※名前変換はございません。


1.
 おはようございます、とおもむろにこちらを振り返る貴方の微笑みは、毎朝執務室で私に向けられるそれと同じ、完璧で優しくてずるいものだった。軍の食堂の一角にできた小さなカフェスペースが大賑わいしている理由は、焔と紅蓮、二人の少佐ウェイターの笑顔があるからに違いない。そう、軍の女性たちは焔だけでなく、紅蓮の彼の魅力に気づき始めているのだ。
「今日も忙しくなりそうですね」
 彼は涼しい顔をして、カウンターから開店を今か今かと待ち望む女性客の列を見やる。もちろん全員が全員、ライバルではない。けれど何故だかふつふつと込み上げてくる、この闘志。
「……負けるもんか」
「はい?」
「あっいや!何でもないですっ!今日も頑張りましょうね!!」
 ひたすら笑って誤魔化したけれど、そのときのきょとんとした彼の顔が忘れられない。
 カフェは今日も大繁盛である。
(コラボカフェスタート記念 20170811)

2.
 両手にぐるぐると包帯を巻いた私を見て、通りすがる同期たちは好奇の目を向けた。興味本位で怪我か火傷か聞いてくる者もいたが貴女は違った。可哀想に、と声を震わせる貴女の前で思わず私は笑みを浮かべた。可哀想? これは自ら望んで彫ったものだ。掌に刻まれた太陽と月。ああ早く貴女に見せてやりたい。
(20170913)

3.
 ひそかに思いを寄せている人と初めて手を繋いだ。軍人だというのにその手は女のあたしよりすべすべしていて、けれど見た目は男らしいものだからひどく混乱した。「緊張していますか?」恥ずかしい。手汗をかいたようだ。少し、と呟くと「私もです」と微笑む彼。どうだろう、あなたは嘘が上手いから。
(20170922)

4.
 仕事中ふと何かを爆破したくなった。例えばここ、中央司令部を。充分爆破しがいがあり大勢の悲鳴も聞ける。爆炎が上がり逃げ惑う軍人たち……その様子を想像するだけで自然と口の端が上がる。「どうかしましたか少佐?」部下が微笑む。ああ駄目だ、私と彼女の大事な居場所を奪う訳には、いかない。
(第1回キン曜日はキンブリーデーその1 20170928)

5.
 「空っぽなんですよ、人間なんて」酔ってもいないのに平然と言い放つ彼。その腕を思わず掴んだ。空っぽだなんて、私の気持ちを否定しないで。あなた自身を、人間を見限らないで。ニヒリストのあなたを救いたくて、救えなくて。俯き唇を噛む。もう少し勇気があれば、きっとあなたを抱きしめたのに。
(第1回キン曜日はキンブリーデーその2 20170928)

6.
 執務室のドアを開けると、普段とは違う少佐がいた。左目に黒の眼帯を当てている。いつもよりも数倍クールに見えて胸がどきりと音を立てた。「ああ、ただのものもらいです」「お気の毒に……」これは嬉しい、チャンスかもしれない。日頃は見られない端正な横顔を、いくら見つめても気づかれないから。
(第2回キン曜日はキンブリーデー 20171006)

7.
 束ねられた漆黒の長髪に触れる。濡れた烏の羽みたいにてらてらと光っているそれは、掴みどころのない彼のようにさらりと指の間をすり抜けた。女の私が嫉妬するほど美しく、艶やかだ。なぜ伸ばしているんですか、と尋ねると白い衣を纏う烏はそっと目を閉じ、微笑んだ。「貴女に触れてもらう為ですよ」
(第3回キン曜日はキンブリーデー 20171013)

8.
 デート先がテーマパークだと彼は鼻歌を奏でて園内を歩く。派手な爆発演出のあるアトラクションに乗ったり、パレードのフィナーレで大きな花火が打ち上がると、彼は心底嬉しそうに目を細め「良い音ですね」と笑みを零す。この心からの笑顔を見たいがために、私は格安チケットを求めて奔走するのだった。
(第4回キン曜日はキンブリーデー 20171020)

9.
 漆黒のマント、首元のジャボタイ、目下のクマ。吸血鬼に扮した恋人は、八重歯を光らせにこりと笑う。「トリックオアトリート」お菓子は持ってないと言えば、両肩を上げた。「では食事にしましょうか」手首を掴まれ、ふっと吐息が首にかかる。思わず目を瞑った。「冗談ですよ」頬に優しいキスが落ちた。
(第5回キン曜日はキンブリーデー 20171027)

10.
 毎日ブラックコーヒーを飲む彼が、今日は砂糖一つとミルクを入れて欲しいと言ってきた。疲れているのだろうか、少し心配しながら言われた通りに淹れる。彼はカップに口をつけて甘いと一言漏らし、すぐ困ったように微笑んだ。「いえ、たまには貴女好みの味を試してみようかと」胸がどきりと音を立てた。
(第6回キン曜日はキンブリーデー 20171103)




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