イチゴ牛乳で助かる命

 坂田さんの家にて様々な衝撃を味わってから、数日。あれから私は身に降りかかった災難への対処のためあれやこれやと動いていた。
 まず、ストーカー(仮)の存在が発覚したあの日。あの日は結局、色々と落ち着くまで坂田さんの家でお世話になっていた。今後の身の振り方の相談なんかもしつつ、日付が変わってしばらくした頃坂田さんの原付で我が家まで送ってもらった。坂田さんからのアドバイスは「とりあえず警察に相談してみれば」まぁありきたりといえばありきたりだったけれど、これ以上なく道理である。それに従って翌日には警察に駆け込み、証拠がない関係で大きな動きは起こしてもらえなかったけれど自宅付近の見回りを強化してもらうことには成功した。そして同時にコンビニの店長にも話をつけて、直近の夜勤とワンオペ勤務をできる限り削減。人手不足のせいで減らせなかった夜勤については、あの日連絡先を交換した坂田さんに帰路のお供をお願いしたりしている。誰かの気配があるときは一旦坂田さんの家へ迂回するという方式だ。更に買い物や外出なんかもできるだけ控えて、やむを得ず買い出しに出かけるときは明るいうちにしたり、とまぁそんな感じで私のストーカー対策は進んでいた。その存在を知ってから一週間と少しが経つけれど、今のところ私の日常は保たれている。シフトが変わったせいで私の出勤時間が読めないのか、あの客との遭遇率もぐっと下がった。たまに遭遇することもあるけれど、他のお客やらアルバイトやら、人の目があるせいか特におかしなことはされていない。今のところ。それは無論、良いことではあるのだけれど。
 
「一体いつまでこんなのが続くんですかね」
 
 夜勤終わり、今日も今日とて夜道のお供をお願いしている坂田さんへ報酬として指定されたイチゴ牛乳を手渡しながら私はため息を吐いた。
 特におかしなことはされていない、それはつまり何も進展がないということでもある。つまり終わりが見えない。ストーカー(仮)も私を思うようにストーキングできずヤキモキしているのかもしれないけれど、こちらもこちらで微塵の非もないというのにまるで指名手配犯のような生活を強いられているのだ。ストレス値は既にマックスだしまだ見ぬストーカーへの殺意がつのりにつのっている。
 
「んなもんわかったら苦労しねーだろ。あちらさんが期限付きでストーキングしてくれてんなら話は別だけど」
「まぁ私の魅力が大きすぎてやめられないってとこだけなら理解できるんですけど」
「ちょっと聞こえなかったわもっかい言ってもらえる」
 
 この距離で聞こえないわけがないだろうにそんなことを言い出す坂田さんには肘鉄を食らわせておいた。「いってーな」さしてダメージも食らっていなさそうな声は聞き流しておく。聞き流しついでに「アナタも難儀な人ですよね」ちらと横目で彼を見上げた。
 
「どこがだよ、真っ直ぐな心根と毛根の持ち主だぞ」
「どの口が言ってんですか」
 
 断言するけど坂田さんは心根も毛根も性根もねじくり曲がっている。月に照らされる銀髪はグネグネだし、心根だって素直の対極に位置しているだろう。その証拠に、彼はこんな憎まれ口を聞きながらもたかだかイチゴ牛乳一つで私の送迎係を請け負ってくれた。あの日、私が隠しきれなかった不安を包み込んでくれた。
 だから本当に、素直じゃない。難儀な人間だ。この上なく。
 
 でも、その難儀さになんだかあたたかなものを感じると同時に、さすがの私も申し訳なさを感じ始めていた。
 いつまでこんなのが続くんですかね。先ほど坂田さんに投げたその言葉のこんなの≠フ中には、定期的に彼に時間を割いてもらってしまっている現状も含まれている。それはきっとたった一五六円ぽっちでかけて良い迷惑ではないだろう。まして私と坂田さんなんてコンビニ店員とその常連なんていう薄い薄い繋がりしかないのに。
 
 もちろん、夜道のお供をお願いするときに『イチゴ牛乳じゃ安すぎませんか』そう尋ねたこともある。しかし坂田さんは『イチゴ牛乳をなめんなよ、人類はイチゴ牛乳に始まりイチゴ牛乳に終わんだからな』頭のネジが五〇本は飛んでいるんじゃないかと思わせるような超絶理論で打ち返してきたのだ。結果私は黙らざるを得なかったワケだけれど、今考えるとそれすらも彼の手のひらの上だった可能性がある。そうでない可能性もあるのでより難儀だ。何なんだこの男は。
 
 ハア。様々な心労及び懸念を含んだため息をもう一度吐き出した。重い重いそれは、白く闇へ消えていく。
 一方、坂田さんは「陰鬱だねェ」他人事のように抜かしていた。実際他人事なんだから放っといてもいいんですよ。そんなツッコミを放てないあたり私もヤキが回ったのか。いやでも。坂田さんの手が私のそれに触れた日、他人事の中に飛び込んできたのは坂田さんの方だ。だから私は悪くない、坂田さんが悪い。ヨシ。
 内心のもやを無理やり善悪で片づけて自分に折り合いをつけていると「まァ手がねェわけでもねーぞ」間延びした声が急に流れ込んできて、思わず耳を疑った。
 
「……手?」
 
 怪訝に聞き返すと、坂田さんは自身の顎を右手でなぞった。私からの訝し気な視線など気にも留めていないようである。「確かにいつまでもこのままじゃ埒が明かねーしな」少し前なら二手に分かれていた曲がり角を同じ方向へ曲がりながら、彼は悪だくみをするように口角を上げた。
 
「んじゃ、いっちょ仕掛けてみっか」


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