
偶然×偶然
最寄りの駅に停車した電車を降りた後に改札口へと向かう際に見覚えのある後ろ姿を見つけた名前は通常よりも歩く速度を速めて、その背中を追いかけて、改札口を抜けて直ぐに目的の制服の裾を引いた。
「ーーー火神くん!」
火神大我は名前の事を無遠慮に見つめた後に「まさか、着いてきたのか……?」と物恐ろしいものでも見るかのように呟いた。その表情の変化をみて 苗字名前が「(この人、正直者すぎる)」と、思ってしまったは無理のない事である。その失礼な男に態々生徒手帳と定期券まで見せて、住所を証明する苗字名前も火神大我に「(殆ど初対面の奴に住所を惜しまず見せるコイツやべえ……)」と思われる程度には凄い女だった。ただ、その圧と証明のやり方をみて秒で納得したという事実がある時点で火神大我のような男に有効なのは事実である。
実際に今のやり方を黒子テツヤに行ったのならば、同じようにはいかないだろう。個人情報保護法等を諭されるに違いない。
「マネージャー」
「ん?」
「肩は平気かよ…ですか……」
「平気平気。気にするほどの事じゃないよ」
場を和ませようと口にした言葉が逆に気を遣わせる結果になったのか、そういう事ではないのかは分からないが、火神大我は名前の肩を凝視したまま活動を停止させた。
火神大我が沈黙して自分を凝視してくる。これは相当の重圧を感じた。そもそも、火神大我と苗字名前は最近ようやく少しだけ会話をするようになっただけのクラスメイト兼 同じ部活というだけの殆ど初対面である。名前に高いコミュニケーション能力があるというのならば、話は変わってくるけれど、そうではない今、相手に会話を切られてしまえば そこでおしまいだ。
「(……話しかけたのは迷惑だったかな)」
名前が火神大我に声をかけたのは火神に肩のことを思い出させる為ではなく、昼休みに何も言わずに廊下から離れた事を謝罪したからだった。だから火神に微妙な表情をさせたかったわけでも、謝罪をさせたかったわけでもない。けれど、その結果がこれである。やはり、安易に話しかけたのは間違いだった。
そもそも自分は火神大我に名前で呼んでもらったこともない。火神が自分を呼ぶ時は決まって『おまえ』だとか『あんた』だとか『マネージャー』だとか。最初にあんなに険悪そうにしていた黒子テツヤの事は『黒子』と呼ぶのに。確かに、自分はマネージャーとして部員が部活動を有意義に行えるように振る舞っているだとか そういう事が出来るほどの働きは微塵も出来ていない。それでも、これからチームメイトとしてやっていくのだから もう少しコミュニケーションをとりたかった。頑張って何かしようと思えば思うほど、空回る。今まで人と仲良くなる事を避けてきたツケがここに現れている。
「マネージャー。この後、時間あるか?」
「えっ、ありますけど…………」
「それなら 買い物に付き合ってくれよ」
「えっ、も……もちろん!」
駅近くの薬局に入店し、湿布を含むいくつかの品物を購入した火神は自分の後ろをひょこひょこと歩いている小動物のような名前の表情を盗み見ては「(こいつ、なんでこんなに嬉しそうなんだ……)」と、分かりやすく表情を強張らせる。そんな微妙な表情を浮かべている火神大我の後ろで名前は「(頼られている……!!)」と、胸を躍らせていた。
1対1のコミュニケーションを行う中で、これほどまでに感情が対照的になるのも珍しいものである。
「火神くんと最寄り駅が一緒だって、あの時にわかっていたら帰らなくてすんだのになあ。あの後、2人で何を話していたの?」
「キセキの世代の話」
キセキの世代。この単語を聞いた名前が息を呑んだのを火神大我は確かに確認した。
その反応がどのような意味を持っているのかは定かではないけれど、そういう反応をしたという事は必ずしも無関心であるというわけではないのだろう。いや寧ろ、無関心であるはずがない。今の反応はどう見ても関心がある。そういう反応で間違いない。
「……あんた、キセキの世代や黒子と どんな関係かはしらねーけど、知り合いなんだろ」
「忘れられているかもしれないけど、皆が『キセキの世代』なんて呼ばれる前。私も帝光中学に通っていた時期があったの」
もう忘れられていると思うけれどね。名前は自分に言い聞かせるように、もう一度。今度は少しだけ寂しそうな顔をして言った。けれど、それはあり得ないだろうと火神大我は確信していた。黒子が覚えていたからだ。それで足りないというのならばもうひとつ。黒子テツヤという人間が自分に「苗字名前にキセキの世代の話をするな」と釘を刺してきたからだ。それは、誰がどのように聞いたとしても、苗字名前とキセキの世代に関わりがあったことを暗示していた。
苗字名前の言葉だけを聞いたのならば、関わりがなかったからわからない。覚えられるほどの仲じゃなかった。そういう風にも捉えられるけれど、黒子の言葉をふまえると今の言葉は、どの程度の関わりかはわからないけれど、ある程度の交流があったという風にしか捉えられない。黒子が敢えて自分に苗字名前とキセキの世代の関係を探らせるために言ったのか。キセキの世代の抱えている何かを苗字名前に知られたくなかったのか。でもそれならば、自分の性格を考慮した黒子は何も言わない選択を選ぶのではないだろうか。
「教室で久しぶりに黒子くんとあった時に今の皆と私を多分黒子くんは合わせたくないんだろうなって思ったんだ」
「は、」
「あと黄瀬くんって人に会った時にも それとなく話題を振ってみてわかったんだけど、多分黒子くんが言いたくないようなことが起きてしまったんだと思う」
「……知りたいとか思わねーのかよ」
「黒子くんが言いたくないのなら 話したいと思う日まで待つよ。それにね、火神くん」
ーーー勝ち進めばわかる事だからーーー
点滅する信号機を眺めながら 名前の言葉を聞いた時、火神は正直にいうと、意味がわからない、と思った。知りたいのなら聞けばいい。そもそもバスケットボールが原因で一体どんなとんでもないことが起きるんだよ、とすら思った。けれど、赤信号を前に立ち止まって。そうして彼女の顔色をなんとなく確認した。表現するのなら、本当に一瞬。不思議なくらい一瞬で。そんな考えが全て、彼女の表情を見た瞬間に消えた。
「ーーー絶対、行こう。全国」
恐ろしい程にクリアに聞こえる その声は今まで聞こえていたうるさい街の雑音を全てかき消して火神大我の耳に届いた。
「ボクもきみを日本一にする」
「絶対、行こう。全国」
頭の中で不思議なくらい鮮明に聞こえてくる黒子テツヤの言葉に、苗字名前の発言が続いた。
「はは、」
思わず、笑ってしまうくらい真っ直ぐに 心の底から『全国大会』に行くなんて、普通の奴なら口先だけで口にする その言葉を少なくとも黒子テツヤと苗字名前だけは心の底からの本気で真っ直ぐに自分に言っている。それを口にするのはきっと、自分にはわからないけれど、物凄く勇気のいる事だ。それでも、苗字名前が自分に口にした理由は、本気のやつにしか辿り着けない舞台であると苗字名前が知っているからだ。
そしてきっと『キセキの世代』なんて大層な名前で呼ばれている奴らの何かを変えてやりたいと、こいつらがどこまでも真剣に願っているからなのだろう。
「あいつらを倒さねーかぎり日本一にはなれねーからぶっ倒すってのは元々決めてた」
「……東京はキセキの世代が二人もいる超激戦区だから大変な道のりになりそうだね」
「激戦区上等。つーか、あんたなら東京が激戦になるって始めからわかってただろ」
中学で離れた黒子と態々同じ学校に決めたくらいなのだから、東京がどれほどの激戦区だったのかは理解していたはずーーーそう思って口にした言葉は「まさか〜〜」という意外すぎる言葉に見事に否定された上に名前は火神大我に「黒子くんと同じ学校になったのは偶然」と「キセキの世代なんて一ミリも知らなかったよ」という爆弾発言を投下した後に「黒子くんがいなかったらバスケ部には入らなかったんじゃないかな」と笑った。実際に名前は当初、相田リコに仮入部はしたいと伝えたものの、入部がしたい、という明確な意思は あまり持ち合わせてはいなかった。実際に仮入部をして、火神大我の姿を見たとしても、入部をする意思を固める材料としては不足していただろうし、入部の決め手にはならなかっただろう。
だからこそ、あの時の黄瀬涼太の言葉を否定しなかった。黒子テツヤがいたから入部を決めた。それは覆ることのない真実だから。何故ならば、その相手がキセキの世代だったから入部を決めたわけではないから。あの『黒子テツヤ』だから決めたのだ。
「わりーけど、絶対合わせたと思ってた」
「黄瀬くんにもそう思われてるよ〜」
「否定はしたんだろ。実際偶然なんだし」
「どうだろう。肯定してしまったせいで物凄い捉えられ方をしてる気がする……」
「そこは否定しろよ」
「実際黒子くん目当てで入部したのは事実だったから否定もできないなと思いまして」
「アホだろ、あんた」