
理想への挑戦状
苗字名前が貴重なマネージャーだからとストレートに入部させてもらえた(相田リコからの提案のため、満場一致だった) その一方で火神達を含める一年生は屋上で目標を宣言を強いられていた。なんでも、できなかった場合のペナルティとして全裸で好きな子に告白という とんでもなくバイオレンスな罰ゲームが待っているらしい。それはもう絶対に振られるし、告白される側も怖いし、本当にただの罰ゲームである。けれど、実際にその日に目標を宣言を達成したのは火神大我ひとりだけに終わった。
後日、なんらかの手段を使って意思表示を完了した(黒子テツヤに関しては早朝から学校に来て校庭に『日本一にします。』と石灰で書き、後に誠凛高校七不思議として君臨した)らしいけれど、結局バスケ部の新入部員は15人から6人にまで絞られることとなった。そして、本日からは2年生にその勇敢な6名の新入部員を加えて、誠凛高校バスケットボール部の本格的な練習が始まることとなった。
「ーーー海常高校と練習試合!?」
「っそ! 名前ちゃんも入って部の士気も上がったことだし、相手にとって不足なし!一年生もガンガン使ってくよ!」
「不足どころか すげえ格上じゃねえか…」
最近は寝る時間を惜しんでバスケットボールについて勉強してきたおかげもあって、ある程度であればミニゲームの状況把握が出来るようになってきたとはいえ、相田リコの突然の提案には流石に名前も驚いた。
ーーー海常高校ーーー
バスケットボールは友人がやっていたから偶にテレビで中継されている試合を見るくらいしかやってこなかった名前には、その海常高校がどのくらい凄い学校なのかという事が全くわからないけれど、2年生達の反応を拝見する限り、相当レベルの高い学校らしい。名前からしてみれば、黒子テツヤのプレイスタイルと火神大我のあの得点力があればなんとかなるのではないかとも思うけれど、相手校はインターハイ常連校。全国クラスの強豪校らしい。
「(全く 凄さがわからない……。
まさか、ルールを覚えた先に更なる壁があるなんて思わなかった…)」
わかりやすく肩を落として 凹んでいる名前を黒子テツヤは少し離れたところから眺めながら、この人いまインターハイってどのくらい凄いんだろうって考えているんだろうな、という感想を持った。大正解である。ちなみに名前の手元には、最早誰にもツッコまれなくなった『バスケットボール【基礎】』の本が握られているーーーと、いうのも最初は滅茶苦茶それを主に1年生達から(仲良くなる口実として)ツッコまれていたけれど、本人がいたって真剣なものだから誰も触れなくなったのである(この本を読んでいたという小金井慎二を除く)。彼女があまりにも真剣なものだから、小金井が図書室の司書に直談判をしに行き、見事にバスケットボール【応用】の購入が決定したという話も風の噂で聞いた。
けれど、こんな事を言うのもなんだけれど、まさか苗字名前がバスケットボール部に入るとは思わなかった。黒子テツヤは名前の手元にある本を眺めながら思う。昔その手元にあったのはバスケットボールの本ではなくて、参考書だった。彼女ーーー苗字名前ーーーは、赤司征十郎に次いで頭が良かったし、緑間真太郎とはよく成績で次席争いをしていた程で、名前がいなくなった後、緑間は張り合い甲斐がなくなったと少しだけ寂しそうにしていたのを黒子は覚えている。それほどまでに優秀な彼女が何故、誠凛を選んだのかは多分本当に「新設校だったから」なのだろうけれど、そんな頭脳を持っているくせに、黒子が昔「勉強が好きなのか」と聞くと、名前は「好きだからやっているのではない」という回答を黒子に口にした。本人曰く「他にやることがない」からやっているらしいけれど、黒子は名前が問題を解決するということに やり甲斐を感じていることを知っていた。それはもしかしたらーーーいやもしかしなくても、友人を作るよりも充実していた。寂しさを紛らわせていた。これらの理由があるのだろう。けれど、それでも多分、彼女は勉強が嫌いではなかったし、結果が数字として反映されるから。上には上がいるから。だから、勉強が好きだったはずだ。だから、仲間というものに憧れているとはいえ、成績を落とす可能性のある選択をしたのは素直に意外だったのだ。
「ーーー海常高校は今年『キセキの世代』の一人。黄瀬涼太を獲得したトコよ」
黄瀬涼太。黒子は、つい最近苗字名前が遭遇したということで話題に上がっていた その人物を思い出す。正直なところ、黒子テツヤは名前の読み通り、今のキセキの世代と苗字名前を遭遇させたくはないと考えていた。
『勝つことが全て』
いつの日からか生まれた帝光中学の唯一無二の基本理念である。そのために必要だったのはチームワークなどではなく、ただ『キセキの世代』が圧倒的個人技を行使するだけのバスケット。それが最強だった。けれど、苗字名前がいた時の『彼ら』はまだ そうじゃなかった。純粋にバスケットボールが楽しいと思っていた。青峰くんも、他の皆も。そういう楽しい時代だけを知っている名前に今の彼らを見せたくはない。そして多分、彼らも彼女に今の自分を見せたくはないだろう。彼らは皆。そう思ってなどいないというだろうけれど、そんな事はない。綺麗な思い出とともにいなくなった彼女にボクが期待を寄せたように、彼らもまた『苗字名前がいたのなら』と一度は考えたはずだ。黄瀬涼太を除いて。そういう意味では彼女が出会った人が黄瀬涼太で良かったと思うけれど、このタイミングで彼とぶつかる。それは自分たちの着火剤にも消火剤にもなりうる……。
「あーもー……
こんなつもりじゃなかったんだけど…」
「……お久しぶりです」
黒子くんが淡々とした口調で呟いて、それを拾った黄瀬涼太が「ひさしぶり」と返した。黄瀬涼太によって出来たと思われる長蛇の列を眺めて「みてみて、並んでるよ」と黒子テツヤの肩を叩きながら小声で口にした名前に黒子は「苗字さんは忘れているかもしれませんが、彼一応モデルをやっているんですよ」と教えた。一応年頃の女子高生の間では結構有名なのだと以前に黄瀬本人が言っていたから、当然名前も知っているものだとばかり思っていたけれど、そうでもないらしく「だから、モデルか聞かれたんだ……」とよくわからない言葉を呟いていた。
色紙とペンをそれぞれ両手に持って、5分だけ待ってほしいと口にしていたのは聞いていた黒子と名前だけれど、実際に5分前後であの量の列を捌き切ってしまうとは思ってはおらず、一気に人がいなくなったその場所を眺めて「黄瀬涼太ってやばいんだね」「やばいですよ、色々と」という会話が二人の間で密かに行われた。
「いやー、次の相手が誠凛って聞いて 黒子っちが入ったの思い出したんで挨拶に来たんスよ。中学の時、一番仲良しだったしね!」
「フツーでしたけど」
「ヒドッ!!!」
中学二年からバスケを始めるも恵まれた体格とセンスで瞬く間に強豪・帝光でレギュラー入り。他の四人と比べると経験値の浅さはあるが急成長を続けるオールラウンダー。
先輩の後ろに回って、黄瀬涼太の特集を確認した名前は中学二年の頃からバスケットボールをしていると会話をしている黄瀬涼太にようやく納得した。
「中学2年生でバスケットボールを始めたから 黄瀬くんのこと全然知らなかったんだ」
本当に呟くように口にした言葉をその場にいた多くの人間が聞き逃しただろう。それでも、黄瀬涼太と黒子テツヤは聞き逃さなかった。無神経な発言だったわけではない。ただ、黄瀬涼太の地雷だったというだけで。その言葉は他の誰が聞いたとしても、なんてことのない、ながせてしまうような 本当にそれくらいなんてことのない呟きだったのだ。それでも黄瀬涼太にとってだけは地雷で、黒子テツヤはそれを知っていた。黄瀬涼太は苗字名前のことが大嫌いだった。名前の視界に黄瀬涼太は何度か映り込んだことがあった。だから名前も黄瀬涼太が人の感情、特に好意を読み取るのに優れていることを知っていた。けれど、苗字名前から見た黄瀬涼太とはその程度の人間でしかなかった。だって、名前はまもなく終わりを告げる帝光中学をこれ以上知りたくはなかったから。けれど、黄瀬涼太の方は違う。大嫌いだったのだ。心の底から。だからずっと見ていたし、知っていた。だって苗字名前は、青峰大輝が自分より優先する相手で、バスケ部でもないくせに黒子テツヤや桃井さつきと昼食を囲んでいた。
黄瀬涼太が桃井さつきを受け入れられたのは、彼女とウマがあったというのももちろんあるけれど、彼女がバスケットボール部で、青峰大輝の幼なじみで、そして、チームに必要な存在だと知ったからだ。でも苗字名前は違う。チームにもいらない。バスケ部でもない。それなのに、自分の尊敬するキセキの世代と仲が良く、綺麗な思い出とともに消えたせいで、いいイメージのまま綺麗な思い出として卒業するまで皆の中にいた。嫌いだ。この女が。嘘つきのくせに、嘘をつききれない中途半端なやつ。こいつがいなければ、青峰っちともっと長く遊べた。こいつがいなければーーーー。
「っと!?」
途中視界に入ったから受け止められたとはいえ、とんでもないスピードでバスケットボールが手にあたった。
いやこれ、受け止めなかったら
顔面に当たってたやつじゃん……。
「った〜……ちょ…なに!?」
「折角の再開中ワリィな。けどせっかく来てアイサツだけもねーだろ。ちょっと相手してくれよ、イケメン君」
「そんな急に言われても…
あーーー、でもキミさっき…」
ん〜〜。どうしようかな〜〜〜。
随分と交戦的に挑んできた火神大我だったけれど、黄瀬涼太にとっては、正直どうでもいいことだったし、どうでもいい相手だった。なぜならば、いうまでもなく目の前の男は『自分よりも格下』だから。それは確信とかそういうレベルの話じゃあなくて、普遍の事実。それでも黄瀬涼太が目の前の男との
「バスケをしてたら会えるかなあって思うし、どうせなら その時に聞くって決めたの」
ーーーバカなことを言ったからだ。
ミニゲームの様子は少しだけ見た。苗字名前が黒子テツヤのバスケットボールのプレイスタイルを大層お気に入りであったことも思い出した。黒子のことは黄瀬涼太自身も評価しているところだから、実際黒子テツヤがいるから大丈夫、という名前の言葉が理解できないわけではない。
「(でもさあ、違うよね)」
黒子っちのバスケはひとりで努力すりゃあ勝てるなんていう
そこまで考えて改めて黄瀬涼太は火神大我の方を見て、ゆるり、とネクタイを緩めた。
「よし、やろっか!
いいもん
結果だけをいうのであれば、この場にいた皆が想像していたよりも、ずっと早い段階で決着した。それも黄瀬涼太の勝利という形で。
硬直すらした。ミニゲーム、それはつい数分前に行われたもので、そこで火神の見せたフルスピードからの切り返し。その動きと全く同じーーーいや、精度で言うのならば、それ以上の完成度だった。その光景に思わず、名前は鳥肌が立った。自分はバスケットボールに関しては完全な初心者だ。けれど、経験者だったとしても、見てすぐのものを完璧に模倣することなんて出来るはずもない。常人ならば絶対に無理。そういうレベルのものをひとりひとりが持ってしまったから故に彼らは『キセキの世代』と呼ばれるのだ。
インターネットや動画を見て、断片的に知っていた情報だけではわからなかった凄さが確かにあった。そして同時に黄瀬涼太の言葉の意味も理解した。
「苗字さんが どんだけオレらのバスケを知ってんのかは 正直わかんねえスけど。相当ギャンブルの要素が強いスよ、実際」
あの言葉、最初は自分の事が好きではない黄瀬涼太が口にした言葉だと思っていた。けれど、いまならわかる。それは違う。黄瀬涼太が本心から『黒子テツヤという存在がいたとしても勝てない』と思ったから出てきた発言なのだ。しかも誠凛高校は東京。黄瀬涼太の言葉が真実であるのだとするならば、東京には『青峰大輝』と『緑間真太郎』がいる。
そして黄瀬涼太は「自分はキセキの世代の中でも下っ端」と自ら口にしていた。それはつまり、青峰大輝と緑間真太郎が目の前の黄瀬涼太という化け物よりも上だということを指す。それは技術的な問題なのか、持っているバスケットボールのプレイスタイルの問題なのか。その両方なのか。現実味がなさすぎて、まだ実物を見てみないことには全くその強さが理解できない。
「ん〜〜…これは…ちょっとな〜。
こんな拍子抜けじゃ、
やっぱ、挨拶だけじゃ帰れないスわ」
まあわかっていたことではあったけれど。
心の中で毒吐きながら黄瀬涼太は態々わかりやすく落胆したように頭を掻いて、黒子テツヤの方に顔を向けていう。
「やっぱ 黒子っちください。
黄瀬涼太は苗字名前の表情を盗み見た。正直にいうのならば、顔色が悪くなっていく苗字名前の表情を見るのも、火神大我という苗字名前の期待の星を瞬殺してやったという事実も黄瀬の気分を上げてくれる。
あーーー、でも、そういえば 黒子っちは人の『
「マジな話、黒子っちのことは尊敬してるんスよ。こんなとこじゃ宝の持ち腐れだって」
「……そんな風に言ってもらえるのは光栄です。丁重にお断りさせて頂きます」
「文脈おかしくねえ!? そもそもらしくねっスよ! 勝つことが全てだったじゃん! なんでもっと強いトコ行かないの?」
それは帝光中学の基本理念だった筈だ。
『勝つことが全て』。確かに最初はもっとこう違う感じだったかもしれないけれど、それでも、オレ達はそうやって勝ってきた。負けなかった。だとしたら、その考え方は絶対に正しい。それなのにーーーーー
「
『キセキの世代』を倒すと。
黄瀬涼太の頭の中には当たり前のように『苗字名前のせい』という言葉がよぎった。けれど、それが違うということくらいは黄瀬涼太にもわかる。大なり小なり、それが理由となった部分はあるかもしれないけれど、黒子テツヤは基本的に良くも悪くも人に流される人じゃない。流されることが万が一あったとしても、それは黒子テツヤが納得して、理解した結果生まれた結論で苗字名前のせいだと100%言えるわけじゃない。
「(ーーーけどさ、黒子っち)」
オレ達の基本理念は『勝つことが全て』。あの時ってのがいつなのかってことはオレにはわからないけれど、それは確かに帝光中学ーーーというよりも、オレ達の中にあった考え方だった。でも、キセキの世代を倒すって……。アンタはそんな真顔で冗談を言う人じゃなかったじゃん。だとしたら、本気ってコト? いやいや無理でしょ。それは無理。例えば、オレを万が一……億が一にもこのメンバーで倒せたとしても、それが青峰っちや緑間っちに通用するような奇跡は起こらない。まあ、正確には無理ではないのかもしれないけれど、それはあくまでもメンバーに恵まれてた場合だけっしょ?
本気でオレ達を倒すなんて事を考えているのなら、そう思っているのなら、もっと強いところに行くべきだった。苗字さんになんか合わせずに、もっともっと強い学校に行けば良かったのに。らしくない。らしくないよ、黒子っち。だってアンタ、無謀な事は良くしていたけど、『無茶』な事はしないし、言わなかったじゃん。
「らしくねースよ。そんな冗談言うなんて」
「冗談が苦手なのは変わってません」
『本気です』
黒子テツヤが黄瀬涼太を表情一つ変えずに見据えた。その様子を見て、これ以上何か言っても無駄だと言うことを黄瀬涼太の方も悟って顔を歪める。
「(……ぶっちゃけ言うと)」
海常に来てくれないのは想定内だった。
でも、苗字名前と同じ高校なのも、キセキの世代を倒すとか言うのも予想外。黒子っちのプレイスタイル的に帝光のやり方はぶっちゃけ合わないかもなーとかたまに思うこともあったけど、自分のことで精一杯だったし、興味もないから考えてなかったけど、そう言うのも考えると、まーーー、確かに予想外とはいえないことではないってことになるんスかねー。男にフラれるとか……。
「どこかで お会いしたことありますか?」
…………あーーーーあ。
でもさ、黒子っち。知らないっしょ。
オレだって考えたことくらいあるんスよ。