わたしという人間

夕暮れどき、いつもの様に彼の少し後ろをゆっくりとついていく。

『ねえ、かっちゃん…』

「その呼び方いい加減やめろよ」

『えー』

そう言って頬を膨らませる。
私が初めてかっちゃん、こと爆豪勝己と出会ったのは中学1年生のころ。
幼馴染みが“かっちゃん”って呼んでたから…
そんな理由で私もずっとそう呼んでいる。

『じゃあ、なんて呼べば満足なの?』

「は?!普通に…呼べばいいんじゃねぇの!」

(…普通…ふつう…)

『爆豪…くん』

「チッ(なんで苗字なんだよ?!)」

『あー!!舌打ちした!!!』

タッタッタ!
と前を歩く彼の前方を塞ぐように回り込み、
大袈裟に腕組をして睨む。

「お前がバカだからイラッとしたんだよ」

『バカじゃないし、この間の小テスト私のが上だったし』

「頭の良し悪しじゃねぇーし」

いたずらにベェと出される舌。
いつもの感じ。
でも…いつもとちがう感じ。
なんだか胸のあたりがザワザワと騒ぐ。

『かっちゃんはさ…やっぱり雄英…受けるんだよね…?』

今まで直接聞けなかったこと。
受験までは、1ヶ月を切っていた。

知っている。彼はヒーロー志望。
その夢も、憧れも、努力も、
ずっとずっとそばで見てきたのだから。
応援していたのだから。

「あたりめぇだろーが、」

『…だよね。』

なにいってんだろ、なんて苦笑いしながら頭に手をやって誤魔化した。

(やっぱり、そうだよね)

そんな彼の隣にいたはずの私は、
ただ彼の頑張る姿を眺めていただけ。
憧れのヒーローを語る彼を見るのが嬉しくて、
…離れていく彼を見るのが寂しかった。