黄瀬涼太







 ーーー……な〜〜んか
 見たことあるんだよなあ、この子。

 黄瀬涼太は電車の中で携帯を操作しながら ふてくされている目の前の女子高校生を電車に揺られながら眺めていた。


「(どこだったかなー。仕事? あー、いそういそう。結構可愛い見た目してるし、身長もそこそこ。でもオレ、女の子との撮影ってあんましなんだよなー)」


 目の前に腰を下ろしている女の子を見下ろしていた黄瀬涼太が次の駅のアナウンスを右から左に流しながらポケットのイヤホンを取り出す。そのタイミングで、目の前に腰を下ろしている人物と目があった。きょとん。2人して、全く同じ反応をしていたのは、果たして何秒程度だっただろう。数秒もすれば、黄瀬の方が先に冷静さを取り戻して、気まずそうに目を逸らす。けれど、目の前の人間の方が自分から視線を外そうとはしない。



「(なにこの人、滅茶苦茶見てくるじゃん)」

 ーーーモデルの黄瀬涼太だから?



 逆にそれ以外に思い当たる点が恐ろしくない。だからこそ、黄瀬は、やっぱり電車は移動手段としては失策だったか、とつい数分前の自分の行動を後悔する。



「ーーーーあの、突然すみません」
「げっ、あーー……なんスか?」
「どこかで お会いしたことありますか?」



 名前は首を、こてん、と首を傾げる。

 瞬間、黄瀬涼太は目を丸くした。「会ったことがある気がするんですけれど……」と、声をかけられる時の誘い文句として最早テンプレートなのではないかと疑う程に良く聞くその言葉を本当に そのように思っていますと言いたげに眉毛を八の字に曲げながらいう名前の顔面を改めてよく見た。改めてよくみた結果、今までにはない結論である『オレもあったことがある気がする』という結論に至った。おかしな話だけれど、黄瀬涼太自身も出会った事があるような気がして「モデルとかやってる?」と、折角取り出したイヤホンをポケットにしまいながら尋ねる。その質問にNOで答えられた時、黄瀬は本当に、いよいよ、お互いの勘違いなのではないだろうかという結論に至ったのだけれど、その時に名前の携帯画面が視界に入る。


「…………えっ」


 『黒子テツヤ』。彼女の携帯画面には、その名前が記されていた。黒子の知り合いという事は目の前の人間は帝光中学の人間だということだろうか。けれど、黄瀬涼太は目の前の人間を帝光中学で見た記憶がなかった。

 ーーーこれだけ可愛い子なら
 絶対忘れないとおもうんスけど……。

 そのように考えた時、黄瀬涼太の脳裏を青峰大輝と共に歩く女子の顔が蘇る。



「あー……、最寄駅どこスか?」


 








 気が付いてしまえば、記憶というものは溢れるように蘇ってきた。知らないのも当然だ。彼女と自分は入れ違いなのだから。すっかり忘れてしまっていた。だって、いらなくなった記憶だったから。事実、黄瀬涼太と苗字名前には 何の関係もない。お互い今日この瞬間さえなければ、多分一生思い出す事のなかった相手だ。名前だって、ついさっきようやく思い出せた。その程度の関係だ。

 当時は名前は知らなかったけれど、苗字名前は入部してから暫くずっと黄瀬が勝手に嫉妬してきた相手だった。青峰大輝が自分との勝負よりも優先した相手。目の前の女は妙にキセキの世代と呼ばれる彼らと親しかったのだ。中でも青峰大輝、緑間真太郎とは特に仲が良かった。あの灰崎祥吾とも。



「じゃあ黒子くんと仲が良いんですね」
「黒子っちとは一番仲良かったんスよ」
「わあ、意外……! 黄瀬くんは緑間くんと仲が良さそうなのに。でも、帝光に3年間かあ。少しだけ黄瀬くんが羨ましいな」
「そうスか? あんま楽しい思い出ないけど」
「ふふ、うそばっかり」



 いや、結構本気なんだけど。

 黄瀬は確かに そんな風に思った。
 けれど、名前が あんまりにも楽しそうに笑うから言えなくなった。別に気をつかうほど、仲が良かったわけでもないし、どちらかというのならば、多分嫌いだった。それでも、確かに入部したばかりの頃は楽しかった。そして苗字名前の帝光の記憶はここでおしまい。だから、言うべきじゃあないと思っただけだ。



「苗字さんは青峰っち達と連絡とってんの? 確かだけど、結構仲よかったよね」
「最初の頃は結構連絡をしていたのだけれど、携帯のバックアップを忘れちゃって……」
「マジで!? えっ、オレ教えようか?」
「大丈夫。今更連絡なんて出来ないもの」
「連絡したら喜ぶと思うけどなー。ていうか、黒子っちとは連絡とってるじゃないスか」
「黒子くんは同じ学校なの」
「はぁああ!? どんな偶然!? まさかと思うけど、あんたら学校合わせたんスか!?」
「本当に偶然なんだ。凄いよね」



 名前は黄瀬の前に出て、くるりと右に回って、頭の悪そうな ふにゃふにゃな笑顔を自分に見せて笑った。「(折角合わせて歩いてやってんのに この人は……)」と、苦笑いを浮かべる黄瀬だったけれど、一瞬。本当に一瞬。物凄く、寂しそうなーーーそれでいて嬉しそうな。

 見たこともないような瞳をした名前に
 黄瀬は正直、不覚にも面食らった。



「そんな顔すんなら連絡すりゃいいのに」
「バスケをしてたら会えるかなって思うし、どうせなら その時に聞くって決めたんだ」
「それでいくと試合に勝ち進まないと緑間っちにも青峰っちにも会えないじゃないスか。一体いつ会える予定でいるんスか」
「黒子くんがいるからすぐに会えるもん」
「そりゃあ、黒子っちは凄いけど……」



 ーーーオレ達には勝てないっしょーーー

 中学時代。黄瀬涼太を含むキセキの世代は確かに黒子テツヤという六人目に助けられていた時期があった。けれどそれは、あくまでも『そういう時代』もあったという言葉通りの意味であって、過去の話だ。黄瀬涼太は黒子テツヤを尊敬はしている。けれど、他の四人のように勝てないとは思ったことはない。尊敬はしているけれど、黒子テツヤには負けない。そもそも、黒子テツヤのバスケスタイルは自分に勝てるように出来ていない。彼のバスケットボールは、あくまでも『光』があってこそのもの。だからこそ、断言できる。黒子テツヤでは自分達には勝てないと。だから名前の言葉は、残念だけれど、万が一にも叶うことはない。


「苗字さんが どんだけオレらのバスケを知ってんのかは 正直わかんねえスけど。相当ギャンブルの要素が強いスよ、実際」


 黄瀬涼太の言葉は女の子に対しては珍しく、心の底からの本心だった。実際、自分はおいておいたとして、だ。東京には『緑間真太郎』と『青峰大輝』がいる。上がって来られるはずがない。



「……あの、黄瀬くん。まだ青峰くん達には内緒にして欲しいんだけれどね。私、バスケットボール部のマネージャーを始めたの」
「いや、マネやんない可能性もあったの!? 流れ的にマネージャーじゃなかったら オレ滅茶苦茶恥ずかしい流れなんスけど、カミングアウトのタイミングおかしくねえ!?」
「でも入ったよ。黒子くんがいたから」



 名前の発言を聞いて、今まで豊かだった黄瀬涼太の表情が凍りついた。明らかに雰囲気が変化したことには流石の名前も気が付いていたけれど、想定外ではなかった。元々、黄瀬涼太とは不思議なくらい関わりがなかったし、黒子テツヤの『あの表情』を見る限りでは仲が良かったとは言っても、なにか『訳あり』なのだろうという事は解っていたから。

 名前はバスケットボールのルールを知らない。体育の授業でも触り程度には経験するけれど、試合を出来るほどの知識は手に入らなかったし、転校を知っていた名前本人が深くのめり込んでしまっては後々に後悔すると理解していたから学ぼうとは思っても結局手を出さないまま中学を卒業してしまった。それでも、黄瀬涼太のいうとおり『帝光』という名前の中学が並外れたバスケセンスを持っているというのは帰りの電車の中で見た成績で知っていた。


「本当は帝光中を卒業したかったし、本当は灰崎くん達が大好きなバスケットボールの世界をずっと内側から見てみたかったよ」


 白い頬にかかる艶やかな髪に。キラキラと輝いているくせに涙が零れ落ちそうな瞳にーーーそして、温かくて聴き心地のいい音の中に潜む確かな決意に黄瀬はドキリとした。黄瀬涼太が見てきた女の子達の中でもトップクラスに可愛らしい容姿をしているにも関わらず、苗字名前から滲み出る凄みは十分過ぎる程で、黄瀬涼太は思わず生唾を飲み込んだ。苗字名前って、こんな奴だったのか。会話なんてしたことがないのだから、知っている筈もない。けれど、見てきた時間だけは それなりにあるから。だからこそ、黄瀬涼太は そのように思う。黄瀬涼太から見た苗字名前は嘘ばかりだった。気持ち悪いくらいの嘘つきだった。

 こんなにも、真っ直ぐに本心を口にしたりはしなかった。青峰達の前では帝光中学を卒業したいなんて言わず、いつも「仕方がないから」と口にして距離を取り、入りたい癖にバスケットボールから距離を取り、転校するときも笑顔でいなくなる。大嘘つきだった。ああ、そうだ。そういう嘘つきだった。その瞬間楽しんでいる癖に、未来も見ている。そういう奴だったじゃあないか。それなのに、こいつーーー



「だから私にとって、これから先の時間は宝物で、どんなに無謀だと言われても挑戦する価値のある3年間だと思っているよ」
「…自分の青春を部活で終わらせるんスか」
「無駄にはならないよ。寧ろ、今までより価値のある人生投資なんじゃあないかな」
「なるほどね。しかも、それでそこに黒子っちがいるから余計にラッキーってことスか」



 黄瀬涼太の冷たくなっていく声に名前は「うん」と、肯定をして首を縦に振る。黄瀬涼太という人間が人の感情を読み取るのが上手な人間であるという事を思い出したから。別に最初から全て真実で、名前は一度だって黄瀬に嘘をついたりはしていないし、高校が偶々同じだった黒子テツヤに会うよりも前にバスケ部の見学は取り付けていた。

 決めてが黒子テツヤだったから頷きはしたものの、名前が自分の意思でバスケットボール部に赴いたという事実は変わらない。ただ、決めてが黒子だったという点において黄瀬涼太の言葉が正しい事も事実なのである。



「高校の名前は? なんてところ?」
「黒子くんに聞いていないの?」
「黒子っちとは確かに仲良かったんスけど、色々あって学校の名前は知ってるけど、本人に聞いたわけじゃないんスよ。だから苗字さんに聞いてんのは情報の照らし合わせの為」
「そうなんだ。えっと、誠凛高校だよ」
「つか、マジでなんで誠凛に行ったんスか。苗字さんならもっと色々あったっしょ」
「新設校だからかなあ」
「…………は? そんだけ?」









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Espoir