身体中をめぐる燃えるような熱さに目を開いた名前の視界に飛び込んできたのは、『空の騎士』ガン・フォールとすすり泣くトニートニー・チョッパーの姿であった。

 ガン・フォールは目を開いた名前の姿を見つめて「無茶苦茶な身体をしているようだな」と、声をかけた。憐れむようなその表情に「生きるための身体だ」と返した名前にガン・フォールは再度顔を顰めた。腹に空いているあれだけ大きな風穴がもうほとんどふさがっていた。まさしく。文字通り、生きるための身体なのだろう事実をこのくらいの年の子供に平気で言わせるその事実が恐ろしく残酷である。一体どのような環境で生きてきたのか。考えるだけでも、頭が痛くなった。




「無事でよがっだァア〜〜!!! 名前! おれ、お前が死んだらどうしようかと思って、ありがどゔゥ、おれもっと強くなって今度はお前を守るがらァア!」




 衣服から髪の毛に至るまで、あらゆる場所に血液を付着させた身体を見つめて水浴びをしなければならないかと思考する名前とは対照的にチョッパーはしがみつくように名前を抱きしめながら、ほろほろと涙で名前にかけられた布団を濡らしていた。抱えていたエネルギー残がかなり減っていることからも自分の傷の具合がどの程度のものだったのかが理解できたが、それと同時に自分の実力がどのくらいのものなのかも理解する。あの程度も一人では倒せなくなっているということだ。

 全盛期から遥かに実力が落ちている。その事実に頬に汗が伝うのを感じる。このままでは、船員を守るどころか、足手まといになりかねない。




「ああァア!!!? 名前ちゅわん!? 何があったんだい!? おいマリモ!!! お前がいながら何やってた!」
「……うるせェ」




 チョッパーの長すぎる滞在に不満を持ったサンジが勢いよく扉を開いた先で名前が目を覚ましている姿を見つけて、そのように物申した。その後すぐに、言い争いを始めたゾロ、サンジを押しのけて、チョッパーに事のいきさつを聞いたナミ達は敵が船を襲ったという内容を聞き驚く。敵襲に驚いたのではない。名前がここまでやられたという事実に驚いたのだ。




「なあ、チョッパー。なんでこの変なおっさんが、また此処にいるんだ?」
「おれ達が海に落ちた時、空の騎士が助けてくれたんだ。お陰でおれも名前も助かった」
「おお! そうか! ありがとな!! おっさん。それより名前、お前大丈夫か? 貫通したんだろ? 腹」




 ルフィのその一言にサンジは目が飛び出すのではないかというほどにかっぴらいた後に、ルフィの頭を思い切り鷲掴みにして沈黙した。そうして名前の姿を上から下まで見つめた後に布団、衣服、髪の毛に付着する血液に白目をむいて泡を吹いた。なん、なん、と。よくわからない単語をボソボソと呟いたサンジをゾロは不審者を見つめるような瞳で見つめて、ルフィは「いでででで」と。サンジの胸板を叩いて、痛みを訴えている。サンジがようやく意識を取り戻したのはナミの「サンジくんちょっと落ち着きなさい」という言葉であった。その言葉により、サンジの意識はゆっくりと浮上して、名前の方に勢いよく視線を向ける。

 その視線には心配と動揺が入り混じり、名前を混乱させる。慣れていないのだ。そういう、心配である、というその表情に。




「カ…カカッ……貫通ゥ!!? おい! マリモ!!! お前がいなかったせいで名前ちゅわんのスベスベなお肌に傷が出来ただろうが! 死んで詫びろ!!! つーかお前が死ね!!!!」
「なんで おれがこの女の為に
 しななきゃいけねェんだ」
「てめェ…」




 そういうことじゃねェだろうが。もっと向けるべき感情があるって話をしてんだよ。サンジは感情に任せて相手の胸ぐらをつかみ、力任せに引き寄せた。その瞬間、緊張が空気に張り詰め、周囲のすべてが静まり返る。そうして、しばらくの沈黙ののち、サンジのその対応に名前は立ち上がり、その手に自分の手のひらをのせて言う。依怙贔屓は好きではない。何よりも、この怪我の責任は自分にあるので、ゾロを責めるのは間違っているだろうと。

 その言葉にゾロは「だ、そうだ」と。悪びれる様子もなくサンジをにらみつけて名前もゆっくりと力の緩められていく拳から手のひらをはなす。




「私の事はどうだっていい。チョッパー……、が、生きていてくれてよかったから……」
「て…天使……」
「それにアレはそのうち死ぬ。
 私はただではやられたりしない」
「アンタたまに物騒よね……」




 ゆらりゆらりと不安定な様子で歩き出した名前にチョッパーはまだ安静にしていないといけないと声をかけたが「水浴び」という簡潔な言葉を残して歩き出した名前にナミの口からも流石にという言葉が発せられた。しかし、名前の「平気」という言葉に口を閉じる。髪の毛から衣服に至るまで、痛々しいほどの血液が付着しているさまを見て言葉を失ったからである。独特な空気が漂う中でチョッパーだけが空の騎士の口から発せられた「無茶苦茶な身体」という単語を思い出していた。生きるための身体。無茶苦茶な身体。いずれもいい意味ではないことくらい自分にだってわかった。退出間際、名前がサンジの方を見つめて、心配してくれてありがとうと告げると、サンジはこれでもかというほどに目を丸くした。その様子を見て、名前は恐ろしく居心地が悪そうに視線を泳がせて「あと、おなかすいた」という言葉と共に逃げるように退出する。この空気の悪さはどうやらここで終わりらしい。

 ウソップは息をついて、完全にノックアウトされてしまっているわが船の料理長を眺めていた。サンジ曰く、彼女は天使らしい。




「ンンンンん♡ 名前ちゅわんのお願いとなれば貴方のコックサンジ、一生懸命作ります♡ ……つー事で、とりあえず森に下りて湖畔にキャンプを張ろう。もしもの時は此処よりいくらか戦いやすいだろ」





 名前が風呂から上がってすぐのところでナミと鉢合わせた。血だらけの服ではかわいそうだと、代わりの衣服を用意してくれたらしい。名前はナミに頭を下げて、与えられたものを身に着けると、そのままナミと共に外へ出た。

 普通に歩きだす名前の姿にチョッパーが慌てて駆け寄って『 絶対安静 』を説いたが、本人の意思がどうにもこうにも固いようで、最終的にはナミがルフィを出動させる事態に発展した。




「そういや お前
 腹貫かれた割には元気そうだな」
「ここはエネルギーが溜まりやすいから回復に回せるエネルギーを全て回した。回してもまだ余裕がある。船長さん、怪我は?」
「おう! ねェ!!!」
「…………それは良かった」




 キャンプ場の一角では、サンジ等がテントを張ったり、焚き火の準備をしており、名前はルフィの背中の上で「こういうの、慣れているの?」と尋ねる。その回答としてルフィは間髪入れずに「海賊だからな」と、とても楽しげに笑った。楽しそうだね。そういって、その光景を背中越しに見つめる名前の表情を見て「お前は楽しくなかったのか?」と、ルフィが首をかしげる。深い意味はない。ただ、少なくとも猿山連合軍に名前は大切にされていたことだけは知っているからこその質問であった。そして、その問いかけに名前は「どうだろうか」と小さな声で呟いて、よくわからない、と返した。

 ルフィは森の見晴らしのいいところで立ち止まって「よくわかんねェけどよ」と名前の方に顔を動かす。




「お前がここを楽しくないっていうなら、その度に おれがお前が楽しいと思える場所をつくってやる」




 自分を支える腕に力がこもったのを感じて、名前は「船長さんは、海賊らしくないね」という答えをもって回答した。

 同時刻、ナミは机の中にしまってある新聞を引っ掻き回していた。思い出したのである。あの顔をどこで見たのか。いつの日かの朝刊だ。アラバスタで色々なことがあったせいですっかり抜け落ちてしまっていたがナミはあの顔をどこかで見ていた。




「( たしかこの辺りに…… )」




 クロコダイルが妙に大切そうに抱えていた古い朝刊。あんな場所で保管されていただけあって、随分と色あせていたあの朝刊でナミは間違いなく名前の顔を見ていた。これだ。その紙面の一面を飾った見出しは【政府の番犬、ついに失踪!?】というもので、あの時はなぜこんなものを大切にしまっているのか理解もできなかったが、今ならばわかる。ナミは新聞に大きく映し出された『 海賊殺し 』の文字とその懸賞金額に顔を引きつらせる。2億8000万円。

 ナミは窓の外でルフィに背負われている名前の姿を見て息をのんだ。海賊殺し。そんなやつを、私たちは本当に信用していいのだろうか。
 









「名前! 安静にしないとダメだぞ!!」
「でも、もう殆ど治ってる……見る?」
「はい♡ 見ます♡」
「アホか!!! 見んでいい!! それに名前はアンタに言ってないわよ!!! ……いや違う!! 名前も見せんでいい!!!」




 ーーーとはいえ、この空気感。なんとも気が抜けること抜けること。ナミは名前の姿を見つめて、考え損だったかしらと手で顔を仰いで、大きな石の上に腰を下ろした。実際、疑っても仕方がないというか。少なくとも今は共通の敵を抱えているからどちらにしても味方というか。難しい問題だわ……。実際、命救われてるしなあ……。

 なによりもあの子の大切に扱われる事に慣れていないような そんな感じの雰囲気は気になる。過去に何かあったのかもしれないけれど、それを聞けるほど仲もよくない。




「それにしても……アンタたち…
 ホンットに仲良いわね〜〜」
「ずりィぞ! チョッパー!!」
「そうだそうだ!!」




 その発言を受けてチョッパーは、嬉しそうな表情を浮かべて「お前らも仲良くすれば良いだろ」と、応えたが、ルフィもウソップも「だってソイツお前から離れねえもん」とずばり名前を指さして意見を述べるのである。

 実際に2人の口から出てきた言葉は
 否定の出来ない事実である。






「にしても、ホンットに懐いたな! お前!!」
「ウソップ……」
「おう! 俺様は狙撃の王であり最強のキャプテンウソップ様だ!! どうだ! 驚いたか!?」
「だからそんなに強そうなんだね」




 これには発言した本人も驚いた。その言葉があまりにも予想外の回答であったからだ。その一言が名前の口から出た気の利いた言葉だとわかっていても、あまりにも真摯に自分の姿をまっすぐにとらえてくるものだから思わず、もしかして、自分は本当に強かったのではとすら錯覚する。

 しかし、その驚きもひそかに聞き耳を立てていたサンジには負けるだろう。気の所為だ気の所為だとは思っていたが、アイツも名前で呼ばれてやがる。男としてのプライドがイラつきを呼び寄せる。なにが『 ウソップ 』だ。鼻へし折ってやろうか。サンジは包丁を固く握りしめてウソップへの殺意を何とか紛らわせる。なんであんな鼻野郎が名前ちゃんに強くてかっこいい〜〜なんて言われてんだ。許せん……。




「貴方は私の知り合いに良く似ている。だから強いことはわかっていた」
「ん? もひかひて、おまへもヤソップのこと、ひってんのか?」
「名前はわからないけど、私は1度だけ占いを覆された事がある。そこにその人がいた。凄く良い人達だったから覚えてる」
「あら、それなら相当の実力者なのね。占い師さんの占いが外れるなんて聞いた事ないもの」




 ロビンの言葉に「光栄だけれど、そんなことはない」と、否定する名前にロビンは謙遜はしなくてもいいと話したが、実際に自分の占いは万能ではないと話した名前の表情を見つめて口をつぐんだ。あらゆる能力は万能ではない。それは至極当然の話だ。

 で、あれば何がすごいのかというと。
 能力ではなく、高い確率で占いを真実にしてきた目の前の少女の実力に他ならない、という意味の誉め言葉だったのだけれど、どうやら伝わらなかったようである。




「だから何かあったら守ってね」
「 エ '' ッ、」




 まさに身から出た錆である。ウソップの頭の中にはその言葉が大きく何度も流れた。そしてまずは自分の発言を後悔した。まず1に、自分は人を守れる程強くない。次に、名前の王子様ポジションを獲得したせいで誰とは言わないが視線が煩い。いまにも包丁が飛ばされてきそうな勢いの殺意がそこには見える。血の涙を流し始めそうな勢いのあの男はなぜそんなにも自分ばかりを問い詰めるのか。ルフィだって名前のことおぶってたりしてたじゃねェか!!!

 しかしまァ……。
 たしかに、笑顔が可愛いのは同意見である。




「いや、いやいやいやいやいや。と、取り敢えず、落ち着けェ…落ち着けェ……落ち着けェエ…!!」
「まず、おめェが落ち着け」




 ナミは名前に「アイツ役に立たないわよ〜〜」と、おかしそうに笑っていたけれど、名前はウソップを信用していた。どこからそれ程までの信頼関係が? と、聞きたいが、まあ黙っておこう。「ウソップは強いと思うよ」という名前の言葉に今度はナミが笑った。ばかばかしい。こんな子を疑うなんてどうかしていたなという気持ちも込めて「そうね」と同調した。

 その傍らでサンジは絶妙に顔を顰めた後にナミと名前の間にするりと割って入り、己の胸に手をあて言葉を紡ぎ始める。初めは名前に語り掛けるようにして紡がれていた言葉が次第に情熱をともした力強い言葉に変わっていく。自分には何ができるのだと過去の実体験をそれとなく脚色して、具体的なエピソードとして語るサンジにナミは呆れたように首を振って名前はその熱量にやや圧倒されながら聞いていた。




「名前ッ!!!」
「ちょっ、ルフィ! 煩いっての!!!」
「おれもお前を守る!!! だから今日みたいな事があっても、絶対死ぬな! 意地で生きろ!! おれが行くまで生きてたらおれがお前を絶ッッ対助けるからな!」




 名前はルフィの意味がわからず困惑していたが、皆はどうやら理解したようであった。それは、ルフィなりの守れなくてごめんであり、生きててくれてありがとう、という意味であると。

 そして、これは '' おれが生きている限りは守ってやる '' という誓いだ。








 翌日、ウソップの船が修復されているという言葉に目を覚ました名前は乗ってきた船まで歩みを進めて「( 本当だ )」と、目を丸めていた。名前は興味深そうに船の隅々まで歩き回り、こんな構造だったのかと感心する。

 ナミはまるで宝探しをしているかのように軽い足取りで船内を歩き回る名前を見つめて、ひらめいたかのように言葉を漏らす。




「名前って、あんな小動物みたいな感じだからチョッパーと気があうんだわ…きっと」
「なるほど、そういう事か……」
「いや、ゾロお前ナミの何に納得した?」




 ナミの発言に大きくうなずいて、納得したゾロに尽かさずウソップがツッコミを入れるが、ゾロもナミも各自脱出準備、冒険準備を開始しているところであり、返答が返ってくることはない。

 また、先程の発言の後にすぐに切り替えられるその様子にウソップは「切り替え早ェな、おい」と、呟いて いまだ船内を探索している名前を見上げた。しかし、実際。そういった準備に全く手を付けていないのは船にいる名前とウソップくらいなものであった。




「名前!! いつまでも見てないで、アンタは私達と一緒に脱出準備するわよ! ほら、アンタもよ! ウソップ!! さっさとする!」
「……わかった。待たせてごめん、ウソップ」
「え、あ、おう? ……おう!!!」




 別に名前を待っていたわけではなかったのだが、ナミは名前に甘い所があるから乗っかっておこうという考えのもの生まれた返事であった。もちろん、名前もウソップに待たせたつもりはなかったが、周りへ迷惑を掛けるとウソップが怒られるかもしれない、という完全贔屓思考が働いた結果の発言である。










「風よし!! 舵よし!!」




 船内は黄金探索組と船番組の2つに分かれ、名前は昨日の怪我が治っていないことを理由として、ナミ、ウソップ、サンジと共に船番を担当することとなった。本音を言うのならば、チョッパーについて行きたいところであったが、怪我を心配してくれる友人の心を無下にすることなどできるはずもなく、名前の方が折れることとなった。




「ん〜〜、巡行は順調だ。しかしノロイなコリャ、おい、航海士! 何とかしろ」
「何ともなりません、キャプテン・ウソップ。
  '' 雲の川ミルキーロード '' は起伏が激しいからダイアル船の動力しか頼れないんだもん」




 名前は、確かにスピードは遅いけれど前に進んでいるのだから問題ないのではと思っている側の人間のためウソップの同意を求める言葉にうなずきはするものの、それ以上のアクションは起こすことをしないで、耳にぶら下げているハートのカタチをした真っ赤なピアスを手で揺らしながら景色を眺めている。

 その様子を見つめて、なんて自由なんだとウソップは名前を指さしていた。




「そうだ、名前。私 チョッパーに薬渡されてたんだった。いい!? アンタはこれ飲んで向こうで安静にしてること!」
「良いじゃねェか。心強いし」
「ウソップは良くわかってる。好き」
「ゴラァア!! 長ッ鼻ァ!!!
 テメェ なに名前さんに媚び売ってんだ!
 蹴り飛ばすぞ!!!」
「もう蹴ってる事に気付いてるか!? お前!!!」




 ウソップは突然サンジにより足で蹴飛ばされ、たたきつけられるような衝撃でじりじりと痛む身体を右手でなでながら勢いよく振り返り、その勢いのまま言葉を返した。

 しかし、その言葉にまるで自分は悪くないという態度で自分を見下ろす目の前の男にウソップは額に青筋を浮かべて「つかお前は名前の呼び方ハッキリさせろ!」と地面を叩きつけて、いらだちをぶつけたが、そんなウソップに対してサンジは「プリンセスの呼び方は おれが決める!」と、言い放ち、髪をかき上げながら唇を尖らせた。






 名前はガン・フォールから語られる空島の歴史を聞きながら静かに目を閉じていた。6年前までは空島の神の役割を担っていたのはガン・フォールであった。そんな冗談のような実に興味深いその話を聞きながら、とんとん、と人差し指で床を叩く。叩いた床からはキラキラと金色の鱗粉のような光が舞っていたが、各々の立ち位置からその光が見えるものは実に限定的であった。名前は話に耳を傾けながら、エネルの実に効率的な支配の在り方に感心する。

 そうして、ピアスを一度外して床に置いた後、ゆっくりと意識を深いところへと沈めた。瞼の裏側に鮮やかな光が広がり、周囲の空間がぼんやりと揺らいだ。次の瞬間。名前の周りに散っていた鱗粉がカードの形に姿を変え、そのままはじけ散った。




「どうした!? 名前ちゃん……!!!」
「…………あの男が死んだようだ」
「どちら様の話!!? 怖ェよ!! なんでお前そういう話真顔でするんだよ! つか今、変な騎士・・・・が大事な話してんだから空気を読め!」
「でも敵が1人減ったって事ねっ! ラッキー」





 呑気な仲間の笑顔に包まれている船上で、突然。何かが危険信号を出した。そうして、背筋を凍らせるような威圧感が自分のまわりをまとわりつくようにして包み込んだ。空気がピリついている。それは精神的な問題ではなく、肌に実感として感じる確信的なものである。何かなんて分かりきっている。今この瞬間さえも、ずっと。いつでも攻撃出来るようにエネルギーを垂れ流しているのだからエネルギーは減る一方の筈だ。それなのにーーー……

 名前は外したピアスと再び耳にぶら下げて、首を動かす。誰もいない。それなのに、強くなるばかりのエネルギーに名前の心臓は鼓動を早めた。現在の神、『エネル』。そいつが、恐らくこの場所を目指して向かってきている。皮膚の上を這うようなびりびりとした冷たい空気が、胸の奥で警告を発した。
 



「ーーー……実に6年ぶりだな。
 先代 '' 神 '' ガン・フォール」
「エネル…!!!」
「何をしに来た!?」
「ただ別れの挨拶を、と思ってね。
 それからーーー……」




 エネルはまずナミと名前の2人を交互に見つめる。目を細め、まずは互いの表情を観察した。次に目が留まったのは、周りの人間の視線の動きであった。多くの人間が自分を見つめる中で、なにか他と違う動きをしているものはいないか。そして、それらを観察する中で思い出すのは『 シュラの発言 』である。気が付いたら、首を焼かれていた。しかし、女は始末してきたという。だが、戦場を確認する限りでは青海人側の人数の減少はあれからなかったはずだ。つまり、それはその人物が何らかの方法で自らの身体の修復を図れるという事を示す。実に面白い。

 愉しそうなエネルとは対照的に名前は拳を強く握る。……やはり、気づかれている。当然だが、自分のエネルギーが吸収されている事にこの長い間気がつかない馬鹿はいない。エネルがここに来たことはその証明であった。




「私の力の威力を落とせる女が どちらか、見定めにきたのだ」




 エネルが探し人への確信を持ったのはサンジが名前の前に立ちふさがったときである。その時、疑惑が確信へと変わった。品定めをするエネルの瞳は刃物のように輝いており、サンジは目の前の男のその気持ちの悪い瞳に顔を顰めた。ああ、腹立たしい。目の前の男の瞳に無性に腹が立つ。そして、追撃するように「これは良い品だ」と、エネルがつぶやいた その言葉にサンジは勢いよく足を振り上げて、目の前の男へと振り下ろした。しかし、エネルはソレを身体をしなやかに使って反応し、見事にゆらりゆらりとかわした後、サンジの額に指を当てる。

 ーーー瞬間。指先から火花が飛び散り、焦げた匂いが立ち込める。全身が真っ黒に焦げて意識を失った男がスローモーションのようにゆっくりと地面に向かって倒れていく姿を見つめて、名前は息をのんだ。焦ると同時に関心すらする。こいつは相手に直接電気を流し込み、威力の減少を防いだのだ。確かにこれなら私にエネルギーを吸収されることはない。




「ヤハハハハ…馬鹿な男だな…
 別に私はお前達に危害を加えにきたわけではないというのに…」
「ぢきしょう!!! こいつ…サンジを…………!! 殺しやがったァ〜〜〜〜!!! サンジ!!!! サンジ〜〜ッ!! くそォ チョッパーがいてくれたら……!!! ……なにも聞こえねェ!! 心臓がピクリとも動かねェ!! おいサンジ〜!!」
「待ってウソップ そっち右!!!」




 ナミの指摘を受けて左側に耳をあて、サンジの心臓が動いているという事実に大袈裟に喜んでみせたウソップの言葉により、仲間たちの間に笑顔が溢れる。しかし、突如。その背後に静かに近づく者がいた。エネルである。

 名前は、その恐ろしく冷たい瞳を見つめて、立ち上がり、ウソップの額に向いた指を右手でぎゅっと掴んだ。




「…………何のつもりだ…女」
「この人に手を出したら、許さない」




 言葉のいい終わりとともに、2人の手から煙が上がるのを見つめたウソップは言葉を失った。そうして、その後。3度にわたって『 ボンッ 』と、なにかが不発したような音を聞いた後にあふれる煙に何が起きているのかを理解する。この瞬間にも攻撃は立て続けに放たれているのだと。確認したのは2度目の攻撃の後の静電気である。ゆらゆらと名前の髪の毛が広がっていったのを眺めていたところ、装備品の金具に手を触れたときに微弱な電気が走ったのである。その時、その考えは確信に至った。

 これ以上続けても無駄であると判断をしたエネルは一度名前から距離をとって、ガン・フォールに対してこの島に訪れた皆が欲してるものは、この島に眠る '' 黄金都市 シャンドラ '' の名残であると告げた後、今度は名前に視線を移して実に良い顔をして口角を上げた。自分の元に置く人材として申し分ない。何故ならば、名前は自分のエネルギーを無駄なく使う事が出来るから。この女をこちら側に引き込めば、自分の元に置く人材として申し分ないどころかお釣りがくるだろう。




「お前達にはコレは扱えない。私が頂こう」
「誰が渡すか!! 名前はおれ達のーーー」




 名前を押しのけて前に出たウソップの姿に名前は、信じられないものを見る目でその姿をとらえた後、反射的にウソップの腕をつかんで、自分のもとへと引き戻した。エネルの手からウソップへとのばされた指先を見つめて、名前は腰に下げたベルトポーチに手を伸ばす。ポーチの中には幾枚かのタロットカードが収められており、名前の指がそれらに触れると、意志を持ったかのように、ひとつひとつのカードが、彼女の手の中で温かさを帯びていく。

 そうして、その中から死神のカードを抜き取って、エネルの人差し指にあてる。この力を連続で使った事はないが、自らのエネルギーを使用した贋作ではなく『本物のカード』を使用するのだ。効果があると信じたい。




「その人に手を出したら許さないと、忠告していたはず……ので、私はお前を許さない」
「貴様…神に逆らうつもりか……」
「私 '' も '' 神を信じたことはないし、祈りを捧げた事だって一度もない。それに、私の方が強い」




 何を根拠に!!? 後方でナミとウソップが目の前の少女の口から出てくる根拠のない自信に目を見開いている中、自信のありそうな…そしてなによりも恐ろしく涼しい顔をしているように見える名前に2人は息をのむ。実際に無茶苦茶なことを言っているようだが、名前はサンジが敗れたエネルの攻撃からウソップを2度も助けている。

 そしてなによりも、彼女は『 海賊殺し 』

 ナミは両手を祈るように握って、名前とエネルを見つめた。数年間猿山連合軍で大人しくしていたとはいえ、実力は間違いない。それを彼女の抱える その異名が証明している。




「貴様ならば、もう解っているだろう…私の能力は '' 雷 '' だ。そして貴様は何故だか私のエネルギーを相殺…いや……吸収出来る。そこで朗報だ。私は100万Vの雷を…3回。3回撃つと約20秒行動が制限される」
「って事は、3回耐えれば……!!」
「勘違いしないで。私には拒否権がある。遊んでもらうのは私じゃなくて、お前だ」
「ヤハハ…面白いことを言うな、女。この状況でお前に拒否権があると本気で思っているのか?」




 確かにエネルのいうように、ここは地形も含めて如何せん場所が恐ろしく悪かった。そもそも空島は自分の得意とするエリアでは断じてない。敵の庭なのだ。

 そんなところでウソップ、ナミ、ガン・フォールを守りながら戦うのはさすがに骨が折れる。けれど、当然向こうはそれすらも狙いなのだ。仲間がいればよけないだろう。そういう声が聞こえてきそうなのがまた腹立たしい。そう。向こうは自分に全エネルギーを受けてもらわなければ面白くない。もらう・・・てい・・で、わざと先程の話をしたのだ。




「お前は神ではない。人間だ。どう足掻けば '' 人間 '' が '' 雷 '' に勝てるというのだ……地上にいたお前なら遠雷くらい見ていよう」




 エネルは100万Vは使わずに、雷を名前の身体に流してどの程度の電力なら容易に吸収するのか観察していた。

 よく観察しろ。
 ダメージはあるか。吸収漏れは。
 全てがこの瞬間の必要情報なのだ。




「人は古来より理解出来ない恐怖を全て '' 神 '' と置き換え怖さから逃げてきた。もはや勝てぬと全人類が諦めた '' 天災 '' そのものが私なのだ」




 名前はエネルの面持ちを見つめた後に、パチン、と指を鳴らす。

 その音を合図にちらちらと名前の身体から細かな光が散らばって、ウソップ等をコーティングするかの様に金色を反射する透明な膜が彼らを覆う。




「『 100万V 』'' 放電 ヴァーリー ''!!!!」




 あの時見た雷よりも勢いの強いものに思わずナミと名前は目を見開いた。まず、エネルが攻撃を仕掛けたのは名前ではなく、後方に控えるナミ達の方であった。まずは膜の防御の高さを確認しようというところだろう。エネルは彼らの反応を愉しむような表情を浮かべて目の前の防壁を見つめた。そうして、攻撃が防御壁に到達すると、バチンバチンと大きな音を立てて、強烈な振動がナミ等の身体を揺さぶる。実に性格の悪い男である。名前は、拳を強く握って壁へ向かうエネルギー量の調整を行う。そうしてその後、出力を変えながら名前の反応を楽しむようにして幾度となく落とされる雷に名前は100Vを3回しか打つことができないというのは出まかせであると確信する。

 通算十数回目の落雷を名前の防御壁が跳ね返した。そうして、跳ね返ったエネルギーがエネルの顔面へ向かって直進していく。その光景にエネルは少しの時間だけ表情に驚愕の色を浮かべていたが、その表情も瞬きをして目を開いたころには余裕の笑みに戻っていた。そうして、自らに向かうエネルギー体をその身をもって受け止めた瞬間、鈍い音が轟き、エネルは膝をついた。その事実にエネルは理解できないという表情を浮かべ、その口からは痛みを堪えるような呻き声が漏れ、次第に強い咳き込みに変わる。体が無意識に前に傾く。そうして、自らの口から赤い血が滴り落ちたとき、エネルは状況を理解して嗤った。




「私の放った攻撃エネルギーを自分の力で上書きしたか」
「お前に打てる限界なんて殆どないと判断した。そして、神を名乗るくらいなのだから雷の最大出力も恐らく今よりも高い。それならどうして嘘をついたのだろうと考えた……その結果、お前も私と同じように考えたからだと結論付けた。私たちは互いが『 敵 』であった場合 '' 相性が悪すぎる・・・・ '' 。私は吸収したエネルギーを自分のエネルギーに変換して上乗せして攻撃が出来る。だからお前は私のキャパオーバーを狙った」

 ーーーその方が確実だから




 名前の言葉はもっともである。
 そして概ね、模範解答であった。

 その通りである。エネルが態々、こんなところまで足を運んできてやったのは目の前の人間の『 容量キャパ 』を測るためであった。目の前の人間はもはや、立っているだけでエネルが放出したエネルギーが集まってくるというバカげた有利を獲得しているのである。そしてそれは、長引けば長引いた分だけ蓄積されていく。それは間違いなく、敵として置いておくのならば今後脅威となる。




「お前は勝てない。
 私がお前の運命を変えたから」
「人間風情に変えられた運命を神である私が変えられないと思うのか…愚かな……だが心配することはない。お前も今にわかる。私が '' 神 '' であると。そしてお前は思う。私には絶対に勝てないと。お前が '' 全人間の中で '' 如何に素晴らしい人間であろうとも、私には勝てない」




 名前はざわつく心とその余裕な態度に違和感を感じつつも、視線をベルトポーチに移して前を向く。

 自分の決めた運命がまさか覆されるとでも? いや、そもそも能力事態はあくまでも『 死期を早める 』ことと『運命を捻じ曲げる』ことに特化している為、ここで私が倒される可能性も十二分にあるーーーが、あの時タロットは確かに反応していた。つまり、少なくとも能力のは既に行使済み。それなのにあの余裕は何なのか。全く理解ができない。




「 '' 神の裁き エル・トール ''」




 手のひらを柔らかく宙に掲げ、その言葉を口にした時、激しい雷鳴が響き渡った。ウソップは目を丸めて名前の名を呼んだが、その呼び声も虚しく、激しい閃光が名前の身体を貫いた。

 身体が強烈な電流に包まれる中で痺れと回復が同時に働くこの状況に名前もエネルという目の前の男の実力に感心する。自分がこのような身体でなければとても耐えられなかっただろう。故にこそである。こいつは、なんとしてもこの場で始末しなければ。名前は耳にぶら下げている真っ赤なハートのピアスを手に取って、エネルの前まで足を進めた後にそれをエネルの胸板に押し付けた。




「ーーー……お前だって、私に嘘をついているのだから『 卑怯 』なんて、言わないでね」
「なんだ…その石は、力が抜ける……」
「秘密兵器の名前を教えてあげる程、私が優しいと思っているの? だとしたら、貴方の頭はよほど平和ボケしているのだろう」




 その勢いのまま、エネルの身体を地面に押し倒した名前はピアスから手をゆっくりを離して、エネルの無防備な身体にこれまで集めたエネルギーを数回に分けて思い切り食らわせてやった。

 エネルの顔面を右手で押さえつけて、その手のひらにエネルギーが集まるのをもう何度見たのか。そういうタイミングで「名前!!!」とウソップが名前を呼んで「やりすぎだ」と声をかける。名前は自分にそのように物申したウソップに「万が一があるだろう」と意見したが、ウソップは首を左右に振って「もう充分だろ」と、その言葉をはねのけた。名前はウソップの言葉を受け、エネルが気を失ったのを確認した後に心臓に手を当てて動いていないのを確認してエネルの上から退いた。




「……暫くは動けないはずだけれど、今からでも安全確保の為に海に落とすのが良いと思う。こいつのあの自信…隠し札があるのだろう」
「そう…ね………」




 そうしてゆっくりとナミ達の周りを覆っていた防御壁が解かれていく中でナミの視線が自分の後ろで停止したのを確認して名前は首をかしげる。「う…そ…!!!?」と、いう その言葉に名前は勢いよく後ろを振り返って冷や汗を流す。

 ーーー……有り得ない。何故まだエネルギーを放出する事が出来るの。あいつは、確実に殺した筈なのに。原理がまるで理解できないのだ。死んだ後に自動で能力を行使するようにプログラムしている? いや、そんなことできるはずが…………。

 自らの力を使って心臓を無理矢理動かすエネルに名前はエネルの自信の根拠を確信した。確かにこれでは勝てそうにない。いくら自分が運命を確定させたところで、止めた心臓を無理矢理動かしてしまう化け物相手では意味がない。勝手にこちら側にいくらか分のある勝負だと考えていたが、これはいくらなんでも相性が悪すぎる。




「…まさか、自分の心臓マッサージして……」
「……おいおい、嘘だろ…これじゃあいくら名前が強くたって勝てっこねェ!!!!」
「わかるか、女……人は… '' 神 '' を恐れる ・・・のではない…… '' 恐怖 '' こそが '' 神 '' なのだ」




 名前は意識を集中させて、大気中に散らばっているエネルギー残を確認する。そうして現在このあたり一帯に散らばるエネルギーを集めたところで、先程と同じか、それ以下しか集めることができない事実に気が付いた。

 ならば、無理な事をするよりも一回負けておいた方がよいのではなかろうか。名前の奇跡の頭脳は一周回った。




「だから言ったじゃないか…… '' きみがどんなに素晴らしい人間であろうとも、神である私の運命を決める事は出来ない '' と」
「……私もようやく理解した」
「ほう…」
「このままを継続したところで私はお前の言うように、お前には勝てないのだろう。けれど、あなたは逆上せ上がりすぎている……私に勝てたところで船長にお前は敵わないのだから」




 名前の予想外の発言を受けて、耳を疑ったのはエネルだけではない。この場にいる全員が名前の発言に耳を疑った。ナミもウソップも名前の多くを知っているわけではなかったが、少なくとも今日まで行動を共にしてきて理解したことは目の前の人間は少なからず実力に自信を持っているという事実である。それを彼女の言葉の節々から感じ取っていた2人は今の発言に少なからず驚きを覚えた。ルフィをここまで評価している理由が分からなかったのである。

 そのような感想を2人が同一に抱く程度には、名前とルフィに関わり合いがなかった。主に、戦闘という軸においてはこれっぽっちの理解もないはずなのだ。




「……恐怖に支配されない者は時に難儀な者だ。よかろう、最後にお前の名前を聞こう」
「残念だけれど、お前に呼ばれたい名前がない…ので、貴方に名前を教える必要はないと考える………それでも貴方が私に敬意を払うというのなら、貴方の最高の一撃をもってこの場をしめるべきだ」
「そんな誘いに私が乗ると思っているのか…」
「自分の技に自信がないの? やっぱり貴方
 '' 神 '' を名乗っていい器じゃないよ」




 エネルは青筋を浮かべる その姿を眺めて名前は嗤った。これから負け戦をする自分を、だ。まさか仲間の為に命を賭けるとは思わなかった。
 
 でも、船長が死なないから。
 そう、占いで言っていたから。

 私が負けても構わない。




「神を愚弄するとは…不届き者めが……いいだろう、その身をもって後悔するといい」
「仕方ないから、ナミもウソップも船長さんに変わって私が守ってあげる」
「ーーー2億V '' 雷神アマル ''!!!!」




 ねえ、船長さん。

 貴方が来るまで生きてたら、
 責任持って私の事助けてくれるんでしょう?








 名前の目が覚めた時。地面には、黒焦げの体が無惨に横たわっていた。ウソップとサンジの姿であった。あのまま撤退してくれるとは思っていなかったが、まさかその後も容赦なく攻撃を続けるというのは計算外である。暗く焼けた皮膚からは、まだ煙が立ち上っており、周囲には焦げた匂いが充満している。



「誰が渡すか!! 名前はおれ達のーーー」



 名前は自分の前に立ちはだかったウソップの姿を思い出して、言葉を失った。きっと違う。ウソップは自分の為にこの傷を負ったのだ。傷の癒える自分とは違う その貧弱な身体で自分を守るために立ちはだかってくれた目の前の人間の頬に手をのばして、そうしてひっこめる。守れていない。自分は何も。ナミもウソップも。なにもかも。




「……'' 癒しの風ヒーリングウィンド ''」




 サンジとウソップを気体に散っているエネルギーを使用して動かしても大丈夫な程度に回復させる。これだけ大気中にエネルギーが散っているという事はエネルが雷を幾度となく使用している証拠だ。

 早く行かなければならない。




「……ナミがいないの…私が事態をあまく考えたせいで連れて行かれたのかもしれない…コックさん…ウソップ、ごめんなさい……それから、私を…助けてくれて、ありがとう」




 2人の身体からゆっくりと手を放そうとした名前の手を握り返したのはサンジであった。サンジは離れていこうとする名前の顔を見て「泣かないで、プリンセス」と、言葉を送って、その手を強く握った。

 名前は傷だらけの身体を無理やりにおこして立ち上がろうとするサンジの姿に「怪我がまだ……」と、言葉をつづけるが、サンジは左右に首を振って問題ないと言葉を返した。あの雷をまともに喰らって平気なはずがないのに、だ。




「ナミさんが攫われたなら連れ戻せば良い…きみが倒せなかった事を悔やまなくて良い。それはここにいる皆同じさ……それにお礼をいうべきなのは おれたちだ。傷を治療してくれたんだね、ありがとう」
「……優しいね、コックさん。
 でも訂正させて。私は泣いていなかった」
「泣いていたよ、きみの心が……クソ可愛い顔が台無しだ、プリンセス。さて、コイツを起こしてナミさんを助けに行こう」




 サンジは地面に横たわっているウソップの姿を見つめる。なんてザマだ。

 自分もウソップも名前を守れなかっただけではなく、名前に守られた挙句、気絶するなんて。そこまで考えたサンジは、思い切って足を高く上げ、力強くその足で仲間の脇腹を蹴りつけた。




「おい、ウソップ!!! 起きろ!!!
 寝てる場合か!!! てめェ!!!」




 強い衝撃がウソップの身体を揺らし、そこからうめき声が上がる。ウソップは朦朧とする意識の中で名前の姿を見つけて、一気に意識が覚醒していく。

 そうして名前の方に這って近づいたウソップは名前の両肩を強くつかんだ。




「名前!! お前平気か!!?」
「大丈夫、生きてる」
「そうか!! ……ってォオオイ!!! そうじゃねェだろ! こうなんか、痺れる……とか!!!」
「平気、生きてる」
「おー、そうか!! 良かった! ……じゃねェよ!!! お前には0か100しかねェのか!!!?」




 バシンッと名前の背中を軽めに叩いたウソップは「まあ、平気なら良いんだけどよ」と渋い表情を浮かべながら納得のいかないといった面持ちで応えた。

 そうしてゆっくりと安堵するように柔らかい顔つきに変わるその表情を見つめて、名前はウソップの表情から逃げるようにしてサンジに視線を移した。これほどまで心配してくれるなんて思いも寄らなかった。そういう表情を浮かべる名前の姿を確認してサンジは名前に笑みを浮かべて「心配なんだよ、おれもこいつも。きみが傷つくのが嫌だから」と告げる。




「ーーー……私は道具・・だから」




 
 『 道具 』という単語にサンジとウソップの表情が険しいものに変わる。道具だから。その言葉から彼女がどのように扱われていたのかが嫌というほど伝わってきた。名前の無茶苦茶な行動は『 道具 』だからできる行動。腹に穴をあけるのも。雷を限界まで食らうのも。『 道具 』だからなのか? その疑問に答えをくれる人間はこの場にはいなかったが、目の前の少女にそれを日常化させるだけの環境だった事実が心底腹立たしかった。

 ウソップは肩においていた手を名前の背中に回して「ルフィの船に乗ったんだ」と口にして、だからお前はこれからいやでも『 道具 』のままじゃいられなくなる、と。その腕の中に名前を閉じ込めた。名前は苦しそうなウソップの背を遠慮がちにあやすように撫でて、やわらかい口調でこのように告げるのである。




「大丈夫だよ、ウソップ」




 お前の生きざまから見えるその背景に。お前のその信用なんねェ『 大丈夫 』に。

 おれたちが大丈夫じゃねェんだ。








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Espoir