最終到達点で待ってる
「さっとるく〜ん!聞いて聞いて」「ヤダ〜#name1#チャンどうしたの〜?そんなに機嫌良さそうな顔して!」
「ワカルかあ〜!わかっちゃうかぁ〜!やっぱ全部筒抜けかぁ〜ってワケで」
好きな人ができました♡
キャピキャピ、キュイーン。ピンク色で染まった言葉に私はそんな擬音をイメージしつつウインクをのせた。現在地はなんてことない居酒屋である。特有の喧騒の中にアラサーのハートマークがとけて消えていく。
『最高に激アツなお知らせあるから飲まない?』
本日の発端はそんな私からの誘いだった。乗ってくれた目の前のバカはその名を五条悟という。私の元同級生で同僚、私たちの生きる世界の最強と呼ばれる男。そしてバカ。
飲み物を頼み終わるやいなや私の口から直々に“激アツなお知らせ”を報じられた五条は、ぶりっこモードONのまま仕草だけは華奢な少女よろしく、いつもよりトーンの高い声を吐き出した。
「ヤダ〜オメデト〜!一ヶ月ぶり27人目じゃ〜ん!」
無駄に長い睫毛がバサバサと上下する。なんだ?先週サロンでまつエクしてきた私へのあてつけか?その白髪引っこ抜くぞ。普段ならそのくらいのことは思っただろうけれど、今日の私は一味違った。凪である、菩薩である。ちょっとやそっとの不愉快じゃ崩れないほどの陽エネルギーを全身に蓄えていた。
というわけで、ニッコリ笑った顔は崩さぬまま「エエ〜!?27人?記憶にないなあ〜!」キュルン。両頬に両手を添える。
「#name1#チャンは恋愛経験少なめ貞操観念重め清楚美女だからなぁ〜!今まで好きになった人は3人♡経験人数は1人♡」
「え〜そうだったっけ〜!?ひと月前の彼氏と別れた理由、ことの最中に相手のセフレ出てきて結局3人でやっちゃったことだった#name1#チャンが〜!?」
「オイコラ五条今回はそういう設定なんだよ口挟むなやゴラ」
「随分無理のある自画像描くつもりなんだね、無・謀♡」
「27も3も大体同じでしょ、10の位四捨五入したらゼロだぞ」
「人類がみんなその尺度で生きてたら今頃文明は生まれてなかっただろうねぇ」
アハハ!と五条が人の神経を逆なでするように笑う。ダメだ、怒らないぞ。なぜなら今日の私はエネルギーに満ち溢れているから。精神的余裕があるから。経験人数四捨五入して1だから。内心で苛立ちの処理をした私が穏やかな微笑みをたたたそのとき、店員さんが飲み物を持ってきてくれた。「オレンジジュースと、大吟醸です」迷いなく目の前に置かれたオレンジジュース。
「ほーらね。やっぱり私はオレンジジュースが似合う清純派」
「ハイハイ、相対評価で図に乗れてエライねー」
「絶対殴る」
ほれちょっとその無限解除してみぃや兄ちゃん。オレンジジュースと大吟醸をトレードしながら、エセ関西弁でガンを飛ばしてみる。返答は「やだね」舌を出された。殺意が上乗せされた。……じゃなかった。そうじゃない、そうじゃないんだ。今日のこの会の目的は決して五条をバカにすることでも、五条にバカにされることでもない。断じてない。そうではなくって、
「それより聞くべきことがあるでしょうが!」
そう、何を隠そう「私に好きな人誕生!」五条の方から取り返した大吟醸をくいっとあおれば彼が呆れたようにため息を吐いた。
「誕生するのはいいけど、毎回あっという間にいなくなるからさぁ、それ」
「今回は違うから、今回こそ白馬の王子様だから」
「そのセリフ50回くらい聞いたよ」
ならば50回目の正直だ。この度ようやく私#name2##name1#も幸せになれる時がやってきたのである。苦節10年、長かった。この10年間、私は好きな人が出来ては去られ成就しては去られ、五条や硝子に酒ややけ食いの共をしてもらい……を繰り返してきた。失恋するたびもう恋なんかしない!と誓って、でも新たなる恋へ踏み出すのはどうしても止められなくて、ズタボロで歩んできたいばらの道。そこにようやく、出口の光が差したのだ。
「今度はね、ちゃんと戸籍もあるし身元もしっかりしてるんだよ」
「注意する点が遺体といっしょなんだ」
「婚活パーティーで出会ったから遊びでもない!」
「オマエそんなとこ行ってたの」
「それに、なにより、」
私はここでグゥと拳を握った。ここが最大重要ポイント、心して聞け五条悟。全力で力を込めて私は口を開く。
「顔が、良い……!」
「…………アジフライだな」
「……あの、次の注文決め始めるのやめてもらえます?」
要点なんだけど、ココが。
恨みがましく五条の顔を見つめると「聞き飽きたんだもん」うんざりしたように言われた。まぁ確かに私の最大条件かつ必須条件だから好きな人や恋人ができるたびこの台詞を叫んでいた覚えはあるけど。でも毎度新鮮な感動をお伝えしたいこの気持ちも察してほしい。なんて思いつつ枝豆を口に運んでもごもごしていたら、「それに僕にとったら顔が良いことなんて日常だからさ」なんやその顔ボコボコにしてやろうか兄ちゃん?とりあえず今すぐその無限といてみぃ?
全力でとばしたガンはその顔に微塵のダメージも与えられなかったようで、私は無下限って精神ダメージも吸収するやつ?と密かに舌打ちした。
「――で、もう本当に、運命!ダーリン!愛!」
「へーそれはよかったねー」
2時間ほどアルコールを摂取し続け、所謂“出来上がってきた”状態になりつつある#name1#に、中身のない相槌を打つ。現在僕は#name1#に出来たという『好きな人』がどれだけ良い男なのか、良い顔なのか、運命の人なのか、ということをこれでもかというほど熱弁されているところだった。
さりげなく彼女の手元の日本酒とお冷を入れ替えながら「じゃぁ暫く僕は飲み相手のお役御免ってワケ?」寂しいなあ、と茶化してみれば。
「そゆこと〜!永遠解任!ご祝儀期待してっからな、界隈最強年収!」
次会うときは披露宴で〜とアホな声が続けられる。ふうん。表面上の笑みは保ったままそう呟いた。
髪もサラサラ、いい匂いもした、おまけに声も良くて最高、だなんだと#name1#は腑抜け顔でにやついている。僕も笑顔で聞き流す。聞き流すが、しかし。
相変わらずアホだね、オマエは。
表面上とは対照的に、内心ではドロドロしたものが溢れていた。僕の髪だってサラサラだしいい匂いもするし声も良いしスタイルも良い、何より顔が最高に良いんだけど。目腐ってる?とは内心で留めておいたけど。彼女から惚気を聞くたびに生まれるそんな恨みつらみは既に慣れたものなのだ。まぁでも、それにしたって呆れは湧く。呆れなんて言葉に収まるほど軽いものではないが。
大丈夫?その運命の男とやら、話を聞くだけでももう既に胡散臭いところがいくつかあったけど。当人はどうやら微塵も気づいていないらしい。昔からそうだ。任務で見せる頭のキレのよさは、こと自分の恋愛ごとにおいて発揮されたためしがない。アホすぎるんだ、#name1#は。
僕が#name2##name1#と出会ったのは僕たちが高専に入学した時だった。彼女は、3人しかいない同期のうちのひとり。否が応でも関わる機会は多く、否が応でも仲は深まっていった。
あの制服に身を包んでいた時代から今に至るまで、彼女はあまり変わらない。昔から面倒なことはやりたがらないしバカだしアホだ。あと、男を見る目が絶望的。性格はひねくれているくせに性根は良くて、すぐに人を好きになる。顔のいいクソ男には秒で惚れるくせに隣のグッドルッキングガイこと僕には見向きもしない。傷ついて泣いて、それ以上に怒る。よく笑う。喜怒哀楽の激しい奴だ。あの頃僕たちの前では頻繁に見せていた剣幕に、これは可愛くねぇ彼女だろうな、と歴代彼氏に同情したこともある。が、その実彼女は歴代恋人にその奔放な素の自分を出せたことがないらしい。それを知ってそいつらに同情することもなくなった。――いや、むしろ。いつからか、むしろその素を知れなかった男たちに同情するようになった。同時に、少しの優越感も。
オマエらはコイツの素なんか見たことないんでしょ。俺はあるけど。クソうるせぇ怒鳴り声も案外しおらしい涙も気丈に振舞おうとする横顔も、知らないんだ。俺は全部知ってる。ざまぁみろ。
気づけば仮想敵へ毒を吐いて、自分の気を紛らわせていた。少なくとも見たこともない#name1#の歴代彼氏に届かないマウントをとってしまうくらいには、僕はあの頃から#name1#のことが好きだったんだろう。
そこから十年の月日が過ぎ去った今、僕は高専の教師になり、#name1#は一級呪術師として高専に所属していた。特級の僕ほどではないとはいえ、一級呪術師の忙しさもかなりのものだ。しかし幸か不幸かエネルギーに溢れる彼女はその忙しさの合間を縫って未だパワフルに恋愛に挑んでは砕け散っている。十年を経て、3人しかいなかった同期は2人きりに、3人しかいなかった#name1#の元彼氏は21人になった。そろそろサッカーの試合ができるだろう。
#name1#は、その中身については棚に上げておくとして、顔とスタイルと外面だけはいい。そして絵に描いたような肉食系。男に狙いを定めれば大体百発百中だった。更に毎回見事にクソを引き当てるせいで長続きしないうえ、失恋を新しい恋で忘れるタイプだから彼氏の回転率が恐ろしく良い。その結果築き上げられたのがサッカーチーム2チーム分の有象無象というわけだ。まったく、少しは傍で見ている僕の気にもなってほしいもんだけど。まあそんな期待も最早消え失せた。
アレはいつのことだったか。
高専卒業後、いつまで経っても僕のことを“最高の男友達”の枠から出そうとしない#name1#にしびれをきらしたこともあったのだ。呪術界内に、僕の名で牽制をしいた。#name2##name1#は五条悟のお気に入り、とかそんな程度だが最強を謳われる僕に正面から喧嘩を売るようなバカは存在しない。きっと界内の男が#name1#に振り向くようなことはなくなったはずだった。
一番は、彼女がこれ以上他の男のものにならないように。あわよくば誰による牽制なのかを突き止めて、自分が僕にどう思われているのか自覚すれば良い。そんな思惑を抱えていた僕だが、しかし、そこで計算違いが巻き起こる。
つまり、呪術界で男が釣れないとなれば原因究明よりも美男を求めて非術師へ手を伸ばすのが#name1#という人間だった。
『っぱ時代はパンピーよ!』仄かな期待をのせた牽制に対して返ってきた言葉は、コレ。硝子が隣で爆笑していたのを覚えている。
そのあたりで僕も意地になった。
もう知らねぇ。好きなだけダメ男に引っかかって気が済むまで泣き喚け。いくら傷つこうと僕は知ったこっちゃない。意固地な決意とともに、非術師へシフトチェンジしたとてやはり顔だけは良い問題物件ばかり引き当てる#name1#の失恋をオレンジジュース片手に笑顔で見守ってきた。まあその涙を拭う役は僕以外認めないんだけど。
他の男に懲りたら僕のところに泣きついて、結局オマエには僕しかいないことを思い知るといい。
そんなこんなで、メンクイのくせに、誰より身近で高専時代から愚痴にも惚気にも付き合ってやって、どれだけ酔いつぶれた姿を前にしても一切手を出さず家まで送り届けて、仕事への理解も地位も強さも顔もスタイルも兼ね揃えたこのグッドルッキングガイ。ソレをスルーして、中途半端に顔の整ったパンピーを探し続けるバカと、よくわからない意地を張った僕はこのなんともいえない関係を続けてきてしまっているのだ。
コレがどれだけ不毛なことなのか、そんなことは僕が一番よくわかっている。このままじゃきっと堂々巡りだろう。つまらない意地を張っているうちに本当に誰かに搔っ攫われたらどうする、とも思う。まぁ渡す気は微塵もないんだけど。でも、僕だって潮時が近いことは感じているのだ。
「それでさぁ〜挙式はどこがいいと思う?やっぱワイハ?」
「そりゃワイハでしょ〜」
「わかってるーぅ!さっすが五条」
笑顔の下で僕が何を考えているかも知らず、まだその相手とやらに告白もしていないのに先走るその赤ら顔。それを見つめて少し口の端を上げた。バッカだなあ。「そんなこと言って、次はどれだけもつのかな〜」「今回ばっかりはヨユウですよ五条サン」間抜け面はへらっと笑う。たぶん来月くらいには泣いて帰ってくるだろうだな。
そんな邪推をしていたせいか、#name1#は不意に僕の方へとその視線を飛ばした。
「五条もさぁ、もうちょっと可愛げあったらカノジョと長続きするのにねえ!」
ガハハ、と豪快に笑う#name1#。へえ、可愛げ、ねぇ。無論悪気はないんだろう。その悪気のなさが返って毒だった。いくら僕が最強呪術師といえど、好きな女の惚気に二時間あてられて心に多少の負債が生じている。つまり今の僕の沸点は低めだ。
ふざけんなよ、僕は十二分に可愛いでしょ。それ以上にカッコイイけど。
なんてったって僕はグッドルッキングガイ。茶化せる部分を辛うじて茶化しつつ、そこ以外の箇所について湧いた苛立ちは、静かに嚙み潰す。僕の眼がどこ向いてるのかくらい、目隠し越しでもわからないかな。いい加減。
大体僕はこの十年間一度だって特定の女を作ったことはないのだ。#name1#がカノジョだと思い込んでいたそれは全部、性欲処理のための割り切った関係。“友達”の眼がどこへ向いてるかもわからないからロクでもない男にばかり引っかかるんだよ。
だからそれは、足りないのは、断じて僕の可愛げじゃない。足りないのはどこからどう考えても――、
「#name1#の頭が足りないんだよ」
「ん?なんて?今ちょっと恋に耽ってて聞こえなかったわ」
ホントに頭の足りねぇ奴。軽く地雷を踏まれた感覚だった。僕がこの十年どこの誰を見てきたのか、脳みそ肥やしてもっかい考えろ。
流石のコイツもそのうち僕の魅力に気づくかな、などと思い続けてはや十年だ。言っとくけど僕の我慢もそろそろ限界だから。潮時はもうすぐそこだ。内心でそう呼びかける。
毎度無防備に家まで送らせやがって、その白い頬に手を伸ばしかけた夜が幾つあったか。オマエは僕たちの間にはきちんと一線が引かれていると思い込んでるんだろうけど、そんなもんはまやかしにすぎない。それは、案外簡単に、いつでも踏み越えられる。僕がその気になったらいつだって。というかいつでもその気だ。今は辛うじて自制心と、つまらない意地が働いているだけ。きっとオマエには想像もつかないんだろうけど。仕方ないよ、バカだから。
「シアワセになれるとイイネ」
今回の男にフラれたその先で、僕と。
無言で付け足したそれには微塵も気づいていないだろう#name1#は「でへへ」だらしない顔で笑いながら頬をかいたのだった。