香りとともに

※夢小説ではありません

 朝の光がカーテンの端に滲みだす頃、キンブリーは起床する。欠伸を噛み殺し、白いカーテンを開け、バスルームへと向かう。
 熱いシャワーを浴び終えた後、シャンプーの淡い香りが馴染んだ長髪をひと結びする。そして、洗面所の棚の扉を開けて香水瓶を取り出し、腰にひと吹きふりかける。彼を包む柑橘系のさわやかで高級感のあるそれは、軍服を身に纏った後もほのかに香り、キンブリーという人間の雰囲気を上質なものに仕立てあげるのだ。
 バスローブ姿のまま窓辺に立ち、朝の陽光を全身に浴びながら、彼は今日の予定を簡単に立てる。そのあと、朝食を摂りにキッチンに向かう。ほどなくして、湯気とともに苦味のある豆の香りが彼の鼻腔をくすぐる。
 彼の、何気ない午前の一コマは、さまざまな香りとともにあった。

 ――あの平和な日常から何年経つだろう。キンブリーは、戦と入獄と出獄を経験していた。
 彼は、わずかに生き残った罪多き褐色の民を、見つけ次第手にかけている。白いスーツには赤黒い返り血が染みつき、鉄の臭いが充満している。
 彼の口の端が残酷に持ち上がった。
「仕事熱心もほどほどにしなくては」
 中央のとあるホテルに着いた後、彼は即座にシャワーを浴びた。綺麗に洗髪、洗顔し、丁寧に身体を洗った。
 バスローブを着て髪を結ぶと、先ほどボストンバッグの中から取り出しておいた、香水瓶を手に取った。昔から愛用している、あの香水だ。
 結んだ髪の根本を、ぐっと上げる。現れた真白いうなじに、香りをふりかける。それは、自身の血生臭さを消すかのように。そして「常人」の仮面を被るかのように。
 ぶわりと匂い立つ、いやにさわやかな香りは、鏡に映った彼の口角を優雅に上げる。彼は鼻歌交じりで鏡の中の自分と別れ、そのままベッドに向かった。
 この香りが消える頃、彼はまた「仕事」に向かうのだろう。


Afterword

夢小説ではないですが、キンブリーさん概念香水を作った記念に。
(20201124)