あ、汁粉飲みてェ。
肌寒さが寒さへ変化を遂げようとしている今日この頃。仕事も終え、ぐうたらバラエティ番組を観ていた俺に、突如降って沸いたのはそんな欲だった。汁粉だ。今汁粉以上に必要なものなど存在しない。お湯に粒餡を溶かしたい。更にその中へ餅をぶち込みたい。鍋いっぱいの汁粉をかきこむさまを想像してみる。何だこれ天国じゃねーか!
だかしかし、独身男の冷蔵庫に汁粉を作る材料が揃っているわけもなく、汁粉を飲むなら買いものに行かねばならない。スマートフォンへ視線を落とせば現在は二三時過ぎだった。スーパーはとうに閉店してしまっている時刻だ。……つーと、コンビニに行くしかねーか。ここで、持ち上げかけた腰が一旦重く沈む。
コンビニ。コンビニか。そこに行かねばならないと考えると少し気が重くなるのは、別に面倒臭せェからとかそういうわけではない。家からあのコンビニまでは歩いて三分ほどだ。流石の俺も汁粉のためならその程度は余裕である。問題はそっちではなく奴だ。例の、バイトの女。確か#name二##name一#とかいったか。
言うまでもなく奴の態度は接客業従事者とはとても思えないほど悪い。いつもいつも無表情か目の死んだ笑顔でさらりと暴言をぶつけてくる。まァそこに関しちゃお互い様だけど。だが、最近はそれだけではないのだ。普段通りの失礼はそのままなのだが、その上――目が、冷たい。
いや、確かに奴の目はいつも死んでいるが、最近はそれ以上なのだ。いちご牛乳を一つ買っただけで心底軽蔑したような視線を向けられる。エロ本など立ち読みしようものなら飛んでくるそれは氷点下だ。ちなみに俺に心当たりはない。一体俺が何をしたってんだ。
ともかく、そんな訳で現在俺はコンビニ来訪を躊躇っているのである。ここ一ヶ月ほどの体感からいうと、深夜なら#name二##name一#は十中八九バイトに入っているだろう。『らっしゃーせー』死んだ目で棒読むその声は容易に想像できた。ついでに最近の視線も。……いやでもしかし、俺は汁粉が食べたいのだ。もう既に胃袋が汁粉の待機体制を整えちまっている。決して後には引けない。汁粉だ。今の最重要事項はそれなのである。
よって。
「――うし、」
何物も甘味には敵わねェ。まして死んだ目のフリーターなど甘味の前では屁でもない。
一度気合を入れ直し、俺は出陣を決めたのだった。
真夜中の冷たい空気を掻い潜り、たどり着いたガラス張り。機械音とともに開いた扉をくぐれば、「いらっしゃいま……あっ」予想通りの声が他に客もいないらしい店内に響いた。
「『あっ』って何だよ『あっ』て」
「イエ他意ハナイデス」
「他意しか感じねーよ!」
今日も今日とて向けられるドン引きした視線へ声を上げればしらっと目をそらされた。このクソアマ、とぼやきながらカゴに餅やらを入れていく。というかマジでどうして俺はここまでコイツに悪印象を抱かれてんだ。訳がわからねェ。#name二##name一#を訝しみながら粒餡もカゴに入れ、そして。
「お前俺に恨みとかある?」
汁粉の材料をレジ台に置くのと同時、俺はそんな問いを繰り出した。「突然何ですか」こちらから視線を外したまま言うそいつに溜息を吐く。
「何ですかもこうですかもあるかよ。視線が冷たすぎてガラスのハートが砕け散りそうだわ」
「自意識過剰じゃないですか、コワーイ」
「誰か自意識過剰だコラ!」
ここまで来たら後には引けない。「テメーが白状するまでここから動かねェからな」苛立ちから頬がピクピクと引きつるのを感じた。
一方の#name二##name一#は「営業妨害」そう大きな大きな溜息を吐き商品をバーコードリーダーに通し始める。ピッ。そんな音のみが暫し場を覆い、全ての商品がビニール袋の中へと収められた頃。「……あーもうわかりましたよ、言えばいいんでしょ言えば」ようやくそいつがこちらを見上げた。
「――まあ一言で言うと」
「なんだ」
「……JKは、いかんでしょ」
「…………あァ?」
どういうことだ。何も理解できねェ。
眉根を寄せる俺に反して、ハア、とそいつは額に手をあてた。
「お金出すならキャバとかソープとか他にあるじゃないですか」
「お前何の話してんの」
「いやね、溜まりに溜まったモノがあるのは察しますけど。吐き出す相手もいないんだろうなってなんとなくわかりますけど。女子高生はいかんでしょ」
「よくわかんねーけど侮辱されてる気がすっから一発殴っていい?」
「うるせえ犯罪者」
こちらに向けられるのはまさにゴミを見るような目である。一週間放置した生ゴミへ向けるものと同じ視線が向けられている。……キャバにソープに、犯罪者。いや不穏すぎるだろ! 何がどうなってそんなワードが俺に纏わりついてんだ!
「……とりあえず、今お前の中で俺はどういう認識なわけ」
「女子高生を買うおっさん」
「よし誤解があるな」
食い気味で否定した俺へじとりとした視線が向けられるがそんなもんは気にしない。つーか女子高生を買うおっさんって人間として最下層じゃねーか! もちろんのこと俺にそんなもんへ成り下がった記憶はない。だが、こいつは一体なにをどうしてそんな劣悪な勘違いをしているのか。
知らぬ間に貼られていた不名誉すぎるレッテルに頭を抱えながら「そもそもそう思ったきっかけは何なんだよ」と尋ねてみた。すると、#name二##name一#はけろっとした顔で「この前JK引き連れて夜の闇に消えるの見かけました」。夜に、俺が、女子高生を連れていた? それはつまり――。
……ここでようやく、少しだけ合点がいった。「お前それ、夜っつーか夕方だな」確信を裏付けるため、そう確かめてみる。
「まぁそうとも言えますけど。時間帯が早ければ許されると思ってんのか犯罪者」
「だから犯罪者じゃねェっつってんだろーが!! そりゃ誤解だよ誤解」
「……誤解?」
怪訝そうな顔をする#name二##name一#。「あ、成人女性にコスプレさせてたんですか」そういうことでは断じてない。アホか。お前はアホなのか。
「そもそもソッチ系じゃねーよ! 生徒だ生徒」
「そりゃどっかの高校の生徒でしょうよ」
「そういうことじゃなくてェ!! 俺の生徒だっつーこと!!」
「ベッドの上では俺が先生&#九八二五;かよきもちわるっ」
「そういうことでもねェェエエエ!!」
ダメだ、コイツはダメだ。俺に対する偏見が大きすぎる。脱力感に耐えるように両手をレジ台につき、一度この場を落ち着かせるように口を開いた。
「まず、アレだ。落ち着いて聞けよ。前提として一番大事なことがある」
「……何ですか、一体」
「――俺は教師だ」
「…………はあ?」
これまでに聞いたことがないほど間抜けな声を発するそいつ。「キョウシ?」「教師」「きょうし?」「教師」「宗教立ち上げる胡散臭い奴」「それ教祖」「悪事そそのかすこと」「それは教唆」相当動揺しているらしいが紛れもなく俺は教師である。教職従事者である。
「だからお前が見たっつーのも生徒と一緒にいるところだろ。この前居残りさせた奴らに暗くなったから送れって言われて送らせられたしな」
「……女子高生とチョメチョメしたいあまり教師になったとか」
「何が嬉しくてあんなガキどもに手ェ出さなきゃならねーんだよ! 御免こうむるわ!」
未だ俺=不審者という先入観が消えないらしきそいつへ「だから、つまり、俺ァ潔白なの!」改めて訴えた。そこでようやく#name二##name一#も現実を受け入れる気になったらしく。
「……じゃぁ何ですか、坂田さんはほんとは犯罪者じゃなかった、と」
「とんだ誤解だな」
「職業は教師だ、と?」
「それもバリバリ有能のな」
やっとわかったかよ、と口の端を釣り上げてみれば#name二##name一#がそれはそれは怪訝そうに眉間へ皺を作った。「坂田さんが、教師……?」反芻するように呟いている。
「理解したかフリーター」
「いや、それはそれで犯罪なんじゃないですか」
「テメーそろそろぶっ殺すぞ」
誰が教職に不適切だ。じろりと睨めば「一応、勘違いしてたことは謝罪しときます」案外素直な言葉が返ってきた。「あとお会計七七八円です」無論一瞬で業務に帰したのだが。
「ほらよ」
「どーも」
千円札を手渡せば「ちなみにですけど、まさかこれはお汁粉になるんですか」精算作業をこなしながら尋ねてくるそいつ。どうやら気になっていたらしい。
「もちろん汁粉。急に食いたくなった」
「急に食いたくなった人の買い物じゃないんですけど。計画的に食べたくなった人の買い物ですよコレ。缶のスープ買うとか他に手があると思うんですけど」
「バッキャロー甘味に手ェ抜けるわけねーだろ。汁粉は餅が命なんだよ、汁粉缶なんざあんなもんただのあんこスープじゃねーか。それも好きだけど」
「甘味バカですね」
呆れたように言った#name二##name一#は「こちらお釣りです」二〇〇と二二円を手渡してくる。汁粉の材料調達は果たした上、恐ろしい誤解も解けてそいつの視線も程々な死に様に戻っている。まぁここへ来た甲斐はあっただろう。
妙な達成感を抱えつつ釣りとビニール袋を受け取れば「お汁粉楽しんでください」不意に#name二##name一#が、心底呆れたようにふっと笑った。……それに、思わず、一瞬目を奪われる。
「……おー」
こいつ、笑うとこんななのか。へえ。ナルホド。
そんな言葉で誤魔化しながらなんとか視線を他へ逸らした。「そんじゃ」そのまま、決して振り返ることなく自動ドアの向こう側へ足を踏み出す。
夜道を足早に進みながら、俺がただ紡ぐのは自らへの言い訳だった。
別にアレだ、基本アイツ表情死んでたから。死んだマイケルが突然生き返ったら誰でもビックリするだろ。誰でも目ェ離せなくなるよちょっとくらい。だってマイケル死んでんだもん、墓石に名前デカデカと刻まれてんだもん。
だから決して俺はあの女の笑みに見惚れたとかそういうわけではないのだ。別に全然ちょっとアリとか思ってねェ。ただのなんてことない驚愕にすぎない。そう、驚き。それだ。
頭の中で理屈をこね回すうち、いつの間にか我がアパートが眼前に迫っていた。自身への呆れから髪をわしとかき混ぜて、大きなため息を吐く。――まァ、でも、
「……いつもあんな顔してりゃ、いいんじゃねーの」
思わず声に出ていたらしき本音をしるのは、か細い月の光のみ。だァクソ。言いようも無い小っ恥ずかしさに、俺はまた髪の毛をガシガシかき混ぜた。
あんこと蘇生と月の光