※名前変換はございません。


31.
 四回目のコールで彼女は受話器を取った。もしもし、という声は少し眠そうで、さすがに十二時過ぎにかけるべきではなかったと反省した。「急用でしょうか」「いいえ、すみません。貴女の声が聞きたくなって」素直にそう言えば、途端彼女がはにかむように笑う。花が綻ぶかのようないつもの笑顔が目に浮かんだ。「キンブリーさんと夜もこうしてお話できて嬉しいです」普段の階級呼びではなく、名前を呼んでもらえる嬉しさ。すると深夜のせいか欲深くなった私は、囁くように注文をつけてみた。「…下の名前で呼んでみてくれませんか」一瞬の躊躇いの後、可憐な声が私の耳をくすぐった。ゾルフ、と。
(第29回キン曜日はキンブリーデー 20180413)

32.
 夕暮れ時、オレンジ色に照らされたグランドピアノの前に腰かける。ピアノに触れるのは何年ぶりだろうか。幼い頃はよく弾いたものだが、軍人となった今ではずいぶんと遠ざかっていた。真紅のキーカバーを外し、鍵盤に指を置く。すっと息を吸って、最初の一音を奏でた。上手く弾くことより、彼女への想いを込めて。それを意識すると思いのほかすらすらと指が動いた。セレナーデとは、本来そういうものなのだろう。終盤、彼女がいつまでも隣で幸福に微笑んでくれるようにと、祈るような思いを音楽に乗せる。曲が終わると拍手が鳴った。最高の誕生日プレゼントです、と涙声の彼女は私に抱きついた。
(第30回キン曜日はキンブリーデー 20180420)

33.
 カーテンの隙間から溢れたひとすじの日の光が、サイドテーブルの置き手紙を細長く照らしていた。
『おはようございます。よく眠れましたか?
 出て行く間際、起こさぬようそっと瞼に唇を落としました。覚えていないと思いますが、貴女は優しい顔で確かに微笑みましたよ。
 あのままずっと、眺めていたかった。』
 カラカラの口内とは反対に、頬に後から後から流れるぬるい液体。朝から泣かせるなんて、ああ、ひどい。離れたばかりなのに、もう会いたくなってしまう。触れたくなってしまう。
 胸に落ちる髪の刹那の冷たさ。首すじに残る火種の鈍い痛み。軽く曲げられた二本指の電撃。吐息、シーツの呟き、色めいた呻き声。
 新たな命が芽吹くギャンブルに、焦燥と渇望に彩られた部屋の匂い。壁で重なる黒で塗りつぶされたもう一人の私たち、羞恥をかなぐり捨てた誓いの言葉はあの四人だけが聞いていた。
 死んでも良いと思えたあの夜のすべてが脳裏に焼きついて離れない。こびりついたまま、剥がせない。
 いつだってあなたがいる。目を細めて私を捉えている。
 あなたがキスしたこの瞼の裏側で。
(20180808)

34.
 雨に煙るイシュヴァールの荒地に、手を合わせて地面を叩く。耳を喜ばせる悲鳴と爆音とともに炎が上がり、灰色の煙がもうもうと立ち込める。雨の香り、硝煙の匂い、鮮血の臭い! 降り注ぐ雨粒がこれほど心地良いとは。背中を駆け上がるぞくぞくが止まらない。これが私の奏でる死の錬金術。ああ、美しい。
(「煙雨香耳」の漢字を使って 20180527)

35.
 市街地を爆破したい。毎日一区画ずつ、仕事終わりに行うのだ。夢中で爆音を聞くだろう。悲鳴に酔いしれるだろう。──ひやりとした感覚が私を現実に呼び戻す。水の入ったコップを手の甲に当てたのは部下だ。「お仕事の手が止まってますよ?」降ってきた声に微笑む。甘くつまらない現実もまあ悪くない。
(「夢水降甘」の漢字を使って 20180527)

36.
 吹雪が吹き荒れている。それは私たちの現在の関係性を象徴的に表しているように思える。風がうなる音は、私の胸に空いた穴が発する、すきま風の音をかき消していた。
 簡易ベッドに腰掛け、ひっかけてしまったスネの傷に絆創膏を貼る。カタカタと鳴る窓辺を見つめる男はきっと、人質を連れて逃げた傷の男のことを考えている。
「牢の中で、貴女のことばかり考えていましたよ」
 思わず二枚目の絆創膏を剥がす手が止まった。
 ぞっとするほど美しい彫刻が、私の顔を覗き込み、名前を呼んだ。優しく触れられた唇が、頬が、かっと熱を帯びる。
 やめて。あなたは愛せない、愛してはならない。せっかく時間をかけて冷ました気持ちに、また火をつけないで。
 心はそう叫ぶのに、身体は簡単に口づけを許してしまった。両肩を掴まれ、ベッドに雪崩れ込むと同時に、舌が割り入る。
 熱いブリザードが私の胸に吹き荒ぶ。
 知りたくない。気づきたくない。認めたくない。
 あなたを心から欲していることを。
(第31回キン曜日はキンブリーデー お題「元恋人・押し倒される」 20180907)

37.
 私に与えられた二つ名は紅蓮。紅蓮の錬金術師。掌に刻んだ錬成陣を合わせて爆発を起こし、紅蓮の炎で方々を焼き尽くす。そこにある命を、皆等しく紅蓮地獄へ鮮やかにいざなっていく。それが私の仕事であり、流儀であり、愛する錬金術の在り方だ。
 理解、分解、再構築。つまり私は、錬金術における「分解」の過程を重んじていることになる。と同時に、再構築をも行なっているとも言えよう。悲鳴の産声が響き、紅蓮流れる、変わり果てた世界の構築を。
(20181019)

38.(現パロ)
 一年が終わる日の空が、普段よりも広く大きく感じてしまうのはなぜだろう。この夕焼けよりもきれいな空をこれまでもたくさん見てきたはずなのに、今日がひとつの区切りだというだけで、あの雲に隠れそうな夕日さえも特別なもののように感じてしまう。
 それも持ちますよ、との声とともに右手がふっと軽くなる。年越しそばに使うネギが覗くスーパーの袋を、彼が持ってくれたのだ。
「年越しそばに、明日のお雑煮。貴女の手料理を毎日いただけるのは嬉しいですね」
「んん、そう言ってくださるのは嬉しいんですけど、あんまり期待しないでくださいね?」
「ではほどほどに」
 彼がやわらかく微笑むので、私は笑ってしまった。
 今年も、去年に負けないくらい色んなことが起きた。その度に笑って、泣いて、怒って、また笑って。決して順風満帆とは言えない毎日だけれど、それでも去年より一ミリは成長していると思えるのだから、選択してきた道はきっと正しかったに違いない。
 その道しるべになってくれたのは、隣にいる人。紛れもなく、このひとだ。
「……やっぱり訂正します。ちゃんと美味しいの、作りますからね」
 そう言って手を繋ぎたかったけれど、彼の両手に握られたマーケットの袋が邪魔をする。だから、ネギの袋を半分持った。そのずしりとした重みが、触れた手の冷たさが、嬉しかった。
「ええ、では楽しみにしていますよ」
 夕日が雲の中にかくれんぼしても、私の胸には穏やかなオレンジ色の日が射していた。
 今年も、今年をあなたと終えられる。
(20181231)

39.
「荘厳ですね」彼はポケットに手を入れ、目を細めて初日の出を眺めた。美しい、と呟く彼の方が絵画のようだ。白いスーツが旭で紅蓮色に染まってしまえば、彼は微笑を浮かべただろう。今年はもっと笑顔のあなたに逢いたい。そうすればこの一年、誰よりも幸福でいられる。昇る太陽よ、彼だけを照らして。
(2018年のTwitter年賀状企画 20180102)

40.
 それはとても心踊る体験のように思われた。
「キンブリーさん、これは……?」
 彼女が唇をわずかに震えさせて、首を傾げる。不安げな色をその目に湛え、彼女は無意識に私の心を嗜虐の色に染めていく。
「怖がる必要はありません。私は貴女にとっておきのプレゼントを用意したにすぎないのですから」
 優しい声音で紡いで、彼女の細い手首に錠をかける。カチャリと音がし、彼女は瞠目して息を呑んだ。
 私は背後から肩をそっと抱き、耳元で、それこそ美しい詩を朗読するように囁いた。
「この手錠は、貴女が私のものであるという、なによりの証拠です。決して外れないよう、頑丈に頑丈に錬成しました。……気に入っていただけましたか?」
 青ざめた頬にキスを贈り、私は彼女の右手を取った。連られて左手も宙に舞い、鎖がシャラリと涼しげに歌う。
 彼女はなにも呟かない。肩だけがぶるぶると震えている。私は笑った。
「どんな男にも奪わせはしません。貴女は、私のものだ」
 思っていたよりも低い声で発せられた最後の台詞で、彼女はひっ、と声を引きつらせた。
 彼女が健気な反応をすればするほど、私の心はぞくぞくと喜びに震える。そのことを、彼女は知らない。
 やわらかな右手の甲に優しく口づけ、舌の先をわずかに這わせた。
 籠の中の小鳥を羽まで縛りあげたなら、さて愛しいカナリアは、どんなふうに鳴くのだろう?
(ヤンデレキンブリー練習 20190619)




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