聞きなれない電話越しの声

一人暮らしの家に帰ったら、無償に悲しくなった。無音で暗くて、ああ、本当に1人なんだと実感した。部屋を見渡せば、ちらほらとブン太の私物が目に入る。1人になると嫌でもブン太との思い出が頭に浮かぶ。

ずっと好きだって
俺の気持ちは変わらないって
何年かしたら、丸井なまえだなって

思い出そうとした訳じゃないのに自然とあの時のブン太の言葉が、声が、表情が頭の中に流れ込んでくる。気付けば涙が溢れていた。とめどなく流れるそれに呼吸がおかしくなりそうだ。恋がこんなに苦しいなら、もうしたくない。いつかなくなってしまう約束なら、いつか変わってしまう気持ちなら、最初から無ければ傷付かなくていいのに。

無意識に携帯を取り出していた。連絡先を開いて、ある名前を探す。こんな空間に1人で居たら、胸が張り裂けてしまいそうだったから。


「何じゃ。電話とは珍しいのぅ。」


3回目の機械音がなる前に聞こえてきた懐かしい声に気持ちがいくらか落ち着いた。


「久しぶり!仕事終わったなら一緒に飲もうよ!」

「急じゃのぅ。ちと面倒じゃけど、しょうがないナリ。」

「相変わらず失礼だね。それじゃ、私の家の近くの駅まで来てね、よろしく!」


話終わると同時に通話終了のボタンを押す。向こうで声が聞こえた気がしなくもないが、気にしない。仁王は何だかんだ優しいのだ。仁王が来るまで約15分。それまでに泣いて崩れたメイクを綺麗に直そう。直したところで詐欺師を欺くのは難しいけれど。


駅の改札口で仁王を待つ。ふらりと見えた銀色は片手を軽く挙げて近づいてきた。


「お前さん、俺の事、何だと思っとるんじゃ。」


声は少し低いながらも、口角が少しだけ上がってる彼を見て、相変わらずだなあと思った。彼にまだ見抜かれないように背中を向けて、少し先を走る。


「仁王は親友だよ、ね!ほら、行こう。」

「そんな急がんでもよか。」










「仁王、まだ飲み足りないよー」

「まだ飲むんか。」

「うーん…コンビニでお酒買って、私の家で飲もうよ。仁王明日休みでしょー?」


店でお互いの近況報告をし、ある程度食事も済んで、この後どうするかという話になった。すると、なまえが帰るのを渋り始めた。
ね?とほんのり顔を赤く染めて腕を引くなまえに何かあったのは明確じゃった。なまえがブンちゃんを話題に上げないようにしていた。それに気付かないほど、鈍くはない。あと、普段ならブンちゃんから深酒しないように強く言われとったし、この場にブンちゃんがいない事がおかしい。そんな事、俺じゃなくてもそう思うじゃろう。でも、無理には聞こうとは思わんかった。言いたければ話すじゃろうし、自分自身、深く追求されることが苦手じゃったから。






「仁王、私ね、ブン太に振られちゃったー!」

家に着き、適当に借りたDVDを流しながら、何本か空き缶を作った。仁王に言うなら今だと感じ、口を開いた。出来るだけ軽いノリで言おうと思った。お酒の力を借りれば何とかなるとも思った。私自身、まだ現実を受け入れられてないからだ。
仁王は少しだけ目を見開いて、私の頭の上に手を乗せて優しく撫でてくれた。それが今の私には優しすぎて、自然と涙が流れてしまった。


「に、おっ、」

涙でぐちゃぐちゃになった顔を仁王の胸に押し付けた。仁王は何も言わず、落ち着くまで背中を優しくさすってくれた。仁王の手は優しくて安心出来る。

私は弱かった。恋の終わりを受け止めることが出来なくて、苦しさから逃げ出したくて、心の隙間を何かで埋めようと必死だった。