二. 星となった ジョー・ゲイルへ 貴方との出会いをはっきりと覚えています。私が入所した翌日の晩、私たちはスープの配給の列にたまたま隣り合って並びましたね。見ない顔だな、と貴方は言った。キンブリーです、爆破の錬金術を得意としています、と私は自己紹介した。すると貴方は「爆破? それを専門にするとは、巻き込みたいほど気に入らない人間がいるのか」と言った。私は「小説の読み過ぎでは?」と返した。貴方は歯茎を豪快に見せ、笑った。あの日のスープは味が薄くて、まるで水たまりを飲んでいるようだった。 貴方はご自分の罪を認めていませんでしたね。三人の男を殺したことを「覚えていない」「おれじゃない」と言い張った。事実はどうあれ、世間は貴方を悪だと決めた。法は、貴方に裁きを下した。家族は貴方を見放した。貴方の必死の叫びは誰の心にも届かなかった。……残念でしたね。さぞ悔しかったことでしょう。 貴方は人を、法を、世界を恨みますか? この世に怨念を残せば残すほど、貴方の魂は浮かばれないでしょう。もしかすると今頃、天国へも地獄へも行けず、見果てぬ荒野をあてどなくさまよっているのかもしれませんね。 私は入所前、よく白い色を身にまとっていました。白のハット、白のスーツ、白のコートといったように。白は良い、自分をひとつの欠陥もない完璧な人間に見せてくれます。そして、自らの黒を覆い隠すことができる。心の中に巣食う負の感情、黒い欲望、狂気、そういったものを白がすべてカバーしてくれます。貴方も白を身につけると良い。胸の中の恨みつらみを、せめて天国の門番には悟らせないようにしてはいかがですか。 このタイプライターのキーボード、AとNの文字が消えかけていますね。ひょっとして、奥様のお名前はアンさんとおっしゃるのですか。彼女のお名前を、狂ったようにタイプし続けていたのですか。胸を掻きむしるほどのない混ぜになった感情を、この二文字に込めて叩き続けたのですか。枯れ果てた涙をなおも流し、奥様のお名前を慟哭したのですか。……貴方の答えを聞きたくても、それはもう叶わないのですね。 さようなら、哀れな星よ。貴方が時折震えながら歯をガチガチと鳴らすのを、遠巻きで眺めるのが好きだった。曖昧な笑顔の奥の、失望と恐怖と悲哀を感じ取るのが好きだった。 「巻き込みたいほど嫌いな人間がいたこと」を、たった一瞬で見抜いてくださったこと、忘れませんよ。 素敵な贈りものをどうも ゾルフ・J・キンブリー 自身の名前を打つと、タイプライターから文末を知らせるベルがチンと鳴った。キンブリーは手紙を手に取り、綺麗に印字されたそれを眺めて机の上に置いた。 ただの暇つぶし、気まぐれで手紙など書いてみたが案外気持ちの良いものだな、とキンブリーは感じた。対して深い思いを抱いていない相手に宛てただけでそうなるのだから、自分の胸に消えない染みを作った人物に書いたらどうなるのだろうかと、一種の興味が湧いた。 ジョーが手紙を書き続けたが、なんとなく理解できる。彼は家族に罪の弁解をするとともに、自分を慰めるために、心を楽にするために手紙を書き続けたのかもしれない。そう思うと彼が、ますます哀れな星に見えてしまう。 次に死ぬのは俺かもな、と死刑囚たちが話していたことをふいに思い出す。確かに、刑の執行日はいつ来てもおかしくはない。しかし、キンブリーはなぜか、自分の執行日が訪れることなど、永遠にないような気がした。もしものときが来たら、全力で逃亡しようと考えているからかもしれない。だから、ジョーが死んだことも、死刑囚の話も、どこか遠い国の小さな内乱のように思えた。 内乱といえば、とキンブリーはひとりの男のことを思い出す。焔の錬金術師、ロイ・マスタングのことだ。以前キンブリーは、「現実を見ずに理想ばかりを追い続ける、そんな愚かな盲目の奴隷に成り下がりたくはない」とロイを皮肉ったことがある。そのときの言葉の返事が、内乱終了後のイシュヴァールの地で告げられた。 『君は言ったな。理想ばかり追い求める奴は、愚かな盲目の奴隷である、と』 ロイの目は鋭く、まっすぐキンブリーを捉えていた。 『ならば、その奴隷が国を昇りつめていくさまを、しっかりとその目に焼きつけておくんだな』 決意を焼きつけるかのような情熱のまなざしを送っていたのは、ロイの方であった。彼は二つ名通り、焔の目をしていた。 対するキンブリーは、なんの温度も有さないのような瞳を細めて、その場を去った。ロイは彼を引き止めなかった。 懐かしい、愛した戦場での記憶のひとつだ。 「……ご活躍の キンブリーはそう、独りごちた。 |