右に動かして、親指と人差し指を擦り合わせていた。
性質上、攻撃手に向いていることは理解していた。迅悠一が自分に射手を推したのだから、射手が向いていることだって本当はもうずっと前から知っている。毎日の生身での訓練だって、本当は狙撃手の自分には必要のないものだ。だってあれは、トリオン体に換装したときより身体をうまく使いこなすためだけに行っているのだから。じゃあどうして、やらなかったのか。それは偏に、そう。" 苗字名前自身が、自分を信用できなくなっていたから " に他ならなかった。自分は動ける人間である。それは理解していた。それでも、二宮匡貴に選ばれなかった事実が彼女の自信と呼ばれる部分を粉々に打ち砕いたのである。鳩原未来はそれくらい衝撃的な選択であった。だって名前も知らない女だったのだ。そんな人間にボーダー隊員としての自分が総合力で劣ったのだ。自分の方が優れていると信じていたのに。自分の方が二宮匡貴とうまくやれると信じていたのに。それを他でもない、聞いたことのない名前の狙撃手と二宮匡貴に思い知らされたのである。そこからは最早ボーダーという組織は苗字名前にとっては地獄であり、身の程を思い知らされる場所であった。そしてそんなところで、二宮隊に入れなかった自分を腫れ物に触るように接してくる周りが死ぬほど嫌いだった。自分が劣っていると言われているような気持ちになるから。
「きみにはわからないよ。だって 私、バカだから2年間も、無駄にしてる。部隊にも入れなかった。誰も私を見てくれなかった。入って、A級に上がった時も弱い弱いって毎日言われたよ。そんな私が強いなんて…今更、誰が信じられるの……? 自信なんて、あるわけないの。だからせめて、A級の私でいられるように、努力した」
それなのにーーーー
苗字名前の頭に雨取千佳の姿がよぎる。本当はわかっている。ヒュースくんや遊真を嫌う理由は皆理解してくれるだろうけれど、雨取千佳に関しては私の一方的な嫌悪から生まれていること。だって、仕方がないじゃあないか。狙撃手として、私が誰よりも優れていたのは。狙撃手として私が一番になれると思い至った理由は、他でもない。誰よりも優れていた『トリオン量』だったのだから。
「ーーーそれなのに、私はもう、狙撃手でも1番には絶対になれないんだよ」
何かを諦めてしまったような。そんな物悲しげな表情にヒュースは顔を顰めた。苗字名前は恐ろしく優秀な戦闘員である。それはアフトクラトルで精鋭として遠征に駆り出されたヒュースの贔屓目なしの率直な感想である。あの時の苗字名前に焦りがなければ、恐らく、苗字名前はあの状況で迅悠一と自分を敵にしても挑もうなどという判断はしなかっただろうーーーが、焦りがビタイチも存在していなかったら。そうしたら、あの状況で勝利していたのは恐らく……否、間違いなく、苗字名前の方だった。そう断言できるほどに、圧倒的な実力者。恐らく、ボーダーの中でも初見殺しにおいては右に出る者がいないほどに、だ。
そんな人間がどうしてそんな顔をするのか。狙撃手でも1番になれないなんてそんな馬鹿な。ヒュースにしてみれば、苗字名前は磨き上げさえすれば、どの役割でもNo.1を目指せるポテンシャルを持っている。それでもなお。
「オマエは自分の才能を信じられないのか」
オンリーワンの才能があると知っていながら。その圧倒的なポテンシャルをすでに確保していながら。それでもそれを信じられないのか。
ヒュースはその質問に答えるかのように「どうだろうね」と。言葉を吐き捨てる苗字名前の元へと、一歩。また一歩歩みを進めて、苗字名前の腕を掴んだ。
「2日でオマエを
「…………なにを、」
「努力は報われるは必ずしも正しい言葉じゃない。だが、自分の持つ能力を考慮して、正しい努力を行なってきた お前のそれは『才能』だ。オレがそれを必ず証明する」
苗字名前はその言葉に瞳の奥がぐらりと揺れる。この世の中で一番欲しかったセリフを他でもない近界民に言われるとは。あまりの衝撃に思わず笑ってしまった。お前に何ができる。お前なんかに、私の何が変えられるというのか。お前が私の何を知っていて『才能』なんてキラキラしたした言葉を口にするのか。その言葉はたかが数ヶ月の付き合いで口にしていい言葉なんかじゃあない。
苗字名前は「トリガー起動」と呟いて、ヒュースに向けて右手を伸ばす。空間に浮いて漂うキラキラとした四角形のソレを眺めたヒュースは迅悠一によって与えられていたトリガーを起動させて「話が通じないらしいな」と呟いて、苗字名前の瞳をじっと見つめかえした。ヒュースの提案は、言ってしまえば、苗字名前の今日までの環境への同情である。弱いわけではないひとりの人間が今日までの環境のせいで多くの可能性を潰してきたのだということはすぐにわかった。諦めが悪いことを知っている。戦闘員として一流であることも。そして、その
「自分が強い事をオマエは知っておくべきだ」
ヒュースと名前が訓練室に閉じこもってから11時間が経過した午前3時47分の出来事である。苗字名前は共有スペースで待っていた迅悠一に顔を見せることもなく、玉狛支部から退出した。こりゃあ、トリオン切れかなーー、と。迅悠一が残念そうな表情を浮かべて「何戦何勝?」と、ヒュースに確認をするとヒュースは「全戦必敗だ」と言葉を返して着席した。具体的には何本かとれただろうにと口を尖らせる迅悠一にヒュースは「何本やったかもわからないうちの6勝は勝利に換算できない」と言葉を吐き捨てる。玄界のトリガーは殆ど初めてだったくせに苗字名前から点数を取れる方がイカれてるよ。迅悠一はそんな言葉を飲み込んで、両者に拍手せざる得ない。ヒュースもヒュースであの苗字名前に黒星を塗りつけて、名前は名前でヒュース相手に数十回の戦闘の中で数本しか敗北していないのだ。全く。
どっちもどっちで、とんでもないな。
手で顔を仰ぐ迅悠一にヒュースは「何故あそこまで自信がないのかわからない」と口にして、顔を上げる。ヒュースのその言葉に迅悠一もまた「おれも詳しいことはあまり知らないんだよね」と苦笑いを浮かべて頬杖をついた。本当に知らなかったのだ。迅悠一の知る苗字名前は二宮匡貴に出会って以降、いつだって信念を持ってボーダー隊員をやっていた。それは二宮隊に入隊できないと知って以降もその通り変わることはなかった。変わらなかったーーーはずなのだ。それなのに、自分が苗字名前と距離を置いていた数ヶ月の間に何もかもが変わっていた。久しく見る苗字名前はもうすでに、かつての自信なんて見る影もなかったのだ。
「だって私A級で一番弱いんですよ!?」
そんなまさか。迅悠一は久しく顔を合わせた苗字名前をみてそのような感想を抱いた。A級の豆腐メンタルなんて嘘みたいな呼び方に信憑性があるということを確信したのもまたこのタイミングである。確証がなかった。遠くから眺めていただけでは何もわからなかったのだ。
最近穏やかになってきたな。
ああ、あいつとも仲良くなったのか。
そんなことしかわからない中で、一体全体誰が苗字名前の自信喪失を予知できるというのか。肝心なところでなんの役にも立たないこの力が心底嫌いだ。まるで、ヒュースと名前の出会いを待ち望んでいたかのようにこの未来に引き寄せようとする運命が嫌いだ。苗字名前の心が入れ替わるのは正直言って、今後を考えればどう考えてもプラスだ。玉狛にとっても、ヒュースや遊真たちにとっても。それをわかっていてもなお、嫌な未来だと思うのである。
「それで、苗字名前は " どう " だった」
「全ての攻撃が洗練されているうえ、自分の弱点がわかっている分、隙がない。なによりも、あれだけ分散されたトリオンを余すことなく操作する技術力は正直いって異常だ」
「でも持久戦ならお前に分があるだろ」
ヒュースは迅悠一の方に視線を動かしてから、心底面倒くさそうな目をして口を開くと、迅悠一にこのように宣うのである。
「ナマエのトリオン切れまで
間違いない。迅悠一はヒュースの指摘にふっと息を吹き出して笑った。トリオンの欠損も考慮に入れないとならないとなると名前の攻撃をトリオン切れまで耐え忍ぶリスクの方が高いか。
でも、苗字名前は立ち回りがうますぎるというだけで、防御が硬い隊員ではない。千佳ちゃんみたいにシールドが分厚くて撃破できないというわけでは決してないのだ。故に木虎藍は事実彼女とのソロランク戦でちゃんと勝ち星を収めている。そう。苗字名前はフルアタックがメインの攻撃型射手。つまり、やりようはある筈なのだ。ただ、苗字名前までの距離があまりにも遠く感じるというだけで。
午前九時を少しすぎた頃。玉狛支部の扉を叩く客人がいた。苗字名前である。林藤匠は困ったことに今日も今日とて絶好調に的中する未来視に頭を抱えざるを得ない。本日は金曜日。滅茶苦茶平日であった。つまり、学生は学生の本分である学業に励まなくてはいけないわけで、林藤匠は苗字名前の訪問に大変頭を悩ませる。一人の大人として真っ当な対応である。しかし、迅悠一が言うのである。苗字名前が訪問したら何も言わずにヒュースの元へと連れて行けと。そうすれば全てうまくいくと。何を根拠にと口から飛び出しそうな悪態をおさえたのは紛れもなく、迅悠一その人こそがその『根拠』にあたると理解していたからに他ならない。林藤匠は、はあ、と今年1番のため息を苗字名前にお見舞いして、そうしてヒュースの元へと連れていく。学校はいいのかなんて、その顔を見れば聞くまでもなかった。
遊びに来たなんて言われたわけではないが、遊びに来たなんて冗談でも言わないだろう顔をしていたからである。
「学生の半分は学業だと聞いていたが」
自分の元へと訪れた苗字名前をみるなり、ヒュースがそんな言葉を口にした。そうして、その言葉に苗字名前は「1日くらい休んだってどうにでもなるものだよ」と笑って両手を背中に隠して笑った。
昨日の戦闘は殆ど全戦全敗。苗字名前はオサムやユウマの言っていた通り、間違いなくA級の壁であった、と言うことなのだろう。はてさて。で、あれば。A級の壁とはどういう意味で使用されている言葉なのか。普通に考えればA級の最低ボーダーラインを示す言葉だろうが、あれだけの実力を持っている人間がボーダーの最低ラインとは考えにくい。ヒュースは苗字名前の方に視線を向ける。「ヒュースくんが入隊するまでの期限は1日」と呟いた苗字名前に全身がゾワゾワと刺激されるのを感じる。そして、ひとつの結論へとたどり着いた。そうか。この女ーーー
「私にチャンスを頂戴よ、ヒュースくん」
ーーーオレを殺すつもりでここに来たな。
昨日の今日でオレを殺せると判断したな、と告げようとしたヒュースの口から空気だけが吐き出される。苗字名前のまっすぐな思いに気がついた。焦っている。目の前の人間は先日のあの戦いからずっと、だ。冷静になれば、あの日オレを確実に仕留められるだけの実力がありながら、それに失敗し、挙げ句の果てにはオサムが入隊の約束を取り付けた。苗字名前とはまあまあの時間を過ごしてきた。故に思う。目の前の人間は常にいつだって一貫していたのだ、と。どうやら彼女は戦士としても諜報員としても超一流らしい。なんといっても、今日は " タイミングよく " 玉狛支部にはジンもとりまるとコナミもいない。オレの入隊を取り付けて気が抜けたところを狙ったのだろうか。それは、いい判断だな。ヒュースは口角が上に上がるのを無意識に感じ取りながら目を閉じて、苗字名前に背を向ける。苗字名前にとってのそのチャンスは自分にとってのチャンスでもある。ヒュースは苗字名前に恩があった。そして、シンプルにこの一貫してブレることのない戦士に教えてやりたいことがあった。弱いはずがない。それにどうしたら気がついてくれるのか。期限があまりにも短いことだけが悔やまれる。
「明日まで時間がある。
気が済むまで付き合おう」
「ーーー……」
空閑遊真はモニターに映し出される映像を眺めて、頬杖をついた。豊富なトリオンあってこその戦いはそれはそれは見応えのあるものであるーーーが、これは驚いたな。空閑遊真はレプリカなら苗字名前を見たらそんなことを言いそうだと笑った。正直に言って、アレは異常者である。トリオンの操作に長けている人間はそれなりに多くいる。それはリアルタイムで弾道を引ける変態射手達を含めて様々いるけれど、あれだけ分散されたトリオンの軌道をひとつ残らず操作できる戦士は
空閑遊真はフッとその顔面に綻びを浮かべて、モニターに映る苗字名前に手を伸ばす。こなみ先輩も名前も迅さんもチカも、そしてオサムも。皆自分の想像を超えた力を持っている。
「……ふむ。わかってても避けられない、か。ミドリカワの言うとおりだ」
わかっていても避けられないだけじゃあない。差し詰め、攻撃手殺しである。安易に近づけばトリオンに殺され、かといってこちらが退いてしまえば殆ど確定の敗北がそこにはある。戦闘において重要な力の部分をそのトリオンで担い、時間と呼ばれるその要素を
それを進行形で
ヒュースが証明してくれている。
(ーーーしかしまあ……)
本当にすごいのはそっちじゃあないな。
空閑遊真はモニター画面に映る苗字名前の表情を見てから「すごいな」と自分だけがいるその空間で、そんな言葉をこぼすのである。
本日、通算で約50戦目に突入した時点でのヒュースの勝率は殆ど0%であった。ボーダーのトリガーになれていないとはいえ、ここまで勝てないものなのかとヒュースは眉を顰める。ナマエは賢い人間ではあるが、自分の癖を把握する余裕などないはずだ。それだけの分割と操作力があるからこそ、その結論には自信があったーーーで、あれば。一体何故勝てないのか。
それは間違いなく、この線を越えたら死ぬという絶対領域があるからに他ならない。キトラは一体どうやってここを越えたのか。どう超えるのが正解なのか。どういうときに勝利を収めているのか。法則はあるはずだ。それなのに、結びつく事象があまりにも少ない。
「戦場の中で自分が劣っていると感じたことがある人間は『あんな瞳』を敵に向けたりはしない」
ヒュースのその呟きに
苗字名前は眉間に皺を集めた。
『あんな瞳』か。失礼な男である。そんな感想を抱いた名前に追い打ちをかけるようにして、追撃の言葉を見舞うヒュースのその表情は、オレは何か間違っていることを言っているか? とでも言いたげな程に、得意気である。
「オマエは自分が強いことを知らないわけじゃあない。オマエはあの日、オレよりも強い事を確信して あの場にひとりで赴いたはずだ。だとすれば、オマエが自分をダメだと信じている理由はなんだ。何故、己の弱さを確信している。」
苗字名前の喉元まで届いた孤月の切先がその首を討ち取る前に苗字名前の右手によってそれはもう勢いよく弾かれた。また、だ。そう思った。自分の刃が届くと感じた その時。その刃はいつだって弾かれるのだ。そうして、苗字名前の右手に集められている光のかけらを見つめて、ヒュースは何度目かの
ヒュースはグラスホッパーを踏み締めて自分との距離を詰める苗字名前を見つめて、弧月を握る力を強めるーーーが、その直後。自分の周りに用意された無数のグラスホッパーに目を丸める。何をするつもりだ。そういう瞳をして苗字名前を見つめたヒュースに名前は「私が弱くないのなら」と、呟いてヒュースの首を右手で掴んだ。
「ーーー私が弱くないのなら、なんで二宮さんは私を選んでくれなかったのかな」
物理でくるのかという思いと、何の話だという思いを胸にブラックアウトした視界にヒュースはこちらの方が自信を喪失しそうであると言う感想を抱いた後に再度刃を構えたが、苗字名前の方はトリガーを構えることなくヒュースの元へと足を進める。その姿を捉えながらヒュースは名前の言葉の意味を考えた。何故、ニノミヤはナマエを選ばなかったのか。そんなもの、ヒュースにわかるはずもない。部隊メンバーと苗字名前の相性が悪かったとはとても思えない。ならば、代わりに選ばれている隊員たちがそれほど優秀なのかと聞かれると即答できるほどの強さではないというのが正直な感想なのである。
これは根深いな。ヒュースはゆっくりと目を閉じる。そのうちに弾トリガーを散らした苗字名前の姿にヒュースは苗字名前の瞳を見つめてこのように宣うのである。
「オマエが選ばれなかった理由は俺にはわからないが、お前にはお前の誇るべきところがある。少なくとも、お前の射程が本当に1000mを超えているのなら、その射程からの攻撃に対応できる隊員は そういない」
ーーーなによりも。
今までもこれからも。お前が努力した1秒がお前が救った人間の1秒になっていることだけは誇っていいはずだ。
ヒュースの言葉に苗字名前は人差し指をヒュースの方に向けてからゆっくりとおろしてから、キミは本当に凄いね、と呟いてから天井を見上げて腰に手を当てる。明らかに空気の変わった苗字名前の姿にヒュースはシールドを形成して、体勢を低く保つ。
これを耐えたら、どちらに動く。
先程は右に動いて失敗した。右か、左か。
そのように思考するヒュースの顔を眺めて、苗字名前は大きく手を叩く。そして、それを合図として、苗字名前の放った通常弾が動き出す。ヒュースはその弾の軌道を追いかけて、目を丸くした。その弾は形成者へと向かっていったのである。なんらかのバグ……。いや、ここにきてそれはありえないだろう。そういうヒュースの考えを全部無視した苗字名前は身体から漏れ出す自らのトリオンを眺めながら「緊急脱出なんて久しぶりだから変な感じ」と呟いた。
「きみはいつだって、
私が欲しい言葉をくれるのね」
その言葉にヒュースは動けなくなる。どういう意味だろうか。そんなことを考えて、体の力を抜いて立ち尽くした。そうして、再構成され、トリガーを解除した苗字名前の方を見つめて「もういいのか」と口を動かす。その言葉に苗字名前は「これ以上私に付き合わせるのは申し訳なくて」とヒュースに応えた。どちらかというのであれば、付き合わせていたのは自分で、付き合ってくれていたのがナマエだろう。ヒュースのそんな考えを見抜いたかのように苗字名前はにっこりと笑顔を浮かべて楽しそうに笑う。そんな風に笑えるのか。まず最初に浮かんだ感想がこれである。
思い返してみれば、苗字名前という人間が自分に対して楽しそうに笑みを浮かべることなどなかった。当然である。自分は近界民で彼女はそうではないのだから。
「本当はね、修くんに助けられたあの日からずっとわかってたの。近界民が皆悪いわけじゃないってこと。でも、それを受け止められる心が私にはずっとたりてなかった」
「……」
「シンプルにね許容できる範囲が良くも悪くも人並みなの。だから宇佐美先輩や烏丸くんみたいにはなれないし、雨取隊員くらいトリオンがあったら焦らなかったのかなあっていつも考えちゃう。周りが大人だからなのかなあ、どんどん自分が嫌いになるの」
そういう経験一回くらいはあるでしょ。苗字名前の言葉にヒュースは「それも全部含めて、おまえだろう」と言葉を送った。きみは強い人だね。苗字名前は小さく呟いてから「そうだなあ」と顔を上にあげて「先に謝っておくとね、残念だけれど、私は君に私の力の底を見せてあげることはできない」とハッキリと口にした。当然だ。そういう返しが来ることは想定内である。故にヒュースは「だろうな」と呟いて床に腰を下ろした。
そんなヒュースと目を合わせるようにしてしゃがみ込んだ名前は人差し指を立てる。
「でも私にある『