断固Cカップ

「さっむ」
 
 寒色の月明かりに照らされながら小さく呟く。首元を撫でるように通っていった寒風にぶるりと震えが身を襲った。
 現在、私はバイトを終えて家への帰路についているところである。ここのところ夜道を歩く際は坂田さんに付き合ってもらう日々が続いていたけれど、今日は色々と事情もあって隣にその姿はない。ひとり分の足音を響かせて、アスファルトを蹴っていく。
 気づけばいつの間にか世間はすっかり一二月だった。季節特有の肌を刺すような寒気に眉根を寄せる。歩き慣れていたはずのこの道も、最近は坂田さんと一緒に帰ることが多いせいか、それとも寒さのせいか。なんとなく寂しいような気がしてまた眉間の皺が濃くなった。
 
 平々凡々なフリーター生活を送っていた私にストーカーの存在疑惑が浮上してからは早いことでもう半月ほどが経っていた。
 その間、コンビニでは出来る限り夜勤を削減してもらって、それでも遅くなる際は坂田さんに送迎を頼むというような日々が続いていた。……イチゴ牛乳と引き換えに。そのおかげか、今のところストーカー(仮)からの実害はゼロである。坂田さんによるとたまに気配がするらしいけれど、私は感じ取ることができていないのでカウントはしない。時折視線を感じる分には気のせいかもしれないし。
 ここ二週間の自身の生活を振り返ってみると、夜勤が減ったことでむしろ生活リズムを取り戻しているくらいだ。坂田さんとほぼ毎日顔を合わせるお陰で毎日人と関わる機会が出来ていたり、なんならストーカー発生以前よりも人間として健康な生活を送れているんじゃないかとまで思えてしまう。
 ストーカーってもしかして、健康で文化的な生活に良い?
 そんなトンデモ理論が頭を掠めるほどだった。無論それは害を被る前だから言える台詞だとわかってはいるんだけど。
 
 でもそんな平和かつ健全、健康な日々を送る中で、私が現状に安心しているというわけではなかった。なにしろ今行われているのはあくまでも一時的な緊急措置にすぎない。どう考えてもこの生活を一生続けることなど不可能なのだ。夜勤削減によって収入は削れるし坂田さんには無理をさせているし。実際今日のように都合がつかず一人で帰路につくという日もちらほら現れ始めていた。だから早く、問題の根本的解決が必要。
 
 どうせならもういっそのことそれらしい実害が降りかかってくれれば手っ取り早くていいんだけど。痛くない範囲で。あと心身が傷つかない範囲で。
 ホラホラ、ここにこんなに無防備にアンタのストーキング対象が歩いてますよ、と内心でまだ見ぬストーカーを煽りつつ歩く速度を下げてみる。が、しかし不穏な気配はない。そこにはただただ冬の夜が広がるだけだった。
 
 ケッ。不謹慎にもため息を吐き出しまた歩調を元に戻す。気づけば帰路はもう終盤、坂田さんの家と私の家を分かつ曲がり角のあたりに差し掛かっていた。角の向こうから如何にもサラリーマン然とした通行人が歩いてくるのがわかる。残業帰りだろうか、可哀想に。でもストーキングされてる私の方が可哀想である。残念だったな。人間として最低レベルのマウントをとりながらコレは今日も無事帰宅、そして明日からもストーカー対策シフトの発動が続くな。そんな確信にまたため息を吐いた。
 
 
 ――もしや、そんな慢心が仇となったのか。
 反対方向から歩いてくる見知らぬリーマンにぶつからないように、そっと車道側へ進路を寄せる。住宅側へ避けたリーマンと難なくすれ違うと、私はもうすぐそこに迫った自宅へ足早に向かった。……向かうことになる、はずだった。
 
 街灯の少ない夜道で視覚はあまりあてにならない。でもその代わりに他の感覚は研ぎ澄まされるような気がする。
 だからつまり、最初に異変をキャッチしたのは聴覚だった。ザッ、という何かがこすれる音。まるで、靴底とアスファルトが摩擦を起こしたような、何者かが踵を返したような。しんとした寒さの中に不意に落とされたそれに私は眉根を寄せた。しかし、その音の方向を確かめるより先に異変の二つ目。無遠慮に口もとへ押し付けられた何者かの手らしきものと、後ろから絡みつく太い腕。
 
「――ん゛ん!?」
 
 咄嗟に漏れ出たのは蛙が潰れたような声だった。声量の大部分を見知らぬ手のひらに吸収されてしまったせいで咳払い程度にしか聞こえなかっただろうが。
 一瞬状況が理解できず唯一自由な両目をあちこちへ泳がせる。状況に理解が及ばずとも危機察知本能はしかと警鐘を鳴らしていた。心臓がドクドクと早鐘を打つ。全身に冷や汗が噴き出した。私の両腕を閉じ込めるように回った腕を見下ろして、そこでようやく誰かに拘束されたらしいことを、理解。誰かと言っても候補は一人しかいない。先ほどすれ違ったリーマンが、ただのモブAではなかったということだ。
 
 人間、恐怖が上限を突破すると何も声が出ないんだな。
 さして知りたくなかったトリビアに、そんな場合ではないというのに脳内でへぇ!  が飛んだ。……いや、ちがう。現実逃避に割く時間も余裕もないんだって。
 
 咄嗟に両腕に力を込めて暴れようと試みるも、震えて上手く力が入らない。事前情報だと火事場の馬鹿力というものが存在するって聞いてたんだけど。アレ詐欺?  自分の筋力へクレームを入れたいものである。こんなことなら毎日きちんと栄養を取って筋トレでもしておけばよかった。上腕二頭筋がもうすこし発達していればこの腕だって打破出来ていたかもしれないのに。廃棄のカップデザートばかりじゃなく廃棄のプロテイン飲料も飲んでおくんだった。
 背後に迫る現実から逃れるように、様々な方向性から後悔を積み重ねる。が、しかしそれはいくら積み重ねたとて先に立つことはないのである。事実、私の後悔など微塵も考慮しないと言うかのようにその腕の力は強まった。そして、畳みかけるように耳元で生温い吐息が吐き出される。
 
「やっと……ふたりきりになれたね」
 
 いやな甘さを纏ったその声に全身の肌が粟立つのを感じた。レジ台での嫌がらせが頭を過る。あの男だ、と直感的に確信した。同時にヒッ、と声にならない声が男の手のひらに消える。
 こんな分かり易いやり口に怯えるなんて私らしくない。そう思うのに、しかし身体の震えは止まらなかった。腰のあたりに硬度を増しているらしい粗末なモノを押し付けられて反吐が出そうである。……確かに、どうせなら実害が降りかかってくれれば、とは言った。でも心身ともに傷にならなそうなやつ、とも言ったはずなんだけど。ちょっと話が違いませんコレ?  貞操の危機を前に脳内でクレーマーがわめいている。本当にらしくないことに涙も出そうだった。自分を落ち着けるように思いきり目を瞑る。真っ黒に塗りつぶされた視界で、――たすけて、と思った。助けをもとめるその先には、不本意ながら明確に人影を思い描くことができていた。
 常連客とバイト間に発生する頼みごとにしては、ちょっと重すぎるだろうか。でも最初にその線をうやむやにしたのは彼の方だ。だから。お願いだから。
 
 たすけて、坂田さん。
 声にならない声に、脳裏の間抜け面が生返事を返した気がした。……そして、そのとき。
 
「ハイハイそこまでー」
 
 これ以上なく緊迫したこのシチュエーションを切り裂くように、響いた一つの声。
 それは私の口から出たものではない。耳元で落とされたものでも、ない。緊張感のひとつも混じらないそれに背後の男が僅かに身じろいたのがわかる。
 一方私は、強張っていた肩から力が抜けるのを感じていた。
 
「白昼堂々……じゃねーな。黒夜堂々?  サカってんねェオッサンよォ」
「お、まっえは……ふぐゥッ」
「ソレ合意ならまァ俺の知ったこっちゃねーんだけど。合意にしちゃアブノーマルすぎんだろ」
 
 耳元で奇声が聞こえた。と思ったら男の力が緩む。その隙に一も二もなく腕の中から逃げ出して、一メートルほどの距離を確保。そこで腰が抜けた。
 へなへなとその場に座り込みながら声の方を見上げると、そこには予想通り坂田さんの姿があった。フガフガと喚く男を羽交い絞めにしているようである。彼はなんでもないような顔でこちらを見遣ると「あ、お前だったの。奇遇じゃねーか。元気?」白々しいほどのおとぼけである。
 
「……お陰様で」
「そりゃよかった」
 
 この男、奇遇だなんだと抜かしているけどどこまで信用していいのか私でもわからない。先日は『仕掛けてみるか』などと言いつつその内容は何も教えてくれなかったし。なんとも言えない視線を彼へ向けていれば、そこで一旦存在感が無に帰していたストーカー男が言葉を紡ぐ程度の余裕を取り戻したようだった。相変わらず坂田さんの羽交い絞めの中で男は「仕組んだのか……!?」と歯軋りしている。
 
「何の話だよ。お前が女襲ってるとこに俺が通りかかったんだろーが」
「オマエは!  ずっとぼくたちを邪魔してただろ!!」
「邪魔ァ?」
 
 嫌悪感を顕にするように坂田さんが眉根を寄せた。男は目を血走らせながら私の方へ目を向けた。
 
「きみは僕のことが好きだったんじゃないのか!?」
 
 面識のほぼない推定五〇代男性からのこの言葉は、中々戦闘力が強い。受け止めるのにかなりのカロリーを使った。胃もたれしそうである。
 地面にへたり込んだままではあるものの、ハア?  という感情を全力で表情筋にのせていれば「……って言ってっけど?」坂田さんから白けた視線が向けられる。
 
「ナイ。いやムリ、嫌い、ムリ、キモイ」
「だってよオッサン」
「っ、手を、握り返してきただろ!」
「手ぇ握ってくるクソ客に困ってた覚えしかねえわ!」
 
 頭お花畑か??  とあまりの勘違い具合に目をひん剥いていれば、男の逆上を買ってしまったらしい。「ぼ、ぼくが折角小遣い稼ぎさせてやろうと思ったのに!!」「いい年してフリーターだろ、ろくな人間じゃないくせに!!」圧倒的不利な状況であることを忘れたのかそんな怒号を浴びせられた。うげえ、と顔を歪めれば坂田さんも同じような表情でため息を吐いていた。
 
「まァ落ち着けよオッサン」
「お、おまえに……なにが……!」
「いや言いてェこたァわかるよ?  コイツは確かにろくでなしだもん。そりゃ異論ねェって。でも人でなしのお前ェよかまだマシだろーよ」
「は??」
「なんでお前がキレてんの?」
 
 お前のターンじゃなかっただろとかなんとか坂田さんの声が飛ぶけれどこちらの台詞である。トンデモ理論を振りかざすストーカー男に教師らしく説教でも説いてくれるのかと思ったらコレだ。流れるように罵倒されてむしろ私は驚いている。
 
「誰がロクデナシですかぶち殺しますよ」
「流石の俺もお前の人間性まではフォロー出来ねェよ」
「あん?」
 
 失礼極まりないそれへガンを飛ばせば「まァいいじゃん、警察ももう呼んでやったんだし。感謝しろよロクデナシ」いやなにもよくねえ。警察はいいけど。それは別の話である。更に加速していくフラストレーションに身を任せて坂田さんを睨みつける。しかしそこで、私以上に顔色を変えた者が存在することに気が付いた。
 警察。その言葉を聞いた瞬間、今の今まで激昂していたはずのストーカー男がサッと顔を青くした。
 
「警察……?」
「そりゃそーだろ。犯罪者はお縄って相場は決まってんだよ」
「そ、れは……」
 
 その顔に滲むのは焦りである。先ほどまでとは一転、男は懇願するように冷や汗を流した。
 
「か――家庭が!  あるんだ!  会社も……だから、警察沙汰は……」
「警察に世話になるようなことそもそもしなきゃ問題ねェだろーが」
「もうしない!  この女にも近づかないから、警察は……!」
「後悔なら牢屋の中でするこったな。嫁さんで満足しときゃよかったもんをこんなちんちくりんに欲情したのが運の尽きだ」
「は?」
「だからお前キレる相手おかしくね?」
 
 お前の敵コッチ、と空いた左手でストーカー男を指さす坂田さん。おかしくねえよ。罵倒にキレて何が悪い。というかこのタイミングで罵倒してくるその頭がわからない。
 幸か不幸か、どこまでもいつも通りな坂田さんに引っ張られて、少し前まで残っていた怯えも大分軽減されていた。喚くストーカー男を見てもそんなに動揺することもない。が、うるさい。彼も同じことを思ったのか「あーもう黙ってろよお前」トン、と男の首を突いた。かと思えば、ドサリ。ストーカー男が地面に崩れ落ちる。……え。
 
「こ、殺したんですか……?」
「なわけねーだろ!!  んなことしたら俺が犯罪者だわ!!
 気絶だよ、気絶」
「坂田さんならやりかねないんで……」
 
 気絶なのかコレ、とすっかり静かになったストーカー男を見つめる。あまりにもぐったりとしているものだからつい勘違いしてしまった。でもまぁ、見ていて気持ちの良い寝顔ではないな。当たり前だけど。
 一方坂田さんは俗に言うウンコ座りの体勢で「ヤワすぎだろ」などと言いながら男の頬をペチペチ叩いている。一応言っておくが常人はそう簡単に他人を気絶させたりできない。この人なに?  ゴリラか何か?  そこはかとなくドン引きした。
 
 先ほどまでの嵐のような展開が去り、冬の静寂を取り戻した夜道。「警察、いつ来るんですかね」ストーカー男及び坂田さんからは微妙に距離をとったまま尋ねた。
 
「どうだろーな、近くに交番ねェし。道混んでっかもな」
「あー、一二月ですしね」
「目死んでっぞ」
「人の幸せを見せつけられる季節なんで」
「クズかよ」
 
 くくと坂田さんが少し笑った。冷たいアスファルトの上に座り込んだまま彼と会話をするのはなんだか不思議だった。先ほどまではド修羅場だったし、なんなら今も目の前にはストーカーが伸びているんだから非日常度は爆上げである。と、そこで坂田さんは不意に、寒さに押されるようにひとこと。
 
「悪かったな、殴らなくて」
 
 ……散々私のことをバカにしていたその口から、そんな言葉が飛び出るものだからびっくりしてしまった。驚きを隠すように、視線を逸らす。
 
「……殴ってたら坂田さん解雇されてたでしょ」
 
 だからいいです、べつに。
 それは私のつまらない意地だった。――本当は、そんなことどうでもよかった。坂田さんが来てくれた、それだけでもう、文句はない。ロクデナシ呼ばわりされようと、そんなことはどうでもいい。
 今日、私は身の毛がよだつような恐怖を初めて知った。そしてそれが、この人の声が聞こえた瞬間終わってしまうことも。
 凄く不本意だ。凄く悔しい。でも彼のお陰で安心することができたのは、助かったのは、助けてもらいたかったのは、紛れもない事実だった。
 でも、それをそのまま言葉にするのは癪。とても癪だ。
 様々な感情が混ざり合って微妙な表情になっていると、そんなことはつゆも知らないだろう坂田さんが「ちなみに被害は」と思い出したように確認を投げかけてきた。……被害、というと何かされたかということだろうか。
 
「見ての通りです。襲われかけただけで無事帰還しました」
「へー」
「興味ないなら聞かないでもらえます?」
 
 無味乾燥な相槌に眉尻を吊り上げれば「お前喧嘩売らないと死ぬ病気なの?」呆れたように言われる。どの口が言う?  今日散々喧嘩売ってきたのはどこの誰?  とこめかみに血管が浮かびかけて――そこで、ふと先のやり取りを思い出した。少しだけ、心に引っかかっていたそれ。
 どうせなら、聞いてくれる人間のいる今ここで、吐き出しておいてしまおうか。小さな苦笑と共に彼を横目で視界に収めた。
 
「被害は、ないですけど。……正直、負けたって思ったんですよね」
「負けた?」
「あの男、妻子もあって会社もあって。私は内定の一つもなければ彼氏も友達もそんなにいないし」
「見栄張るなよ、まったくいねェだろ」
「天パぶっころす」
 
 しょうもない劣等感だ、と自分でもわかっている。でもあんな男にできることが私には何ひとつ出来ていない。それが突き付けられたような気がして少し、情けなかった。「ただのボヤキなんで忘れてください」こんなに長い時間外にいると、流石に冷えてきたな。警察まだかな。寒風にのせるように付け足した言葉を境に、沈黙が数秒。数秒ののち、何を思ったのか坂田さんはストーカーのネクタイを引き抜いて、男の足とガードレールを固く結んだ。
 
「コレでとりあえずは逃げらんねェだろ」
 
 気絶したままの男を数回軽く足蹴にして、方向転換。彼がドカッと私の隣へ腰を下ろす。
 数センチを挟んで隣り合う坂田さんは「あーさむ」だなんだと言いながら、やはり間延びした声で「お前はさァ」と言葉を紡いだ。
 
「やっぱりロクデナシだし、できた人間じゃねェじゃん?」
「私に同意を求めないでもらえます?」
「実際そうだろ。大体そんなもん俺もだしな」
 
 人間なんざ大方ロクデナシなんだよ、となんでもないように言ってのける坂田さん。「今、坂田さんの敵が七〇億人増えましたね」「マジでか。かめはめ波習ってこよ」合間に挟んだ軽口がなんともミスマッチなようで、心地よかった。
 心地よさをなんとなく引きずった空気の中、本題を引き戻すように流し目が私を捉えたのが分かる。
 
「ロクデナシはロクデナシでも。正しくねェと思ったことにゃそう言えるし感謝もできるだろ、お前」
「……はい?」
「テメーに正直に生きられる奴なんざそういねェってこと」
 
 思わず、坂田さんの目を見上げる。「出来ちゃいねーけど十分上等だよ、お前は」いつも通りの声で言う彼の目は、やっぱりいつも通り死んだ魚のようなそれだった。なんだか見つめていられなくて、すぐにまた目を逸らす。
 
「だから、胸張ってりゃいいんじゃねーの。貧乳なりに」
 
 素っ気ない、そんな言葉。こんなに捻くれながら、でも直球に誰かから認められたのはいつぶりだろう。胸の底の凝り固まったなにかが、とけていくのがわかる。
 喧嘩売らないと死ぬ病気はそっちでしょ。バカかよ。……なんて思いつつ、三角座りの膝の間へ顔を埋めた。
 目頭が熱い。今日は色々なことがありすぎたんだ。その末にこんな言葉で救われてしまって、――だから不可抗力。
 
「……Cはあるわ、ころす」
「見栄張ってんじゃねーぞ物騒バイト」
 
 一メートル先ではストーカーが伸びている。寒空の下私たちが腰を下ろすのは冷たいアスファルトの上で、遠くでパトカーのサイレンが聞こえた。坂田さんの見えないところで、ジーンズの膝あたりにシミが広がる。伏せた頭の上に大きな手が乗って、ぽんぽんと上下した。
 
 一体全体、どんな状況だよ。許容量、オーバーだって。それに四捨五入したらCはあるし。
 幾度目か思い知らされるその手のあたたかさに、ともすれば見なくていいものまで見えてしまいそうで。異様な雰囲気を切り裂くように近づいてくるサイレン音が、なんだかやけにありがたかった。


prevtopnext