夢と現実


カーテンから差し込む光に目を開くと視界いっぱいに広がる仁王の整った顔。あまりにも近い距離に少し戸惑う。その距離の近さからふと、気付いた。頭の下にあるのはいつも使っている低反発の枕ではなく、仁王の鍛えられた逞しい腕だった。
広い胸を見て、昨日の事を思い出す。いくら、別れを受け入れなかったとは言え、お酒を飲み過ぎたからとは言え、長年、友人であった仁王に欲情してしまうとは思いもしなかった。それに、自分が付き合っていない異性と簡単に体を合わせてしまうとは思ってもみなかった。ぐるぐると思考を巡らせているとマナーモードにしている携帯がブルブルと震えだした。表示された名前に急用かと思い、通話ボタンを押した。


「はい、」

「なまえさん!」


私の言葉と少し被さるように、慌てた様子の声にくすりと笑みが出た。昔から、ちっとも変わらない後輩だ。


「丸井先輩と別れたって本当なんスか?」


投げ付けられるような彼の質問に言葉を失った。元から気が利く訳でもなく、自分が気になった事は聞かないと気が済まないなんてタチが悪い。小さく、うんと返すと沈黙が流れた。

するりとお腹に回される腕に視線を向ければ、寝起きの仁王が機嫌悪そうにこっちを見ていた。そう言えば、仁王は朝が苦手だったと思い出す。ごめんとジェスチャーで表せば、小さい声で誰じゃと呟いた。声を出さずに口を開いて、「赤也」と伝えれば、そうかと言って目を瞑ってしまった。


「赤也、それ誰から聞いたの?」

「昨日急に呼び出されたと思ったら、浴びるように酒を飲んで潰れて眠ってる、丸井先輩スよ。」


どうして。ブン太が私を好きじゃなくなったくせに。どうしてどうしてと頭の中が混乱する。お腹に回されていた腕が動き出して、胸を掴んだ。その行動に吃驚した私は仁王に視線を向けた。


「なんじゃ」

と、赤也には聞こえないくらいの小さい声で妖しく私の耳元で囁く。ぴくりと反応した自分の体が憎かった。


「なまえちゃん、耳弱いのう。」


と言いながらも手は止めようとしない。今、後輩と電話中だって言うのにと思いながら睨めば、仁王は嬉しそうに目を細める。


「なまえさん、今度飯行きましょうよ。」

「うん、っ、いいよ、」


手は止まるどころか、どんどんその行為を進めて行く。赤也の声に意識を集中させるも、体は熱を帯びて行く。


「いつ空いてますか?」

「えっと、っは、ごめんっ、後で掛け直していい?」


仁王の愛撫にもう我慢出来そうになかった私は、電話を切る方がいいと感じ、赤也にそれを告げる。すると、あからさまに残念そうな声が聞こえてきた。赤也が犬だったら、今頃尻尾が垂れ下がっているんだろうなと考えた。


「あ、はい!すみません、忙しい時に…」

「や、大丈夫だよ、ごめんね、っ」

「いえ、こっちこそ!じゃあまたお願いします。」

「うん、またね」


急いで、通話終了ボタンを押して仁王を見ると、また嬉しそうな顔をした。


「っあ、にお、」

「よく我慢出来たのう。えらいえらい。」


そう言いながら、仁王は私の頬に口付けを落とす。私は携帯を横に置き、仁王の首にまた腕を回した。