キズだらけの


久しぶりに見た彼はあの頃と変わらない優しい笑顔で私を見ていた。


「やり直そう」


そう言った彼の表情は読み取れなかったけど、握った手の温度は確かに感じた。

微睡む意識の中、目を開ければ、いつもの何ら変わりもない私の部屋だった。ああ、夢か。あまりにも現実的で胸が締め付けられる。彼のその言葉を私は無意識に求めているのか。


「ブンちゃん…」


口から出すつもりはなかったのに押し出されるようにして出てきた名前は、もう呼べるはずもないものだった。
ふと、背中の温かさに振り向けば、整った顔がすぐ側にあった。


「にお…」


そうだった。昨日は仁王が急に押し掛けてきて、いつもどうり、そうなってしまったのだった。
朝が弱い彼はまだ、起きそうにもない。見れば見るほど、整った顔立ちに少し羨ましくなった。
寝ている彼を見ていると、今くらい甘えても良さそうな気がして、自分から広い背中に手を回し胸に擦り寄ってみる。寝ぼけているのか、自然と回ってきた逞しい腕に笑みが溢れた。


携帯のバイブ音が静かな部屋に響く。差出人を見れば、丸井ブン太の表示。それを理解するなり、心臓がどくんと大きく跳ねた。今更、何を私に伝える事があるのだろう。震える指でロックを解除していると後ろから携帯を奪われる。振り返れば、いつも通り表情が読み取れない仁王が私を見つめていた。


「戻ってこないブンちゃんよりも、目の前の男じゃろ?」

「仁王は目敏いね。」

「誰じゃと思うとるん。」


と嬉しそうに目を細める。本当に猫みたいに気紛れな人だなあと釣られて笑った。


「雅治がいるから、ブンちゃんからのメールなんて気にならないよ。」

「おーおー、嬉しいこと言うてくれるのう。赤也が聞いたらどうなることか。」

「本当にね。」


どんどんダメな人間になっている自分に溜息が出る。現実を受け入れる強さがなくて、ぬるま湯に浸かってることが心地よくて、考える事もしんどくて。
ただ、仁王から与えられるモノは全部心地いいものだった。


「どんどん傷が増えていくのう。」


肩に残る歯型、腕に残る青アザ、どれも普段見えないところにあるそれは私の心を満たしてくれていた。


「これ全部、俺がしたって考えると興奮するのう。傷まみれになってなまえちゃん可哀想じゃ。」


青アザがある腕を強く掴まれる。じんわりと広がる痛みに眉を細めた。


「まさはる、」

「朝から欲情してしもたん?どうしてほしいんじゃ?」

「噛んで、」


私がそういうと、仁王は心底嬉しそうな顔をして私の二の腕に噛み付いた。


「いっ、っ」


仁王は本気で私の腕を噛み切るつもりなのか。遠慮の欠片もない強さに痛みに、頭がぼうっとした。
するり、と内腿に仁王の手が滑る。どくんと心臓が跳ねた。


「のう、なまえ」

「なに?」

「ここ、噛んだら痛いと思わん?」

「絶対痛いよ、まさはるっ」


内腿をゆっくり撫で回しながら、耳元で低く囁く仁王に体の芯が熱くなる。恐怖と期待に声が震えた。
それを聞いて、仁王はくつくつと笑う。目を細めて唇を合わせると、ぺろりと内腿を舐めた。


「体中にアザ作って赤也に何て言われるんじゃろな」

「治るまでしないよ。」

「何じゃ、俺とはもうせんってことか。」

「そんな事、言ってないけど…残らないようにしてよ、仁王。」

「面白くなか。」


少し拗ねたような仁王に愛おしい気持ちになった。銀糸をわしゃわしゃと撫でれば、ウザそうに眉間にシワを寄せた。そして、内腿に顔を近付けたと思うと、じんわりとした痛みが広がった。


「いた、」


ゆっくりと確実に噛む力を強めて、仁王はらしくない上目遣いでこちらを伺っていた。


「残ってしもたのう。」


そう言って仁王は妖しく嬉しそうに笑った。