HAPPY MILK YEAR

 家に帰ると恋人が我が物顔でくつろいでいる光景にもなれた。連絡もまえぶれも一切なく、リビングにゲーム機を持ち込んでいようと、ベランダで家庭菜園をしていようと、バスルームで縁日でとった大量の金魚を放していようと、キッチンで作り置きをしていようと、ベッドルームでしどけない格好で転がっていようと。
 もうすっかりなれーーーるわけがない。
 なれるなれないで言えばなれている。中坊の頃から意識的にも無意識にもモーションをかけられ続けてきたのだ。世にもかわいいクソガキの行動パターンはあらかた予測できる。
 できるからなんだという話だ。百聞は一見に如かず。どれほど腹を括れど、くるくる変わる表情と同じにまばたきの間に成長していく。こちらの想像なんて軽々と超えてしまうのだ。
 だから新年仕事始め。帰宅して、誰もいないと思って開いたドアの先、ベッドの上に子牛がまるくなって寝ているのに唖然としても仕方がないだろう?

 小さな頭をすっかり覆い隠す牛の耳のついたフード。余裕があるというより大きすぎて持てあました袖。膝まで隠れるオーバーサイズのパーカーから伸びた素足だけが、見えている唯一の肌だ。
 大人の男二人がくんずほぐれつしても十分余裕のあるベッドに、身を縮めるようにして眠る姿はたいそうかわいらしい。すぅすぅと規則正しい寝息を立てる横顔が不思議と厳かに見えて、声もかけず、手も触れず、眺めてしまう。黙っていれば綺麗な顔をしているのだ。喋った瞬間に台無しになるだけで。
「なんでこんな格好してんだ……」
 恋人が勝手に持ち込んだルームウェアのスウェットやら短パンやらにはこんなものはなかった。しかも今は真冬だ。いくらエアコンがきいていて、パーカーが厚手でも、膝丈より短いパンツを組み合わせるのはおかしい。ソックスをはいていないのも変だ。
 首を傾げながら、見せつけるようですらある健康的に肉づいたふくらはぎを目でなぞる。剃毛が習慣になって久しい身体は一部を除いてほぼ無毛だ。投げ出された足はそろってつるりとなめらかで、触れたらしっとりとやわらかいのを知っている。くるぶしの陰影が足首にくびれを作るのがなまめかしい。きゅっとまるまった爪先は無垢な桜色で、小指など貝殻のように小さい。足裏の深い土踏まずは幼い頃から野山を駆け回ったのがよくわかる。でなければ荒行などこなせないのだから。
 よく見ればこまかな傷はたくさんあるが、きっとつまらない、どうしようもない理由でついたものなどほとんどない。恋人はバカでクソガキだけれども、人倫にもとることは決してないのだ。くの字に曲がったただの素足を眺めているだけなのに、たまらなく恋しくなってしまう。早く起きてこの格好の理由を教えてほしい。こんな無防備に振る舞っておいて眠りこけるなんてつれない恋人だ。
 しかしながら鳴かない鳥は殺してしまうタイプなので、ムラッと……イラッと……まあともかく、一度決めてしまえば話は早い。すやすやと眠る恋人の、無用心にさらされた生足。それをつぅ、と、今度は指でなぞった。
 きれいに並んだ桜貝を撫で、まるまったことでぷくりとふくれ、肉球のようになった足の裏側を優しく押すと、少しだけ身をよじった。そのままぐっと土踏まずをたどり、指の腹でかかとを一周する。硬く厚いのにみずみずしい、磨かれた金属のつややかさに似た皮膚が心地よくて、くり返し指を這わす。
「ん……」
 むずがゆそうに鼻を鳴らして、足をゆする。そのままもぞもぞと動いたかと思えば、殻にこもるようにくの字が深くなった。なんとも寝汚い子牛に笑いを噛み殺す。まだ夜はこれからだというのに。そうして、起こしてしまおうと手を伸ばしたときに、気づいてしまった。
 先ほどの身じろぎでほんの少しだけのぞいた裾の中。そこが生足なんかよりもっとずっととんでもないことになっているのに。
 ごくり、と息を飲みながらふたたび手を伸ばす。疑惑を確信に変えるために、パーカーと足のあわいに指を差し込んだ。膝より上、やわく弾む太ももが指にあたる。以前、気まぐれに膝まくらをされたときよりもふんわりとしているのは、おそらく脱力しているからだろう。
 あのときは無理矢理に頭を乗せさせられて、後頭部にあたる固さが痛いほどだった。気恥ずかしさから抵抗しなければ、このやわやわとした感触を堪能できたのか……と少しだけ悔やんだ。頼めばやってくれるだろうが、ドヤ顔で煽られるのが想像に難くない。『お付き合い』に至るまでにさんざん焦らされたと言って憚らないクソガキは、求められるとひどく悦ぶ。それが「やっぱり自分がほしかったんだろう」という形で現れるのが全然かわいくないから、結局同じ轍を踏みそうで、小さくため息がもれた。
 しかし、いつまでたっても思ったものにたどり着かない。もしかしたら、いやまさか、そんな馬鹿なと思いながら、もぞもぞと進めた指先が、ついに足のつけ根に到着してしまった。

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