※名前変換はございません。


21.
 出てきたのはソフト帽の形をしたオムライスだ。ホワイトソースはカレー風味、中にはメンチカツが入っている。一体どこのシェフが作ったのか。味も見た目もアイデアも申し分ない。そう褒めると、彼女はにこりと笑う。「愛情込めて作りましたから」思わず口の端が上がる。さて、その想いにどう応えよう。
(第19回キン曜日はキンブリーデー 20180202)

22.
 赤にすべきか、青にすべきか。値段は両方とも一万センズ。さて、どちらを買おう。「これなんてどうですか?」彼女が見せたのは猫柄のネクタイ。「生憎ですがこれは…」猫も、彼女も目を輝かせている。「…良いでしょう」きっと観賞用になるだろう。だが喜ぶ彼女を見ると、それでもまあ良いかと思えた。
(第20回キン曜日はキンブリーデー 20180209)

21回目はSSページにあります。

23.
 火照った肌にうっすらと汗が滲み、息をするのも辛そうに目を閉じている。額の氷のうを取り替えると、彼女はすみませんと力ない声で言った。咥えていた体温計の示す温度は、やはり高い。風邪が流行しているとはいえ、多忙で無理が祟ったのだろう。私の責任だ。「少佐、私はもう大丈夫ですから」彼女は眉をひそめて咳き込む。私はしゃがみ、ふせっている彼女の目線に合わせた。「何か欲しいものは?」彼女は首を振る。「これ以上ここにいたらうつってしまいます…」彼女の手にそっと触れた。熱い手だった。「私にうつして治るのであれば、それで良い」かわいそうで優しい貴女の手を、強く握った。
(第22回キン曜日はキンブリーデー 20180223)

24.
 彼女の家に招かれ、ランチをご馳走になった。ミートパイは少し焦げていたが、それが気にならない美味しさだった。エプロンを着て食器を洗う後ろ姿を、コーヒーを飲みながら何の気なく見つめる。すると聞こえてきた可愛らしい鼻歌。優しい子守唄のような曲調だ。私はゆったりとした気分で耳を傾け、カップに口をつける。「それは何の歌なんです?」歌が終わり、私は尋ねた。「曲名は知らないんです。幼い頃母が歌ってくれて」彼女の思い出の歌なのだろう。私もその歌を真似て鼻歌を奏でる。彼女も合わせて歌う。二重奏だ。ある昼下がりのこと、私たちは春の日差しの中で心地良い調和を堪能した。
(第23回キン曜日はキンブリーデー 20180302)

25.
 もしも私が錬金術師を志していなければ、何者になっていただろう?いや、何者にもなれていなかったかもしれない。アクション映画を鑑賞して、ビルが爆発するシーンに興奮を覚えるだけの、平凡な青年だっただろう。同じように、彼女と出会えていなければ私は誰と結ばれていただろうか。一夜限りの関係はあっても、おそらく誰とも分かり合えないはずだ。もしくは、愛を見出せない相手と早々に結婚したかもしれない。いずれにせよ、不幸だ。私の帰りを待ちくたびれてソファで寝息を立てている彼女。その桃色の頬をそろりと撫でる。出会えて良かった、などという陳腐な言葉が頭の片隅に響いている。
(第24回キン曜日はキンブリーデー 20180309)

26.
 白は良い。何色にも染まらないこの色は、私を美しく完璧な人間に見せてくれる。白を纏えば、胸の内に渦巻く狂気をも、綺麗に覆い隠してくれるのだ。天険の地ブリッグズの眩しい積雪は、私の服装と同じ色をしていた。銀世界に紅蓮が降り立つ。無彩色の世界で、私は二つ名と同じ紅い血の紋を刻みに行く。
(キンブリーの日企画 20180314)

27.
 引き出しから懐かしい写真が出てきた。士官学校の門前で撮ったものだ。髪はまだ短く、ネクタイをぐっと締めて、青くさい顔で微笑んでいる。黒い筒を持っているから、この日は卒業式だったのだろう。両の掌には、まだ刺青は刻んでいなかったように記憶している。しかしなぜこんな写真を撮ったのだろう。それすら覚えていない。「まだ少年の面影がありますね」彼女がひょこりと顔を出す。「ふふ、とっても可愛い」「…よしなさい」少し開けた窓からは、ぬるい春の風が吹き込んでくる。あの頃志していた国家錬金術師の夢は叶ったが、同じく目指していた美しく信念のある人間には、なれただろうか。
(第25回キン曜日はキンブリーデー 20180316)

28.
「あそこの通りにあるカフェ、雰囲気が良くてコーヒーもケーキも美味しいんですよ」そう声を弾ませる彼女を喜ばせたくて、私たちはその店に入った。ソファ席に座り、嬉々としてメニューを眺める彼女。そこまでは良かった。水をサーブしに来た若いボーイが、しきりに彼女の顔を見つめるのだ。まあ見惚れるのも無理はない。しかし、穴が空くほど見つめるものだから、持ったグラスの水が溢れそうになっている。彼女は相変わらずメニューに釘付けだ。私はいらいらして咳払いを一つした。ボーイは我に返りそそくさと去った。「…もう少しで爆破させるところでした」「どっちのケーキが良いかなあ〜」
(第26回キン曜日はキンブリーデー 20180323)

29.
 東の国では麗らかな春を彩るように、淡い桃色の花が満開になるという。彼女は見たこともないその花に想いを馳せ、夢見るような口調で私に説明した。「名前はサクラって言うんですって。咲いた姿はもちろん、散るときも儚く風情があるそうですよ」いつか見てみたいなあ、と彼女はほうと息をつく。そんなに美しいなら一度は見てみたいが──。「少佐?」彼女の頬を隠す髪を、そっと耳にかけてやる。そのまま誘われるように桃色の肌に口付けた。「えっ…」幸運にも、想像上の花より興味をそそられるものがそばにある。私は果報者だ。遠くの花より隣に咲く『花』がこんなにも美しく見えるのだから。
(第27回キン曜日はキンブリーデー 20180330)

30.
 残業を終えても、篠突く雨はまだざあざあと降っていた。傘を忘れてしまったという彼女を、コウモリ傘の中に入れてアパートまで送る。彼女は珍しく俯いたまま口をつぐんでいた。相合傘に、羞恥心が拭えないのだろう。「着きましたよ」笑顔を貼り付け、即座に去ろうとする。「では私はこれで」「あのっ」振り返ると赤く頬を染めた彼女がいた。「もし良かったら、上がっていきませんか」突然の申し出に込み上げてくる喜び。誘われていると期待してしまうのは男の性か。では少しだけ、と返事をして玄関先で顎を掬う。狼の本能が暴れ出す。ドアが閉まる音。同時に、甘美な響きが二人の唇から鳴った。
(第28回キン曜日はキンブリーデー 20180406)




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