
ばかな後輩
先程の戦い。苗字が思い切った動きを見せた。もちろん、おれも緑川も槍バカも驚いた。おれはアイツを最強の狙撃手と言ったが、苗字は対ボーダー戦では実際に清々しい程に実力を発揮できないボーダー隊員だった。いや、おれがこんな事を言うと冬島隊に殺されかねないから決して本人にも言わないけれど、アイツはボーダーA級との1対1での対人戦に頗る弱いA級隊員である。その原因は主に おれと米屋にあるのだが、その話は別に今じゃあなくても良いだろう。
おれと米屋そして緑川でさえ恐らく理解しているが、苗字名前はボーダーとの戦闘に関しては、途轍もなく弱い。それでは、何故アイツがA級2位の冬島隊に迎え入れられているのかというと、部隊を組んだ時に恐ろしく機能する女だからである。これはあくまで おれ個人の意見でしかないのだけれど、苗字はサイドエフェクトなんかなくても、恐ろしい程に部隊戦において活きる駒だった。それにも関わらず、あのサイドエフェクト。冬島隊の初戦でも思い知らされたが、そりゃあ、知らない筈だ。佐鳥が言うには苗字は冬島隊所属以前、狙撃訓練でもトップ5には必ず名を挙げていたような敏腕狙撃手ではあったらしいが、特別強いというイメージは持たれない。そういう扱いの隊員だったらしい。事実、おれも狙撃手としての苗字名前を知ったのは冬島隊入隊後だし。だから、的を撃つ能力は長けていたとしても、A級部隊が欲しがるような戦力では決してなかった筈なのだ。だからこそ、当真さんも最初は苗字の勧誘に反対していたという話を冬島さん本人から おれは聞いたことがある。しかし、それならば何故。一体どうやって冬島さんは苗字の秘められた力に気づくことが出来たのか。それは風間さんも太刀川さんも未だに解らないようだけれど、恐らくエンジニア時代に何か引っかかる点があったのだろうと勝手に推測している。それにこんな事を言うのもなんだが、苗字は冬島隊所属してからも暫くは自信を持っている方の隊員だった。それでは、どうしてああなったのか。まあそれも、十割おれ達のせいなのだが、おれ達だって正直ここまで豆腐精神になるとは思っていなかったのだ。今も見ていて思うだろう。あの口だけは達者な感じ。加えて当時は今なんて目じゃないくらい生意気で可愛くない奴だった。それはおれも米屋もよく話すけれど、あの木虎が可愛く見える程に、だ。だからおれ達は苗字に、ある事ない事ふきこんだ。そういうのを積み重ねて、積み重ねて、積み重ねた。けれど、それでも最初は「A級1位を目指す」と口にしていた。だからおれたちも、酷い事を沢山口にした。そんな事を続けていくうちに、苗字も次第によくない考えに向かい始めた。実際に、その時アイビスの時間変換が上手く出来なくて滅茶苦茶凹んでいたから それと重なったのがよくなかったのだろう。本当に悪い事をしたと思っている。ただ、その雑魚モードが例外として
そのひとつ目が部隊戦。これは恐らく背後に頼もしい味方がいるという自信で苗字自身が焦らず、冷静になれるからだろう。故に、部隊戦では苗字の弾は良く おれや太刀川さん、そして風間さんなんかに掠ったりしてランク戦や模擬戦では毎回肝を冷やしているし、太刀川さんも出来れば苗字の事は一番優先して
「うわっ……。流石、名前ちゃん先輩! コッチは硬くて落とせないのにアイビスって本当にエゲツない火力だよねー」
「噂の新型だろー。ウジャウジャいんなー」
「緑川!! 米屋先輩!!」
「三雲先輩おまたせっす! 遊真先輩は?」
「空閑は向こうで黒トリガーと……」
「マジか! いいなー」
玉狛の眼鏡くんと京介。苗字にしてみれば、可愛い守ってあげなければならない後輩と
ナイス組み合わせ。これも、迅さんが誘導した巡り合わせだとするならば、迅さんは恐ろしい人だ。さっきのだって、部隊戦。苗字にしてみれば充分スイッチの入る戦闘だった。おれの解釈があっていれば京介は苗字にとっては絶対に弱いと思われたくない最悪の同期。佐鳥と時枝は苗字とは普通に仲が良いが、京介は違う。何度か本部で一緒に歩いている様子を見た事があるが、京介は苗字にとって悪い意味の当真さんタイプ。
「よー、京介。先輩が助太刀してやるぜ、泣いて感謝しろよ。因みに、苗字もいる」
「泣かないすけど感謝しますよ。苗字に関しては何で此処にいるんだ? 馬鹿なのか?」
「な……、狙撃手が隠れて撃たないといけないなんていうルールはないんですー!!」
「C級基地まで逃します。迅さんの指示です。敵を引きつけてください」
「無視かよ!!!」
「迅さん!?」
苗字には、こういう状況では近くにいて貰う方がいいけれど、安全と効率を考えると京介につけた方がいい気もする。
……ただ、敵の足止めをするのならば間違いなく、おれ達の側に置いておくのが正解なので、苗字にはゴロゴロいるトリオン兵の排除を任せて、自分もアステロイドで敵を自分の方へと誘導して、ついでに苗字に全壊させる。中々いい流れだ。
『出水先輩、あっちは とりおだけで大丈夫なんですか? アレなら私も向かいますけど』
『つっても今おれ達がやるべきなのは敵を引きつける役目だし、な? 弾バカ』
「最悪お前を向かわせるから大丈夫」
『なら抜けたトリオン兵私が貰いますよ』
「その方がいいか、行って良し」
『任されましたー』
出水先輩達の攻撃の中から抜けたトリオン兵に、とりおではなく、C級隊員が立ち向かおうとしているものだから慌てて狙撃銃を構えたのだけれど、私が攻撃するよりも前にギャグみたいな大きさのアステロイドを形成してトリオン兵を全壊した。
ちょっと、待て。アイビスじゃないのに、この威力って……。あれだろうか。玉狛勢は強さのメーターを振り切っているから、助けなんてお求めではないということだろうか。信じられない大きさのアステロイドに正直ドン引きしながらも、視線を訓練生の方に動かした。あの子は……。雨取千佳。この間、壁を破壊したくせに鬼怒田さんに笑顔でその罪を免除されていたーーー
「ーーーまず1匹。
次は正面のやつだ! 来るぞ!」
「うん!」
「待って!! 此処は私に任せて先に行ってください。君達が今するべき事は敵に立ち向かう事じゃないでしょう」
「苗字先輩!!」
私は三雲隊員達から目の前のトリオン兵に視線を動かして、丁度いいタイミングで飛んできた出水先輩の
「最初のも苗字?」
「いえ。眼鏡の……、三雲隊員です」
「おい メガネくん。お前何者だ? トリオン半端ねーな! 軽くコイツのアイビスくらいの破壊力はあったぜ?」
「そんな事はありません!!!」
「いや、あったねー」
三雲くんは先程のは自分のトリオンではなくて、自分のトリガーを使って雨取隊員のトリオンを使ったのだと私達に説明した。なるほど。やはり、先程の攻撃は雨取隊員のトリオン。まあ、本部の壁壊すくらいの威力だし、今くらいの威力の攻撃が繰り出せても何も不思議じゃあないけれど、それにしても恐ろしい子だ。
この子、役割どこなんだろう。まさか、本当に狙撃手じゃあないよね。だってあれだけのトリオンがあるのなら、狙撃手よりも射手の方が圧倒的に向いているし……。なるほど、射手か。いいと思う。前回は何故か狙撃手としてトリガーを持っていたような気もするけれど、その時は何かを血迷ったいたのだと思う。そもそも、滅茶苦茶私情を挟むけれど、同じ役割を こんなお化けみたいなトリオンを持っている人にはやってほしくない。普通に嫌いになれる自信がある。でも、彼女は恐らく射手だ。そのように思考し、安堵していると出水先輩には凄まじく殺意が湧きそうな顔でニヤニヤと笑われた。
「おれは出水。おれらで新型片付けようぜ。今は苗字もノッてるし、上手くいけば全部殺せそうだ」
「基地に向かわせなくて平気なんですか?」
「C級のコイツ等だけで向かわすって? そんなら掃除して一緒に向かった方がいいだろ。つか、京介どこ行った?」
「逃げたんじゃあないですか?」
「ねーよ。お前じゃあるまいし」
「私だってC級置いて逃げたりはしませんよ。C級がいなくなったら逃げますけれど」
「京介は他のC級連れて先に行ったんだろうけど、お前先輩としてそれはどうなんだよ」
「私はもう結構健闘した方です」
「自己評価低いだろ。それでもA級2位か」
「A級2位ですね」
ああいえばこういうんだよなー、と私を目を細めて見てくる出水先輩を見て「ムカつく!!」と頬を膨らませていると、鳥型の攻撃が私達に向かって飛んできた。
もちろん、人型の姿を確認した時点でサイドエフェクトは使用していたから粗方避ける事が出来たけれど狙撃銃はトリオンキューブにされたので作り直しだ。
「武器までキューブに……、厄介ですね」
「あらら…また状況が変わったな……! せめてもの救いは苗字が冷静な事くらいじゃねーか。メガネくん! 女子連れて逃げろ!」
「わかりました!! 頑張って下さい! 三雲隊員達については任されました!」
「はあ!? 馬鹿! お前が行ってどうすんだ! お前は おれの援護にきまってんだろが!!
先輩が
よって実際は弾の勢いで風圧が人型に当たったかなくらいの攻撃しか入っていない。
「いい腕だ」
出水先輩の足がやられたのを見て、直ぐに自分の足元を確認して目を見開く。ここまでは全て想定内という事か。
ーーー私も私でサイドエフェクトのタイムを10秒に切り替えて爆発する前に気持ちの悪い敵のトカゲみたいなのを全てはらってアイビスで相殺する。うわ、待って。10秒想像以上に酔いそう。そう思って直ぐに
「高い火力、繊細なトリオンの
「意外とやらしーじゃねーか」
「こちらこそ、意外だ。まさか今の攻撃が初見で見破られるとは思わなかった。どんなカラクリだ。女」
「……いうと思うの?」
「それもそうだな。だが、デメリットもあるようだ。後数回でボロが出る」
まさにその通り。私の立ち位置が出水先輩の後ろから壁に変わっている時点で、あの人型は私のサイドエフェクトについて、いくつか候補が挙がっているはず。
瞬間移動か、時間回帰か、恐らく敵の想像するサイドエフェクトの全てが大方間違いではないのだから どうしようもない。焦っていたとはいえ、壁に寄りかかってからの解除は良くなかった。三雲隊員がいなくなって気が抜けたのだろう。重荷がなくなれば気が抜ける。これは悪い癖だ。
「!」
ふと出水先輩が敵とは違う方向に目を向けたのを見て同じ方向に目を向ける。そして、視界に飛び込んできた三雲くんと雨取隊員をみて目を丸くする。その大きなアステロイドでコイツを撃てるのならば、先程の私の攻撃で充分致命傷を負わせる事が出来たのだ。そして敵に向かって行ったアステロイドを目で追って、先程と同じ様に相殺されたさまに顔を顰める。これは、あまりにも状況が悪過ぎる。
「戦術は拙いが、やはり驚異的なトリオン量だな。さて、私のこの攻撃でお前はどう動いてくれる……
敵の攻撃のひとつである鳥が一斉に三雲隊員達の方に飛ばされて、私は本部からの連絡を思い出した。木虎ちゃんが暴き出したという答え。敵の狙い。敵の狙いは
ーーー天秤にかけるまでも、ない。
「待て、苗字!!罠ーーーー…」
出水先輩は罠だと言いたいのだろうが、どのみち私はこれ以上此処にいたところで精々コイツの攻撃を避けられるのは後1、2回……。頑張っても最高で5回。いてもいなくても、そこまで大きな差はないのだ。私はグラグラと揺れる視界の中で口元を押さえて雨取隊員の胸を押した。そして命中した弾を受けてから、雨取隊員の無事を確認して笑う。
「馬鹿な…こうは……ごめな…さ」
遠のく意識の中で、ああ、これが迅さんの言ってたC級隊員の誘導なんじゃないの……? と、思った。ああ、絶対そうだ。馬鹿だ、私。折角迅さんが忠告してくれたのに無駄にしてしまっている。いやでも、目の前で起きてる事を放り投げれるわけないじゃあないか。そもそも、そんな遠回しな忠告するくらいなら、出水先輩達に着いて行くなって忠告してくれたらーーーーー
苗字がキューブになってしまった。これはまずい。正直なところ、この状況は苗字がいて、なんとかメガネくん達を守りきれるギリギリラインだった。苗字は確かに玉狛の女子を守った。しかし、第二波までは誰も防げない、誰も追えなかった。結局何方もキューブになってしまったわけだが、問題なのは苗字も玉狛の雨取も、どちらもトリオンが高いという事だ。トリオンの量で言えば、圧倒的に玉狛のトリオンモンスターの方が多い。
けれど苗字には、そんなの関係ないといわんばかりの火力とサイドエフェクトがある。何方もボーダーとしては敵には渡したくはない。
「おいこらメガネ! ボサッとすんな! 基地まで行きゃ まだ全然助かる!! そのまま突っ立ってて、そのキューブを敵に渡してみろ……ぜってー許さねーからな!!」
「走れ 修!! お前がやるべき事をやれ!」
「基地に向かいます!
サポートお願いします!」
「おー行け行け。さて…と、
キューブになる寸前に言った言葉。馬鹿な後輩でごめんなさい、という言葉。残念ながら おれは苗字を馬鹿な後輩だと思った事はないし、あの鳥の攻撃から雨取を唯一守れたのは誇っていいところだと思う。おれには足がちゃんとあっても あの攻撃からアレを守る事はできなかった。そもそもを正すのなら、飛び込んでいった行動自体が間違いなのだけれど、こればかりは戦闘経験の量だ。ああ、そういう意味で馬鹿な後輩でごめんという意味か。それなら理解できるな。なるほど。
でもあの場面は確かに、守れるのなら守っておいた方が絶対に良かった。ただ、アイツを叱る事があるとすれば……
「もうちょっと戦力の差を考えろっての」
「考え事か。余裕だな」
「虫……!?」
人型は攻撃用トリガーを今度は虫型に変更した。そこまで細かく出来んのか。いやいや、流石にこのサイズは相殺しきれねえ……!!
「どうした? あの女がいなくなってから随分と余裕がなくなったな。一発お返しするんじゃなかったのか?」
「……余裕こいてんじゃねーぞ、このワクワク動物野郎。わかってきたぜ。てめーのトリガーはトリオンにしか効かねーとみた」
今の人型の反応を見る限り大方外れではないと確信して
こちとら、あれだけ苛めておいてなんだけれど槍バカも おれも苗字とは仲良くやっていきたいと思っているんだ。
「目の付け所は良かったが 俺を生き埋めにするには少々瓦礫が足りなかったな」
「アンタがウチの有能な後輩を討ちとらないでくれたら勝率も上がったんだけどな……なんちゃって」
おれの背後からの狙撃が人型の身体を撃ち抜いた。まあ想像通り二発目は防がれたが、どてっ腹に一発入った。あの傷ならトリオンはガンガン漏れる。アホみてーな攻撃性能にあの動き。苗字が撃ち抜かれる際には速度まで上昇した。あの弾の消費トリオンは半端ねーはずだ。
知ってんだろ、おれもお前に負けないくらい負けず嫌いなんだぜ、苗字。だから帰ったら有無を言わせずに負けず嫌い同盟作ってやる。大体当真さんに散々言っておきながら滅茶苦茶仲良いじゃねーか。ずっと面白くなかったんだよな。
「……さあて、スタミナ勝負といこうかーーー…
防御の壁を削って狙撃が人型に攻撃。まあ大体のパターンは聞かなくても把握できる。
しかも、ボーダーの狙撃組には当真さん達がいる。これだけ射線が通りやすくしたんだから変態のあの人等なら間違いなく一発は当ててくれるだろう。
『おい、ウチの奴どうした。まさか貸してやったのに
「まさか。キューブ化です」
『もっと最悪じゃねーのよ。聞こえるか? 苗字がキューブ化したらしいーーー……で、どこにいる?』
「三雲とかいうメガネが持っていきました」
『先に言っとくが、出水……万が一にでもウチの苗字が向こうに回収されたら、お前と三雲とかいう奴の命はないと思いな』
「いやそれ全然先じゃねーし、むしろ手遅れだろ、既に。冬島隊に命狙われるとか おれと三雲が可哀想すぎるだろ」