あ、今日は客来ないな。
突如降って湧いた確信から、私はレジ台の上に求人誌を取り出した。
コンビニバイトも一ヶ月弱続ければ、店の客の入りなんかも大体分かるようになってくる。この店なんて人手不足で連勤ワンオペ当たり前の超絶ブラックだから余計に。そしてそんな激務で培った私の勘によると、今日は客の少ない日だ。現時点で午前二時を回っていて、その上明日は平日。コレは来ない、来るはずがない。私が店長なら閉店も厭わないだろう。そんなレベルで客は来ないと私の勘が言っている。つまり転職先を物色するいい機会だ。
文字やら写真やらが詰め込まれた紙をペラペラと捲りながら、レジ台に頬杖をつく。あーココはダメだな、こっちもダメ。転職先を物色とか言ってしまったけどその実やっていることはブラック企業を探したり半目で写真に映っている人を探したりという求人ディスりであった。大分理不尽であることは自覚しているが、深夜に労働を強いられている人間の束の間の息抜きだ。許してほしい。……なんて、そんな言い訳を並べながらまた一ページ向こうへ理不尽をぶつけようとした、そのとき。ウィーン。間抜けな機械音に私の勘は打ち砕かれた。
「あ、またお前かよ。何なの? 深夜の番人か何か?」
「……げえ、きやがった」
「一応俺客なんだけど」
ご来店ありがたがれよ、とかなんとか抜かしているのは件の天然パーマネントだった。深夜二時の来店をどうありがたがれというのか甚だ疑問である。迷惑すぎる。執行猶予付き有罪あたりが妥当だろう。
仕方なく「ご来店どうもー」と棒読みを放ち求人誌をしまった。
「何しに来たんですか、こんな夜遅くに。人の迷惑とか考えたことあります?」
「いやここコンビニだからね? コンビニエンスって知ってる?」
「そんなもん最初に考えた野郎は三回死ねばいい」
「なんでお前ここで働いてんだよ」
そんなもん生計を立てるためである。天パまで聞こえるように大きなため息を吐き出したのち、「それでとっとと買い物しないんですか」今日は一向にカゴを持ち上げようとする様子のない彼へ声を投げた。
「残念だったな、今日は支払いに来たんだよ」
「ナルホド」
ほれ、と払込票と現金を渡される。それにしたって深夜じゃなくてもいいのに、私のやる気が最低点にある時に更にそのやる気を削がなくたっていいのに。そんな思いを抱きつつ振込をこなしていく。
「いやァ〜結野アナの限定品フィギュア当選しちまったらしくてよ。さっき郵便見てビックリしたわ」
「あー結野アナ好きなんでしたっけ」
「当たり前だろ」
鼻の下を伸ばす天パは視界から追い出して、受領証とお釣りを手のひらに並べた。何の気なしに紙っぺらへ目を落とすと――坂田、銀八。
「アナタ坂田さんっていうんですか」
「突然どーした。逆ナン?」
この天パの名前を読み上げてしまったのはヘタしたら最近一番会話をしている相手だから思わず、というやつであって決して逆ナンなんていう目的ではない。なんて屈辱だ。「いや、私塩顔イケメンがタイプなんですよね」「どういう意味? ぶん殴るぞクソアマ」今日も今日とて野蛮極まりない天パ改め坂田さんにお釣りやらを手渡すと、「つーかお前は誰だよ」なんとも奇妙な日本語を突きつけられた。
「見えませんか? 名札つけてますけど」
「……#name二##name一#?」
「ワーよく読めましたね」
えらーい、と軽く拍手をしてみれば「バカにするにしても怖ェから表情つけてくんね」と。深夜二時に労働を強いられている人間に対してそんな無理を言わないでほしいものである。……と、いうか。
「坂田さん度々私の名札ガン見してませんでしたっけ」
なんとなくこの人には従業員の名前をチェックする派というイメージがある。幾度か名札をじいと見つめられたこともある気がする。なんとなく気になって発した疑問に、彼は少し首を傾げた。
「ガン見?」
「そこまで気になってるわけじゃないんでそんなに考えなくてもいいですよ」
「……いや、それアレだな、見てたの名札じゃねーよ、その下の方」
「は?」
合点がいったと言うように、腕を組んでしたり顔となる坂田さん。私の頭上にはクエスチョンマークが浮かんだ。が、しかし。
「男が女のどこを真っ先にチェックするかくらい心得とけよフリーター」
続いた言葉に思考回路が一旦停止し、そしてすべてを理解する。丸みを帯びたクエスチョンマークは一瞬で鋭い殺意へと変貌を遂げた。
「限りなくBに近いCとみた」
「ぶっ殺してえ」
「お客様に対してそんな口の聞き方していいと思ってんの? チェンジで」
「てめえは何屋にいらっしゃってやがるんですかね」
「敬語の概念崩れそうだからヤメロ」
こちらは客という概念が崩れそうである。私のCカップはD寄りに決まってんだろ異論は認めない。なんだこいつセクハラ親父以外の何者でもないじゃねえか。ほんの数ミリ残っていたお客への心遣いのようなものが消え失せてしまった。もうご来店アリガトウなんて言えない、また来たのか変態天パ野郎としか思えない。
殺意をほとばしらせる私に反して坂田さんは上機嫌だった。「そんじゃーな」スキップでも始めるんじゃないかという勢いで深夜へ飛び出していく。たぶん結野アナのフィギュアを手にできる未来を妄想でもしているんだろう。さっき初めて名前をしったばかりだというのにひとり浮かれる坂田さんの顔が簡単に想像できて驚いた。名前は知ったばかりだけど、あの人のことはもうなんとなくわかる。ロクデナシのバカだ、確実に。
嵐の去ったあとのような疲労感に襲われつつまた求人誌を取り出そうとしていれば、再び自動ドアが開いた。現在時刻は午前二時四十八分。一体今度は誰だよと顔を上げる。……これまた見覚えのある客だった。
「いらっしゃいませー」
ちらとこちらをみてすぐ視線をそらしたその客は、坂田さんに負けず劣らずの頻度で訪れるハゲ頭だった。五〇%ほどの確率でお釣り受け渡しの際手を握ってくる、坂田さんとは別方向での問題客。出るとこに出たら勝てるんじゃないだろうか、面倒くさいから出ないけど。今もなんだかニヤニヤしているし。そういえば前坂田さんに助け舟を出されたこともあったっけ。何にしろそういうことはソウイウ店でやってもらいたいものである。私はソープ嬢か。D寄りのCがそんなに魅力的か。深夜のコンビニは闇が深いとはよく言ったものだ。
無言の店内を駆け巡るのは流行りのJポップのみ。ハゲ頭が鼻をヒクヒクさせながら商品をレジ台に置いた。あ、コレは今回も面倒くさいパターンだな。そんな直感からため息を吐き、思うことはただひとつ。
ブラックアルバイターの勘、全く当たってないじゃんか。
どうにも、この世は理不尽であるらしい。
アンチ・コンビニエンス