※名前変換はございません。逆トリです

「ファントムさ〜ん! 一緒に映画観ましょ!」
 2021年、元旦。お雑煮のお餅をびよんと伸ばしているファントムさんに声をかける。
「いいだろう。もちろんそれは私の映画だろうな?」
「もっちろん!」
 ちょうど一年前の元旦のことだ。お部屋でひとり、この04年版『オペラ座の怪人』を視聴している最中、ファントムさんが突然自宅のテレビ画面から飛び出してきた。リアル貞子のようなミステリー現象に、心臓が口から出そうなほど驚いた。それは彼も同じだったようで、しばらくお互いが呆然と顔を見合わせていたのを今でも覚えている。
 そこから色々あって、ファントムさんがうちの家に住むことになった。そのことは、離れて住む家族にも友人たちにも内緒にしている。仮に話してもきっと信じてもらえないだろうし、ファントムさんは私以外の人に会うのに抵抗があるみたいだったから。
 というわけで、ファントムさんは今年もうちでくつろいでいる。お箸の使い方も、もうマスターしたようだ。
「それにしてもこのチーズはあまり味がしないな。よく伸びはするが」
「それはね、チーズじゃなくてお餅なの。去年一緒に食べなかったっけ? ねえ、ねえ、マスカレードのところから観てもいい? 新年にぴったりでしょ?」
「おまえの好きにするといい」
 許可をいただいたので、さっそくテレビの電源をつけ、メニュー画面でマスカレードのチャプターを選択する。映画のブルーレイディスクは常に入れっぱなしだ。
 すぐに豪華な大階段と、モノトーンの衣装に身を包んだ仮面の紳士淑女たちが、パッと大画面に現れる。
「「「マスカレ〜!」」」
 食事中だということも忘れて、私に一緒に歌った。やっぱりこの曲はテンションが上がる! 
 ひとしきり歌い終わり、曲の間奏で我にかえる。ふと見れば、彼のお雑煮はもうきれいになくなっていた。
 なにやら薄い笑みを浮かべているファントムさんと目が合う。
「早く食べないとドン・ファンが来るぞ」
「えっ、大歓迎だよ〜! むしろ早く来て〜!」
 そのとき、お馴染みテーマ曲のパイプオルガンが鳴った。
 デン、デン、というリズムとともに、向かいに座っていたファントムさんが腰を上げた。その後も音に合わせて一歩ずつこちらに近寄ってくるので、私はくすくすと笑った。
 彼の表情はいたって真剣だ。
「驚いたかね? 私はまだ健在だ」
 きゃあ、と思わず歓声を上げた。そうか、映画と同じ演出を、ファントムさんが再現してくれるんだ!
「私の言う通りすべてやらぬと、とんでもないことがまた起こるぞ」
 彼の美声に聞き惚れながら、私はまだにこにこ笑っている。
 ……このときまでは。
「おまえは掃除をもっとまじめにやることだ」
「うっ!」
 まさかのお説教タイム!? た、確かに、普段の掃除をサボりすぎて、年末の大掃除が終わらなかったけど……!
「年末から食べては寝てばかり、少し痩せてくれなくては」
「ううっ!」
 グサグサッ。たたた確かに、ここ2、3日で体重は増えたけど……! オトメの見た目に物申すなんて!
「また反論はお断り。私のこの愛ある忠告に関して口を出すな」
「う、うう〜っ!」
 全部正論だけど、本当にここに愛はあるのか……!? 愛があると思っていいのか……!?
 私の反応を十分楽しんだのかもしれない、ファントムさんはふっと目元を緩めた。
「……さて冗談はここまでにして。いいか、よく聞けよ。おまえは素晴らしい。だけど、まだまだ良くなるぞ。戻って来い、恩師のもと、エンジェルのもと」
 そして、ふわりと彼の匂いが鼻を掠め、腕に優しい締め付けを感じた。
 私は抱きしめられていた。
「まだ、離さぬ」
「きゃーっ!」
 ムチの後の思わぬ「飴」のご褒美に、私の頭は沸騰する。
 もう、ずるいよファントムさん!


Afterword

ファントムさんにお雑煮食べさせたい。
(20210101)




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