ひとつ年を跨いだというだけで、どうして世間はこんなにもお祭りムードで満たされるのだろうか。そんなことをぼんやりと考える昼過ぎ、私はと言えばそれはもう珍しいことに外出していた。
 本日は年末年始のお祭り色も徐々に薄まりつつある一月五日である。昨日まで連日コンビニに詰めていた私もようやく連勤から解放され、ご褒美代わりの二連休を堪能しているところだった。といっても、店長からもらった福引券の消化に勤しんでいるだけなのだけれども。
 クリスマス周辺やら年末年始やら、昼も夜も働きづめた私に対し、流石に思うところがあったのか、店長から福引券の束を渡されたのはつい一昨日の深夜の話である。『ボーナスとか、出せたらいいんだけどね……』『これ、二等なら現金らしいから、よければ……』その疲れ切った目にフランチャイズ契約の闇を見た気がした。普段ならば福引などとは縁のない私も思わず受け取ってしまったほどである。
 そんなこんなで、どうせなら予定もないし、現金が手に入るチャンスならば仕方ない。私は寒空の下福引会場である近所の公園までやってきていた。厚手のコートにマフラー、タイツの上に裏起毛のズボンという完全防備体制といえど、寒いものは寒い。これはもう早いところ現金を当てて帰らなければ。公園のど真ん中に設営された幾棟かのテントの下にはデカデカと景品の説明が掲示されている。一等がペア温泉旅行、二等が現金二〇万、三等が高級明太子などなど。無論狙うのは二等のみである。まぁ百歩譲って三等でも我慢してやらないことはないといった感じか。ご近所の奥様方がなす列の最後尾に並び、数分。ようやく回ってきた自身の順番に与えられたチャンスは福引券二五枚分、回数にして五回である。精神統一ののちガラポンを回した。当たれ、現金二〇万。願わくば五回当たれ。きっとここ数年で最も純度が高いだろう願い事を胸に、吐き出された小さな玉の色を確認する。全て白である。紅と並んでこの時期散々もてはやされるその色、もしや二等じゃないか?  内心沸き上がりかけた期待は、しかし。
「あちゃ〜、残念!  参加賞だね!」
 慣れた手つきで確認を行う係員の声によって、あまりにも簡単にしなびていく。「あっちにポケットティッシュあるから、五つ持って行ってね」気のよさそうな町内会の中年男性が右手でティッシュの山を指した。「……ドウモ」現実の冷たさに打ちひしがれながら、ポケットティッシュ五つの入手に向かう。いやはや、全くもって不条理である。これだけ連勤を頑張ったというのにこの仕打ちだ。きっと今ここに集まっている誰よりも味気の無い年末年始を過ごしているのは私だろうに、神様は一体何をみていたのか。その目は節穴なのか。やはりこの世に神はいないのか。都合よくわいた信仰心を持て余しつつ、ポケットティッシュ五個をコートのポケットに仕舞った。昨今珍しいとされる、ポケットティッシュがその字面通りに用いられた瞬間である。きっとどこかで開発者が泣いて喜んでいることだろう。開発者まで喜ばせたのだからやはり私には二等二〇万円が必要ではないだろうか。必要に決まっている。
 論理破綻で徳を積みながら、さて帰ろうかとポケットに手を突っ込んだ。無数のティッシュが私の冷えた手を無機質に包み込む。本当であればここには札束が入っていたはずなのに、と再び未練に駆られたそのとき、カサリ。指先に何かが触れた。ティッシュにしては味気ないその感触にもしやと思い当たり、違和感の主を引き出してみる。予想通り、それは五枚組の福引券だった。私は先ほどまでこのポケットに福引券を入れていたはずだ。係員に手渡すとき、一組取り出し損ねたらしい。
 降ってわいたラストチャンスに、私は手元の福引券をじいと見つめた。ラストチャンスはラストチャンスだけれど、直前の五連敗で正直私の気持ちは萎えまくっているのである。ちらと視線を上げてみれば、福引の列は先ほどより少し長くなっているし。もう一度アレに並んでポケットティッシュだったら本当に神を恨み始めてしまいそうだ。そして普通にもう帰りたい。一方で、残り物には福がある、だとか継続は力なりだとか、古来から囁かれる定説も脳内を駆け巡る。多少ニュアンスはずれているかもしれないが、バイブスで駆け巡っている。
 さて、これは一体どうしたもんか。神妙な顔で福引の列と手元の券を交互に見つめた。一応まだ二等は誰にも引かれていないらしい。つまりあのガラポンの中には確かに二〇万への道も眠っているはず。どうしたもんか。怠惰と煩悩の狭間にて更にその迷いを深めていると、「お前こんなことで何してんの」不意に背後からかけられた声に思わず肩が跳ねた。
 聞き覚えのあるそれに勢いよく振り返れば、「坂田さん……」そこに佇んでいたのは紛れもなく常連客のその人だった。冬休み期間の坂田さんはいつも以上に気の抜けた格好であることが多い。今日もスウェットの上にコートをもっさりと着込んでいる。その顔を見るのは久しぶり、なんてことはなく、二日ぶり程度である。忘れていたけどそういえばこの人もご近所だったんだっけ。コンビニでの遭遇ならまだ心の準備もできているというものだけれど、予想外の登場に心臓がバクバクと荒ぶっていた。無論ドッキリ大成功的な荒ぶりである。
「坂田さんこそこんなところで何してるんですか」
「俺はお汁粉目当て」
 動揺を鎮めるように問えば、親指で福引の隣に設営されたテントを指さす坂田さん。言われてみればその片手には小さな発泡スチロール製のお椀が抱えられていた。「やっぱ無料っていいよな」「発想がホームレスなんですよね」でもまぁ納得である。そういえばこの人は前に自分で汁粉を作るためにコンビニに材料を求めに来たりもしていたっけ。なんて少々の回想にふけっていると「お前は?」とこちらも回答を促された。
「店長に福引券もらったんで、消化しに」
「あー、なんかやってんな」
 私につられるように福引のテントへ目を遣る坂田さん。「福引とか久しぶりに見た気するわ」「この時期しか出没しませんしね」確かにレア度はまぁまぁなものだろう。
 というか、とそこでひとつ思いつく。コレ坂田さんに引いてもらうのはどうだろう。先ほどは私ほど味気の無い年末年始を過ごした人間などいないと思ったけれど、ここにきて有力候補の登場だ。流石の神様も何かを憐れんでくれるのではないだろうか。
「坂田さん一回回してみます?」
 たまに襲い来る寒風に少々体を震わせながら、手中の五枚組をひらりと坂田さんへ見せると、「俺が?」彼は怪訝そうな顔で眉根を寄せた。
「お前が引きゃいいじゃん」
「私五回回したんですけど全部ティッシュだったんで」
「運なさすぎだろ」
「狙うは二〇万です」
 雑魚の割に望みめちゃくちゃ高けーじゃん、と坂田さんが笑う。余計なお世話だこのやろう。あくまでも馬鹿にするのみで終わる気らしい。
 しかし私とて、流石に坂田さんの扱い方も心得てきている。
「二〇万当ててくれたらパフェ奢ります」
 予想通り、そんな一言で坂田さんの目の色は変わった。「マジかよ。五回奢れ」「……まあ妥協します」「言ったな、俺の運の良さしかと見とけよ」本当に甘味バカ、いや甘味を介さなくてもバカである。福引の列の最後尾に並ぶのは本日二度目だが、坂田さんが風よけになってくれているのか、それとも別の何かのせいか。先ほどよりも少しあたたかいような気がした。
 

「――で」
 意気揚々と福引に臨んでから、数分。『運が良すぎて一等出しちまったら悪りーな』だなんだと調子づいて坂田さんがガラポンを回し、係員がその色を確認し、そして今。私たちの前には一ダースのスポーツドリンクがそびえていた。何を隠そう坂田さんが引き当てたのは五等のスポドリ一二本だったのである。
「嵩張る分ティッシュより悪いですね」
「人に頼んどいて酷でェ言い草だなお前」
 それはそれ、これはこれである。
 坂田さんほど哀れな人が相手でも五等とは、やはり神はこの世に存在しないらしい。それか坂田さんがあまりにも徳を積んでいなかったせいか。どうしよう全然あり得るな。なんて、手に入らなかった二〇万の幻想に後ろ髪をひかれつつ、坂田さんが一ダースを抱える横を歩いた。お互い途中まで帰り道は同じなのである。
 公園から歩道に向けて一歩を踏み出しながら、相談し合うのはスポドリの行く先だ。「それ持ち帰れないんであげますよ」「いらねーんだけど」……正確には押し付け合いなんだけど。結局じゃんけんにスポドリの運命は委ねられることとなり、チョキとパーが激戦を繰り広げた結果、その段ボールは坂田さんの家へ収納されることが決定した。
「お汁粉だけ食えれば満足だったのになんでこんな大荷物押し付けられてんの俺」
「備えあれば患いなしですよ」
「お前が備えろフリーター」
「うるせえ社不公務員」
 新年を彩るのは慣れ親しんだ罵詈雑言である。とても謹賀とは程遠いそれらに始まり、コンビニの新商品やら迫りくる新学期の愚痴やら、雑談を交わしていると、坂田さんの家と我が家を分かつ分かれ道がもうすぐそこに見えてきていた。というかこの人、本当に公園の汁粉を食べるためだけに外出してたんだ。やば。改めて彼のダメ人間加減を認識していると、分かれ道に差し掛かったあたりで不意にその視線がこちらを向いた。
「あ、そういやこれから桃鉄やる予定だけどくる?」
 思い出した、とでもいうかのように何気ない言葉。桃鉄。あまりにも懐かしい響きに白目をむきそうになった。そんなもの最後にプレイしたのはいつだったか。下手をしたら高校生ぶりかもしれない。高校生ぶりということは最低でも何年……、いや、考えるのはやめにした。というか、何、桃鉄の誘い?
「一人でやる予定だったんですか?  寂しすぎでしょ」
「それはそれで味があっていいだろ」
「……ま、二〇万当たらなくてフラストレーション溜まってるんで」
 ひとり桃鉄に味があるかはさておき、「桃鉄で発散させましょうかね」返せばよしきた、と坂田さんが笑った。つられてなんとなく、こちらまで楽しくなってしまう。悔しいので口元を引き締めておいた。
「つーか大丈夫それ?  フラストレーションむしろ溜まるんじゃね」
「借金地獄に突き落としてやるので」
「言ったなオメー二〇年コースだからな」
 寒空の下、もういい大人にさしかかった二人の声が響く。この分かれ道で別れないことも中々多くなってしまったな、とどこかで不覚さを覚えつつ、しかしそう悪い気はしないような気もして、マフラーの影で少し笑った。


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