※名前変換はございません。

 もう何度目の夜だろうか。
砂礫に塗れ、両掌を広げ、爆炎爆風を巻き起こし、悲鳴と断末魔と爆発音に鼓膜を震わせ、魅惑の石の力をほしいままにしようとした結果、私は薄暗くかび臭い檻の中に放り込まれた。
 持ちもの、衣服は全て没収。髪紐も取り上げられた。支給された囚人服は地味で薄っぺらい。シャワーは毎週三回、時間は十分間のみ。当然ながら木の板で両手首を固定されているため錬金術も使えない。
 だが私はこの劣悪な環境に落胆することはなかった。なにせ私の体内には赤きエリクシルが二つもあるのだから、本気になればこんな鉄格子など粉々に吹き飛ばして外に出れる。にもかかわらず囚人学級の優等生らしく素直に大人しくしているのは、生者と死者の間を彷徨う死刑囚の立場をじっくりと噛みしめたいからだった。
 滅多とない貴重な受刑期間を思う存分楽しみながら、朝な夕な錬金術の新しい爆破理論を頭の中で組み立てる。当然、軍人時代のようにあくせく働く必要もない。食事も三度、きちんと出る。見方を変えればこんなに贅沢で自由な生活は他では送れないだろう。
「看守さん、看守さぁん。……また寝たわねアイツ」
 お隣さんは大層おしゃべりな若い女だった。私語を慎め、無駄口を叩くな、と怒鳴る看守の返事のついでに自分の自慢話や世間話をちゃっかり続けている。だが彼女の他愛ない会話や色気の滲み出る笑い声は、他の囚人たちの数少ない慰みになっていることだろう。実際、私はそうだった。
「ねーねー。誰か。起きてない?」
「起きていますよ、隣のお嬢様」
「あら隣の王子様じゃない。ちょっとお話しましょうよ、退屈なの」


 看守の汚いいびきをバックミュージックに、囁き合う密かな会話が始まった。姿の見えない彼女とこうして話すのは初めてのことだ。
「檻の中なんて慣れっこよ。アタシもう三度目だもの」
「おやこれはこれは、大先輩でしたか」
「そうね。でもまだ殺っちゃいないわ。で、あんたは何をしでかしてここに?」
「単なる旅のお手伝いですよ。五名の上官殿が空へ還りたがっていたので」
「あらら〜じゃあ一生出られないわね! それにいつお迎えがくるか分からない。オキノドクに」
「おやおや、人間誰しもそうでしょう。皆、生まれながらの死刑囚ですよ」
 ふん、と鼻を鳴らした隣のレディは悩ましげに黒髪を掻き上げた。もちろん、彼女の動作は私の想像だ。
「……アタシはね、盛大な博打に身を投じてここに来たの。アタシが死ぬか、相手が死ぬか。いわゆる決闘ね。高層ビルの屋上で裸足になって、ナイフで切り合うのが大好きなの。やめらんないのよ、相手を死の淵に追いやりながら自分がうっかり足を滑らせて奈落の底に落ちそうになる瞬間が一番ゾクゾクしちゃうから……思い出しただけで鳥肌ものよ。いつも途中で捕まっちゃうけど」
「ほう、貴女の仰ることは良く分かる。自分の生死を、生き残りをかけた闘いには心が踊ります」
 戯れでない、魂と魂のぶつかり合いの場面を想像するだけで血湧き肉躍る。
「本当? あんたも返り血浴びたら頬が攣るまで笑いたくなる?」
「それは理解できませんが、」
「なぁんだつまんない」
「が、同じような快感は知っています」
「射精?」
「爆破です」
「あら、じゃあ仲間ね。危険人物仲間」
 彼女は声を弾ませてにっこりと微笑んだ。仲間。存外に悪くない響きだ。
 闇の大穴に似た高い天井をおもむろに見上げ、彼女は続けた。
「アタシは死にたいんじゃないのよ、殺りたいんじゃないのよ。ただ自分が生きてるっていう実感を、自分が生を謳歌している証拠を、全身全霊全力で感じていたい」
「ええ同感です」
「自分は果たして存在しているのか、自分は一体何者なのか、どこから来てどこへ還るのか。勝負を繰り返していたらいつか分かる気がするの。アタシそれを確かめたいの、見てみたいの。命の限界を超えて……臨界点に達したいっていうの? それを体感してみたいのよ」
「実に面白い。私の考え方と通ずる部分があります」
「分かり合えて嬉しいわぁ。さて、それを体得できるのはいつになるかしら?」
「それは私たち次第でしょうね。懸命に生き、常に死を意識する。今日死ぬ覚悟で毎日を生きる。それで命の限界を感じられるかは分かりませんが、最期にはきっと、最高に美しく崇高な走馬灯が見られると思いますよ」
「崇高な走馬灯? そんなの見てみたいかしら?」
「おいそこのおめえら、ごちゃごちゃ喋ってねえで早く寝ろ!」
 船を漕ぎ終わり、やっと岸に上がった看守の怒号で、真夜中の語らいの舞台は早急に照明を落とされた。しぶしぶ幕を閉じに行った彼女は、浅いため息を吐いて不機嫌そうに黙ったが、対する私は観客席から動かず、足を組みなおして口端を上げた。
(隣のレディも、なかなかの異端のようですね)


Afterword

キンブリーさんは孤高の人だから理解者なんていらなそうですが、ホムンクルス以外に異端仲間を増やしてあげたいってことで。種類は別ですが。
元サイトの拍手小説でした(20160130〜20160430)。




- 15 -

prev - top - next