
命を賭けるなら
「こんな所まで来て大丈夫だろうか」
「平気平気!! アンタがいるじゃないっ!」
「……わかった。頑張る」
元々、名前は占い師としてな相当珍しいタイプの人間だった。『 占い 』その単語だけを聞いたのであれば、多くの人間そして海賊がまず思うことは恐らく『 こいつは戦闘タイプではない 』という完全な偏見である。しかし、ジャヤの猿山連合軍において 名前は暗殺を主として活動をして来た占い師である。それ故に、こういう類の頼まれ事は全く苦にはならなかった。苦にならない。実際には、それは少しだけ違う。苦にならないというよりも、どちらかといえば今は名前自身もエネルギーが溜まる一方で正直なところ発散方法に困っていた。
いまの名前レベルのクラスの能力者は恐らく、世界単位でみればゴロゴロいるのだろうけれど、こんなところで全てを解放しても大丈夫なほど彼女は弱くなかったし、能力自体にも少なからず問題があったのだ。だからこそ、遠慮なくぶつけられる個体が現れてくれるというのならば、それはそれで 少なくとも、名前にとっては良いことであった。
「ーーーー見て!!」
「?」
「……でっっ…かい…………コレ何?? 地面があるわ。何? この木の大きさ…樹齢何年の木なの、これ全部。てっぺん見えないわ」
ナミの乗っていたウェイバーの停止した少し後ろに着地した名前もまたナミ同様に目の前にある大きな木を見上げて、目を丸くする。こんなにも大きな木が付近に辿り着くまで、見えなかったということは、コニス等のいた『 エンジェルビーチ 』からは それなりに離れた場所にあるのだろう。そのように思考していた名前がナミの方へと顔をむけたのは、ナミが名前の方に顔を向けたのと殆ど同じタイミングであった。あのいかにも『 平和 』ですという雰囲気のエンジェルビーチとは対照的な嫌な音にナミが名前に戻ろうと提案した時のことだ。
けたたましい音と共にすぐ近くの地の上へ男が転がった。ナミが突然の事に理解が追いついていないその隣で、ここまでのパフォーマンスを目の前で披露されたのはいつぶりだろうかという考えが先ず先行してしまうほどに、ジャヤというぬるすぎる環境を経て平和ボケしていた名前の頭の回転は鈍くなっていた。
「ーーーナミ、助ける?」
「え!?」
名前は一瞬考えこんだ後、ナミの方に顔を向けて首をかしげた。名前の大きな瞳がただ自分の答えを待っているのが分かった。純粋な疑問なのだ。彼女にとって、この質問は。実際にそれはジャヤでの経験を経て、仲間とは何たるかを考えたうえで出てきた疑問であったが、ナミがその問いに答えるよりも前に巨大な柱のような稲妻が男を突き刺した。
最早それは突き刺すというには、あまりにも暴力的で圧倒的であったが、そのたった一度の攻撃が名前に自らに集まるエネルギーの理由を教えてくれた。地面に落ちた雷が地面を通電しながら名前の元へと流れていく。時にはバチバチと音を鳴らしながら名前の元へと集まったそれにナミも驚いて目を見開くが、どこからか感じる人の気配に名前がナミの名を呼んだ。この場に落ちた雷の威力の減少に誰かが気づいたら面倒なことになる。怪しまれたらいけない。見つかってしまうのも結果的に面倒な事態へと展開しそうだからだめだろう。名前はナミに、とにかく この場を離れるように指示を出した。
「次の '' 不法入国者 '' がすでにこの国に侵入している。
物陰で息を潜め、心臓の鼓動が耳に響くのを感じながら、交わされる会話に耳を傾けていた。こんなことをするような奴らからの会話なのだから碌な内容は聞けないだろうとは予測していたが『 青海人8人 』という単語にナミの表情には分かりやすく緊張が漂う。そうして、示し合わせたように名前とナミが顔を見合わせる。それは十中八九、自分達の事だったからである。人数的にも間違いなく、確実に。
…………しかし、これは参ったな。
名前は先程の雷の威力によって形を変えた一本の大木を盗み見る。当然、どこからの攻撃だったのかにもよるだろうけれど、近距離からの攻撃ではないことだけは確実だった。なにしろ、気配がない。つまりそれは、名前の感じることのできるテリトリーの外からの攻撃であるということ。かつての自分ならばまだしも、ジャヤで暫く実戦と呼べる戦闘から離れていた自分では、あの雷を落とした人物に勝ち目がないことは名前が一番よくわかっている。相性は悪くない。ただ、ぬるま湯につかっていた時間があまりにも長いのだ。
「早く皆に知らせないと、アイツら奴らの仲間に手を出しかねないわ!! 急ぎましょう!」
「…………わかった」
「それにしてもあの人が払わなくても良いって言ったくせにどう言う事よ!! 腹立つわね!」
ぷりぷりと怒っているナミに名前はなんて声をかけたら良いのかがわからなかった。名前にとって人との関わりは最低限かつ最小限であったし、本当にあの猿山連合軍ほどにズケズケとプライベートに踏み込んでくるような人間でない限り、本当に名前という少女との関わりは まず持てない。
別に困ったような顔をしていた訳ではなかった。ただただ、ナミを見つめていただけだ。しかし、彼女は名前とは対照的に、空気は読める人間だったし、コミュニケーション能力だってそれはもう恐ろしく高い。だからこそ、名前がいまどういうつもりで自分の表情を見ているのかがわかった。きっと、想像力の高いウソップであればもっと早くわかり、フォローをいれていただろうけれど、そこはまあイライラしていたからということで。ナミはひとりで言い訳をしてから名前に「気を使わせた? ごめんごめん!」と笑顔をつくってみせた。一体全体何に対しての『 ごめん 』なのかなんて名前にはわかるはずもなかったけれど、きっと優しい人なのだろうことだけはわかる。果たして気を遣わせたのがどちらなのかは疑問であるが、名前もナミの笑顔に応えるように首を縦に振った。
「名前は私達と来る前はずっと猿山連合軍にいたの? あっ、でも占い師の評判って結構前から出ていたから そんなことはないのか」
「政府にいた事がある」
「へえ〜〜、最強の占い師ってのも意外と大変なのね……政府!!!? なんでまた!?」
「利用価値があったから」
海賊の居場所を正確にあぶり出し、そしてたったひとりで場を制圧する。その実力の高さに多くの海賊が舌を巻き、その道を絶ったとされているが、いまとなっても何故それほどの実力者が政府に従っていたのかは謎のまま。そんな恐ろしい人間が目の前にいるなんてナミはきっとこれっぽっちも思ってはいないのだろうけれど、よくよく考えてみれば、何もかもが一致するのである。嘘見抜きの出現と海賊殺しの失踪が同時期に起きているのだから。
「ナミはどうして海賊になったの」
「なる気なんてなかったわ。あの馬鹿に無理矢理引っ張って来られただけ。でも今は、付いてきたからには命をかける覚悟くらいはあるわ」
「……命、」
名前はナミのその発言に素直に驚いた。何故ならば、今までの態度と考え方から推察するにナミは決して流されやすいタイプではないと分かっていたからである。そもそも。初対面のあの感じが先ず引っかかった。彼女は自己紹介こそしてくれてはいたけれど、あれは歓迎というよりは不信感の方が明らかに強かった。ルフィのように知らない人間も快く受け止めるだけのワクワク海賊団だからこそ、ナミやゾロのような人間は必要不可欠なのだろう。麦わら海賊団はとてもバランスの良い船だ。けれど、初対面の印象が印象なだけにナミの『 命をかける 』という発言の重みが名前にはよくわかるし、そういう人間もまた多く見てきた。
だからこそ。名前は空中を漂いながら猛スピードでバイクを飛ばし、風を切るナミの背中を見つめている。そうして、思う。この人は仲間の為に命をかけることができるのかと。
「見つけた。名前! 飛ばすわよ!!!」
「わかった」
仲間たちの姿が視界に入った その瞬間。スカイピアの乗り物ーーー ウェイバー ーーーの勢いをあげてルフィ達の元へと向かうナミの背中を名前は追いかける。
そしてルフィ達に「ちょっと待って!!」と声を張り上げ、行動を制止を試みる。
「ーーーールフィ!!
その人達に逆らっちゃダメよ!!!」
「逆らうなって オイナミ!! じゃあ800万ベリーの不法入国料払えるのか!?」
「……よかった。まだ罰金で済むのね…800万ベリーって…ーーーー高すぎるわよ!!!」
なるほど、ひとりあたり100万ベリーだから8人だと800万ベリーという理不尽極まりない金額になるのかという結論に着地した名前に対して、ナミはウェイバーを止めることなく直進し、そのままスカイピアの人間を轢き飛ばした。
名前は目の前で展開される光景に、思わず目を瞬かせた。つい数秒前まで彼女は仲間を止める側にいたはずである。それにもかかわらず、恐るべき事態の悪化に努めたその事実に頭の中が混乱に包まれていく。何が起こっているのか理解できず、彼女は手を組んで胸に抱え込むようにして、その様子をじっと見守っている 名前に対して、まあそうなるよなという一部からの視線が突き刺さった。
「ーーーハッ、しまった! 理不尽な多額請求につい…と、とにかく逃げるのよ! その " 神 " ってのに関わるとほんとヤバイのよ! ホントに!! さァ、逃げるわよ! ルフィ!!!」
「待て〜い!! 今のは完全な公務執行妨害。第5級犯罪に値している…! " 神・エネル " の御名においてお前達を " 雲流し " に処す!!」
当然見逃してくれる様子のない彼らから告げられた言葉は『 雲流し 』。逃げ場のない大きな島雲に船ごと乗せられ、骨になるまで空を彷徨い続ける。簡単に言うと地上で言うところの『 死刑 』にあたるらしい。たかが不法入国の応酬としては些かやりすぎているような気がするけれどーーーと、上を見上げた名前は、とんでもないところに来てしまったなと溜息をこぼす。それをまるで合図にしたかのように「引っ捕らえろ!!!」という声が耳に届く。ひとまずは捕まってしまって、一度様子を見ようかとすら思っていた名前とは対照的にホワイトベレー部隊を逆に返り討ちにしてしまう現在の仲間と呼べる存在の彼らに名前は素直に『 馬鹿なのだろうか 』と他人事のように思うも思考が奇跡的な思考へと見事に変換される。
実は馬鹿なのではなくて、単純に決断力のある未来の海賊王の行動なのではないだろうか。そうだとしたら、それは素晴らしい決断力だとすら言える。もちろん、そんなことはビタイチも考えていない行動である。まあ当然処罰は重くなった。
「私達ハメられたんだわ!! あのおばあさん言ってたじゃない!『 通って良い 』って それで通ったら『 不法入国 』!? 詐欺よ、こんなの!」
同調するウソップに対し、ルフィは「まあでもいいじゃねェか。追われるのには慣れてんだしよ」と楽観的に物事を捉えている その後ろで
流石、未来の海賊王。
ーーーと、名前はルフィを眺める。
「追われるのには慣れてるゥ!!? それはアンタだけよ! こっちはさっき危うく殺されるところだったわよ!! ねえ!? 名前!!!」
「アレなら私でも勝てた。平気」
「アンタはホントそういうとこあるわよね…」
「……でも船長さん。この島からは早く引き返すべきだ。私の蓄えてるエネルギーの貯蔵スピードが普通じゃない」
なによりもーーーー。
名前は先程の巨大な雷を思い返して、口元に手をあてた。しかし、先程の話をして無駄に緊張感だけをあげてしまうのはよくないだろうし、必要ならばナミがあの事を説明するだろうと考え、具体的な説明は避けた名前だが、既に自分の発言から船に緊張が走っていることには気がついていない。
「私の中に蓄積されるエネルギーは行動する上でプラマイゼロに変換されるようになっているのだけれど、この場所においては圧倒的にプラス。此処には多分なにかあると、思う」
「…………いや、お前が言うと怖い。
ん? ていうかそもそもどうやって逃げんだ? おれ達青海に帰れるのか!?」
「今となってはもう安全とは言えませんが……青海へ下る道はあります。一度下層の '' 白海 '' へ下りて遥か東ーーー ''
普通に名前の発言にツッコミを入れる事ができるのは単純にウソップのコミュニケーション能力あってのことであったが、チョッパーと名前が仲が良いという例を踏まえるともしかしたらこれは……と考えるものがいた。しかし、2人はなんだかんだで初めましての会話であった。しかし、お互いに自然の流れすぎてーーーというか、状況が状況の為どちらも然程いまの会話を気に留めてはいなかったが、この場においてサンジだけはとんでもなく気にしていた。自分よりもウソップの方が名前と良い関係を築く事ができているように見えたからだ。ナミやロビン。百歩譲って、チョッパーまでなら目を瞑ることは難しくなかった。しかし、ウソップにまで先を越されるのは我慢ならない。あんな美しい美女と何故自分ではなく、ウソップの方が早く距離を縮めているのか。いや、そもそもいつからだ。
沸々と怒りを募らせるサンジにロビンが首を傾げる。当然である。既に名前とウソップは別の方向を向いていて、ロビンの視点から見てみれば、サンジはひとりで何かにイライラしているようにしか見えなかったからである。
「何だよ? どういう事だ!!?」
「 '' あいつら '' からは逃げられないって言いたいんでしょ。でもそれを言うならこの国のどこにいてもも同じよ。とにかく、ここに居たら2人に迷惑をかけるし、居場所がバレてる!! 船を出しましょう」
ご飯を貰いに行くルフィ達の様子を見て、ナミが「ホントに怖いんだからね!? ねえ!?」と例の如く名前に会話を振るけれど、それを後ろから眺めていたゾロは、ソレに振っても意味ねェだろ、と視線を逸らす。だから意外だったのは、名前のその先の反応だけだ。肯定するわけでも否定するわけでもなく、ただ口元に手を当てた名前の様子を見ていたのは恐らくゾロだけだろう。曲がりなりにも目の前の女は『 最強 』と称される占い師。それが今のような反応を見せる理由はナミが言うように『 本当にヤバい 』なにかがある事を示しているのではないか。
ーーーとはいえ。どうせルフィは誰がなんと言おうと説得なんて出来やしないだろうからいくしかないのだが。
「とう!!!」
すとんと船に見事に着地した名前に目を輝かせたチョッパーが「おれもできるぞ!」と。
勢いよく雲を蹴って、手摺にぶら下がって、なんとか船に上がろうとする様子を見て、名前はチョッパーを抱き上げた。「お、おれもあがれたぞ!」チョッパーの言葉に名前は首を縦に振って「見ていたから知っている」と笑顔で応える その光景に相変わらず微笑ましい2人だなと側にいたロビンも口元に孤を描いた。
「占い師さんとトナカイさんは仲良しね」
「名前は優しいからな!」
「私もお医者さんは優しいから好き」
チョッパーを膝に乗せてルフィ達を待っている名前の姿を見つけたナミは その光景を不満そうに眺めていた。
私も仲良くなったつもりだったのに。腰に手を当てて溜息をこぼすナミの姿にゾロはもう切り替えたのかコイツ、とそう言う表情を浮かべたけれど、それが前にいるナミの視界に入ることはなかった。
「名前は溜めたエネルギーで空が飛べるって言ってたけど、他には何が出来るんだ?」
「私もこの力を持て余しているから わからないけれど、多少の外傷なら直せる」
「おれは外傷は治せないけど、病気は治すぞ!!名前も何かあったらおれが助ける。仲間だからな!」
「……ありがとう」
その時、船が大きく揺れた。そして、船員たちの意思を無視して動き出す。後ろ向きに。何事かと確認すると大きなエビに運ばれている。
船は森の中の祭壇の前で降ろされた。恐らく任務を終えたのだろうエビは姿を消した。しかし、サメはまだいなくなっていない為、迂闊に泳いで逃げるという手も使えないのである。
「この島には神がいるんだろ。
ちょっと会って来る」
ロロノア・ゾロの発言した言葉が不意に耳に飛び込んできた瞬間に名前は思わず顔を上げた。その言葉は、名前がここまで船に揺られながら、ずっと思っていたものであった。
恐らくここから帰る為には その『 神 』に話を付けるというのが、手段として最も早い。それはこれまでのやり取りを見てきたうえでの確信であった。それでもダメなのならば殺してしまえばいいーーーと、まあ普通に普通じゃない事を考えていた。
「やめなさいったら!! あんな恐ろしい奴に会ってどうすんのよ!!!」
「……さァな。ソイツの態度次第だ」
「私も行こう。多分此処を出る最短ルートはソイツを倒す事だと思う。どうせ船長さん達もいないんだから時間潰しにもなる」
「……名前もゾロも神様より偉そうだ」
目の前の2人は本気である。ナミは眉間にしわを集める。名前はともかく。少なくともゾロの方は今日までの付き合いで本気か冗談かくらいはよくわかっているし、冗談をこの空気の中でいうような人間ではないことくらいよく理解していた。だからこそナミは追撃した。『神は怒らせてはいけない』と。しかし、自分のその言葉にゾロは「神に祈ったことはないし、信じてもいない」と、鼻で笑う。冗談じゃない。もしも。万が一。その '' 神 '' にアンタが目をつけられたりしたら、こっちも巻き添えをくらうことになるじゃない。100%の自信があったとしても本来ならそんな無鉄砲なことはやるべきじゃないってのに……。
ナミは目の前の男の言葉にもはや反抗したところで無駄であるという事を確信し、手を合わせ、私はコイツとは何の関係もありません、と祈りを捧げた。
「……あのツルがつかえそうだな」
「あ…ホントいい考え」
そのうちにニコ・ロビンまでもがロロノア・ゾロと共に同行しようというのだからナミは正気の沙汰ではないと必死に考えを改めるように説得を試みたが意見を変えたのはナミの方であった。
どうやらロビンの方がナミの扱い方を心得ているようで「宝石の欠片でも見つけてきたら、この船の助けになるかしら」というたった一言でナミの意見をころりと一変させたのである。見事な手腕である。素直に感心せざる得ない。実際、空島には黄金が眠ると言われているし、それは恐らく正しい。ゆえに、それ以外の何かが眠っている可能性も当然ある。空島はこれまでずっと、幻とされていた。いつからか、本当に存在するかも疑われるレベルの、だ。つまり、古代の。それも相当に貴重な何かが発見されてもおかしくはない。そこを上手いこと刺激したのか。名前は視線をニコ・ロビンに動かして口元に手をあてる。今後の参考になりそうである。
「全員が行くとなると、お医者さんは1人になってしまうけれど、そこはいいの?」
「平気平気! チョッパー船頼んだわよ!!」
「おう! …ってェエエ!!? お前ら、俺をこの危険な場所に1人にするのか!?」
「大丈夫よ。すぐに戻ってくるから」
問題ないとそれはそれはいい笑顔で笑うナミに名前は思わず目を丸めて、少しだけ視線を漂わせる。そうして、その視線は自然な動きで自分のすぐ近くにいる小さなトナカイへ向かった。自分の隣には、少しうつむき加減のトナカイが自分を伺うようにして顔を上げた。その口から言葉が発せられることはなかったが脳内には『 行くのか? 』という言葉が響いた。名前は自分の意思を聞くこともしないで、我先にとツルを使って向こう側に行ってしまったゾロを見つめて、ふう、と。息をついた。
この2人は自分が残ることを勘定にいれているな。名前は、チョッパーの目線に合わせるようにしてしゃがむと「私は残ろう」と告げて、ナミとロビンを見上げて言う。その言葉に満足げにうなずいたナミが名前に親指を立てて、2人はゾロに続くようにして船から降りて行った。
「名前!よがっだァア!!
ありがどうウ〜〜!!」
「お医者さんは私が守るから大丈夫」
名前はメインマストを見つめて、頬杖をついていた。あの " 空の騎士 " を、名乗る男の助けを借りることができるというあの笛を首にかけたチョッパーは生贄の祭壇の方へと向かっていったが、名前は そこへ付き添うわけでもなく、船に止まっていた。役割が船番であったことが最たる理由であったが、それ以外にも思うところがいくつもあったからである。
ふむ。考え込むようにして手に頬を押し付けた名前の元に、例の笛の音が届く。皮肉なものである。その " 空の騎士 " を呼ぶためのアイテムが、自分に危険を知らせることの役にも立つなんて。
「何だ 生贄は2人いたのか?」
空島に生息する珍奇な鳥類で、誇り高い種族であると名高い『 三丈鳥 』は、その立派な嘴から火をふいて、船を燃やしにかかった。そうして、そのあまりにも突然で一方的なその光景に名前も状況を受け入れられないでいた。目の前に広がる光景が信じられず、頬からゆっくりと手を離して、そうして目を丸めている。そんな時。やめてくれと、チョッパーが目に涙を溜めていうのだ。
その瞬間。場の空気が変わる。この空気はなんだ。侵入者ーーーシュラーーーは、先程までとはまるで別人の目の前の少女に目を向ける。だが、空気が変わったからなんだというのか。自分がここにいる誰よりも優れている事実が揺らぐことはない。シュラは左手でゴーグルを額までずらして、首を傾げる。
「ーーー仲間は襲うなと言う…船は襲うなと言う…己は死にたくねェと言う。困ったな……!!! あァ、我儘な畜生だ。実に腹立たしい」
そんなに生きたきゃなぜ弱いっ!!!!
敵の兵士が勢いよく槍を振り上げ、鋭い刃先がチョッパーに迫る。その瞬間のことである。視界の端で捉えていた女の姿が消えた。そんなまさか。シュラは一瞬の動揺の後に気持ちを立て直して、その刃を押し込むようにしてチョッパーに向けて押し込んだ。……きらきらきら。その粒子はシュラの目の前で幻想的にゆらりゆらりと鱗粉のように舞う。まるで時間がゆっくりと流れるように感じられた その一瞬の後。鱗粉からは白い手が伸び、シュラの首を思い切り鷲掴みにし、そして空いている左の手の指先が槍の穂先に触れ、勢いを殺し、軌道をずらすのだ。達人技、なんてレベルじゃあない。これはド素人に真似できるものなどではまるでない。
シュラは咄嗟に両手で槍を掴みなおして、ぐるりと槍を回して、首から女の手を引き離した。そしてその流れのままに槍を女に向かって突き立てた。金属同士がぶつかり合うような音が戦場に響き渡り、その音は周囲の騒音を一瞬忘れさせたが、正直なところ内心穏やかではない。
「……コイツは骨が折れそうだな」
女に掴まれていた首元を素手で撫でる。ヒリヒリするとは思っていたが。これはどういう原理だ……?
「 ( …………あの一瞬で、
俺の首を焼きやがった ) 」
ふん、と。鼻を鳴らして、首の後ろに手を置いたシュラの額には嫌な汗が滲んでいる。もう2度と目の前の人間にナメてかかってはならない。そう 判断の誤りを認めざるを得ない。コイツは餓鬼でも女でもねェ……。
…………殺しに、なれてやがる。
「お前達ここが… '' 生け贄の祭壇 '' だと知っていたか……?」
「あ…ああ!! そんな事 言ってた……」
「そうだ。お前達の仲間の
長い説明の間、名前は相手の武器を見定める。そして対抗出来る程度に身体にエネルギーを纏わせる。
会話自体は良い方向に流れているが、此処へ来たということは返してはくれない冷静な判断の結果の結果である。会話の内容も要約するのならば、ルフィ達がここに辿り着きさえすれば自分達は助かる。本来ならば。ただ、お前たちは例外のため死んで償え、とこういうことだろう。
「誰かが逃げた罪は、誰かが死んで詫びろ。 '' 犠牲 '' という名のこの世の真理だ。また帰ってくるとなれば尚の事…己の過ちをより深く知る為にお前らの命を '' 神 '' に差し出せ!!!」
狙いはチョッパー。2対1の利を潰そうという考え方は正しいーーーが、それをみすみす見逃してやる程、名前は優しくなかった。
槍の先端を手のひらで掴んで、それから思い切り拳に力を入れて、メラメラと手のひらを焼き尽くそうと燃え上がる炎を閉じ込める。
「……おまえは殺そう。今直ぐに」
「言うな、小娘」
本来であれば、あの人間もどきーーー チョッパー ーーーに刺さっていた筈の自らの槍を受け止めただけではなく、その穂から放たれる炎をたかだか素手で抑え込み、無力化した目の前の人間にシュラは目を細くした後、一度一定の距離を確保して体制を整える。そうして、一息ついてから右手で両目を覆って、やれやれという様子で呟いた。「能力者か」と。シュラは槍を高く掲げた。目の前の人間は、なんらかの『 悪魔の実 』の能力者。それを先の戦闘のひとつひとつが証明している。遊んでいたら、殺されるのはこっちか。
瞬間。鋭く尖った穂が炎に包まれ、赤い光を放つ。穂をゆらゆらと力強い炎が取り囲み、まるで生きているかのように跳ね回っている。
「なんの実を食したのかは問わん。能力者だというのなら海に落とせば勝ち目はあるまい」
炎の揺らぎが彼の意志を示すようにして揺らめいた。その言葉に少女は「そう」と呟いて、上を見上げた。
そうして、目の前の女の背にソレを見つけた瞬間。シュラの瞳には驚愕の色が色濃く表れる。けれども、すぐに気持ちを持ち直す。考えてみれば当たり前の話。能力者が自分の欠点への対策をしていないはずがない。シュラは目の前の人間の背に形成されていく、金色の大きな翼に拳を強く握り直した。海に落とせば自分の勝利だが、果たしてアレを落とせるのか。
「お前は '' 誰かが逃げた罪は誰かが詫びろ '' と、言っていた。それならお前は、私達に手を出した事を死んで詫びるべきだ」
周囲の空気が変わり、光が閃く。シュラが状況を理解するよりも前に何が起こったのか理解するよりも前に、名前がいう「私には悪魔のみの能力以外に、もうひとつ得意としていることがある」と。ハッタリだ。シュラは強い瞳をもって、名前を見上げた。そんなことあるはずがない。悪魔の実は人間離れした能力と引き換えに海賊にとっては致命的な『 カナヅチ 』の業を背負う。それと同等の何かがまだある? そんなことはあり得ない。
彼女の周りの光の粒子が散り、ひとつ、またひとつと、小さな長方形に変化していく。そのうち、その形が明確化していき、幻想的なデザインの装飾の施されたカードに変わる。一体何枚あるのか。あれら全てにひとつひとつなんらかの攻撃の術式が組まれているのか。それともブラフか。いや、ここまでやっておいてブラフという可能性は限りなく低い。
「私は
名前の金色の瞳と視線が絡み合ったとき、シュラは時間が制止したかのような感覚に襲われた。鎖を引きずるような音が脳に直接響き渡る。そんな中で可視化されていく金色の鎖にシュラは息をのんで、後方にいる人間もどきに視線を移す。この光景が見えていないような。そういう表情にこの能力の概要が見えてくる。対象者への契約の類の能力である。しかし、そうだとするのならば、いつ自分は目の前の女と契約を結んだのか。まさか、強制的に契約を交わすことができるのか? いや、そんな無制限且つ限界のない力が存在しているはずがない。
ぐるぐると自分と名前を結んだ鎖がシュラの身体を締め付ける中で名前は一枚のカードを手に取って「人の運命を '' 捻じ曲げることができる '' から」と、死神のカードを手にして、シュラを嗤った。
「私の友達に手を出したのだから、
相応の責任の取り方があると思わない?」
シュラはこの時、久しく全身の毛が逆立つ恐怖を感じていた。額からは冷たい汗が流れるのを感じながら、その長方形のカードから目を離すことができなかった。何か不吉なものを予感するように、心の奥底から「逃げたい」という本能が叫び続ける。そして、その恐怖が最大限に肥大化した時。大きな鎌がシュラの首を落とした。その瞬間。引き戻されたように意識が引き戻された。そうして、地上に足を付けている思わず名前の姿に戦慄した。
どこからが、
シュラは落ちたはずの首に無意識に手を伸ばして、息をつく。焼かれたところまでが現実であったことまでは間違いないようで、首をふれたてには赤黒い血液と焼け焦げた皮膚の一部が付着している。ただ、すべてが嘘だったとは思えないあまりにもリアリティの高い幻術だった。いや、実際に先ほどまで起きていたことなのか。シュラはもう完全に吞まれていた。
「……相手の運命を決められるとは…随分と大きく出たじゃねェか…。どこまでがマジなのか教えてくれよ、占い師」
「
半強制的な契約。シュラは名前の能力をそのように分析していたが、実際には演出的な意味合いでの精神掌握は可能だが、運命を本当の意味で決定づけるためには条件がある。タロットを相手に触れさせる事。たいしたことではない。この程度の相手ならば。けれど、上位の実力者になればなるほど、その行動スラ簡単なようで難しい内容となる。あのカードは、あくまでも死期を無理やり短縮させるだけのもの。今回の場合は、この力を使わなくても勝てない相手ではない為、無理には使う必要はない。
けれど、今後仲間を守っていくためには、前のように日常的につかいこなしている必要がある。
「ーーーよそ見してていいのか? お嬢さん」
シュラは余裕な顔の名前を見た瞬間から全力の攻撃を繰り出せる様に準備をしていた。少なくとも。これを喰らえば、その余裕な面もくずれるだろうと思っていた為、目の前の人間が自分を格下だと確信づけたあの瞬間から準備をしていたのだ。最初は遊んでやるつもりだった。それが気が付けば、殺し合いの勝負になっていた。あろうことかこちら側が『 狩られる側 』の、だ。
シュラは燃える槍と共にチョッパーをめがけて飛び込んだ。穂は炎と共に光り輝き、放たれた炎が揺らめくたび、空気が悲鳴を上げて散っていく。その様子を見つめて、名前の表情が変わるのを見つめて、シュラは口元を吊り上げる。
「ウワァアアア!!!!」
「……おまえ…ッ!」
哀れな人間だと素直にそう思う。これだけの実力がありながら目の前の女はこんな便りのない人間もどきの為にその命を懸けるのだから。チョッパーの目の前に立ちはだかる名前の姿にシュラは「見事」と一言こぼして、名前の腹に槍を突き刺した。炎の伴った一撃が、女の肉体に風穴を開けたのを確認して、シュラは自分の側に倒れてきた名前を片手で支えて、地面に寝かせた。あっけない結末である。視界がぼんやりと定まらない中で名前はシュラを見上げて「意外と、紳士的、なのね」と、切れ切れに言葉を送って、懐に忍ばせていたタロットカードをシュラにむけて放った。いまのこの体の損傷率を考えるのならば、そこから生まれる威力は大したことはなく、シュラでも2本指でつかめる程度の者であったが、掴んだ指を焼くように、ジュ、と音を立てて消えたカードを見つめてシュラは再度名前に視線を落とした。
チョッパーの悲痛な叫び声と『ピィィイイイイ〜〜〜!!!!』とやかましく鳴り響く笛の音を背にシュラは船の床に大量の血液をまき散らしている女の生命力に感心する。
「お前の相手は…まだ、私だ……ッ!!!!」
「……ほう、まだ言うか。小娘」
なぜそうまでして死に急ぐのか。シュラは少女の美しい瞳を見つめて思う。腹には風穴を開けてやった。もう余命いくばくもない その儚い命を一秒でも長く堪能しようと何故思わないのか。シュラはゆっくりと槍を持ち上げて女の腹の前で再度構える。敬意を表して、せめて一撃で楽にしてやろうという優しさである。穴は開けたが炎で傷口が焼かれ血が流れるのを最小限にしている この状況こそ延命の手助けをしているのだ。ゆえに、ここをつけば終わりだ。そうして振り上げた槍を押し返すようにして、その傷口からは無数の光が飛び出した。
シュラがそれは攻撃であると気づいたのは、その攻撃により腕を貫かれたときであった。直径3cmほどの小さな風穴がシュラの腕に刻み付けられたとき、シュラは目の前の女の異常性を理解した。
「( 自らの意思で、
傷口を広げやがった……! )」
シュラはいよいよこの目の前の異常者に青筋を立てて、そうして今一度槍を振り上げる。同情などするからこうなる。情けなどかけてやろうとするから、そこを突かれるのだ。ああ、なんと腹立たしい小娘か。
「ーーー摩訶不思議 '' 紐の試練 '' ……!!!
「お前も、わたしを侮るなよ、神官……
私は、お前より場数をこなしてきた。
……私が死ぬのなら、当然…おまえも死ね」
「名前〜〜ッ!!!!!!」
次の瞬間、シュラは全力で槍を名前に向かって突き刺した。その勢いを表すように衝撃波が周囲に広がり、爆発的なエネルギーが解き放たれる。突き刺さった傷口から炎が燃え上がり、耳をつんざくような轟音が響き渡る。爆発は華麗でありながらも、恐ろしい爆発力を秘めていた。チョッパーは口を軽く開いたまま、目を見開いてその光景がスローモーションで流れていくのを目で追いかけた。一方的だったのだ。
自分が、狙われるまでは確実に優勢だった。
それなのに。それなのに。
「……アァ、惜しい。実に腹立たしき小娘。底なしの川ならばまだ希望はあっただろうが……残念、この川には其処がある。敵ながらアッパレだったぞ、小娘。我を相手によく奮闘した」
これで本当に終わりだ。シュラは名前の血に濡れた長い髪の毛を雑につかんだのちに、無理矢理に地面に立たせて、空の海へと名前を投げ捨てた。蜘蛛の水面でかるく水しぶきが上がり、包まれるようにして沈んでいく名前の姿にチョッパーが追いかけるようにして海の中へと身を投げた。
そうして、その後を続くようにして何かが追いかけるさまを見つめて、シュラは目を丸くして笑みを浮かべるのである。