※現パロです
1.
産休のリザ先生の代わりに、新しい化学教師が来るらしい。もうすぐチャイムが鳴るのに、そいつはまだ教室に現れない。
ま、化学教師っていったら大抵メガネかけたダサいおっさんでしょ。二組の子が「ヤバい教師が来た」って言ってたし。リザ先生は美人だしかっこいいしでテンション上がったけど、もしキモいハゲおやじだったらもうサイアク。化学なんてただでさえやる気ねぇのに、そんなヤバいやつが来たとしたら――。
チャイムが鳴る。その音と同時にドアが開く。駆け込んできたのは、長髪を束ねたメガネの男性教師で……。
「ふう、間に合いましたか」
え？
「皆さん席に着いて。今から授業を始めますよ」
え？
「新しく化学を担当することになりました。初めまして、キンブリーと申します。短い間ですが、よろしくお願いします」
は？ 待って？
超絶イケメンなんですけど……？
「今日は初日なので、簡単な自己紹介をしてから授業に入ります。教師歴は今年で五年。以前はイーストシティ高校で教鞭を執っていました」
白衣やばくね？ んでもってメガネの破壊力えげつなくね？ 色白いし、あたしより髪キレーだし。シャンプーなに使ってんの？ ボタニカル？ シリコン？ 絶対美容院で高いトリートメントしてるっしょ。
「好きなものはなんといっても爆破、爆発、爆音です。趣味が高じてこの職に就いたと言っても過言ではありません」
あ、なんか一気に怪しくなってきた。爆破好きとかちょっとありえないんですけど。
「七月くらいに時間を割いて、簡単な爆破実験をしてみたいと思います。いやぁ、楽しみですね」
めっちゃ笑顔。めっちゃ笑顔じゃん先生。たぶん楽しみなの先生だけっしょ、マジで。
と、心の中でドン引きしたら、一瞬目が合った。くすり、と微笑まれたような気がしたような、しないような。
あ、やっぱかっこいいんじゃね？ すっげいいんじゃね！？
「それではさっそく授業に入りましょう。53ページ、今日は水銀の授業です。そうそう、水銀と言えば雷酸水銀という化合物がありましてね、それは主に起爆剤に使われている爆発しやすい物質で……ふふ」
いや、やっぱやべえやつだ。
2.
キンブリー先生はやばい。やばいけど、どうやら悪い先生じゃないみたいだった。
月一で配られる学級通信に『教師からの一言コーナー』がある。キンブリー先生が担当したとき、爆破の魅力についてオタクのようにペラペラ語っていた。しかもプリントの裏まで続いていた。
けれど、その最後の段落に生徒を思いやる言葉が七行くらい添えてあった。なに書いてたか忘れたけど、なんかじーんときたのを覚えている。
だからあたしは、こうしてよく授業終わりに絡む。
「センセ！ 見てこれ！ あたしが書いたの！」
意気揚々と一枚のプリントを見せた。これは化学の宿題だった「身近な化学を探そう」というもの。テーマは自由だったから、先生が好きそうな話題にしてやった。
「ほう、先月の小麦粉工場爆発のニュースですか。粉塵爆発、いいですねぇ。どれどれ」
「ムズいことよく分かんないから、テキトーに書いた」
「ほう……なるほど」
『意味わかんね』『たぶんそうなんじゃね』『小麦粉やべえ』という言葉が並ぶ宿題を、先生はどう思っただろう。
「いいんじゃないですか？ 貴女らしくて」
「マ！？ よっし！」
「ただひとつ言うことがあるとすれば……貴女が外見をきらきらと美しく飾るように、言葉遣いや文章をもう少し装飾してみてもいいかもしれません」
「えー、言葉遣いを改めろっての？ 小言とかさー、もうさー……。逆にさ、あたしからすればセンセは硬すぎ！ あたし生徒なんだからさー、もっとフランクに喋ってよ！」
キンブリー先生は、おや、と言ってメガネをくいと上げる。
「私が敬語を使うのは、ひとりの大人として対等に向き合っていたいからですよ。貴女を単なる生徒としては見ていない。貴女を大人として、また人間として尊敬しているからこそですよ」
「な、なに、急に、かっこつけて……」
急に先生がかっこつけるから、私まで急におかしくなってきた。なにこの、へんなドキドキ感は。
「これが偽らざる本心ですよ。さて、次の授業が始まります。もう行かなくては」
「あっ……センセ待って！」
そういえばさっき、『きらきらと美しく飾る』と言ってくれた。
先生の目に、あたしはどう映っているんだろう？
「あたしのこと、どう思う？」
「……その赤のリップ、お似合いです。上手くデコレーションされたそのネイルも。そしてなにより、貴女の飾らない心が純粋無垢で、私には眩しく思えますよ」
そう言って微笑み、白衣の裾をひるがえして立ち去る先生。なぜか止まらないドキドキ。
「さあ、突っ立ってないで行きますよ。次の授業が始まります」
先生、やっぱりやばいんですけど！
Afterword
現パロ教師キンブリーさんでした。化学教師、似合うと思います。
（20210314）