生かすも殺すも






 本日、1月8日は私達ボーダー隊員にとっては凄く大切な1日である。未来の有能隊員の入隊日なのであるーーーまあ、私は広報担当じゃあないですから 今回のこのイベントには全然関係ないのですけれど。はてさて。皆さんは今日という日を如何お過ごしでしょうか。私は学校の授業を終え、無事に家に到着したので先程までは自宅のベッドに転がっていたところで、通常であれば帰宅後の私は自身の神ノート完成の為にシャープペンシルを走らせるのが1日の流れとなっている……のだけれど、どうしてなのか。私は現在ボーダー基地本部にいた。シフトが入っていないにも関わらず、である。

 つまり今日私はボーダーに来る予定の日ではなかったし「シフトが入っていない日は大切な予定があるので入れないで下さい」と冬島さんに伝えてある。それなのに呼び出された。原因は玉狛の狙撃手のせいである。なんでもボーダーの壁をぶち撃ち抜いたらしい。可愛い顔して何てことしてくれているのだろうか。




「それより、なんで私は呼ばれたの?」
「未来の超狙撃手を苗字にも見せたくて?」
「佐鳥ちゃん、苗字のこと暇人だと思ってるよね? 私今日フリーの日なんだよ?」
「お願い、苗字。佐鳥と責任分担しよう」
「やめて、佐鳥ちゃん。私の部隊の隊長は冬島さんだよ? 後が怖ーーーまさか その為に呼んだの!? 確かに私の家此処から近いけどヤメテ! 鬼怒田さん来る前に帰るから!」
「待って!!! やめて、苗字!!」
「お前が一番やめて!!!!」




 本当にごめんなさいと土下座をして謝る玉狛支部の(もしかしたらコイツが近界民ネイバーなのかもしれない)女の子に佐鳥ちゃんが土下座返しをしていた。

 いやいやいや、やめて。
 佐鳥ちゃんやめてください。

 貴方は此処ではボーダー隊員として結構な人の先輩なんだよ。お願いやめて。




「頭 上げなよ。大丈夫 訓練中の事故だ。責任は現場監督の佐鳥がとる」
「待って! 東さん!! 責任は苗字も取ってくれるそうです!!」
「お前は私を巻き込むな!!」
「苗字が責任取りたいって言ってます!」
「言ってませんけど!!? 東さん! 苗字はそんなこと言っていません!!」




 このようなやり取りを経て、玉狛支部の雨取千佳ちゃんに凄まじいトリオンがあるのは流石に理解できた。それに関しては理解が出来たけれど、まさか佐鳥ちゃんに裏切られるとは思っていなかったので泣きそうになった。佐鳥ちゃん……。それはあんまりすぎないか。呼び出しといて責任分担なんて、そんな酷いことが許されるの?

 許されるような組織になってしまったの?




「あの……私のせいで玉狛の先輩が怒られたりとかは…」
「しないしない。責任は全て佐鳥にある」
「ですよね!! やっぱり!!!」




 東さん……、私の味方。これからは親しみを込めて東・神とでも呼んだほうがいいだろうか。けれど、今回に関して言うのならば、元々私悪くなくないよね。だって、私今日無理やり呼び出された身分だし……。もしも、万が一にも私が悪意なんてことになったらもうボーダーの闇をみたような気持ちになるよね。

 騒ぎを聞きつけた鬼怒田さんに佐鳥がイケメンオーラ全開にして「責任は自分にあります」と言い張った時には、取り敢えずさっきの発言を思い出してくれないかな。わすれたのかな、と、いくらか佐鳥ちゃんの態度に首を傾げることとなった。しかし、雨取ちゃんが謝った その時である。手のひらを裏返したように鬼怒田さんの態度が一変した。千佳ちゃんのパパみたいになっていたから、もしかしたらロリコンなのかもしれない。取り敢えず、これからは何かやらかした時はロリ連れて登場しようと思う。双葉ちゃんとか。




「いやでも、トリオンあんだけあったらエースじゃ〜〜ん。いいなあ〜、エース」
「苗字が言うと割と嫌味じゃん」
「待って、佐鳥ちゃん。苗字泣くよ?」
「エッ、ゴメン、苗字」
「謝られたら余計悲しいんですけれど!?」




 佐鳥ちゃんと別れて「( 折角の休みなのに もう最悪だわ )」と思いながら個人戦ブースに向かうと、緑川くんが見たことのない人と個人戦をしていた。結果は眼鏡君の方の惨敗で、緑川相変わらず恐ろしく性格が悪いな、とぶっちゃけ思った。よくイジメられている私としては ぶっちゃけというか普通に知っていたけれど、緑川くんは出水先輩達と掛け合わさると、より最悪だ。




「あれ、苗字じゃん」
「米屋先輩だ。こんにちは」
「いやー……くっそー。白チビはオレが先約だったのに。苗字、暇ならろうぜ」
「普通に、お断りします。そもそも、私とやるくらいでしたら作戦室で訓練用のトリオン兵と戦闘をしている方が有意義ですよ」
「何でお前未だに自己評価底辺なの?」




 私に個人戦の誘いを断られた米屋先輩は玉狛の眼鏡くんと持ち前のコミュニケーション能力で会話を始める。

 多分だけれど、私も見た事がないくらいだから、ほとんど初対面だというのにも関わらず、こんなに親しい感じで嫌味なく話しかけているのだろう。それはもう本当に才能だと思う。流石にミスターコミュニケーションと言われるだけのことはあると言わざるを得ない。




「んで、コイツ。こんなんでもA級2位の部隊の狙撃手、精神が弱いのは大分問題だけどさっきの緑川よりは数倍強い」
「そんなに……!?」
「米屋先輩適当な自己紹介するならしないで貰った方が私は助かるんですけれども」
「なんで? 当たらずとも遠からずじゃん」
「どこがですか。A級2位部隊の狙撃手で精神が弱いっていうところしかあってません」
「な? 半分以上あってるだろ?」
「そう、ですね……?」
「いや 三雲くん、肝心な所が違うからね。私みたいなのが緑川くんより強いとかフルボッコのサンドバックだよ」




 愉快そうに笑う米屋先輩に三雲くんは困惑しているようだったけれど、三雲くんは私を信じてくれれば大丈夫。兎に角、信じる相手は間違えないでほしいと切に願うばかりである。

 とりあえず、この話は一度終了となり、今度は緑川くんの話に切り替わる。緑川駿ーーーA級4位。草壁隊の攻撃手ーーー。ボーダー隊員の中でも高い機動力を持っていると太刀川さんや当真先輩、冬島さんが言っていたから、恐らく機動力だけならば、ボーダーの中でも相当レベルが高いだろう。実際、私はサイドエフェクトがあるからこそ、緑川くんの動きに対応出来るけれど、他の狙撃手は狙われたら、かなり経験を積んだ人でも危ないだろう。




「あの白い子もう緑川くんに1本取られてますけど、私の経験上相当強いですねー……」
「流石エース、わかってんな。ありゃあ多分、相当経験積んでるぜ」
「いやそこまでは分からないですね。私の事どんだけ観察力高い奴だと思ってんですか」
「お前は馬鹿がバレるから喋るのやめとけ」




 私と米屋先輩の会話を聞いていた陽太郎くんと三雲くんは「2人は仲が良いんですね」と私達を見て言うけれど、その認識は違う。断じて。米屋先輩も「オレ達マブダチいえーい」と、いう様子で 騒いでいるけれど、本当に仲良しみたいに見えてしまったら本気で嫌だから普通に そのへんでやめておいて頂きたい。もしかしたら、この人のことだから狙ってやっているのかもしれないけれど。そもそも、お前みたいなのがマブダチなら私と佐鳥ちゃんと とっきーはどんな仲だ。家族か??? そのレベルの話になってくる。…………まあ、出水先輩に友達って言われるよりは、まあ……とも思うけれど、それは比べる相手が違う。兎に角、米屋先輩と私は友達ではない。これを滅茶苦茶力説していると米屋先輩に「お前先輩に対して結構酷いよな」と言われた。けれど、先輩も昔をよく思い出してみて欲しい。私の精神を削って弱くしていったのは、お前と出水先輩なんだからね。先輩達のせいで私は未だに太刀川さんや風間さんから戦う(逃げる)時、フルタイムでサイドエフェクトを使用している。因みに全く卑怯ではない。風間隊だって割とフルタイムで、きくっちーのサイドエフェクトを完全使用フル活用している。全く、卑怯ではない。それにコレに関しては当真先輩からも冬島さんからも「お前は逃げ癖滅茶苦茶付いてるけど逃げ切ってくれさえすれば どんな卑怯もやれ」と言われている。部隊公認である。

 こんな事を語っているうちに白い子と緑川くんの戦闘は終了し、結果は2-8。白い子の圧勝だった。それを見た私の感情といえば『え??? 何? 待ってC級だよね??? 強すぎない? 最近のC級はこんなに強いの? A級倒せちゃったりすんの? ドえらい強いな!!!』と、これである。全然見ていなかったけれど、あの緑川くんが これだけの差をつけられて負けるという事は、彼はちゃんと強いのだろう。




「最後の方は結構良かったのになー」
「私全然見てませんでした」
「逆になにしてたん?」
「先輩に心で文句を言ってました」
「お前本当にブースぶち込むぞ」
「苗字フリーなので帰りま〜〜す」




 ブースから出てきた白い子を見つけた米屋先輩は持ち前の切り替え早さで「今度はオレとやろう」と、言っている。なんでこの人とか出水先輩はこんなに戦闘したがるのだろう。もう太刀川さんとやればいいんじゃあないかと思う。

 そのように心の中で悪態を付いていると私の心のラスボス。迅さんが白い子と眼鏡くんの名前を呼んだ。うわあ迅さんじゃん、と思ってから緑川くんを思い出す。A級3バカ。出水公平。米屋陽介。緑川駿。順番に弾バカ、槍バカ、迅バカ。(悪い意味でラスボスの)迅さんを慕うなんて、私なんかには全く理解できないけれど、緑川くんは昔に迅さんに助けられたらしいのでラスボスも緑川視点で見れば勇者なのかもしれない。ああ、それならば私でも慕うのかもしれない。




「でも遊真先輩達、A級目指すなら その弱そうな先輩は知っておいたほうがいいよ。苗字名前。正真正銘A級2位のエースだよ」
「エースってことは強いの?」
「私は弱いよ。強いのは他の2人」
「はあ? 何言ってんの? 名前ちゃん先輩のサイドエフェクトに勝てる人なんていないよ」
「サイドエフェクトは有能かもしれないけど使い手が私な時点で、たかが知れてるよね」
「こうやってちょっと話通じないところもあるけど今度ランク戦やってみなよ。いくら遊真先輩達でもA級の壁を知るいい機会になると思うよ。ね!? 迅さん!!!」
「苗字ちゃんは強いもんな〜」




 …………そんなこと、絶対思っていないくせに。何平気な顔で嘘ついてるんですか、迅さん。私が馬鹿だからって船酔いに持ち込んだ遠征艇船酔い事件を私は絶対に忘れないからね。迅さんが実は性格が悪いという事も三輪先輩と当真先輩と太刀川さん風間さんの証言でシッカリと知っているし、実際黒トリガーを回収しに行った日だって、迅さんと戦うまで迅さんを結構良い人だと思っていただけに信頼度MAXからの裏切りをされた私としては迅さんのイメージは もう最悪である。人間第一印象が肝心だというけれど、まだ出会って間もない人間が裏切られるとこうもイメージ最悪になるんだなと知った日でもある。実際に佐鳥ちゃんに裏切られても、佐鳥ちゃんも追い込まれていたんだよね? 苗字もちょっと大人気なかったかなって反省しているし、世の中積み重ねが大切なのだと思う。




「どう? 苗字ちゃん、玉狛に来ないか?」
「迅さんと烏丸京介くんがいるのに私が玉狛に所属すると思いますか?」
「いや苗字本人の意見よりも、冬島隊の人達がが黙ってないんじゃないすか?」
「先輩、その冗談まだやってるんですか」
「お前は知らないかもしれないけど、あの人達はマジでお守りがいきすぎてやばい」
「セコムって噂もガチだしね〜」
「彼等ちょっと日本語分かんないみたいなので、苗字は宇宙人の輪からは抜けますね? うーん、哺乳類かな? 人間以外の」
「オレ思うんだけど、先輩のそういうところが皆からの扱いが雑になる理由だよね」




 正直これ以上ブースに居座ると太刀川さんあたりに出会いかねないので、早急に戦闘ブースから背を向けた。しかし私はボーダーに友達を多く持っているわけではないし、どうせ帰ってもやる事がないからと廊下の椅子で本を開いた。暫く本の文字を追っていると、その現場に偶々通り掛かった見覚えのある隊服が私の視界にギリギリ収まるところで立ち止まる。青い隊服。風間隊の菊地原士郎こと、きくっちーである。私を見つけた きくっちーは面倒な奴に会ってしまったとでも言うかのように物凄く嫌そうな表情を浮かべて「何してんの」と私に尋ねた。そんな顔しつつも、声をかけてくれるところが きくっちーの憎めないところであり、私がきくっちーを好きなところでもある。かつて私に滅茶苦茶ガン飛ばしまくっていた きくっちーとの現在があるのは、聖人とっきーのお陰である。更に、そのとっきーと仲良くなったのは佐鳥ちゃんのお陰である。佐鳥ちゃんといえば、私がA級入りして一番初めにお祝いしてくれた神のような人だ。あの瞬殺事件の後に「A級入りおめでとう!!」と、太陽のような笑顔で言ってくれた神である。正直、当真先輩に「次しくじったら殺す」みたいに言われた後だったから、泣きそうになった。

 佐鳥ちゃんといえば、当時ツインスナイプという天才技を習得した天才狙撃手だ。スコープも覗かずに二丁の狙撃銃を扱う佐鳥ちゃんの技を真似する愚か者はいない。果たしてどうやったら習得出来るのか是非聞いてみたいものである。いや、実際には聞いた事はある。けれど、天才の技を凡人に出来ると思い込んだ恥ずかしい私は勿論挑戦して見事に爆死した。あらぬ方向に撃ち込みすぎて、当真先輩の足を撃ち抜いてしまった時は暫くネタにされた挙句「ランク戦や模擬戦では絶対に使うな。使ったら、俺がお前を撃ち抜く」と言われ、顔を青くしながら頷いた思い出まである。それも今となっては、ただの勘違いの黒歴史である。




「きくっちーこそ、なにをしているの?」
「なんで苗字に言わないといけないのさ。ぼくが何してようと苗字に関係ないでしょ」
「えええ、自分の発言思い出して。ブーメランじゃないの? 嘘でしょ、きくっちー」




 きくっちーは風間さんから離れられない病期にでもかかっているのだろうと思っていたのだけれど、どうやら違ったらしい。

 最近はどちらかといえば歌川くんと共にいるから風間さんよりは歌川くんと行動する方が多いのかもしれない。というか私ときくっちーは どちらかといえば本部では遭遇率が限りなく低いので真偽どころか、本当は全く私が知らないような人と行動する方が多いのかもしれない。きくっちーとは学校も違うから、本当にわからない。きくっちーは進学校、私は普通校。とっきーや佐鳥ちゃんとは比較的(主に学校で)会うけれど、きくっちーとは本当に会う機会がない。今日会えたのだって奇跡だ。だって多分、私はあの船酔いした遠征艇の後の黒トリガー回収事件以来きくっちーに会っていなかったから、恐らくきくっちーに会うのは3週間ぶりだった。




「そういえばさ、玉狛の白い子。さっきちょっとだけ戦ってるとこ見たけど、滅茶苦茶強かったよ。見た?」
「あれくらい ぼくにも出来るし」
「まあ、きくっちーは強いから そうなのかもだけど……。でも現役A級が負けていて、私は語彙力を見失ったよね。今のC級のレベル……ってなったよね、私より強い、みたいな」
「本当に本気の苗字より強いなら 直ぐにでもA級に来れるんじゃない。知らないけど」




 本気の苗字とは…????? と、笑顔のまま固まったわたしの隣で菊地原士郎は「まああれは『新人』ではなかったけどね」と呟いたのちにわたしの隣に腰を下ろした。

 きくっちーがそう言うのだからそうなのだろう。少なくともわたしの目から見てもあれは『 C級隊員 』のレベルなどではなかった。なんというかこう。もっともっと、洗練されていた。そう。あれは多分。




「ーーーー私も後輩に慕われたいな……」
「無理でしょ、苗字は」
「ジーザス!!!」
「慕われたいなら、それなりの行動しなよ。何もしない奴ほど無理な事言うよね」
「グサッときた!! 私傷付いた!!!」
「うるさい。じゃあもう ぼく行くから」




 面倒臭い空気から逃げるのが本当に上手な人だなあとその背中を見つめて、本当に行ってしまうあたり、きくっちー本当にーーーーと、わらってしまう。私の空気の変化に気づいた? それとも、心音なのか。それとも声のトーンなのか。

 きくっちーってば、本当に鋭いんだから。













「よう、苗字ちゃん」
「すみません、今はちょっと……」
「実は ちょっと頼みがあるんだよね」
「……迅さんの頼み事はロクでもないっていう話を私は数多の先輩から伺っています」
「そこをなんとか」
「まずは、嘘でも否定してください」




 否定しないということは、迅さんは、やはりロクでもない事を考えているのだろう。

 うーん、最悪だ。今ちょっと木虎ちゃんあた、らとどうにかして仲良くなれないかと考えてそれの実現が絶望的である現実に打ちのめされていた私にこんな仕打ち……。神様がいるというのなら私の事は多分嫌いなのだと思う。




「近々近界民ネイバーによる大規模な侵攻が予想されてるのは知ってるだろ」
「そうですね。私も一応A級なので」
「その為にも、お前のサイドエフェクトについて教えてくれたら嬉しいんだけど」
「それは無理ですね。いつまた迅さんが敵になるかもわからないのに手の内は明かせません。私がいうのもなんですが、今の冬島隊は私のサイドエフェクトで回ってる部分もあるので、明かすのは無理です」
「じゃあ頼みを聞いてほしいんだけど」




 最初に断られる前提で大きな話をして、次に本来の目的を話す手法。迅さんは人の心理を操るのが得意。ある意味では太刀川さんも同じ様なタイプの人間であるとはいえるけれど、上手く丸め込む能力だけで言えば、迅さんは太刀川さんより数段その手法を扱うのが上手い。

 迅さんは本当にいやらしい人だ。三輪くんが、よく私に教えてくれるので間違いない。ここでひとつ、余談なのだけれど、私と三輪先輩は先日の黒トリガーの件から以前よりも割増で仲良しになった。名付けるのなら、迅嫌い同盟だ。もう会話の中で迅さんの話が出ようものならお互いにもう既に迅さんには敬称なんてつけない。迅さんは未来は見えるけど何を話しているのかということまでは分からないという説があるので、もう三輪先輩との会話の時は失礼だが、迅と呼んでいる。迅さんだって私を裏切った上に船酔いさせるというダブルパンチを私に食らわせたのだから文句は言えないだろう。




「…………頼みっていうのは?」
「簡単にいうと、侵攻時に苗字ちゃんはC級隊員の誘導をしないで欲しいんだよね」
「はあ? なんでですか?」
「その辺は おれもよくわからないんだけど、C級隊員の誘導をする未来のお前はその後戦闘に全く関与しなくなる。出来れば回避したい。お前は唯一の予測不能ダークホースーーーーそのサイドエフェクトの能力は分からないが、おれの予知があらゆる可能性でお前が中心に書き換わる誤作動バグが発生する事が極稀にある。という事は、そのサイドエフェクトは幸いにも4次元に干渉する類の能力だ」




 正直に言って、4次元干渉やらの意味は私にはよく分からなかったけれど、私の行動次第で三雲くんの生死が云々と言われてしまえば、偽善者の私は当然だが断れる筈がなかった。迅さんはそのことを知った上で三雲くんについて話してきたに違いない。人には例え誰であろうとカケラ程度には良心がある。迅さん、私は人のそういうところにつけ込むのは良くないと思うの。

 それに迅さんは時に、とても優しくない。それは時に迅さん自身にも残酷で、私達側ではない誰かにとってはとても残酷な未来を作り上げる。私のサイドエフェクトが現在ある状況を覆すサイドエフェクトだとするのならば、迅さんのサイドエフェクトは、いま目の前にある現実を覆せる可能性のあるサイドエフェクトだ。そして、そのサイドエフェクトは私達の未来を''最高''に。どこかの誰かさんの未来を''最悪に''。皆が幸せになる未来、それは贅沢だ。だから迅さんは私達側が幸せになる代わりに、敵とされる近界民ネイバーを最悪に導く。




「迅さんのサイドエフェクトは凄いですけれど、持ちたくないサイドエフェクトですね」
「お前は おれが思っているより賢いよね」
「私がそんなサイドエフェクトをもったら壊れますもん」
「そのサイドエフェクトを持っていて 自信がない時点で苗字ちゃんは可笑しいだろ」




 迅さんは黒トリガー回収時に見せた

 どうにも胡散臭い様な顔をした。




「視点を変えたら良い。例えば、お前はサイドエフェクトを持っていない一般隊員」
「はあ?」
「ある日突然現れたルーキーの役職ポジションは攻撃手。ソイツのトリガーは弧月。そのルーキーは気付いたら目の前にいて敵を緊急脱出ベイルアウトさせてしまう。攻略法は未だなし。こんな攻撃手どう思う?」
「そんなの無敵じゃないですか」
「そう思うだろ? 太刀川さん達は お前のそういうところを評価してるんだよ。苗字ちゃんは何に自信が無いのか分からないけど、そのサイドエフェクトは、お前だけのサイドエフェクトでお前を絶対に裏切らないんだから自信持てば良いのに。あ、ぼんち揚食う?」




 最後の言葉なければ最高だったね。

 なんだか、最後の言葉に全て持っていかれたような気持ちになりながらも、まあC級隊員の誘導しないくらいなら良いですけどと。いまいちなんと言ったらいいのか分からなかった私が唯一捻り出せた言葉を何とか言葉にした。




「苗字ちゃん。そのサイドエフェクトを生かすも殺すも君次第だ。殺さないでくれよ」























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Espoir